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名古屋市博物館の「触れてみる学習室」について

水谷栄太郎
名古屋市博物館

「触れてみる学習室」開設への歩み

1976年(昭和51)、国際連合は第31回総会において、5年後の1981年(昭和56)を「国際障害者年」とすることを全会一致で決議しました。決議では、この国際年のテーマを「完全参加と平等」とし、障害者が日常生活において実際に参加することなど五つの目標を掲げました。この頃まで、展示品を通じて教育を行なう博物館は、視覚障害者にとって利用のきわめて困難な閉ざされた世界でしたが、これらの目標を達成するためわが国の博物館の世界でも、(財)日本博物館協会が中心となって、「もの(資料)」に触ることにより触覚を通じて視覚障害者に「もの」を理解してもらおうという試みが計画され、昭和53年度から五か年計画で触察資料を調えるという事業が開始されました。その初年度の事業対象館に岐阜県博物館と名古屋市博物館が選ばれ、日本博物館協会との三者で協議が行なわれました。しかし、当時は資料の保存に対する配慮が強く働き、国学院大学名誉教授樋口清之氏を指導顧問に迎えて、国学院大学考古資料館所蔵の石器・土器・埴輪など12点の複製品が触察資料として製作されました。製作にあたっては、埴輪を除き、実物資料と重量をあわせるよう配慮されました。

「触れてみる学習室」の開室

昭和56年12月(1981)、名古屋市博物館の地下一階に「触れてみる学習室」が開設されましたが、名古屋市博物館では、この部屋が視覚障害者のみならず小中学生を始めとする晴眼者にも利用されることを期待していました。それは、展示室では触れることの出来ないもの(資料)に直接さわることによってより多くの情報を資料から得てもらいあわせてものの正しい取り扱い方を学ぶ場としたいためと、視覚障害者の方から晴眼者とともに利用できる施設であることが望ましいとの要望にこたえるためです。

障害者の利用する部屋としては、建物の出入口と同一フロアーであることが望ましいのですが、館建設時にこのような部屋の構想がなかったため、一階には適当なスぺースが用意できず、地下一階のエレべーターの隣の部屋が、導線が簡単で短いという理由で選ばれました。視覚障害者にとって、もっとも困難が予想される自宅から博物館への移動については、幸い数年前から名古屋市では点字による地下鉄・市バスの案内を作成し、市内の対象者に配布していましたので、これを併用することにより博物館の「触れてみる学習室」に到達できるよう、館の敷地と建物の様子を立体地図・点字・墨字で紹介するパンフレットを作成しました。また、「触れてみる学習室」に至るすべての階段に点字ブロックと手すりを設置しました。しかし、この頃はまだ視覚障害者の博物館利用は、「触れてみる学習室」だけと限定して考えていたことが窺われます。

当初の展示資料は、前述の考古資料の複製が中核でしたが、複製品の材質が合成樹脂であるので実物資料の質感を伝えられない欠点を補うため、石器の模造品(石製)・縄文土器・弥生土器・須恵器の実物破片もあわせて展示しました。展示資料は、各資料ごとに独立した展示台の上に置くこととし、展示台は、右回りの単純な導線になるように配置しました。台の高さは、おとなが立った姿勢で自然に手を下ろしたときに触れることが出来る70センチメートルとし、危険のないよう台上面の角は丸くしました。展示室には、墨字と点字で部屋と展示テーマを説明する2枚のパネルを置き、各資料の簡単な説明は、墨字と点字で表現し展示台に取り付けました。しかし、この解説だけでは、説明できることがごくわずかであり、視覚障害者のなかでも点字を判読できる人は限られていることを考え、携帯用小型テープレコーダーを利用した15分ほどの音声解説を行なうこととしました。この解説では、導線にそって各資料について名称・時代・用途などのほか「もの」の形が良くわかるよう触れる順序についても説明をしました。この方法では、テープレコーダーの操作を自由に行なえないと、わかりにくいことを繰り返し聞くとか、自分のぺースで鑑賞出来ないという欠点があります。しかし、機械が小型であるため、操作ボタンが小さく視覚障害者にとって自在に操作することは困難なようです。

「触れてみる学習室」の運営

このようにしてスタートした学習室について、視覚障害者の方々から次のような意見をいただきました。

いずれも視覚障害者の立場からの貴重な意見で、つい晴眼者の発想で考えてしまい抜け落ちてしまった点、配慮が足りなかった点がいろいろあることがわかり反省するとともに大いに参考になりました。以前、研修で短時間ではありましたが目の見えない状態で色々な行動をすることを体験しましたが、つい今まで見ていた場所で行動するにしても目の見えないことがこんなに不安で、人の言葉による説明・誘導がいかにわかりにくく頼りないものであるかを実感したことがあります。無理だとしても、できるだけ視覚障害者の立場に近づいて発想するすることの大切さを感じました。

