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和歌山県立自然博物館における
視覚障害者に対する展示と対応

小阪 晃
和歌山県立自然博物館

和歌山県立自然博物館は、1982(昭和57)年7月27日に開館した自然系の博物館です。生きている水族の展示を中心にした第一展示室と、貝類・昆虫標本や和歌山県の那智の原生林のジオラマ等を展示している第二展示室からなり、「和歌山の自然」にこだわった展示を通して、派手な展示はないものの地域に根ざした博物館を目指して地道な活動を続けています。

障害者に対応した展示は、第一展示室の観覧通路の中ほど、水槽展示の反対側に触察コーナーとして「手で見る魚の国」コーナーを設置して、主に視覚障害者の利便に供するとともに、館内の水槽と各コーナーに弱視の方のための点字パネルを設置しています。なお、最寄りのバス停から当館玄関入口までの250メートルと、玄関ホールから「手で見る魚の国」コーナーまでの約30メートルは点字ブロックで、視覚障害者の方を誘導できるように配慮がなされています。

「手で見る魚の国」の概要は、1.紀州沿岸の魚の博物誌 2.身近な貝殻 3.海のトピックスと三つのコーナーに分かれており、それぞれに対応してマダイ・トラフグ・タチウオ・マンボウ・マッコウクジラの歯等の剥製標本・乾燥標本とレプリカの展示、ハマグリ・ホラガイ・サザエ・メガイアワビ等の貝殻標本の展示、アオザメ・アオウミガメ・カブトガニ等の剥製標本と乾燥標本を展示して、自由に触ってもらえるようにしています。これらの展示標本は視覚障害者だけを対象にしたものではなく、一般の来館者にも利用してもらえるようにしています。「手で見る魚の国」コーナーの展示標本には、視覚障害者のための点字解説シールと、健常者のための種名ラベルによる解説を行っています。また、音声解説も行っていて、全体の説明は、最初にボタンを押すことによりスピーカーから説明が流れ、標本個々の説明は、差込式のジャックでヘッドホンを通じて聴くことができるようになっています。ヘッドホンは申込みがあれば貸し出すシステムをとっています。また、博物館施設としては数少ない点字解説書も用意しています。

以上が当博物館の視覚障害者を対象としたハード面の概要ですが、開館当初は視覚障害者の団体の来館も頻繁にわたり、目新しさも手伝って「手で見る魚の国」は好評を博しました。一般来館者の触察も規制していませんから、いたずらによる損傷も懸念されましたが、予想に反してほとんどそういった事故はなく、「・・・をしてはいけません!」といった禁止表示をしないことが、かえって来館者の良識を刺激することになるのかなと感じています。

しかし、「手で見る魚の国」は観覧通路に設置した展示コーナーであることから、スペース面で展示の拡充や変更は容易ではなく、開館以降は新たにスナメリの剥製が加えられた程度で、大幅な展示の更新はなされておらず、展示のマンネリ化は避けがたく、視覚障害者の方の利用も次第に少なくなってきています。

一方、平成7年度に県立盲学校からの要請で、年一回ですが盲学校の生徒と保護者が、生きた海の生物や「手で見る魚の国」以外の標本をさわって勉強する機会を作りたいという申出を受けました。初回は学芸課職員5名が付き添い、鳥類の剥製に始まり、エビやカニの脱皮殻、それからムラサキウニやイトマキヒトデ、マナマコ、ウメボシイソギンチャク、イソガニ、ハリセンボンやメバル、ササノハベラなど生きた無脊椎動物や魚類をさわってもらいました。生徒たちはその感触に驚きながらも大きな興味を示し、命のないものでは現すことができない動きを確かに感じ取ってくれていました。当然のことながら、魚類を直接多人数の手にとってさわるということは、その生物の生命を落としかねない行為になります。しかし、昆虫採集が昆虫といえども命を奪う行為で“悪”であるという風潮から、夏休みの自由研究から昆虫採集の作品が激減し、命を尊ぶ教育が幅を利かせ、それに合わせるかのように子どものいじめがクローズアップされて、再び、生き物にさわるという基本的な行為を見直すきっかけになっていることも事実です。実際、生きた魚を水から出して手に取ると、魚は防衛のために背びれや胸びれを立てて、精一杯の抵抗を示します。このことに慣れていない生徒たちは、驚き、あるいは背びれのとげに刺されて、あわてて手にした魚を放り投げる子どももいます。しかし、命あるものが生きていくうえでどのような行動をとり、自分の身を守っているのかということを、知ってもらうには良い経験をしてもらったと考えています。

また、平成9年度には、プール型の潮間帯水槽が全面改修された機会に、水槽の一角にタッチコーナーを取り入れました。この改修により観覧通路面がアクリルガラスに変更され、身長の低い子どもでは水槽の中の生物が見えないという弊害が取り除かれました。タッチコーナーでは、子どもどうしや親子連れで生き物にさわる光景が見られるようになり、入館者の滞留時間も大幅にアップしました。

平成九年度の県立盲学校の見学は、この潮間帯水槽ができたため、観察の大部分をこの水槽を使って行い、ウニ、ナマコ、ヒトデ、イソギンチャク等をじっくりと観察してもらいました。ここでは、生徒ばかりでなく保護者も一緒になって、感動と驚きを表現してくれました。ナマコの感触に悲鳴し、ウニの観察では、最初は恐る恐る手のひらに載せていた子どもたちが、強く握るまでに慣れ、親子が奪い合うようにかわりばんこに手に載せて、ウニの動きに感激する様は、レプリカや標本では到底作り出せないものであることを感じました。このため、「手で見る魚の国」は脇役に追いやられた感があり、また、健常者には少しさわりにくい雰囲気があるようなので、だれにでも気軽にさわってもらえるように、「手で見る魚の国」コーナーの数箇所にさわってもかまわない旨の表示をして、来館者に利用してもらいやすい環境を作りました。この表示により、一般来館者の利用が格別あがったとは思えませんが、今まで親子連れで入館して、子どもが展示物に触れると親がたしなめている光景を見かけましたが、その光景に出会うことはなくなりました。

ところで、視覚障害者に対する対応ですが、当博物館の展示物が彼らにとって十分なものでないことは間違いありません。しかし、盲学校の生徒達との交流を通じて感じたことは、展示物(ハード面)を充実させることはもちろんのことですが、結局のところ、いかにハード面を充実させようとも、最後は人的対応(ソフト面)が十分でないと、視覚障害者の要求に応えるサービスはできないということです。博物館等の社会教育・生涯教育施設に、視覚障害者に対応した展示や設備があるからといっても、それだけでは不十分であり、それを使いこなせる人員(職員)がいることが不可欠なのです。このことは、当博物館を含めて全国の同様の施設の職員の資質の面を指していっているものではなく、単に人員配置の必要性を述べているにすぎませんので誤解のないようにことわっておきます。ただ、障害者に対する博物館の対応となると、ついついハード面に重きを置いて紹介されがちで、ソフト面の対応はややもすれば軽んじられる傾向があるように思われます。視覚障害者が博物館に何を求め、博物館側はどの程度その求めに応じることができるか。私の少ない経験から導き出せることは、本当に小さなことでしかありません。それでも、盲学校の子どもたちが観察を終えて、楽しそうに保護者の方と語り合う光景を見ていると、人的対応の重要さが何より大切であると思えてなりません。

博物館におけるバリアフリーを達成していくために、ハード面の充実はもちろんのことですが、ソフト面の充実を忘れてならないことを強調して、当館の展示と取組の概要を終わらせていただきます。

[目次]人にやさしい博物館をめざして―沖縄県立博物館のこれから

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