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ブロック別の概要

1.多摩丘陵ブロック

 神奈川県の北東部をその地域とする多摩丘陵ブロックの大半は,多摩丘陵のうち多摩II面と呼ばれる標高70〜90mの起伏に飛んだ丘陵地形によって占められており,その東部には標高30〜50mの下末吉台地がひろがり,多摩川や鶴見川,東京湾の周囲に沿って見られる沖積低地へと続いている.気象の面でいうと年平均気温が15℃前後,年平均降水量が1,500mm程度と温暖で,特に気温についてはヒートアイランド現象の影響もあってか,年々高くなる傾向にある.行政的には川崎市と横浜市(金沢区を除く)を範囲とする,県の人口の約半数を擁する大都市圏である.それだけに土地改変の勢いはすさまじく,失われたり,絶滅した植物の種数が最も多い地域である.

 

1)植生と土地利用

(1)多摩丘陵

 多摩丘陵は多摩川と境川とに挟まれ,北西方の東京都八王子市から南東方の横浜市円海山北麓まで連なる南北約30km,東西約10kmの範囲を占める丘陵で,川崎市登戸と東京都町田市町田を結ぶ標高100mの線を境に,北西部の標高の高い丘陵(多摩II面)と南東部の低い丘陵(多摩II面)とに分けられている.多摩II面はそのほとんどが東京都に含まれ,県内でいう多摩丘陵は多摩II面を指している.丘陵の頂部は浸食を受け,谷は開折の進んだ谷戸となり,全体に変化に富んだ地形となっている.また丘陵の中央部には西から東へ鶴見川が流れ,その南には帷子川や大岡川などが大きく蛇行して東京湾に注ぎ込んでいる.

 昭和30年代までは丘陵の谷戸地形を生かした水田耕作が盛んに行われ,上部平坦地および緩傾斜地には畑が多く作られてきた.丘陵部には薪炭林として雑木林が維持され,スギやヒノキの植林も各地で営まれていた.しかし,昭和30年代以降,主要3河川の下流域の平坦地や海岸埋め立て地を中心に市街地がひろがり,現在は最後まで残った丘陵地も大規模開発によって宅地化され,多摩丘陵全体がほぼ開発され尽くしたといってもよい状態である.わずかに丘陵北部の川崎市多摩区黒川,麻生区柿生,早野,横浜市緑区,旭区,瀬谷区,栄区,戸塚区などの一部にまとまった緑地が見られるにすぎない.その多くは従来の谷戸地形がかろうじて残っている地域で,丘陵部の雑木林やスギやヒノキの植林は手入れがなされずに荒廃しており,谷戸の水田地帯にも放棄水田や休耕田が増え,潅漑用の溜池も激減した.その原因として丘陵地の宅地開発の他に,昭和30年代に起ったエネルギー革命により薪や炭が使われなくなったこと,安い輸入材が多量に入ってきたために国産材の需要が減少したこと,政府による米の減反政策などがあげられる. 

 多摩丘陵本来の自然植生はその大部分がシラカシ林であると考えられるが,社寺林や丘陵の一部地域にわずかにその片鱗を残すのみである.その中でも川崎市高津区の東高根森林公園のシラカシ林は,多摩丘陵の潜在自然植生を今に残すものとして県の天然記念物に指定されている.

(2)下末吉台地

 多摩丘陵の東側,川崎市高津区溝ノ口から横浜市港北区小机を通って保土ヶ谷へ至る,ほぼ60mの等高線から東にひろがる標高30〜50mの台地で,約13〜12万年前の下末吉海進によって形成された平坦面である.川崎市高津区,中原区,幸区の一部と横浜港を取り囲む横浜市鶴見区,神奈川区,港北区,保土ヶ谷区,南区,中区に見られる台地がこれに含まれる.

 多摩丘陵と同様,本来はシラカシを中心とした林が広がり,海岸に近い地域や南部の一部にスダジイやタブノキの林が成立していたと考えられる.現在台地のほとんどが工場や商業地,または宅地として開発され,緑地として残っているのは,一部の社寺林や斜面林,雑木林等の二次林を利用して作られた公園や市民の森くらいである.

(3)沖積低地および沿岸部

 川崎市川崎区,幸区の一部に含まれる多摩川低地は,下末吉台地の北東に位置する多摩川の氾濫原であり,中原区中原付近より上流では多摩川の河成堆積物が,それより下流では海成堆積物が沖積低地を構成している.同じく横浜市の北部を流れる鶴見川流域にも沖積低地が広がっており,河原や高水敷,周辺の水田に生える水生および湿生植物の貴重な記録が残されている.しかし,昭和30年代に始まった都市化の波は真っ先に低地や沿岸部に押し寄せた.多摩川は河口部から川沿いに工場が建ち並び,高水敷にはゴルフ場や運動広場,公園などが作られ,川に沿って見られた葦原もほとんどが消失した.鶴見川も昭和30年代から40年代初めにかけて河川改修が進み,蛇行していた川は直線的なコンクリート張りの排水路に近いものに変わってしまった.河口部はコンクリート護岸が続き,中流部も着々とコンクリート護岸化が進み,高水敷の運動場づくりや公園化が行われている.十数年前までは広大な水田地帯であった新横浜周辺の大湿地でも,70ha規模の総合運動公園の工事が始まっている.しかし,こうした厳しい状況のなかで,中流域の高水敷や中洲に,ヨシ,オギ,ウキヤガラ,サンカクイなどの湿生植物の群落をかろうじて見ることができる.

 沿岸部は昭和30年代後半を境に,川崎市,横浜市共に徹底的な埋立てが行われ,自然の海岸は失われてしまった.海岸植物と言えるものはすべて絶滅に近い状態であるといっても過言ではない.わずかに横浜市中区本牧に残る小規模な海崖に,まさに風前の灯といった形でハマホラシノブ,ボタンボウフウ,ラセイタソウ,ハチジョウススキなどが見られる.

 

2)特記すべき植物

 多摩丘陵ブロックは地形に起伏が多く,中小河川が入り組んで流れているうえ,東京湾にも接しているので,そこに生育する植物も多種類にわたっている.多摩丘陵ブロックは照葉樹林帯域に属し,沿岸部はスダジイやタブノキの林,その他はシラカシの林に被われていたと考えられるが,稀に山地や北方の冷温帯域に属する植物も見られ,低地には湿生植物や数は少ないが海岸植物が見ることができる.また造成地や港湾部を中心に,国内移入品や帰化植物も,歴史的に古いもの,新しいものを含め,相当多く見受けられる.

 北部から順次見ていくと,川崎市多摩区黒川周辺の谷戸にはサンショウモ,オオアカウキクサ,ホッスモ,アギナシ,ヤナギスブタ,ミズオオバコ,ホシクサ,イトイヌノヒゲ,ノハナショウブ,トンボソウ,サワトウガラシ,イヌタヌキモなどが見られたが,大規模な宅地造成が始まり,そのほとんどは壊滅状態である.多摩丘陵地域最後の生育地と考えられる種が多く見られたことを考えると,いかにも残念である.

 川崎市多摩区登戸周辺(二ヶ領用水より南の桝形山や向丘遊園を中心とする谷戸を含む丘陵地)は,第二次大戦前より植物研究者や愛好家の間でよく知られていた植物採集地で,トチカガミ,ナガエミクリ,ヒメミクリ,バイカモ,ミズヒキモ,イトモ,シズイ,ニッポンイヌノヒゲ,シロイヌノヒゲ,カキツバタ,カキラン,ヒメコウホネ,ノウルシ,ミズオトギリ,モウセンゴケ,ノジトラノオ,アサザ,ミツガシワ,シロネ,サワギキョウ,マアザミ,オオニガナ等が帝国女子医学薬学専門学校学友会(1932)や松野重太郎(1933),原松次(1936)の記録にあり,一部は標本が残されている.この地域も宅地化が進み,池や湿地は埋められ,現在はすべて絶滅したと考えられている.昔日のおもかげを残すのは,都市公園の形で市民に開放されている生田緑地(桝形山を含む)50.7haとその周辺のみである.この近辺にはかつての自然地形がある程度残されており,湿地にはシラコスゲやマツバスゲ,トウゴクヘラオモダカが生育し,他にマヤラン,トキホコリ,コアジサイ,ウメガサソウなども見られる.関東地方南西部の特産種で,多摩丘陵地域の北部に見られるタマノカンアオイは,武蔵登戸が基準産地であり,現在の生田緑地あたりで採集されている.

 横浜市内の特記すべき植物の見られる地域は,主に谷戸地形の雑木林を中心とした立地のところである.

 北部の奈良風致地区は青葉区寺家町,奈良町,恩田町を中心とする地域で,「子供の国」や「ふるさと村」として整備された水田と溜池,雑木林と小規模なスギ林が見られる田園風景の広がる地域である.昭和20〜30年代を中心に市内の植物を勢力的に調査した出口長男氏は(出口, 1968ほか),植物分布上注目すべき種が多く見られる地域として市内7箇所をあげているが,この地域もその一つにあたる.ただしその大半は大規模な宅地開発によって失われ,ウキヤガラの大群落が見られた鴨志田町の溜池も埋め立てられてしまった.当時の記録ではケソバナ,ムラサキ,キバナアキギリ,ミゾホオズキ,フナバラソウ,スズサイコ,タマノカンアオイ,ギンリョウソウモドキ,ミソナオシ,タヌキマメ,ナガバノスミレサイシン,セリバオウレン,オキナグサ,サンカクヅル,タガネソウ,クジャクシダ,ヒメイタチシダ,ウラジロ等が特記すべき植物としてあげられている.しかし,そのうちフナバラソウ,ミソナオシ,セリバオウレン,オキナグサは今は見られず,絶滅したものと考えられる.


 出口(1968)は同じ青葉区の元石川,黒須田,荏田周辺についても言及しており,ハルオミナエシ,マツムシソウ,キバナアキギリ,タマノカンアオイ,ギンリョウソウモドキ,ウメガサソウ,ウメバチソウ,ナガバノスミレサイシン,ホタルサイコ,ミシマサイコ,アワブキ,カキラン,サイハイラン,タガネソウ,シシガシラ等をあげているが,この地区は奈良風致地区にも増して宅地化が進んでおり,わずかに港北ニュータウンの総合公園予定地(都筑区荏田東四丁目)の中に,キバナアキギリ,タガネソウ,チゴユリ,ミヤマナルコユリ,ウバユリ,コクラン,エビネ等が見られる程度である.ただし,公園整備後にそれらの植物が残るかどうかは不明である.同様に都筑区川和町,緑区中山町周辺にはタカオヒゴタイ,タマノカンアオイ,ジガバチソウ,サイハイラン,タガネソウ,ヒカゲノカズラの記録があるが,いずれも絶えたものと思われる.

 出口(1968)が市内で最も注目すべき地域としてあげた緑区新治町,三保町,旭区上白根,上川井周辺,下川井,矢指町,中沢町,瀬谷区三ツ境周辺は,鶴見川の支流梅田川および帷子川の源流域に広がる谷戸地形であり,かつては谷間に水田がひろがり,畦や土手にはウメバチソウやオキナグサ,フナバラソウなども見られたという.背後にひろがる丘陵には手入れの行き届いたクヌギ・コナラの雑木林やスギ・ヒノキの植林が続き,林下には春植物と呼ばれるカタクリやイチリンソウ,アズマイチゲ,アマナといった夏緑林に生える林床植物や,山地性のケソバナ,マツムシソウ,ユキザサなどが見られた.他にもコウモリソウ,タカオヒゴタイ,キオン,ヤマハハコ,サワシロギク,オクモミジハグマ,サワギキョウ,ツルカコソウ,ウメガサソウ,ホタルサイコ,イワガラミ,ヤマネコノメソウ,マツカゼソウ,サンカクヅル,フシグロセンノウ,ワダソウ,ミツデカエデ,ノカザグルマ,ミズオトギリ,アリノトウグサ,ササクサ,サイハイラン,タガネソウ,ヒオウギ,コオニユリ,ワニグチソウ,シュロソウ,オシダ,ヌリワラビ,チャボイノデ,クジャクシダ,オオキジノオ,マルバベニシダ,イワヘゴ,シシガシラ,ジュウモンジシダ,ヤシャゼンマイ,サクライカグマ,ヒカゲノカズラなどの記録が残されている.今もそれらの植物種の半数以上を新治・三保風致地区,三保市民の森や川井・矢指風致地区,瀬谷市民の森に見い出すことができるが個体数は少ない.ここでも宅地開発や都筑自然公園に見られるような大規模な土地整備が進み,かつての豊富な植物相を期待することはできない.なお,サワシロギクは横浜が基準産地であるが,現在の自生地は旭区の谷戸で一ヶ所確認されただけである.しかし,その地も公園予定地に含まれており,絶滅の恐れが多分にある.また,岡武利氏によって1978年に発見されたミドリイノデは緑区三保町が基準産地であり,同じくヨコハマイノデも旭区矢指町が基準産地となっている.現在,ミドリイノデは絶滅,ヨコハマイノデは少数株が見られるが,自生地の保護が急務である.