さて、「触れてみる学習室」では、次のような展示を行なってきました。

テーマ名                会 期
 「石器と土器、埴輪」 昭和56年12月~昭和58年3月
 「仏像と建造物」   昭和58年3月~昭和60年10月
 「甲冑」       昭和60年10月~昭和62年4月
 「石器と土器」    昭和62年4月~平成3年2月
 「陶器」       平成3年3月~平成6年2月
 「瓦」        平成6年3月~平成8年3月
 「仏像」       平成8年3月~平成9年4月
 「和装本のかたち」  平成9年4月~平成10年4月
 「樽と桶」      平成10年4月~

これらの展示のうち「石器と土器、埴輪」・「仏像と建造物」・「甲冑」・「仏像」は、「触れてみる学習室」用に作られた複製品・縮小模型・模造品を展示しましたが、やはり実物資料でなければ質感など正確な情報を伝えられないという意見があがり、昭和62年以降「石器と土器」・「陶器」・「瓦」では実物資料を展示しました。しかし、実物資料の供用にこだわると触察による資料の傷みの恐れが少ない考古資料の展示に片寄ってしまうため、文書・典籍や民俗資料などの展示を行なうこととしました。このような資料の場合、やはり資料保存の点から実物資料の展示は無理なので、実物と同じ材質で同形同大のものを用意しました。「和装本のかたち」では、学芸員がいろいろな形態の本と巻子を作り、「樽と桶」では職人さんに桶の半製品と各種の桶と樽を作ってもらいました。なお、「瓦」の展示から点字と墨字と図により展示テーマと資料を解説するパンフレットを作成し、希望者に配布しています。

この展示室の視覚障害者の利用状況については、特に統計を取っていないので数字を提示できませんが、きわめて少数の人しか利用していないのが現状です。視覚障害者の利用者数が少ない理由は、(1)視覚障害者が未知の場所に行く困難さ、(2)広報の不足、(3)博物館に対する関心度などいろいろ考えられますが、この点についてまだ調査・分析は行なっていません。ただ、以前、視覚障害者の方々とお話しする機会があった折、できれば、視覚障害者向けの展示ばかりでなく通常の展覧会にも出かけ、晴眼者から説明を聞きながらその雰囲気を味わいたいとのご意見もうかがいましたので、今後、種々の条件を整えることによって、もっと多くの人に博物館を利用していただけるのではないかと思います。当館の常設展示「尾張の歴史」では、原始・古代・近世・近代の建築物の全体あるいは一部を実物大で復元していますが、こういったものの活用も考えられそうです。また、ハードの面ばかりでなく、視覚障害者のための利用プログラムなどソフト面の充実も必要不可欠です。これからは、その前提条件である視覚障害者への理解を深め、視覚障害者と博物館が協力してより実りのある利用の方法や形態を探ることが重要ではないかと思います。

視覚障害者の団体利用の実例

「触れてみる学習室」だけの利用ではありませんが、私が経験した2件の例について紹介します。

一例目は、平成2年の、愛知県立盲学校の生徒の団体見学です。その時は、古代寺院の実物の瓦を用意し、展示説明室で瓦について説明をした後、実際に触れてもらいました。また、瓦が建物のどの部分に使われているかを説明するために、寺院の建物の模型を用いました。生徒たちは、瓦の大きさと重さから、古代寺院の建物の規模の大きさを実感できたようでしたが、先生や生徒に感想やわかったことわからなかったことなどを聞いておけば、参考になったのにという反省が残りました。

二例目は、平成6年に当館で開催された「メトロポリタン美術館浮世絵名品展」の団体鑑賞で、名古屋YWCA美術ガイドボランティアグループによって企画されたものです。事前にグループの方と打ち合せをし、浮世絵と展示会の概要を書いた原稿と代表的な展示品である北斎の「凱風快晴(赤富士)」と写楽の「三代目大谷鬼次の奴江戸兵衛」をトレースして作った立体コピーを館側が用意することとし、その説明をグループが点訳しさらに音声テープを作ることとなりました。見学は3日間行なわれ14名の鑑賞者がありました。来館者には、点字による説明文と作品の立体コピーを配り、それを使いながら浮世絵と展示会について展示説明室で説明を行なった後に展覧会を鑑賞していただきました。作品の立体コピーについては説明されながら線をたどることによって構図がわかり画像が身近なものに感じられたという意見もありましたが、点字の読めない方の中にはよくわからないという方もいらっしゃいました。余談ながら、この立体コピーを作るため名古屋盲人情報文化センターにうかがった折に、生まれた時から目の見えない方から浮世絵について説明を求められ、「版画…」という言葉を使ったところ「版画とはなんですか。」と尋ねられました。その時改めて自分の不用意さに気付くとともに、説明の難しさを痛感しました。特に、点字や音声テープのような一方的なものは、念には念を入れた配慮が必要だと感じた次第です。

[目次]琵琶湖博物館のハンディキャップ対応と実際

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