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知るために触る―博物館資料の再考―

駒見 和夫
和洋女子大学

博物館の変化

「博物館が今日眼に訴へる教育機關、學藝研究の施設として、必要缺く可らざるものである(下略)」(註1)

現代博物館の黎明期における棚橋源太郎氏の主張は、それまで等閑視されてきた博物館の普及に多いにつながるものでした。と同時に、以後の博物館では視覚に対する役割が、とりわけ重視されてきたように思われます。陳列あるいは展示された資料や作品には、見ること以外の対応を考慮されることがほとんどなかったのです。

ところが1970年代になって、障害をもつ人たちの権利保護の宣言や運動が世界的規模で始まりました。これにより、障害をもつ人たちの生活環境を、他の市民が暮らす環境と地理的・物質的・社会的に近づけようとするノーマライゼーションの考え方が、わが国でも広まったのです。公的施設を中心にその理念にあった機能や設備の見直しが進められ、博物館も社会教育の中核施設とされていたことから、障害をもつ人たちに対する配慮が強く求められるようになりました。その対応は、従前までの博物館が視覚教育あるいは視覚情報を重視してきた経緯から、疎外される存在であった視覚に障害をもつ人たちへの措置が中心となっているようです。

近年では対応策のひとつとして、「触る展示コーナー」を設けた博物館が増えつつあります。奥野花代子氏の調査(註2)によれば、触ることができる展示を備えた博物館は、自然系で約53%、人文系でも約35%にものぼっているそうです。また、美術館でも作品に触ることのできる特別展やタッチツアーなどの開催がみられるようになってきています。いずれも、視覚障害をもつ人たちに触察によって資料や作品を理解してもらうことを意図し、実施されているのです。

展示の目的は何か

博物館の主要な機能には、調査・研究、収集・保存、公開・教育があります。かつての博物館の多くは、資料や作品の管理に活動の重点が置かれていました。けれども、生涯学習時代といわれる今日では教育的役割が重くなってきており、その核である公開、すなわち展示の重要性は格段に増しているのです。

この博物館における展示は何を目的としているのでしょうか。根底となるのは、まずもって資料や作品が発するさまざまな情報や魅力を、観覧者へ正確に伝えることだといえます。資料や作品の実態を認識することにより、人々はそれらを深く理解し、あるいは感動や共感を得ることができるのだと思います。

このことが展示の目的の第一義であるならば、観覧者が展示物の実態を真に認識するためには、視覚に訴えるだけでなく、多面的な手段が講じられねばならないはずです。展示された資料や作品の本質は、目に見える部分だけにあるわけではありません。むしろ見えない部分、視覚では捉えられない部分に本質のあることの方が多いと思われます。したがって、それらの本質を把握するためには、聴覚や臭覚などのあらゆる感覚が必要とされるのです。とりわけ資料や作品に直接触る触覚は、実態を認識するためのきわめて有効な手段であるということができます。

触らなければ分からない

歴史・民俗などの人文系の博物館では、展示物の主体を占める各種の道具類の多くは、使われることにその本質があったものです。使用にかなった工夫を凝らされた道具は、せめて触ることができなければ、観覧者の得る情報は大幅に減少してしまいます。科学技術や自然史といった理工系の博物館でも、触ることで分かる状態や質感は、視覚によって得られる情報に劣るものではありません。これに対して美術館では、絵画・版画や書などは見ることを目的とした作品であるため、触ることに意義を求めるのは難しいでしょう。でも、造形作品は触ることで認識が一層深まると思われ、とくに陶芸や木工などの道具のたぐいは、やはり手に触ってこそ作品の魅力に迫れるものであり、そのことは工芸家の話からも聞くことができます。

すでに述べたように、現在では一部の博物館で「触る展示コーナー」が設けられ、ごく限られた資料や作品ではあるけれど、展示物に触ることが可能になっています。多くは視覚に障害をもつ人に便宜をはかり設けられているのですが、観覧者の動きを観察すると、障害の有無にかかわらず、ほとんどの人が展示物に触っていくようです。資料や作品をより身近かに受けとめ、好奇心を満たし、そして理解を深めるため、すべての観覧者がそれらに触ることを望んでいるあかしといえるでしょう。

したがって、博物館が展示において目的を充分に果たそうとするならば、視覚教育の場と限定する捉え方はその遂行を自ら妨げるものであり、博物館の役割をも否定することになるのではないかと強く思うのです。

誰もが展示物に触ることのできる博物館へ

博物館の機能において、資料や作品の保存が重要であることはいうまでもありません。ただし、その発達史をふり返ると、一九世紀中頃のヨーロッパで市民の教育機関に位置付けられたことにより博物館は急速に普及し、現在の展示様式の原型が生まれたのです。今日の状況のもとでは教育的役割を一層重視すべきであり(註3)、そのためには展示された資料や作品を正確に、より深く理解できるように工夫される必要があります。この場合、「触る」ことは不可欠な方法となるのです。

このように考えれば、触る展示は視覚に障害をもつ人のために設けるのではなく、すべての観覧者が資料や作品を知るための一方法として位置付けられるべきだと思います。展示に触ることが目的なのではなく、知ることが目的であるのですから、障害の有無に関係なく、観覧者のなかには視覚に障害をもつ人もいて、その人たちにも対応できる方法と捉えるわけです。こうした博物館の姿勢からは、障害をもつ人たちへの押しつけがましい対応は生まれないと思います。視覚に障害をもつ人たちも展示物のことが知りたいのであって、単に「触る」ことだけを求めているのではないからです。すべての観覧者が展示物に触ることができ、そのうえで視覚障害だけでなく、あらゆる障害をもつ人たちへのバリアフリーな対応を講じるべきだと考えています。「ユニバーサル博物館」のひとつの姿ではないでしょうか。

博物館における展示の意義を追求するならば、展示物の多くは触ってこそ理解が深められるものであり、その姿勢から展示の在り方を考える必要があることをここでは述べてきました。ただし、博物館資料に触ることは、それを保存するという役割に相反する行為となります。ここで検討する余裕はありませんが、両者の融合を考えなければなりません。展示された資料や作品は、従来触ってはいけないものとされてきました。しかしこれからは、博物館資料に触ることを前提とした保存や展示方法の研究が必要であると私は考えています。


  1. 棚橋源太郎『眼に訴へる教育機關』寶文館 1930
  2. 奥野花代子「全国の博物館園における視覚障害者の対応に関するアンケート調査結果報告」『神奈川県立博物館研究報告自然科学』第27号 1998
  3. 駒見和夫「生涯学習と博物館教育」『国府台』第4号 和洋女子大学文化資料館 1993

[目次]ユニバーサル・ミュージアムをめざして

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