 他に,市内で特記すべき植物として,神奈川県と房総半島にのみ知られるヨコハマダケがある.横浜市西区西戸部町が基準産地となっており,今も周辺に小群落が見られる.

 ところで,かつての多摩丘陵には数多くの溜池が点在していた.これらの中には旭区の白根大池や桐ヶ作大池のような大規模な溜池もあり,今は見られないジュンサイやヒツジグサなどの水生植物や,ヒメミクリ,コシンジュガヤ,コマツカサススキ,アギナシ,ミズユキノシタ,ミズオトギリ,ナガバノウナギツカミ,サワギキョウなどの湿生植物が生育していた(出口, 1968他).神奈川区の三ッ沢池も今はないが,牧野富太郎や久内清孝採集のナガエミクリ,ヒナザサ,シズイ,ヤナギヌカボの標本が東京都立大学の牧野標本館に残されている.現存する鶴見区の二ツ池や三ツ池には,シロガヤツリやセキショウモの最近の記録があるが,現在の状況は不明である.

 次に川や川沿いの低地に見られる注目種として,多摩川河口の川崎大師川原のカワツルモ(松野, 1933他),宿河原のササバモ(FLK59025他),コウガイモ(FLK 59207)など水生植物の記録や標本があるが,現在では絶滅したようである.アイアシやイセウキヤガラなどの湿生植物は,今も見ることができる.鶴見川沿いでは,港北区樽町にノカラマツ,ヒキノカサ,ノウルシの記録(松野, 1933他)があるが,現在は絶滅したと思われる.最近,港北区大曽根町側で水中に生えるミクリが1株発見されている.他には,港北区新羽町辺りの川畔や中洲に見られるウキヤガラの小群落やマツカサススキ,カンエンガヤツリ,カンガレイ,緑区中山町,佐江戸町辺りの高水敷に見られるコツブヌマハリイ,コウキヤガラ,イセウキヤガラ,タタラカンガレイ,カンガレイ,イワキアブラガヤ,カンエンガヤツリ等のカヤツリグサ科植物が,消長を繰り返しているのが,注目に値するところであろう.他にミゾコウジュ,ハナウド,タコノアシの小群落なども中流域には見られる.

 横浜市南部には磯子区,栄区,金沢区にまたがって円海山近郊緑地特別保全地区や上郷,釜利谷緑地保全地区があり,周辺には氷取沢市民の森をはじめ6ヶ所の市民の森と横浜自然観察の森などが整備されている.雑木林とスギ林を主体とする一大緑地であるが,その植物相は多摩丘陵のものというより三浦半島の植物相に近いと考えられる.多摩丘陵地域との関連を考慮し,この地域で絶滅したと考えられる主な植物を記すと,サワギク,シュウブンソウ,マツムシソウ,タニジャコウソウ,シオガマギク,ミシマサイコ,イブキボウフウ,ヤマゼリ,ミヤマシキミ,コガンピ,ドクウツギ,サクラタデ,オリズルシダ,メヤブソテツ,ツルデンダ,コガネシダ等があげられる.稀少種や激減した種としてはシャクジョウソウ,ツルアリドオシ,ケイワタバコ,ジャケツイバラ,スハマソウ,ミヤマウズラ,コクラン,シラン,サイハイラン等がある.

 

3)絶滅種,絶滅危惧種の概要

 多摩丘陵ブロックでの絶滅種および絶滅危惧種の多くは,宅地造成等による丘陵や台地の大規模な改変が原因とされるものがほとんどであるが,エビネやクマガイソウの例に見られるような最近の山草ブームによる園芸用の採取が,主な原因と考えられるものも少なくない.また,「我が国における保護上重要な植物種の現状」(我が国における保護上重要な植物種及び群落に関する研究委員会 種分科会,1989)でも言及しているように,日本では生活域の湿地,自然草地の保護の重要性に関して,認識がたいへん希薄であるが,当ブロックでも,低地にある湿地や草地は真っ先に宅地開発の標的となってきた.そのため,絶滅種や絶滅の危険が考えられる種には,デンジソウ,コシンジュガヤ,ミズオトギリといった水生および湿生植物,スズサイコ,フナバラソウ,オミナエシ,マツムシソウなどの草原生の植物が目立つ.以下に記録や標本はあるが,現在観察し得ない植物を挙げる.

 ヤシャゼンマイ,ナチクジャク,オオクジャクシダ,タニヘゴ,ムクゲシケシダ,ミドリイノデ,デンジソウ,ナガエミクリ,ヒメミクリ,カワツルモ,サジオモダカ,アギナシ,トチカガミ,セイコノヨシ,ヒナザサ,ヒメコヌカグサ,シロガヤツリ,スジヌマハリイ,アオテンツキ,シズイ,コマツカサススキ,コシンジュガヤ,クロカワズスゲ,オオタマツリスゲ,ウマスゲ ,ヤガミスゲ,タチスゲ,ニッポンイヌノヒゲ,シロイヌノヒゲ,イヌノヒゲ,ミズアオイ,イヌイ,ドロイ,カキツバタ,ダイサギソウ,ジガバチソウ,ヤマサギソウ,トキソウ,クモラン,カヤラン,ヨウラクラン,ヤナギヌカボ,ナガバノウナギツカミ,ノダイオウ,サデクサ,マダイオウ,ハママツナ,ジュンサイ,ヒツジグサ,ヒメコウホネ,マツモ,ノカラマツ,ヒキノカサ,オキナグサ,フクジュソウ,バイカモ,コンロンソウ,アズマツメクサ,モウセンゴケ,ザイフリボク,ヤブザクラ,ミソナオシ,ノウルシ,ヒメオトギリ,アゼオトギリ,ミズオトギリ,ミズキカシグサ,ミズキンバイ,エキサイゼリ,ミシマサイコ,ムカゴニンジン,ウメガサソウ,レンゲツツジ,サクラソウ,アサザ,ムラサキセンブリ,ミツガシワ,クサタチバナ,フナバラソウ,ムラサキ,カイジンドウ,ミズネコノオ,シロネ,ヒメハッカ,ヒメナミキ,テンニンソウ,クチナシグサ,ヒメトラノオ,シオガマギク,イヌノフグリ,ゴマノハグサ,シソクサ,イヌタヌキモ,タヌキモ,ハナムグラ,ホソバノヨツバムグラ,カノコソウ,マツムシソウ,ゴキヅル,シデシャジン,サワギキョウ,ホソバオグルマ,コウモリソウ,キクアザミ,オオニガナ,モリアザミ,サワオグルマ,アズマギク,カワラノギク,マアザミ.

 

2.三浦半島ブロック

 東京から60〜80km,電車や車で1時間半から2時間の距離に,自然海岸と照葉樹林の見られる地域は三浦半島をおいてない.三浦半島の脊梁部には東西に長い山塊が3つ南北に平行に並び,それぞれ208m(二子山),241m(大楠山),200m(武山)のピ−クがある.半島の北部は多摩丘陵につながり,南部は海岸段丘が発達している.海岸線は複雑で,東北部と西南部はリアス式海岸が発達し,入り組んだ入り江となっているほか,砂浜,磯,小規模な干潟が見られる.河川は平作川が西北から南東に流れているほか,森戸川,下山川,前田川などのように多くは半島中央部から西海岸に流れている.川はいずれも短く流域は急峻で,流速が早く,水量は少ない.自然の池沼はほとんどない.地史的には,丘陵部は約50万年前に陸化した第三紀層,葉山層群と三浦層群からなり,南部の台地は約6万年前に離水したと推定される海岸段丘である.現在平地でもっとも都市化されている鎌倉,逗子,衣笠,久里浜などは,それぞれ滑川,田越川,平作川による沖積地である.

 三浦半島は,東京湾と相模湾という黒潮の支流が流れ込む海に囲まれているため,比較的温和な気候である.横須賀の年平均気温は15.4℃であり,横浜より0.3℃高く,房総半島の勝浦とほぼ同じである.横須賀の最高気温や最低気温は東京に比べ10日ほど遅れる傾向にあり,海洋性気候を反映している.冬の最低気温は南ほど高く,剱崎では横浜,大船などより3℃高い.これも三浦半島が亜熱帯起源の植物の北限地となる要因の一つと考えられる.おそらく冬の最低気温が分布を制限し,三浦半島以北に分布しない植物に,ハマオモト,ハマボウなどがある.降水量は横須賀で1,580mmであり,丹沢,箱根や県西部が2,000mmを越えているのに比べると少ない.

 

1)植生と土地利用

 三浦半島全体の潜在自然植生はスダジイやタブノキを中心とした照葉樹林で,それらは斜面や谷に残されている.丘陵地は照葉樹に暖温帯性の落葉樹を交えた雑木林やスギ・ヒノキ植林が多く,また南部の尾根にはマテバシイが植林されている.谷戸の多くはかつては水田として利用されていたが,現在は宅地化が進行している.南部の台地上の多くは畑となっている.沖積地はもっとも開発が進み,ほとんどが市街地となっている.海岸線は砂浜も磯も埋立や海水浴場としての整備が進むにつれ,波打ち際まで人工的な環境となっているところが多い.干潟はわずかに江奈湾と小網代湾で見られるだけであり,東京湾側の干潟はすべて埋め立てられた.半島内にはかつて潅漑用の池が点在したが,多くは水田の減少と共に,埋め立てられたり,釣り堀などになった.

 

2)特記すべき植物

 このような地形的,地史的な背景から,神奈川県では三浦半島に局在する種類とその種構成が特徴的でると考えられる環境は,

(1)護岸や埋立などのなされていない自然海岸(エビアマモ,タチアマモ,スカシユリ,ハマオモト,ハママツナ,ホソバノハマアカザ,ハマボウ,スナビキソウ,イソギク,ワダンなど)

(2)海岸段丘斜面(ハマイブキボウフウ,ソナレマツムシソウなど)

(3)植林や宅造などのなされていない山地―とくに北部の二子山周辺の上部―(ヒメウツギ,マメザクラなど)や河川改修のされていない河川の上流域(ムカゴネコノメ,サワギキョウなど),谷戸の奥(タニジャコウソウ,マネキグサ,カリガネソウなど)

 1866〜1876年に横須賀に滞在したサバチエは,自ら採集した1,800種を含む2,743種の日本の植物をフランスに送り,フランシェとともに「日本野生植物目録」(Franchet & Savatier, 1879)としてまとめた.そのうち横須賀周辺では760種が採集されている.横須賀で採集し,記載した植物のうち現在三浦半島で見られない種類あるいは少ない種類は,タチクラマゴケ(三浦半島になく,県西部に少数),ヘビノネゴザ,ホソバシケシダ,ヤワラシダ(三浦半島を除く県内),ムカゴネコノメ,ヤブムグラ(多摩丘陵),ワダン,イヌイ(県内なし),ウシクグ(三浦半島になし),ヒメホタルイ(箱根),タカネマスクサ(少ない),ハマアオスゲ,ヒメスゲ(箱根大涌谷神山周辺)などである.サバチエ以後では,東京大学理学部の臨海実験所が三崎に開設されたのに伴い,周辺の植物相が調べられ(Yabe, 1990ほか),ウミヒルモ,ソナレマツムシソウなどが記録されている.また,1911〜14年には久内清孝,牧野富太郎らが神武寺の植物を調査し,フモトカグマやタイミンタチバナを採集している(牧野,1914).籾山泰一氏は,1922年以降鎌倉に住み,鎌倉,逗子周辺の植物相を現在に至るまで丹念に調べている(籾山,1934,1935,1982など).その後,横須賀は軍港としての性格が強まり,三浦半島全体が調査困難な地域となったため,1933年の神奈川県植物目録に半島内の記録はあるものの,半島北部地域以外はほとんど調査できなかったと推定される.従って,サバチエ以降三浦半島全体の本格的な植物相調査は戦後再開されたといってもよい.それはおもに大谷茂氏らを中心として1949年に結成された三浦半島研究会やその分科会として成長した横須賀植物会,籾山泰一氏によっている.横須賀植物会や大谷氏による調査は,おもに大谷氏により逐次報告されたが,同時期に,増島弘行・石渡治一両氏により,はじめて「三浦半島植物誌」(1950)として三浦半島の植物相がまとめられている.

 

3)絶滅種,絶滅危惧種の概要(括弧内は標本または記録のある産地と西暦)

 横浜市金沢区は八景,釜利谷など三浦半島基部の東側に当たり,近年の開発が急速である.丘陵地は落葉樹が多い.宅地や道路の造成,海岸の埋立により自然環境の変化が著しく,ミサキカグマ(谷津坂,長浜1957年),ヤマイヌワラビ(文庫1957年),デンジソウ(1956年),ナライシダ,イワトラノオなどは見られなくなり,クマガイソウ,イソギク,タイトゴメなどが減少した.

 七里ヶ浜など鎌倉市の西部では,宅地造成などにより砂浜地が減少し,ハマハタザオ(七里ヶ浜1929年),ユキヨモギ(稲村ヶ崎が基準産地),ヤマハハコ(七里ヶ浜1972年)などが絶滅または減少した.セイコノヨシ(深沢1964年)の記録もある.天園,今泉,十二所など鎌倉市の東部では,三浦半島の脊梁部につながり,山地性の植物が多い.アケボノソウは稀に見られるが,オニカナワラビ,メヤブソテツ(佐助1960年),ヒメイタチシダ(天園1962年),クモノスシダ(1955年),チャセンシダ(1955年),スハマソウ,オキナグサ,ベニシュスラン(1963年),ユリワサビ(散在が池:現鎌倉湖)は現在見られない.

