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丹沢の自然

南から来た丹沢

 プレートとは、地球の表面を覆う岩石の板のようなもののことで、いまや中学校の理科の教科書でも扱われている。丹沢山地の生い立ちは、このプレートの動きと深くかかわっている。

 およそ千五百万年前ごろ、丹沢山地をつくる地層のブロックは現在よりもはるか南にあり、亜熱帯に近い環境であったと考えられている。さらに、今見られるような山地ではなく、海底もしくは一部が陸化した程度の海底火山であったとも考えられている。その証拠は、丹沢山地をつくる岩石に残されている。

 丹沢山地をつくる地層中に含まれる石灰岩からは、亜熱帯に近い海洋の環境で成育した造礁性サンゴの化石が多数見つかる。また、地層中に含まれる枕状溶岩は、水中に溶岩が噴出してできた証拠となるものである。

 亜熱帯の海底火山であった丹沢のブロックは、当時フィリピン海プレート上に位置し、プレートの移動に伴い北上した。そして約五百万年前に本州と衝突して、本州の一部となったと考えられている。この衝突の境界は、現在の伊勢原〜清川村煤ケ谷〜津久井町青野原付近まで延びる、青野原・煤ヶ谷構造線と呼ばれる断層として残されている。

 しかし、これで終わりではなく、約百万年前、今度は丹沢のさらに南からやってきた伊豆のブロックが、丹沢の南に衝突する。伊豆のブロックに衝突された丹沢は、激しく隆起し、現在見るような丹沢山地の原型となったのである。このときの衝突の境界は、現在の国府津〜松田〜山北町神縄付近に延びる、国府津・松田断層〜神縄断層として残されている。

 フィリピン海プレートは現在も動いている。次に南からやってくるのは何であろうか?

(県立生命の星・地球博物館学芸員 山下 浩之)

枕状溶岩

水中に噴火した溶岩が、だ円形の枕が積み重なったようになった枕状溶岩=津久井町鳥屋、早戸川


※ 2003年12月6日に、神奈川新聞に掲載された記事を再録しました。

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