 逗子市は神武寺,二子山,二子谷,沼間など,その森林面積は三浦半島でもっとも広く,森戸川上流部の流域は人家のない河川環境を保っている.また,神武寺は古くから信仰の山とされ,開発を免れている.一方で,逗子市の西部や桜山は宅地開発が進行し,海岸も多くは埋め立てられた.イノデモドキ(二子谷1955年),ハチジョウベニシダ,フモトカグマ(神武寺がタイプ産地),オオキジノオ(桜山1960年),シノブ(1959年まで),キヨスミヒメワラビ(二子谷1946年),ヒカゲワラビ(二子山1953年),ミサキカグマ(桜山1955年),キヨスミギボウシ,オオハクウンラン(桜山1987年),クモキリソウ(神武寺1968年),イズノシマダイモンジソウ(逗子1920年),ミツバベンケイソウ(二子谷),タイミンタチバナ(神武寺1913年),イズセンリョウ,マメザクラ(神武寺1967年),オオウラジロノキ(神武寺),ミツバツツジ(神武寺1967年),ミツデカエデ(神武寺1967年),ミヤマウコギ(神武寺1967年),リンボク(神武寺1967年)などが記録されている.

 長柄,木古庭,不動滝,畠山などの葉山町は半島の北西部に位置し,二子山と大楠山に囲まれ森林の多い丘陵地であったが,ゴルフ場や湘南国際村に関連した宅地開発でかなり環境が壊された.長者が崎はアマモやワダンなどの海岸植物が見られる.タニイヌワラビ(長柄1953年),アマクサシダ,オオバノハチジョウシダ,オオバノアマクサシダ(木古庭1960年頃まで),タニヘゴ(宝金山1966年),ヤマタバコ(長柄,仙元山),ヤクシワダン(長者が崎がタイプ産地),ウリノキ(畠山1967年),マネキグサ(1967年木古庭,畠山などに豊産すると記録されているが,今ではまれ)などが記録されている.

 横須賀市の田浦,衣笠などは半島の東京湾側の大部分を占める地域で,沿岸は市街地化し人口がもっとも密集した地域である.北部は谷が深く,田浦はミウライノデなどの基準産地にもなっている.猿島は東京湾唯一の自然島である.コタニワタリ(田浦),サクライカグマ(田浦1960年),ヒトツバ(衣笠),アマナ,ユリワサビ(田浦),マタタビ(田浦),ヤマボウシ(森崎1967年),マネキグサ(田浦),ヤナギイチゴ(猿島),サカキカズラ(猿島1960年),タイミンタチバナ(猿島)などが記録されている.

 観音崎,馬堀,走水,浦賀などは半島の東部に当たり,観音崎など照葉樹林が残されてはいるものの,宅地開発が著しい.観音崎では1955年頃ホソバノハマアカザ,コウボウムギなどの海岸植物,ヒトリシズカ,オミナエシ,クマガイソウなどが記録されているが今では見られない.馬堀自然教育園でもシオガマギクやハグロソウ,チゴユリなどが記録されたが,環境変化(常緑樹の増加,乾燥化)などで今は見られない.またナギラン,タシロラン,ホルトノキ(横須賀市指定天然記念物),チゴユリなどは見られるが稀である.

 久里浜,野比,神明山,内川新田,佐原などは半島南東部に位置し,三浦半島ではもっとも広い沖積地を含む.ここはかつては平作川の河口で,江戸時代から新田開発され,近年は工業団地となった.千駄が崎は火力発電所建設のため1957年に破壊された.周辺の丘陵地も1960,70年代に開発され,最近は谷戸田の多くが宅地化された.ハイネズ(野比1953年絶滅),エビアマモ(千駄が崎絶滅),イヌクログワイ(吉井1959年),ヒメノヤガラ(野比),タシロラン(神明山1977年),カキラン(千駄が崎1967年),ウラギク(1959年),ハマビシ(1961年にはすでに絶滅の可能性が指摘された.),マメザクラ(野比),ハマハタザオ(千駄が崎1929年絶滅),カリガネソウ,ヒシ(絶滅したと思われていたが,最近長沢の溜池で再発見された)などが記録されている.

 大楠山,芦名,子安,秋谷,大田和,長坂,荒崎などは相模湾側の半島西部で,横須賀ではもっとも人口密度の低い地域であるが,最近丘陵地山林の宅地化が著しい.天神島,荒崎などの海岸は自然海岸である.ヒルムシロ,アケボノシュスラン,カツラ(芦名1978年,道路建設の計画地に隣接し,保全の必要がある),ハマボウ(1935年に佐藤達夫が発見),グンバイヒルガオ(1960年),ソナレマツムシソウ,ミズオオバコ(1960年),ハマアザミ(1959年)などが記録されている.

 武山,長沢などは横須賀の南東部で武山の南西斜面に当たり,照葉樹林が多い.ナギラン,ムカゴサイシン(最近星寛治氏により発見された),イカリソウ,ウメバチソウ(絶滅),ヒメシダ(武1967年),ハリイ(長沢1965年),ハマハタザオ(絶滅)などが記録されている.

 三浦市の黒崎,三戸,小網代,油壷,南下浦海岸,金田,雨崎,剱崎,毘沙門,引橋などの半島の南部は,ほとんどが海岸段丘で,その台地上は耕作地である.唯一小網代に,照葉樹や暖温帯性の落葉樹からなるまとまった森林が残っており,ここには,三浦半島では数少ない干潟も残されている.ミヤマシケシダ,ハマホラシノブ(毘沙門,三戸1963年),シシガシラ(小網代1963年)ミズワラビ(三戸),イトクズモ(江奈湾1968年干潟の周囲の環境が変化したので絶滅した可能性がある),ヒロハイヌノヒゲ(小松が池1962年),アマナ(1979年),ハマニンニク(剱崎),ハマナタマメ(1950年以前から見られていた.),イカリソウ,ヒロハノカワラサイコ,ムラサキセンブリ,ソナレマツムシソウ,ミズキンバイ(毘沙門),ミズオオバコ(三戸),イワタイゲキ,ミシマサイコ,ウラギク(大乗海岸1977年)などが記録されている.

 城ケ島は半島最南部に位置する島で,かつては渡船での行き来に限られていたが,橋の完成と共に,観光地化された.台地上は半島と同じく耕作地である.ハイネズ(かつては野比海岸などでも見られた.),アツバスミレ,ウミヒルモ,ウバメガシ(自然分布によると考えられる.)などが記録されている.

 

3.相模原・愛甲ブロック

 県のほぼ中央部を縦断する相模川を挟んで東岸に相模原台地,西岸には扇状地性の愛甲台地があり,相模川の両岸は侵食によってできた低地が川沿いに広がり,下流は氾濫原で,相模湾に面した湘南砂丘地帯へとつながっている.相模原台地と愛甲台地は,ともに関東ロームに厚く被われた段丘である.

 相模原台地は相模川がつくった河岸段丘で相模川の東側に広がり,西は境川で多摩丘陵との境になっている.東西約7.5km,南北約60kmの範囲にある.標高は160〜50mある.

 愛甲台地は相模川の西岸にあり,丹沢山地の南東麓に発達した台地で丹沢山地から流れる中津川,小鮎川,玉川,歌川,鈴川などの河川で区切られ,さらに細かな台地に細分され,標高は50〜200mである.

 行政的には相模原台地は相模原市,大和市,座間市,海老名市の一部,座間市.相模川低地は海老名市と相模原市,厚木市にまたがり,下流では海老名市の一部,愛甲台地は城山町の一部,愛川,厚木市の一部,伊勢原市の一部になる.

 

1)植生と土地利用

(1)相模原台地(北部)

 台地の上は水利の便が悪く,人は住むことができず,ごく一部の地域を除いて大部分は森林と広漠たる原野が広がっていた.それが明治時代になって開拓が始まり,人々が住みついて,養蚕,農業,林業を営むようになった.それも当時は台地に住む人は少なく,多くの人々は町田や厚木などに居を構えながら,通いで生業に従事していたという.この頃から段丘面は開発が進んで,自然環境は次第に失われ,人為的な植生に置き替わってきた.第2次世界大戦を中心に軍の施設が建造され,戦後は都市化が著しく進捗し,台地面は大規模な工場や住宅団地ができ,ゴルフ場,学校,病院なども各地に建設された.その残る狭い空間は,今なお畑,クワ畑,果樹園などの農地として営まれている地域もあれば,クヌギやコナラの雑木林,スギやヒノキの植林地として残されている所もある.かつて重要なエネルギーを供給していた雑木林も,宅地開発が進んで,ますます消失していく様になり,貴重な緑の資源を今は環境保全地域に指定し,保護している.自然植生の消滅に伴い,農地や都市の空間は都市雑草が顕著になり,植物相も貧化してきた.

 一方,台地の縁辺部を形成する河岸段丘では,過去の豊かな植物相の断片を垣間見ることができる.今では県内では稀産となった植物の生育地が,今も段丘崖の一部に,個体数は少ないながらも残っている.これらの種類は,過去の植物相を類推する上に重要なものばかりである.段丘崖に発達したシラカシを主体とした照葉樹林やケヤキ林などは,長い間伐採されずに放置されてきたため,過去の自然植生に復元しつつある所もある.大和市草柳のシラカシ林はその例であり,飛行場の傘下にあって保護されてきたもので,県の天然記念物に指定されている.段丘崖の多くは竹林やスギ・ヒノキ植林などの人為植生で占められているが,一部の地域にはシラカシ,アラカシ,スダジイなどの照葉樹やケヤキ,エノキ,ムクノキの落葉樹の良好な林が形成されている.

(2)相模川低地 

 相模川沿いの低地は,段丘崖から流出する小河川や相模川の水を利用して,古くから水田地帯として開け,今もかなりの田園地帯が広がっている.しかし,最近は宅地化が進み,工場の進出も目ざましい.水田は区画整理され,農薬の使用により,植物相も単一化し,雑草の種類も少なくなった.

 河川敷は梅雨の頃や台風シーズンには増水によってリフレッシュされ,そこに生える貧養の砂礫地を好む河原植物も多く見られたが,最近は上流にダムが建造され,土石流は滞留して土壌の流失がなくなり,富栄養化が進み,自然植生が消失し,それに置き替わって帰化植物などの雑草がはびこっている.一方,河川敷の利用も盛んに行われるようになり,自動車やオートバイの乗り入れなどによって植物の生育できる環境が著しく減少しつつある.

(3)愛甲台地

 愛甲台地も相模原台地と同様に都市化が進み,工場団地,住宅団地,ゴルフ場などに開発され,河岸段丘もほぼ同様な二次林的な植生が発達している.相模原台地と異なるところは,小河川によってできた谷戸が各所に見られることである.しかし,昭和44年に休耕田制度ができてからは,休耕田や放棄水田が各地に見られるようになり,そこにはヤナギ類やハンノキ等の樹木,ヨシ,ススキ,セイタカアワダチソウ等が侵入し,かつて見られた豊富な水生,湿生植物も絶滅してしまった.

 

2)特記すべき植物

(1)相模原台地(北部)

 雑木林は薪炭用に伐採すると,再び成長して伐採するまでに10数年の年月を要する.この繰り返しの間にススキ草原が出現し,そこには陽地生の草原植物が各地に見られた.典型的なものの一つに薬用植物として価値の高いミシマサイコがあった.相模原台地はその採集地として格好の場所で,古くは鎌倉柴胡として朝廷へ献上したと言われ,別の名を柴胡の原とも呼び,相模原市にはその名残りの地名が今も残っている.しかし,現在はミシマサイコの姿はなく,地元ではこの由緒ある植物を栽培で増やそうという運動が起こっている.また台地にはかつては飼料用の採草地やわらぶき屋根用の茅場(ススキ草原)があり,毎年手入れされ維持されてきた.現在は開発と,需要の減少による採草地・茅場の放棄によって自然消滅した.

 草原生の植物はミシマサイコのほかに,ノジトラノオ,オミナエシ,キキョウ,ツルカコソウ,ゴマノハグサ,ハバヤマボクチ,モリアザミ,アズマギク,ナンバンギセルなども40年ほど前まではよく見られたようであるが,今は減少または絶滅しほとんど見ることができない.一方,クヌギ・コナラ林も利用価値がなくなって放置されたため,林床にはアズマネザサがはびこり,かつて生育していたワダソウ,オニノヤガラ,ササバギンラン,キンラン,クマガイソウなども減少してきている.

 段丘崖から流れ出る小河川の林縁にはイカリソウ,ヤナギイノコズチ,アズマイチゲ,ニリンソウ,イチリンソウ,ハグロソウ,ヤマブキソウ,レンプクソウ,アマナなどの小規模な生育地がある.アズマイチゲは相模原市の鶴間に一ケ所見られるだけ,ヤマブキソウやレンプクソウも生育地は著しく狭められている.現在知られるヤマブキソウの生育地は津久井町,愛川町,大和市,相模原市などの一部にあるが,環境の変化が著しく自然消滅の恐れがある.レンプクソウは伊勢原市,愛川町,藤野町,相模湖町,大和市,相模原市などに分布し,相模原市では上鶴間,上矢部などの段丘崖の下部のやや湿った草地に生えるが,個体数は数えるほどしかない.相模原市の東橋本には山地生のクルマバツクバネソウがモウソウチク林内(海抜125m)に数個体生育している.ヤナギイノコズチは相模原台地と愛甲台地の河岸段丘にだけ見られる稀産種である.

(2)相模川低地

 相模川低地はごく限られた地域に自然植生が断片的に存在するが,一方ではかなり荒廃し植物の生育できない不毛な環境も増加している.水辺に生えるタコノアシは日本自然保護協会のレッドデータブックでは危急種に指定され,全国各地で絶滅または絶滅寸前の状態にあると報告されている.県内では山地をのぞく平野部に点在し,相模川低地では相模川に沿って湿った草原や休耕田には比較的多く生育している.最近では愛川町の相模川沿いの休耕田に広く群生しているところを発見した.無量光寺の湿った休耕田でヒメウキガヤ,勝坂遺跡の水辺にはウキガヤの群生地が見られたが,いずれも絶滅危惧植物で県内の自生地は相模原市だけ,最近の調査では生育状況の確認はできなかった.シギンカラマツは相模原市当麻の林内で発見されたもので,県内の確実な自生地は,ほかに相模湖町だけである.

 河川敷にはかつてはカワラアカザ,カワラヨモギ,カワラハハコ,カワラニガナ,カワラノギクなど,貧養の河川敷に生える特有の河原植物も群生して見られたが,今は減少の一途を辿っている.河原のグランド化,ランドクルーザーやオフロードバイクの乗り入れなど,河川敷の富栄養化と過剰利用によって,このまま放置すればやがて相模川からカワラノギクなどの群落は消えてしまうであろう.河辺に生育するものには海老名市や座間市のミクリ,相模原市のホソバイヌタデ,水中に生育するものには厚木市のセンニンモ,座間市,厚木市,海老名市のリュウノヒゲモ,座間市,海老名市のミズオオバコなどの稀産種があり,いずれも生育地が限られているものである.

(3)愛甲台地

 愛甲台地を刻む谷戸の水田にはミカワスブタ,ミズニラ,ホシクサなどが見られた.ミカワスブタは類似のスブタとの比較研究が必要な種類であるが,不完全な標本が1点あるのみである.厚木市荻野にある弁天山の池は砂利採石のためにできた人工池で,既に採掘が終わってから長い間放置されてきた結果,最近思わぬ希少植物が生育していることが解った.それはイヌタヌキモとイトモで,県内での分布は箱根仙石原を除いて,現在はここだけに見られる貴重な存在である.ハイチゴザサは県内では愛川町八菅山,津久井町,厚木市だけに知られる希少種である.津久井町の稲生はまだ昔の面影を残す水田や雑木林があり,カタクリ,アマナ,ヤマエンゴサク,ミチノクフクジュソウなどが生育している.カタクリは愛川町にもあり,町では保護している.

 

3)絶滅種,絶滅危惧種の概要

 絶滅種にはセンリョウ,ヌカボタデ,ホソバイヌタデ,サデクサ,ミシマサイコ,サクラソウ,ノジトラノオ,クチナシグサ,ハマウツボ,ハナムグラ,ツルカコソウ,キキョウ,オミナエシ,ツルカコソウ,アズマギク,モリアザミ,キバナノアマナなどがある.サクラソウの分布は口伝で,実際に生育していたかどうか,文献も標本もないが,環境からみても,かつては生育していたことは容易に想像できる.

 絶滅危惧種にはトリゲモ,ヒメコウホネ,カザクルマ,イヌタヌキモ,トチカガミ,トキホコリ,フクジュソウ,ヤマエンゴサク,ゴマノハグサ,ハバヤマボクチ,ウキガヤ,ヒメウキガヤ,ミカワスブタ,アマナ,セッコクなどがある.このうち,ヒメコウホネ,ウキガヤ,ヒメウキガヤ,ミカワスブタなどは消息不明であり,再調査の必要がある.厚木の弁天山の池のイヌタヌキモ,イトモは現在は安泰であるが,地権者が近い将来埋立を計画しているので,絶滅が憂慮される.早急に現地での保護対策か移植対策が必要である.

 

4.湘南ブロック

 神奈川の中央部に位置する湘南ブロックは相模原台地の南部,江ノ島,相模平野,湘南砂丘地帯から成る.

 相模原台地は古い氾濫原が相模川の下刻作用によってできた河岸段丘の台地として藤沢市,茅ヶ崎市の北部から城山町にかけて,東は境川,西は相模川を境に細長くのびる洪積台地で,北から南に向かって極めて緩やかに傾斜している起伏の少ない平坦な台地である.しかし,段丘面には境川,引地川,小出川,目久尻川やその支流が南北方向に樹枝状に発達し,比較的狭い谷幅であるが樹枝状谷を形成している.江ノ島は陸繋島として知られ,相模湾に突出し,海岸は三方とも海波による浸食を受け海食崖が形成され,島の上部は平らな台地になっている.

相模平野は相模原台地と大磯丘陵,愛甲台地の間に広がる低地で,相模沖積低地と呼ばれ,相模川を中心に河川の堆積作用によりできた平野である.相模川,花水川沿いは川の氾濫によって自然堤防ができ,その背後には低湿地が発達している.湘南砂丘地帯は東が境川,西が花水川までの海岸線から内陸へ5〜6km入った範囲の砂丘地である.

 湘南ブロックの行政的な所属は綾瀬市,寒川町,藤沢市,茅ヶ崎市,平塚市の全域と伊勢原市の南部が含まれる.

 

1)植生と土地利用

(1)相模原台地(南部)

 相模原台地における自然植生への人為的干渉は古くからはじまり,平坦地は畑に,境川,引地川,小出川,目久尻川沿いの低地は水田,傾斜地はスギ・ヒノキ・サワラの植林,クヌギ・コナラなどの雑木林として利用されてきた.しかし,段丘崖や鎮守の森,郷土の森,屋敷林にはシラカシ,スダジイ,タブノキ,ケヤキを主体にした自然林が維持存続されてきた地域である.現在,この地域の土地開発は急速に進み,かつての田園は市街地の拡張,住宅造成,公共施設,工業団地,市民公園に転用され,田畑は分断,侵食され,郷土の森として維持されてきた森,屋敷林は失われ,自然林は僅かに社寺林,相模川に面した段丘崖に段丘の崩壊防止の保安林として断片的に残されているにすぎない.スギ林,クヌギ・コナラ林も減少し,また手入れ不足が目立ち,林内にはアズマネザサが密生しているところが多い.放棄地,休耕田畑,土手,畦道にはセイタカアワダチソウ,オオブタクサ,アレチウリなどの帰化植物が急速に増えている.

(2)江ノ島

 島の東岸一帯は湘南港として開発され埋め立てられているが,島全体にスダジイとタブノキを主体とした自然林が残存している.島の上部は平らな台地で,ヤブコウジ−スダジイ群集やイノデ−タブノキ群集が,海食崖には断崖海岸を特色づけるイソギク−ハチジョウススキ群集などが見られ,湘南ブロックではよく保護されている地域である.

(3)相模平野

 古くから土地開発された相模平野には自然植生はほとんど残存していない.低湿地は水田,その他は畑として広く利用されてきた平野には,かつては水田の周辺に池沼,溜池,泥湿地が点在し,神奈川県下では水辺植物,湿地植物の有数な自生地であった.しかし,最近の土地開発は著しく市街地の拡張,住宅団地,公共施設,工業団地,道路などの建設により,沼池,湿地は埋め立てられ,水田は縮小と乾田化が進み,好適地が失われ,水辺植物,湿地植物は激減している.相模川や花水川の河辺植物も河川敷工事や廃水による富栄養化が進み,代わりにセイタカアワダチソウ,オオブタクサ,アレチウリなどの帰化植物の繁茂が著しく在来の種類を駆逐している.

(4)湘南砂丘地帯

 早くから都市化の進んだ地域である.終戦直後までは海岸線に沿った砂浜にはコウボウムギ,ハマエンドウ,ハマゴウ,ハマニガナ,ハマヒルガオ,ハマボウフウなどの大群落があり,見事な花園を見ることができた.海浜植物の生える後背地のクロマツ林内にはクゲヌマラン,ハマカキランが普通に自生していた.しかし,終戦後の開発は目覚ましく,砂浜であったところに住宅団地,工業団地,商業地,公共施設,観光施設,海浜公園,ゴルフ場,バイパス道,遊歩道ができ,自然海岸は著しく失われ,海浜植物は減少し,以前のような群落を見ることはできない.最近,帰化植物のアメリカネナシカズラが海浜植物に寄生し,生育に悪影響を与えている.

 

2)特記すべき植物

 ハマウツボは海岸や河原の砂地に生え,神奈川県では久里浜,七里ヶ浜,辻堂,茅ヶ崎,平塚,大磯,山北に分布していた記録がある.特に湘南海岸は好生育地で,この地で採取された多数の標本が残されているが,海岸一帯は著しく変貌し,宿主のカワラヨモギの衰退とともに県内から消滅したと思われていた.しかし,1992年に平塚市岡崎で自生地が再発見され,無事が確認された.た.クゲヌマランは湘南海岸のクロマツ林内の砂地に生える稀産種で,鵠沼が基準標本の産地である.ハマカキランはクロマツ林内の砂地に生え,クゲヌマランと生態はよく似ている.湘南海岸一帯に防砂林として見事に生えていたクロマツ林は太平洋戦争末期から戦後にかけて伐採され極端に失われた.その影響を受けてハマカキランの個体数は激減した時期もあった.しかし,昭和35年(1960)頃から再び防砂林としてクロマツが植林され復元されるとともに増殖してきた.

 

3)絶滅種,絶滅危惧種の概要

 湘南ブロックには、多くの絶滅種(36種),絶滅危惧種(25種)がある.その影響を及ぼした原因には長年に渡るいろいろな要因が複雑に組合わさっている.例えば,開発や改修工事などによる自生地の消失,スギ林やクヌギ,コナラなどの二次林,茅場の手入れ放棄,クロマツ林の伐採,水質汚染や富栄養化などの環境変化による生態系の不均衡(帰化植物の侵入),除草剤の使用.園芸目的の採取などがある.

 相模平野の低湿地に広がっていた水田やその周辺に点在していた池沼,泥湿地,溜池には湿地を好むミズニラ,コマツカサススキ,ミズアオイ,ミズユキノシタ,アサザ,ミズネコノオが生育していた.これが開発が進むにつれて埋めつくされ,また水田の安渠排水による収穫後の乾田化,除草剤の影響によって失われた.相模川,花水川流域は水生植物,河辺植物の産地として知られていたところである.やはり河川改修工事による環境変化や汚水,富栄養化の進行による生態系の不均衡により絶滅した種類にカワツルモ,タチモ,フサモ,カワラアカザと絶滅危惧種にササバモ,ヒロハノカワラサイコ,カワラノギクがある.

 湘南砂丘地帯の片瀬,鵠沼地域から絶滅した貴重植物は多い.この地域は昭和初期(1930)に小田急線の建設とそれに伴う開発によって砂丘列間の貧栄養で酸性度の高い低湿地の消失により食虫植物のミミカキグサ,ホザキノミミカキグサ,ムラサキミミカキグサ,湿地植物のヒメナミキ,ヤナギヌカボ,ゴマクサ,ミズキカシグサ,イヌイが絶滅した.なお,シダ植物のデンジソウは昭和50年(1975)までは鵠沼女子高校の裏手の湿地に生えていたが,ここも埋め立てられて失われた.湘南海岸は終戦後の目覚ましい開発により自然海岸は狭められ,砂浜は著しく失われている.なかでも,辻堂の海岸一帯は江戸末期から海軍の演習場として広面積が一般の立ち入り禁止区域で,辻堂の砂丘と呼ばれ,自然植生の残されていた随一のところであった.しかし,この地も民間に払い下げられ開発され,多くの海浜植物が失われた.海岸一帯から絶滅した種類にハマウツボ,ハママツナ,スナビキソウ,カワラアカザと絶滅危惧種にスナシバ,オニシバがある.

 神奈川県では湘南海岸のクロマツ林だけにしか自生しないクゲヌマランがある.クロマツは太平洋戦争中動力燃料の松根油抽出のためや終戦後の薪炭材として伐採され,クロマツ林が極端に失われた.そして,クゲヌマランは,生育環境の破壊と山草愛好家の採取により一時失われたかと思われたが,人家の庭先に保護されていることが確認された.

絶滅種 ミズニラ,デンジソウ,カワツルモ,コマツカサススキ,ミズアオイ,イヌイ,ヤナギヌカボ,サデクサ,カワラアカザ,ハママツナ,カワラアカザ,コキツネノボタン,ミズキカシグサ,ミズユキノシタ,タチモ,フサモ,ノジトラノオ,アサザ,フナバラソウ,ミズキカシグサ,スナビキソウ,ミズネコノオ,ヒメナミキ,ミミカキグサ,ホザキノミミカキグサ,ムラサキミミカキグサ,キキョウ,アズマギク,モリアザミ.

絶滅危惧種 コヒロハハナヤスリ,ハコネオオクジャク,サンショウモ,ミクリ,ササバモ,トチカガミ,ミズオオバコ,スナシバ,オニシバ,ホシクサ,ヒメコウガイゼキショウ,アマナ,クゲヌマラン,トキホコリ,ヒロハノカワラサイコ,レンリソウ,アリアケスミレ,ハマウツボ,ゴキヅル,カワラノギク.

 

5.西湘ブロック

 ここでいう西湘ブロックとは大磯丘陵,曽我丘陵,渋沢丘陵の丘陵地帯と,金目川以西の足柄平野全域を含むブロックである.大磯丘陵には高麗山,吉沢丘陵には鷹取山,曽我丘陵には曽我山,渋沢丘陵には頭高山がある.それぞれ独立の丘陵帯ではなく,盆地状の低地を囲みながら丹沢山麓から相模湾に臨むまで,多少の起伏を伴いながら連続した丘陵を形成している.最も高い曽我山でも標高327mであるが,東海道を東から来て金目川を渡ると,照葉樹林におおわれた高麗山がいきなり突出しているので,標高は低くてもその存在感は大きい.足柄平野は酒匂川,早川によって堆積された沖積平野で,曽我丘陵と箱根山麓の間に広がっている.西湘ブロックの行政的な所属は大磯町,二の宮町,中井町,大井町,開成町,の全域と平塚市,秦野市,松田町の一部ならびに小田原市の大部分が包含される.このブロックは地勢的に大磯丘陵,曽我丘陵,吉沢丘陵,渋沢丘陵を包含する丘陵部と足柄平野を主とする平野部におおよそ二分することができる.東は金目川を隔てて湘南ブロックに接し,北は丹沢ブロック,西は箱根ブロックに接する.

 

1)植生と土地利用

(1)丘陵部

 大磯丘陵の高麗山は社寺林として保護されてきた歴史があり,現在,高麗山南面は県の天然記念物の指定を受けている.ここでは常緑広葉樹林におおわれた自然植生を見ることができる.高麗山に続く湘南平は観光地化し,公園風に整備されている.吉沢丘陵の鷹取山は社寺林として保護され,現在も緑地保全地域に指定されているが,鷹取山に続く丘陵地はゴルフ場として開発されたり,大規模な霊場となっている.しかし,畑や二次林も広範囲に残されている.渋沢丘陵は畑,ミカン栽培,植林,ゴルフ場開発,工場,小松製作所実験場などの進出に利用された土地以外,二次林域もかなり広く残されている.曽我丘陵は,ほとんどウメとミカンの栽培農地として開発され,一部は植林地で,二次林はわずかに残されているにすぎない.丘陵部のどの地域の二次林も主に,コナラ,クヌギ,イヌシデ,マメザクラなどから構成される里山らしい景観を保っていたが,次第に手入れがされない荒れた林が多くなりつつある.

 二次林の林床にはシュンラン,ランヨウアオイ,ウメガサソウ,キンラン,ギンラン,クマガイソウ,エビネなどが豊富に生育していた.

 丘陵部はゴルフ場の開設,高速道路を含む道路網の整備,工場や宅地の増加,植林などによって,二次林域が縮小されつつあり,燃料革命以後の二次林の管理放棄が植生に大きな影響を与えているということができる.

(2)平野部

 足柄平野は小田原市の発展に伴ない,都市化の面積が拡大し,平地林,水田,農地の縮小が著しい.酒匂川,狩川の水系周辺は地下水が豊富で良質の水資源を供給することから,フィルム,製菓,製薬などの工場進出も多い.かって,30年前には小田原市郊外の狩川にバイカモが群生し,無数の白い可憐な花を水流に浮かべていたものである.河川,水田用水路にはバイカモに限らず各種の水草類が豊富であった.

 小田原城跡や小峰森林公園付近にはクス,タブ,ウラジロガシ,シイなどの常緑広葉樹がよく生育し,小規模ではあるが県立小田原高校にはこれらの樹種が樹叢を形成し,保護されている. 

 海岸ではハマヒルガオ,ハマダイコン,ハマエンドウなどの海浜植物が生育しており,ヒメユズリハ,トベラなどの沿海植物も分布している.しかし,西湘バイパスの施工などによって海岸景観は一変し,植生にも大きな影響があった.

 

2)特記すべき植物

 かって,除草剤が一般化していない時代には,水田の雑草としてごくありふれていた植物たちが,1965年頃からの除草剤の普及とともに姿を消し,まぼろしの植物となってしまったものも少なくない.デンジソウもその1種であるが,たまたま秦野市,中井町の水田に生育しているのが発見された.カンアオイ属の植物は地域的分化がいちじるしく,神奈川県内でも6種を数える.オトメアオイはフォッサマグナ要素の植物の一種と考えられ伊豆,箱根南部,西湘ブロックに分布する.渋沢丘陵の頭高山はオトメアオイの北限であり,ズソウカンアオイの南限でもあるという.ズソウカンアオイは伊豆,箱根北部,丹沢南西部,渋沢丘陵に分布する.ヒメタデは神奈川県ではまれな植物である.ヤブサンザシは県内では希少な植物である.エゾミソハギは県内ではこのブロックにだけ分布する.コイケマはややまれで他の地域にも記録されているが,西湘ブロックがもっとも分布量が多い.モクレイシは分布上きわめて興味深い植物で,県内では西湘ブロックだけに産する.

 

3)絶滅種,絶滅危惧種の概要

(1)絶滅種

 元来,神奈川県では分布が希少で報告例も少ないナンカイイタチシダは過去に小田原で記録があるが,10年以上分布確認の報告はないので絶滅したと考えられる.丘陵地帯に相当数分布していたクマガイソウは,山草マニアの標的として乱採取され,絶滅したと思われる.特異な葉形なので,遠くからでも容易に発見できるために,取りこぼされることもなく採取されつくしたようである.オトコゼリは記録にあるが,個体数は少なかったものと思われる.その後,分布確認の報告はない.フサモは酒匂川の30年前の標本があるが,10年来分布確認の報告はない.

(2)絶滅危惧種

 除草剤の普及使用によって水生植物の多くが絶滅の危機にある.デンジソウ,ミズワラビ,サンショウモ,オオアカウキクサ,ミズオオバコ,ミズハナビ,イトモ,イトトリゲモ,ヤナギスブタなどがその例である.山草マニアの標的にされて絶滅に近い状態に追いこまれているのはエビネである.分布域が限定されているものにはイタチササゲがある.個体数が少ない種類については,つねに絶滅の危惧をともなう.コバノイシカグマ,オオバノアマクサシダ,アカハナワラビ,コヒロハハナヤスリ,オオキジノオ,キダチネズミガヤ,タシロラン,ハマハタザオ,レンリソウ,ゴキヅル,バアソブ,ヒメタデ,カワラアカザ,アズマツメクサなどはその例である.

4)その他

 西湘ブロックの丘陵部には,相当広い面積の二次林が残されている.燃料革命以前には住民の生活に密着して,重要な役割をになっていた里山も,今の山林のままではなんらの付加価値も生み出し得ない.廃棄物不法投棄の場所にされ,荒れるにまかせる状態も少なくない.土地所有者が所有権を放棄するのは,なんらかの開発が計画され,企業に売却するときであり,残存する貴重な植生も逐次失われることになろう.今後,絶滅種がさらに増加することは避けられないものと思われる.絶滅危惧種として挙げなかったものでも急速に個体数を減少しているものにキンラン,ギンランなどがある.

 

6.丹沢ブロック

 ここでいう丹沢ブロックとは,南は酒匂川から北は道志川までの山地をいう.東縁は仏果山,経ヶ岳,高取山の山地である.西縁は山梨県の山中湖村,都留市,道志村に接する大室山,加入道山,城ケ尾峠,菰釣山の稜線である.このブロックには世附国有林,中川国有林,玄倉国有林,三保県有林,丹沢県有林などの公有林が多く,大部分は丹沢大山国定公園,および県立丹沢大山自然公園に指定されている.標高1,672mの蛭ヶ岳を最高峰として,1,000m以上の標高を保つ山が10座以上も連なっており,その山々の間は深い渓谷が多い.行政面からは津久井郡津久井町,足柄上郡山北町,愛甲郡清川村の3町村がもっとも大きな面積を占め,周辺の一部は足柄上郡松田町,秦野市,伊勢原市,厚木市に所属する.

 

1)植生と土地利用 

 大まかには丹沢山塊の南側で標高800m,北側で標高700m以上でシイ帯からブナ帯に移行する.高度差と,複雑な地形変化に対応して,植生もさまざまな様態を示す.比較的平坦な山頂部,急峻な傾斜地,岩盤の露出した岩角地,流水の飛沫を受ける渓谷渓岸にはそれぞれに適応した群落が構成される.夏季に太平洋から吹き寄せる雲霧の影響で稜線上でも湿り気が保たれ,サワグルミなどの湿地植物が檜洞丸山頂などに生育し,樹幹には多くの着生植物を見ることができる.

 丹沢ブロックの植生は,その地域の峻険さや地理的不便さから,神奈川県の他の地域に比べ,過去もっとも人為的撹乱を受けることが少なかったということができる.しかし,次に述べる要因によって,植生の変化は急速に進みつつあり,絶滅の危機にある植物の種類も少なくない.

(1)信仰と植生

 丹沢山塊のなかでもっとも古くから知られていた山は大山である.信仰の対象として,寺社の建立,参道の整備,周辺にスギの植林が行なわれ,荘厳な神域が維持された歴史は古い.大山に比べ規模は小さいが,幕末の頃,塔ヶ岳が地元では尊仏山(孫仏さん)と呼ばれ,岩場の多い表尾根の行者ヶ岳とともに山岳宗教の対象として,敬虔な信徒が往来し,その延長は不動の峰,最高峰の蛭ヶ岳まで伸びた.当時,蛭ヶ岳は薬師ヶ岳と呼ばれたという.明治中期以後,大山以外は信仰対象の人が次第に減少し,駒鳥採り,きこり,炭焼きなどで入山する人がある程度で,登山道はむしろ荒れた状況になったという.東丹沢の仏果山や経ヶ岳も,その名前が示すとおり信仰との関わりが深く,八菅山を役の小角が開いて以来,修験者たちの行場として知られていた.信仰が植生に影響を与えるのは大山のような寺社の建立,周辺の整備,広範囲の植栽による場合であるが,二次的には観光地化に伴うケ−ブルの敷設などの影響でさらに増大する.

(2)林業施策と植生

 丹沢の森林が良材を産出することから,北条氏は小田原に城を築いて以来,丹沢から木材を小田原に運んだ.徳川氏も江戸に城を築いてからは丹沢の多くの山林を直轄の御林とし,木材資源の確保に意をそそいでいる.見回りの役人が越えた峠,見回りの印しに札をかけた場所が,物見峠や札掛けという地名で残り,今も当時を偲ばせている.明治以後,それらの山林は御料林,国有林となって営林署が所管している.

 1955年頃から,技術改革によりブナ材のパルプ化が可能となり,大規模なブナ林伐採が行なわれ,同時に木材資源による山林の有効活用をめざす全国的な植林運動が高まり,拡大造林の名のもとに自然林の伐採と,スギ,ヒノキ,カラマツの植栽事業が精力的に展開された.公有林,民有林を問わず,徹底した植林の実施は丹沢山塊の植生を広範囲に変貌させた.自然林伐採跡地は一時的に大型草本の生育を促進し,シカの好適な生育環境を生み出した.シカによる植栽苗の食害を防ぐため,防鹿柵が設置されて,シカの活動範囲は狭められ,丹沢大山国定公園の特別保護地区として指定された尾根部の,植林を免れた自然林に多数のシカが集中することになった.その結果,草本類がシカの食害をうけ,種類によっては絶滅するほどの影響を受けることとなった.シカの食害による植生への影響は木材資源をめぐる人為的措置と密接に関連している.

 木材資源の開発のために丹沢山域内には林道の開設が進められている.山波五湖ネットワ−クと称する県の企画する事業もある.林道の開設は道路の幅だけの問題ではなく,傾斜面に谷を横切って林道を開設するために,その道路周辺下部斜面全域の自然環境を破壊するほどの影響を与える.

(3)登山と植生

 丹沢は,首都圏内にあって,比較的交通の便が良く,峻険な1,000m以上の山岳風景を楽しむことができることから,多くの登山者に親しまれている.また,深い渓谷が多く,難易さまざまの沢登りのル−トがあり,体力,技術に応じて壮快さを味わうことができ,全国的な沢登りのメッカとなっている.1955年には国体山岳部門が丹沢を舞台に展開され,これを契機に登山路の整備が進み,爆発的な丹沢登山ブ−ムが到来した.塔ヶ岳の年間登山者は300万人を超えるといわれ,登山者の踏圧によって登山路や山頂は無惨に裸地化された.塔ヶ岳ほどではないにしても蛭ヶ岳,檜洞丸,丹沢山,鍋割山のなど多数の登山者が集まる山頂は,いずれも裸地化が進みつつある.また,その対策として西洋芝の種子を裸地化した山頂や登山路に散布することなども試みられている.塔ヶ岳登山路として古くから利用されている大倉尾根は,もっとも裸地化がひどく,大規模な植生回復の施工が施されている. 

(4)山草ブ−ムと植生

 登山ブ−ムに続き,1965年頃に始まる山草ブ−ムは,ハコネコメツツジやラン科植物を標的として,園芸業者や山草マニアによる執拗な不法採取が行なわれた.その結果,丹沢におけるいくつかの種類に絶滅の危機をもたらしている.

(5)ダムと植生

 丹沢ブロックには奥相模湖,丹沢湖があり,現在建設中の宮ケ瀬ダムがある.ダム建設にともなう自然環境の変化が植生に与える影響は,単にダムに沈む地域の問題だけではなく,その下流の渓谷の環境を一変させることによって,渓岸の植生を大きく変化させる.さらに,ダムができればその周辺地域を観光地化することによって,自然破壊の範囲が拡大され,植生に大きな影響を与える.

 

2)特記すべき植物 

 1905年(明治38年)武田久吉氏が学生時代に玄倉川を経て塔ヶ岳に登り,イワシャジン(Adenophora takedai Makino)を採集し,牧野博士が新種として武田氏に献名, 記載しているのが丹沢の植物が研究の対象になった最初のことであろう(これより先,英国人が大山で採集し,イトシャジンと誤認した経緯がある)

 1913年(大正2年)武田久吉氏はヤビツ峠越えで札掛から塔ヶ岳に登り,植物の観察,採集をしている.この記録のなかにハクサンオミナエシ,フジオトギリが登場するのは興味深い.キンレイカやクロテンコオトギリの誤認であろうと思われるが,標本を伴っていないので確認できない.丹沢の植物の分布(植物相)を検討し,絶滅植物を考定する場合に,記録をどのように扱うかの難しさが,すでに最初の記録から存在するのである.マツノハマンネングサに格別関心を示していないのは,富士山周辺で採集活動を活発にされ,十分に観察されていたからであろう.ツリシュスランを採集品の白眉とされているところから,もともとこの植物は個体数の少ない植物であったことがわかる.

 丹沢に分布が限られる特徴的な植物にはサガミジョウロウホトトギスが挙げられ,丹沢を分布の中心としていると考えられる植物にはタンザワヒゴタイ(トゲキクアザミ),クロテンコオトギリ,ヒトツバショウマなどがある.全国的に希少で,丹沢にも稀に分布する植物としてヤシャイノデ,ハルナユキザサ,フジチドリ,アオチドリ,イイヌマムカゴなどがあり,やや稀な植物としてホソバツルリンドウ,ウメウツギ,ウスギオウレン,クロカンバ,ツルガシワなどがある.分布上興味深い植物としてアカイシコウゾリナ,トダイアカバナ,タンザワウマノスズクサ,ヨコグラノキ,マツノハマンネングサ,カワチブシ,イワシャジンなどがある.全国的には稀ではないが神奈川県内では稀な植物としてミヤマベニシダ,ウスバサイシン,クルマユリなどがある.神奈川県で温帯性植物の分布を見るのは丹沢や箱根に限られるから,県内では丹沢だけに分布する植物の例は少なくない.キバナウツギ,オトコヨウゾメ,ムシカリ,オニルリソウなどがそれに該当する.

 

3)絶滅種,絶滅危惧種の概要

絶滅種 ヒモカズラ,ウスヒメワラビ,シムライノデ,タチヒメワラビ,オオバショリマ,アオガネシダ,イワダレヒトツバ,マンネンスギ,イッポンワラビ,キバナアマナ,オオキツネノカミソリ,ノビネチドリ,ヒメフタバラン,フジチドリ,キソチドリ,ヒナチドリ,オオタマツリスゲ,アツモリソウ,カモメラン,ダイサギソウ,ムカゴソウ,アリドウシラン,ミヤマモジズリ,シウリザクラ,タカノツメ,クガイソウ,オオバノヨツバムグラ,ニッコウヒョウタンボク,クサヤツデ,クリンユキフデ,レンゲツツジ,コハクウンボク

 以上の植物のうち,ラン科植物はもともと稀産種で幸運な機会に恵まれなければ観察できない種類が多く,絶滅か否かを断定することは困難であるが,最近の10年間には信頼できる分布の情報が得られていない.人為的に絶滅に追い込まれたと考えられる例としてイワダレヒトツバ,アツモリソウがある.明らかに山草業者やマニアによる乱採取で絶滅したものもある.シカの食害によると考えられるものにクガイソウがある.もともと蛭ヶ岳周辺だけに分布していたものであるが完全に姿を消した.現在分布を確認できないもので,過去の記録にある植物は多数あるが,それらのうち標本をともなっていないものについては,同定の信頼性や分布の可能性について慎重に検討した.その結果,ショウキラン,コイワカガミ,ミヤマママコナなどは誤同定と判断して絶滅種群から削除した.丹沢植物研究の草分けであった武田久吉博士の最初の記録にフジオトギリ,ハクサンオミナエシが登場することは前に述べた.両種についてはクロテンコオトギリ,キンレイカの誤同定であったろうとして削除してある.

絶滅危惧種 ヒメハナワラビ,ヤシャイノデ,ミヤマウラボシ,シノブカグマ,ホクリクイノデ,ヒメイワトラノオ,ヌリトラノオ,チャセンシダ,ホテイシダ,ヒメサジラン,アオネカズラ,ムクゲシケシダ,イヌチャセンシダ,ゴヨウマツ,コメツガ,タイワンヤマイ,ユウシュンラン,フガクスズムシ,セイタカスズムシミヤマジュズスゲ,クルマユリ,ハルナユキザサ,ナツエビネ,キソエビネ,アオチドリ,ベニカヤラン,シュスラン,ヒメムヨウラン,サカネラン,ツレサギソウ,ヤマトキソウ,ヒトツボクロ,キジカクシ,クルマバツクバネソウ,ヒメシャガ,ムギラン,コアツモリソウ,ハコネラン,エゾスズラン,ベニシュスラン,ジガバチソウ,アオフタバラン,ホザキイチヨウラン,ヨウラクラン,コケイラン,ジンバイソウ,ミズチドリ,ナガバノキソチドリ,オオヤマサギソウ,ウチョウラン,オオハクウンラン,ウスバサイシン,ベニバナヤマシャクヤク,ルイヨウボタン,エゾノタチツボスミレ,ヒカゲツツジ,イナモリソウ,ヤナギタンポポ,マダイオウ,フクジュソウ,ミツバベンケイソウ,ザイフリボク,サクラスミレ,ムラサキツリガネツツジ,ナベナ,カニコウモリ,タカサゴソウ,オオモミジガサ,アズマギク,ミヤマヤナギ,マツグミ,ヤマブキソウ,コンロンソウ,ヤシャビシャク,ヒロハノカワラサイコ,タチフウロ,ヒゴスミレ,ムラサキ,ヤマジソ,ハシリドコロ,ヒメトラノオ,ヤブムグラ,オオキヌタソウ,カワラノギク.

 ここに挙げた植物群は,絶滅危惧種であるが,その生態は多様である.希少種で,幸運な出会いの機会がなければ分布の確認ができないものにラン科の多くのものが含まれる.過去10年間にたまたま1回,信頼できる分布の情報が得られたというものもある.サカネラン,キソチドリなどはそれに該当する.生育環境に特異性があって,群落を構成し,個体数は少なくないが,環境が変化すればたちまち絶滅する恐れのあるものもここに含まれる.カワラノギクはその典型であり,ヤマブキソウなどもその傾向がある.神奈川県外の好適な環境では,豊富な個体数のある種類であるが,神奈川県では丹沢で,まれに観察されるにすぎない種類もここに挙げた.ウスバサイシン,エゾノタチツボスミレ,ヒカゲツツジ,ヤナギタンポポ,マダイオウ,サクラスミレ,カニコウモリ,オオキヌタソウなどはその例である.生育環境が失われて個体数が減少し,分布の確認の困難なものにアズマギク,ムラサキなどがある. 

 

4)その他

 県の天然記念物に指定されていた大山雷山のモミ原生林で,モミの枯死がめだって多いことが問題になったのは1975年であるが,調査によれば1960〜1970年に枯死が進行していたようである.1980年には丹沢のブナの枯死がめだちはじめた.檜洞丸および熊笹の峰にかけての気流の通過域と見られる鞍部は特に枯死現象が顕著で,その後,蛭ヶ岳でもブナのほとんど全滅といえるほどの惨状を示している.ほぼ同じ時期にブナ林の林床を覆っていたスズタケの枯死が進行し,植生景観を変えるほどになっている.これらの原因については現在,県の丹沢大山自然環境調査で研究されている段階にあるので,ここでは述べない.標高1,300m以上の尾根上でのブナの枯死,および丹沢山域内の各所で林床のスズタケの枯死が大規模に進行している事実だけを報告しておく.

 

7.小仏山地ブロック

 ここで小仏山地ブロックというのは,神奈川県内で,道志川から北の山地をいうが,地勢的には相模湖,津久井湖を結ぶ線の北側と南側に二分することができる.相模湖の北側はいわゆる小仏山地で,南高尾山稜,小仏峠,景信山,陣馬高原,生藤山の山系であり,最も標高の高い山は神奈川県最北端に位置する999mの生藤山である.相模湖の南側は相模湖と道志川とに挟まれた低山域で,主な山には石老山,石砂山などがある.標高では675mの石老山が最も高い.北側の小仏山地に対し南側を便宜的に石老山地と呼んでおく.小仏山地ブロックは小仏山地と石老山地に分けられる.行政区分としては,ほとんど津久井郡藤野町,相模湖町が占め,ごく一部が津久井町に所属している.西は山梨県の上野原町,秋山村に接し,北は八王子市に接している.至近の位置にある八王子市側の高尾山はよく植物調査も行なわれ,興味深い植物の分布も知られているのに対し,中央線に沿ってはいるが,交通的に不便で,植物調査も不十分であることは否めない.しかし,この地域でしか確認されていない植物も少なくない.

 

1)植生と土地利用

(1)小仏山地は小仏峠を挟んで東京の高尾山に続く山系である.高尾山は神奈川県ではないが,関東三大霊場の一つとして,また観光地として有名であり,植物分布のうえでも興味深い.その高尾山に続くハイキングコ−スとして景信山,陣馬山がよく知られている.その登山道や,山頂はハイカ−の踏圧で裸地化するほどに人の往来が多い.スギやヒノキの植林地も多く,一般に落葉広葉樹林域は少ない.和田峠から生藤山に至る尾根周辺はシイ帯からブナ帯へ移行する植生帯であって,比較的,落葉広葉樹林域が多く,若いミズナラの群落もあり,一株だけでもブナの生育が確認されるなど,自然植生も見ることができる.

(2)石老山地は石老山を中心とするが,ここには歴史のある顕鏡寺があり,その参道周辺には多数の岩塊が露出,屹立して,独特の環境を形成している.しかし,境内周辺は古くから人為的環境下にあり,車道も作られ,観光地化しつつある.山頂まで,ほとんどが植林地となり落葉広葉樹林域はわずかしか残されていない.

 

2)特記すべき植物

 神奈川県のフロラで,この小仏山地ブロックだけに分布が確認された植物に,ヒダノミヤマクマザサ,ミヤコザサ,ベニバナヤマシャクヤク,アズマレイジンソウ,ヤエガワカンバ,ミツバフウロ,オオガンクビソウ,モリアザミ,カメバヒキオコシ,サツキヒナノウスツボ,ゲンジスミレ,エゾアオイスミレ,ナガバノアケボノスミレ(雑種)などがある.ヒダノミヤマクマザサは10年ほど前に飛騨高山で発見され,西日本での分布が確認されているが,今のところ中部以東では生藤山にのみ分布が知られている.神奈川県内で他の地域にも少数の生育を見るが,分布上興味深いものにシギンカラマツ,ナツハゼ,バアソブ,ヒゴスミレ,タカオヒゴタイ,ツクシハギなどがある.他のブロックにもあるが神奈川県では希少というべき植物にはヤマドリゼンマイ,ヒメウラジロ,アケボノスミレ,マキノスミレ,サクラスミレ,フナバラソウ,イブキボウフウなどがある.稀少というほどではないが,神奈川県内では比較的めずらしい植物としてワニグチソウ,フクシマシャジンが挙げられる. 

 

3)絶滅種,絶滅危惧種の概要

 群落を形成し,多数の個体があるが,分布が一地域に限られているために,その地域の環境が改変されると絶滅の恐れがあるものにヒダノミヤマクマザサ,ミヤコザサ,サツキ,スハマソウなどがある.個体数が少ないので,環境の変化がなくても絶滅の恐れのあるものにフナバラソウ,ゲンジスミレなどがあり,山草マニアの標的にされて絶滅を心配されるものにクマガイソウなどがある.以下にこの地域の絶滅種及び絶滅危惧種を列挙する.

絶滅種 オオタマツリスゲ.

絶滅危惧種 ヤマドリゼンマイ,ヒメウラジロ,ヒダノミヤマクマザサ,ミヤコザサ,ベニバナヤマシャク,ミツバフウロ,カメバヒキオコシ,サツキヒナノウスツボ,ヤブザクラ,サクラスミレ,オオガンクビソウ,モリアザミ,タカサゴソウ,アズマイチゲ,シギンカラマツ,タチフウロ,ヒゴスミレ,マキノスミレ,サツキ,ナツハゼ,フナバラソウ,ムラサキ,クマガイソウ,スハマソウ,ヤエガワカンバ,アズマレイジンソウ,ツメレンゲ,エゾアオイスミレ,ゲンジスミレ.

 

4)その他

 小仏山地ブロックは神奈川県内で,植物調査の不徹底な地域の一つに挙げられる.過去の記録も少ないために,植物相の推移を把握することが困難である.したがってほとんど絶滅種を考定することができなかったが,広範囲の植林による自然環境の改変が多くの希少植物を絶滅させたであろうと推定される.

 

8.箱根ブロック

 箱根ブロックは標高1,438mの神山を最高峰として1,000m前後の山地が連なる箱根火山を中心にした区域で,足柄平野は除くが,矢倉岳など酒匂川の南に位置した山地は含める.行政面からは箱根町,湯河原町,真鶴町の全域と小田原市,南足柄市,山北町の一部が属する.

 地史年代が地域により異なり,植物相もそれぞれ特徴がある.そこで古期外輪山の稜線を境に,中央火口丘を含む古期外輪山内側の地域(箱根)と,足柄平野に面した箱根火山裾野北側の地域(小田原,南足柄,山北),また相模湾に面した箱根火山裾野南側の地域(真鶴,湯河原)に分けて記述する.

 

8−1. 箱根地域

 1,000m前後の稜線が連なる古期外輪山の内側の地域で,浅間山,屏風山などの新期外輪山が東側に,今も噴煙の上がる神山をはじめ,駒ケ岳,二子山など7個の中央火口丘が南北中央に並んでいる.全体的にかなり急峻な山地で,耕地となるような平坦地は仙石原を除いてきわめて少ない.海抜は湯本の100mから神山の1,438mにわたる.また,3千年前にできた芦ノ湖をはじめ,お玉が池,精進ケ池の湖沼があり,早川,須雲川の2本の川が古期外輪山内側を沿うように流れ,湯本付近で合流し,相模湾に注いでいる.2万年前は湖だった仙石原には今も湿原が残り,一部が国の天然記念物として保護されている.

 年平均気温は湯本で15℃,仙石原12℃,大涌谷9.5℃で,年平均降水量は3,000mm以上となり,丹沢同様に多雨な地域である.また相模湾や駿河湾の海洋の影響を受け,霧が多発する.降雪は2〜3月に多いが量は少なく,数日で消える程度である.

 

1)植生と土地利用

 大部分は急峻な山地であるが,硫気孔,風衝岩礫地,湖沼,湿原など地形的な変化に富み,植生も多様である.植生域はシイ帯からブナ帯にわたり,その境界は標高700m前後にある.

 自然林としては,シイ帯ではスダジイ林,ウラジロガシ林,アカガシ林,ブナ帯ではブナ林,両域にまたがる渓谷にはケヤキ林がある.スダジイやウラジロガシの林は湯本の社寺や旅館の裏山,急峻な渓谷の尾根状地にややまとまった林が見られるにすぎない.宮城野の社寺林はアカガシが優先する.おとめ山として入山禁止であった台ヶ岳や神山にはブナ林が残されている.ブナ林は駒ケ岳,三國山,大観山などにも残されており,これらの多くは国有林となっている.この他の主な自然植生としては,神山の硫気孔付近のアセビやリョウブなどの酸性貧養地の低木群落,駒ケ岳や二子山,金時山の風衝岩礫地に見られるハコネコメツツジを含む矮生低木群落,仙石原のオオミズゴケやアゼスゲ,ヨシなどの湿原植物群落がある.

 しかし,これらの自然植生の占める面積は狭く,大部分はコナラやシデ類を主とした2次植生で,スギやヒノキの植林地も広い.明治中期の地形図ではかなり広くササや草原の記号がしるされている.関所破りの防止のために禿げ山とされたところもあるという.仙石原から芦ノ湖にかけてはゴルフ場とヒノキ林が多いが,ヒノキは戦後植林されたもので,江戸時代から見通しの良い草原として維持され,明治中期の文には樹木1本無いところと記されている.

 古期外輪山の稜線や駒ヶ岳山頂はハコネダケ,トクガワザサ,ミヤマクマザサのササ原でおおわれている.30年前の調査時はススキであった所が現在ハコネダケが密生している例もあり,近年急速にススキ草原がササ原に置き変わり,種組成が貧化しつつある.

 箱根は国立公園であるため開発にはさまざまな規制があり,他地域よりは自然破壊の速度が緩慢といえる.しかし,最近は規制の少ない住宅地域の渓谷域の開発が目立ち,仙石原では耕地の宅地化が急速に進んでいる.集落は湯本,大平台,宮の下,宮城野,強羅,仙石原,畑宿,芦ノ湯,箱根,元箱根などがあり,人口は2万人前後であまり変化せず,別荘や寮としての土地開発が増えている.

2)特記すべき植物

 箱根は江戸時代末期から明治にかけて内外の学者によって植物調査がなされたところで,学名や和名に箱根の名がつく植物も少なくない.また,基準産地となっている植物も多い.「神奈川県植物誌1988」から,箱根だけ,あるいは県内ではきわめて稀に分布するもので箱根に産するものを列挙すると次のようなものがある.

 ヒメスギラン,ミズスギ,ヤマドリゼンマイ.イワハリガネワラビ,イブキシダ,ミヤマシダ,サトメシダ,ホウノカワシダ,タカオシケチシダ,チャセンシダ,イヌチャセンシダ,アオネカズラ,ヒメサジラン,オオクボシダ,ヒメミクリ,フトヒルムシロ,ササエビモ,セキショウモ,ハコネナンブスズ,ヒメスズタケ,タンゴシノ,ヒメコヌカグサ,コミヤマヌカボ,コウヤザサ,ヒメホタルイ,サギスゲ,コツブヌマハリイ,オオヌマハリイ,コシンジュガヤ,サナギスゲ,ハリガネスゲ,ミノボロスゲ,ヒメスゲ,コタヌキラン,サドスゲ,イヌノヒゲ,クロヒロハイヌノヒゲ,ミズトンボ,トキソウ,ヤマトキソウ,シラン,キソエビネ,アカソ,ハルトラノオ,バイカオウレン,ハコネシロカネソウ.イワユキノシタ,オヤマシモツケ,コバノフユイチゴ,ツルキジムシロ,チョウセンキンミズヒキ,ミズオトギリ,コオトギリ,ヒメシャラ,フモトスミレ,ヒメミヤマスミレ,サクラガンピ,ハコネグミ,ムカゴニンジン,トウキ,チチブドウダン,キヨスミミツバツツジ,ムラサキツリガネツツジ,クリンソウ,イヌセンブリ,サワルリソウ,ミズタビラコ,ヒメナミキ,タカクマヒキオコシ,エゾシロネ,ヤマジオウ,ヒメトラノオ,ムラサキミミカキグサ,ホソバノヨツバムグラ,サワギキョウ,ペラペラヨメナ,サワシロギク,キセルアザミ,ハコネアザミ.

 これらの植物は須雲川の渓谷,ブナ林の残る神山や三国山,ハコネコメツツジのある二子山と金時山,仙石原やお玉が池などの湿地に集中して分布する.

 箱根外輪山内壁の北側にあたる須雲川の渓谷は湿潤で急峻な斜面が続き,スギやヒノキの植林が少なく,林床にササも繁茂していない.ハコネシロカネソウ,サワルリソウ,クリンソウ,ミズタビラコなどが見られ,イワユキノシタも斜面の巨岩に生育している.稜線に近い低木群落にはキヨスミミツバツツジ,ハコネグミ,チチブドウダンも多い.神奈川県では珍しいコバノミツバツツジもこの低木群落内で見つけられた.シダ植物の多いことでも知られ,イノデ類の雑種も多い.

 4千年前に活動を停止したという新しい火山である二子山は巨岩の重なる山で,登山道をはずれては歩行がきわめて困難なところで,岩場にヒメスギラン,オオクボシダが,尾根状地にチチブドウダンが点在する.山頂付近のハコネコメツツジ群落の保護のため,一般の入山を禁止していることもあり,ムラサキツリガネツツジもわずかに残っている.オヤマシモツケ,ハコネアザミ,バイカオウレンもみられる.

 二子山と同じくハコネコメツツジの群落がある金時山は寄生火山で地史年代も比較的古く,箱根の他所に存在しない種があるのが特徴的である.オトコヨウゾメ,ウスユキソウ,シラヒゲソウ,ハナゼキショウ,シロヤシオ,ミヤマカラマツ,ナンキンナナカマド,ヤマブキショウマ,ヒメシャガ,キントキシロヨメナなどがみられる.

 神奈川県唯一ともいえる仙石原の湿原では,全国レベルでは珍しいものはないが,サギスゲ,ミズトンボ,トキソウ,オオヌマハリイ,イヌセンブリ,マアザミ,サワシロギクなど20種余の県内では稀な湿生植物が存在する.また,お玉が池と精進が池ではコツブヌマハリイ,クロヒロハイヌノヒゲ,ヒメホタルイなど,仙石原湿原では分布しない湿生植物が見られる.

 また,ヒメシャラとヤマジオウは箱根では普通に見られる植物であるが,箱根が分布の北限にあたり,丹沢には分布しない.また,個体数は少ないがハコネランやキソエビネなども稀に見つかる.

 

3)絶滅種,絶滅危惧種の概要

 草地や薪炭林としての利用がなくなったために,草原や2次林の遷移が進んだこと,昭和35年ごろから急速な観光開発が行なわれたことにより,消滅ないし減少してきた植物も少なくない.

 箱根での絶滅種にはヒロハノエビモ,ホッスモ,トウゴクヘラオモダカ,アツモリソウ,カモメラン,ウチョウラン,ヒナザサ,オキナグサ,クリンユキフデ,ジュンサイ,ヒツジグサ,シギンカラマツ,イシモチソウ,レンゲツツジ,ムラサキ,カイジンドウ,タヌキモ,ヒメタヌキモ,ノウルシ,オオニガナなどがある.

 絶滅の原因としてはオキナグサやカイジンドウなどのように草原の自然遷移によるもの,イシモチソウ,ジュンサイ,ヒツジグサ,タヌキモなどのように湿原の土地開発や乾燥化によるもの,レンゲツツジ,アツモリソウ,ウチョウランなどのように乱獲により絶滅したものがある.ヒロハノエビモ,ホッスモなどは芦ノ湖の水の汚染によるものと思われる.

 絶滅危惧種で自然条件の変化が原因と思われるものには,マイサギソウ,キソエビネ,キヨズミギボウシのようにもともと稀なもの,硫気孔付近に生えるミズスギのように硫気孔の移動など環境が変化することにより存続が直ちに危ぶまれるもの,モウセンゴケ,トキソウ,ムラサキミミカキグサ,イヌセンブリ,コシンジュガヤなど湿原の自然遷移で生育地が狭められているもの,マツノハマンネングサ,ヤシャビシャク,シノブなどブナ林の衰退とともに減少するものがある.また,畑宿のイワユキノシタや,須雲川のクリンソウのように上部の林冠が密閉すると衰退が懸念されるものもある.

 絶滅危惧種でその減少が人為的な原因によるものとしては,ムラサキツリガネツツジ,クマガイソウ,ヒメシャガのように乱獲によるものが多い.ハコネコメツツジの乱獲も一時頻発したが,自生品の売買禁止や生育地の立ち入り禁止などにより,現在,盗掘されることはほとんどない.最近の傾向としてはハイカ−の増加に伴い,ハイキングコ−ス沿いの植物が乱獲され,リンドウ,フシグロセンノウなどの減少が目立っている.

 これら箱根の絶滅危惧植物としてはシダ植物約20種,単子葉植物約70種,双子葉植物約30種の,総計120種の植物が存在する.これらの絶滅危惧植物は主に湿原,岩崖,風衝地の植物が多く,箱根においては仙石原湿原とハコネコメツツジ群落の保護が特に重要であることを示している.これらは遷移途中相の群落であり,その保護には若干の人為的な干渉が必要であると思われる.

 

8−2. 真鶴,湯河原

 この地域は湯河原火山の鞍掛山,孫助山,箱根古期外輪山の大観山,白銀山,聖岳,669m峰から早川口の相模湾へ落ちる軸線の南西地域である.神奈川県の南西部に位置し,三浦半島先端部に次いで最も温暖で,降水量も年間2,000〜3,000mの間にある.このため暖地性植物と特にシダ植物が多く見られることが特色である.行政区画上は湯河原町,真鶴町,小田原市の一部に属す.千歳川上流部は自然公園普通地域,白銀山,聖岳,星ヶ山方面は自然環境保全地域,真鶴半島は自然公園普通並びに特別地域に指定されている.

1)植生と土地利用

 沿海部は本来はシイ帯の常緑広葉樹林であるが,海抜200m以下の大部分はミカン類の栽培地になっている.所々にアズマネザサ,キボウシノ,アズマザサなどが茂るササ類を主とした群落がある.また,シイ帯上部のモミ林の発達は悪く,天照山周辺や新崎川上流地域に限られる.真鶴半島の上の幕山,南郷山方面の中腹は火山砕屑岩や安山岩系の礫で構成され,大変な乾燥地域で,かつて何回もの山火事を起し,植生は貧弱である.下部では安山岩系の小松石の採石場が多い.山火事以前はクロマツ,アイグロマツなどのアカマツ−クロマツ群落があったと推定されるが,これらは現在多くは見られず,コナラやウラジロガシの群落が優占している.白銀林道沿いや新崎川沿いの標高200〜300m以上の斜面にはヒノキの植林が多く,谷沿いにはスギの植林が多い.江之浦上と南郷山下には広大なゴルフ場がある.

 幕山の上部はススキ草原であって向陽を好む草本類の種類が多いが,最近は茅戸刈を行わないので遷移が進み,稀少種が絶滅する方向にある.また行政が遊歩道整備を行い山頂部に大量の砕石を敷いたので,乾燥化が進み環境破壊を起している.

 

2)特記すべき植物

(1)奥湯河原方面

 不動滝周辺にはヤナギイチゴ,キジョラン,リンボク,バクチノキ,バリバリノキ,カギカズラ,イヌガシなどの常緑広葉樹が繁茂し,林床にはシダ植物が多い.湯河原で記録されたシダにはナガサキシダ,アオホラゴケ,コウヤコケシノブ,カラクサシダ,オオバノアマクサシダ,オオキジノオ,キジノオシダ,カラクサイヌワラビ,ミヤマシダ,ミヤコイヌワラビ,タニイヌワラビ,キヨスミヒメワラビ,イワヘゴ,オシダ,オオクジャクシダ,オオキヨズミシダ,サイゴクイノデ,ミドリカナワラビ,オサシダ,シシガシラ,イヌチャセンシダ,ヒメサジラン,アオネカズラ,カタヒバなど大変に多い.

 藤木川源流の天照山周辺に一部にモミ林が発達し,カタイノデ,ヒカゲワラビ,ミドリワラビ,オオヒメワラビなどのシダや,サクラガンピ,オオギカズラ,コバノヤブムラサキ,ヒメバライチゴなどが見られる.広河原から左手への浄水場の谷にはヒロハヤブソテツ,イワヤナギシダなども見られる.

 新崎川の流域では鍛冶屋から城山側には一部にクスノキの純林が見られる.新崎川幕山堰堤付近にはサクラガンピの大径木と長谷川報告のコカラスザンショウ(神奈川新産)がある.幕山にはタチフウロ,イヌガンピ,カセンソウ,イヨカズラ,ヒキオコシ,ハバヤマボクチ,ソクシンラン,カキラン,ヤマトキソウなどの草原の植物が見られる.しとどの窟付近には伊豆特産のイズカニコウモリも見られる.湯河原町吉浜を基準産地とするものにはハマヤブマオBoehmeria arenicola Satake(1936)がある.

 白金林道沿いにはイズカニコウモリ,ナベワリ,ヤマジオウ,シロバナヤマジソが見られ,南郷山下ではコガシワを見ることができる.南郷山の北東側の採草草原中には小湿地があり,未だ未調査であるが,カキランその他特殊な草本が見られるとの情報がある.

 真鶴半島は中央部より先端にはクスノキの大樹が茂り,海岸のクロマツと共に魚付保安林となっている.周囲は安山岩質の岩崖となっていて,ハマウドやハマホラシノブがあり,入江の砂州にはダンチクが茂る.昭和30年頃にはヤマタバコが見られた.マナズルキイチゴ,ヒメカジイチゴ,トゲナシイチゴなどキイチゴ類に特徴がある.

 真鶴半島を基準産地とするものにはマナズルキイチゴ,マルバヤブマオ,クジャクフモトシダ,アサツユザクラ,アメダマザクラ,ナガエノマメザクラ,マナズルザクラ,ベニケヤマザクラ,トゲナシクサイチゴ,ウスガサネオオシマがある.

 

3)絶滅種,絶滅危惧種の概要

 真鶴,湯河原地域では,特に湯河原地域のシダ植物について生存,絶滅の現況の不明のものが多い.

 湯河原のヒモラン,オオバノアマクサシダ,ナチシダ,アオネカズラ,ヒメサジラン,タキミシダは既に絶滅していると考えられ,危惧種としてはアカハナワラビ,キジノオシダ,ヒロハヤブソテツ,ヒカゲワラビ,オニヒカゲワラビ,ワカナシダ,ミドリワラビ,イヌチャセンシダ,ホウビシダなどである.他に不明なものはミドリカナワラビ,ミヤコイヌワラビ,タニイヌワラビ,イッポンワラビなどがある.コバノイシカグマ,オオキジノオ,ナガサキシダ,コタニワタリ,イワヤナギシダ,ヤノネシダなどは現存する.マツバラン,イブキシダは暖地に生ずることがあるので,何らかの形で入り込んだものであろう.

 湯河原地域の種子植物としては,奥湯河原のミヤマミズ,ナベナなどがあるが,絶滅したと考えられる.幕山のソクシンラン,ヤマトキソウ,タチフウロは草刈りをしないので,ススキの下にあって絶滅寸前である.

 真鶴半島ではミズトンボやヤマタバコは絶滅したと考えられる.危惧種としてはナギラン,ギボウシラン,メノマンネングサ,ハマナタマメがあり,タイミンタチバナは生存の可能性が高い.サイシュウヒカゲワラビ,フナコシイノデ,キヨズミイノデ,アマギイノデ,リストアップされていないが,コカラスザンショウ(鍛冶屋)があり,危惧種または不明である.稀産種としてはキバナノショウキラン,バリバリノキ,ヒメバライチゴ,ダンドタムラソウ,カギカズラ,イズカニコウモリ,シマホタルブクロ(真鶴道路)は,いずれも現状では心配ない.箱根目録中のコキンバイザサの生育地は箱根の外輪山から熱海方面と考えられ,オオバヌスビトハギと共に不明または地域外のものと考えられる.

 

8−3. 小田原,南足柄,山北

 箱根古期外輪山の金時山(1,213m)から矢倉沢峠,狩川峠を経て火打石山(988m),明神ヶ岳(924m),塔ノ峰(566m)から下って小田原市風祭への箱根古期外輪山軸の東面で酒匂川支流の狩川より山側の地域と,さらには金時山から足柄峠への軸,足柄峠から谷蛾への支軸と矢倉岳−鳥平山への支軸のある酒匂川本流上流部をその範囲とし,酒匂川中流より金時山に入る内川流域を含むものである.

 行政区画上は,北側地域では足柄上郡山北町の畑沢と洒水の滝のある平山地区を含み,南足柄市の内山,狩野,三竹を結ぶ線と,これに続く小田原,府川,久野,荻窪を結ぶ線の外輪山側の稜線までで,諏訪ノ原から風祭の間は小田原市に所属している.

1)植生と土地利用

 南足柄市では標高300mぐらいまではシイ帯に属し,ホソバカナワラビ−スダジイ群集やヤブコウジ−スダジイ群集,イノデ−タブノキ群集などが自然植生の基本となっている.この上部にはモミ林域があって海抜300〜800mと足柄山地では750mぐらいまでがこの植生帯となる.これらはシキミ−モミ群集,シラカシ群集,ウラジロガシ群落,アカガシ群落などの常緑樹を主とする林相が基本で,シキミ−モミ群集は道了尊に,アカガシ群落は足柄峠聖天堂に見られる.渓谷域にはイロハモミジ−ケヤキ群集がもっとも普通に見られ,コクサギ−ケヤキ群落はローム堆積の沢筋や小川の岸辺に発達している.

 また,海抜800m以上にはブナ帯があって,トウゴクヒメシャラ,ヤマボウシ,シモツケソウなどを含むヤマボウシ−ブナ群集が見られる.

 古くより外輪山斜面は林業や農業が盛んで,現在では明神林道,南足柄広域農道があって,これらの主要林道から外輪山へ延びる支線林道が整備されている.本地域においても他のブロックや地域と同様,その森林群落の大部分は代償植生としてのクヌギ−コナラ群集やスギ・ヒノキの植林に置き換えられている.

 

2)特記すべき植物

 矢倉岳はススキ草原で,コギボウシ,ムラサキ,コオニユリ,シオガマギク,カセンソウ,コウリンカ,ハンゴンソウ,シロバナイナモリソウ,サワヒヨドリ,カワラマツバなどを産する.

 金時山は足柄峠側からの登路は岩場が多く,急登の連続であるが,猪鼻砦跡〜山頂までにオトコヨウゾメ,タテヤマギク,イワニンジン,トウゴクミツバツツジ,シモツケソウ,マンサク,ハンカイシオガマ,ヤマグルマ,シロヤシオ,ヒメイワカガミ,サラサドウダン,イワキンバイ,タンナサワフタギ,ミヤマカラマツ,コミネカエデ,オオウラジロノキ,ヒメツルキジムシロなどが見られる.

 夕日の滝周辺は植物相が豊富で,ムカゴネコノメ,ヤマトグサ,ツクバネソウ,ウシミツバ,クロウメモドキ,エビラシダ,シロバナショウジョウバカマなどがある.

 大雄山周辺は最乗寺の林内で,杉の美林が連なり,ナベワリやヤマトグサが見られる.また,セッコク,カヤラン,ムギラン,ベニカヤランなどの着生ランも多い.ここを基準産地とするものにはハコネオオクジャク(Dryopteris × hakonecola Kurata オオクジャクシダ×オクマワラビ)がある.

 平山,洒水の滝周辺にはノコギリシダ,オオバノハチジョウシダ,シロバナハンショウヅル,オニカナワラビ,ヤナギイチゴ,メゲヤキなどがあり,暖地性植物が見らる.この滝の上流にはコガネネコノメを産し,イワトラノオ,ハカタシダ,イワニンジン,ヒメレンゲ,ツヤナシイノデ,ズミなどが見られる.

 明神岳はキツネタンポポ(Taraxacum variabile Kitam.)の基準産地である.サクラガンピの記録もある.中腹にはコガンピやアザミ類が多い.

 矢佐芝下の三竹は御岳神社があり,鳥居杉(天然記念物)周辺は植物が豊かで特に常緑樹としてバクチノキ,カゴノキ,スダジイ,ウラジロガシの群落が見られ,樹下にはフッキソウ,イズセンリョウ,シャガ,ヒメガンクビソウ,カラタチバナ,カントウカンアオイ,ホソバハナイカダなどが見られる.春にはトウゴクサバノオ,ユリワサビ,ニリンソウ,ツボスミレ,ホソバセントウソウ,ジロボウエンゴサクなどが多い.

 府川から久野を通り和留沢方面は山王川上流の久野川沿いで,田中(1992)は山王川流域のシダを発表し,ヒカゲノカズラ,アオホラゴケ,コバノイシカグマ,クジャクフモトシダ,ハチジョウシダ,キジノオシダ,サトメシダ,サイゴクベニシダ,エンシュウベニシダ,ナガサキシダ,イワイタチシダ,オオキヨスミシダなどを報告しており,さらに最近では,ルリデライヌワラビを発見したとのことである.

 

3)絶滅種,絶滅危惧種の概要

 シダ植物では山北町洒水の滝のチャセンシダ,イヌチャセンシダは現状不明である.南足柄市道了尊のキヨスミコケシノブは危惧種で,オオバノアマクサシダと雑種のハコネオオクジャクは不明である.南足柄市では他にシロヤマシダ,コクモウクジャク,オトコシダ(田中1933),ミヤマノコギリシダ(田中1985)などの現存株数が1株程度であって危惧種である.

 小田原地区では久野のハチジョウシダと雑種性のハガネイワヘゴが株数がなく危惧種である.他にタカオシケチシダ,ルリデライヌワラビがある.

 種子植物では絶滅種として,谷ヶのオトコゼリ,山北洒水の滝のクモラン,道了山のイイヌマムカゴ,フウラン,サワシロギク,明神岳のキツネタンポポがある.道了山のマツグミ(松浦1958)については不明である.危惧種としては矢倉岳のムラサキ,地蔵堂のシュスラン(不明),道了山のムギラン,セッコク,ベニカヤラン,ヨウラクラン,明神岳登山道のオキナグサがある.ムギランは山北町岸(秋山守氏による)に現存する.小田原市久野のカワラアカザは絶えたと考えられる.

 稀産種として,道了山のヒロハハネガヤ,足柄峠のフウリンウメモドキ,山北町平山上流のコガネネコノメソウは現況が変わらない限り残ると考えられる.酒匂川大口橋際の小市(基準産地)で発見されたヤナギ科の雑種ネコシバヤナギ(ネコヤナギ×シバヤナギ)は絶滅したようである.