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ユニバーサル・ミュージアムをめざして―視覚障害者と博物館― ―生命の星・地球博物館開館三周年記念論集―』165-170ページ

視覚障害者の植物園

小山鐵夫
日本大学生物資源科学部資料館
兼高知県立牧野植物園
横山千花
高知県立牧野植物園

「視覚障害者の植物園」というタイトルが含む問題は、バリアフリーについて考えることだと思います。

バリアフリーとは本来、高齢者向け住宅について語られるときの、建築分野の専門用語であったようです。段差の解消など物理的な障害(バリア)を取り除くことを意味していたようですが、現在では、さまざまな分野でこの言葉が使われるようになり、物理的なバリアだけでなく、社会的・心理的なすべてのバリアを取り除くという意味に広がっているといえるでしょう。

何故今、バリアフリーなのでしょうか? バリアはどのように作られたのでしょうか。

さまざまな社会的政策は、時代ごとに変化します。高度経済成長の時代に、大家族システムは崩壊していき、核家族化や人口の都市集中化が進みました。それまで、高齢者や身体障害者は、大家族システムや地域社会システムが保護する形で内部の助け合いが行われていましたが、家族システムの変化により、福祉政策はこれらの社会的弱者を分離・隔離させる方向に移っていきました。入所施設、通所施設の整備です。福祉施設の完備により、施設は障害の質別に細分化・専門化されていきました。特設の施設を利用するとなると、地域社会や家族から引き離されて遠いところへ移らなければなりません。健常者と障害者の地域的な交流は失われ、分離・隔離がさまざまなバリアを作っていったといえるでしょう。

市場で売られる商品も、健常者用と障害者用は別々に商品開発が進み、共用できるものが少なくなっていました。こうして、本来は存在していなかったバリアが作られていったように思います。

1990年代に入って日本にも、北欧からノーマライゼイションの考え方が入ってきました。ノーマライゼイションの考え方は、「文化的に通常な生活の実現」と説明されますが、もともとは、障害ゆえに能力に制限を受けた人々の生活を向上させるという意味であったようです(ヴォルフェンスベルガー)。

高度経済成長を遂げた日本で「豊かな社会の実現」といわれるようになり、高齢者や身体障害者がレジャー施設や旅行へと足を運ぶようになったときには、さまざまなバリアが存在していました。また最近では、この様な流れの中で社会的弱者の保護について入所施設に頼らず在宅ケアへの見直しという形に変わってきました。社会的弱者が家族と一緒に住む家やその地域へ帰ってきたときには、住宅・公共施設は健常者の生活スタイルに合わせた小スペース化・多機能化が進み、高齢者や身体障害者には使いにくいものになっていたのでした。そこで、まず、高齢者住宅用にバリアフリーの用語が使われるようになり、そこから派生してさまざまな分野におけるバリアフリーが叫ばれるようになったのです。

植物園のバリアフリーへ話を戻すことにしましょう。植物園において、視覚障害者には、何がバリアとなるのでしょうか。視覚障害者の方が、ある本の中で語っていました。「ラジオ全盛期から、テレビの普及に向けて、視覚障害者は置いてきぼりを食った」と。ここには、情報享受にバリアが存在しているのがわかります。

植物園を利用する視覚障害者にとって、情報の少なさがバリアとなると考えられます。物理的には、段差をなくす、手すりを付けるなど、ほとんどの施設で行われています。植物園内の手すりの一例(写真)ですが、このニュージーランド、ウェリントン市にある The Lady McKenzie Garden for the Blindでは白く塗られた中の広い丈夫な手すりが園内の全歩道に設置されています。ここでは主として異なった香りや臭気を出す花を特に撰んで植え、ここに見るような手すりを全歩道に設置しています。勿論、歩道には段差がなく、車イスの方々にも容易に廻れるようになっています。おろそかになりがちなのが、情報のバリアフリーです。催し物案内、研究出版物は、点字訳やテープ作成をしなければならないし、展示についても視覚に訴える展示だけでなく、触る、聴く、嗅ぐ等さまざまな展示に挑戦しなければならないと思います。

植物園におけるバリアフリーのための構造上の要件はおおよそ上記のとおりです。

ここで、展示物、即ち植物について考えてみたいと思います。これは非常に難しい問題を含みます。植物は静的な対象物であって、音を出さず、動きもほとんど無い―――全く動きが無いわけではないが、生長とか花の開花等、時間的に非常に緩慢で、動物のような能動的な面がないということです。従って、植物は展示物という面からいうと、ほぼ100%視覚に訴える要素です。故に、前述のようなハードウェアの上での準備があれば、手足等身体が物理的に不便な身体障害者とか聴覚障害者にとってほぼ問題はなく、健常者と同じように植物を楽しめるのです。

このように、「植物は見る対象物である」という観点からすると、視覚障害者が植物を楽しむという点で難しいことがあります。こういう向きの展示物として下記のような植物素材を考えてみました。

特別な匂いのある植物

写真1 ツルアダンの花。芳潤な甘い香りを放つので、匂いでそれとわかります。概ね、花の匂いということになるでしょう。植物の匂いは大体において、化粧料、焚香料、香辛料の三つのカテゴリーに分かれますが、花の匂いは概ね化粧料に属します。ニオイスミレ、スズラン、テッポウユリ、ジンチョウゲ、クチナシ、モクセイ類、ライラック、ジャスミン類、バラ類等々は、大体香水の香りを花から出します。甘い香りと表現される芳香です。余り知られていませんが、西表島等に自生するタコノキ科のツルアダンの花は強い熱帯的な甘い香りを豊潤に出します。このほか、人によっては必ずしも良い匂いと思われないかもしれませんが、梅雨時に開花するクリやカシ類の花の匂いも特別なものです。一方、悪い匂いを出す花も多くあります。大型でエキゾチックなヒトデ形の花を咲かせるガガイモ科のスタペリア属の花は最も臭い花の一つともいわれますが、コンニャクの花もほぼ同様のいわゆる腐肉臭を出して蠅を誘って授粉をするのです。

植物の匂いは花だけでなく、葉や材からも発します。クスノキや月桂樹の葉、ハッカ、レモングラスの葉等々、これらの葉を揉めば匂いは一段と強くなります。材の匂いとしてはサンダルウッド(白檀)が最も良く知られた素材です。

上記のような匂いを出す植物を温室内と外の花壇等に集めて、「匂いの園」とでもいうべきガーデンを作るのはどうでしょうか。一つ一つの植物の個々の匂いで植物のアイデンティティーを探ってもらうという趣向なので、植物の排列の仕方を研究する必要があります。多くの異なった植物の匂いが混ざって、ブレンドの香水のようになっていては意味がなくなります。それぞれの植物をセパレートして植え、さらに花の時季も考慮して計画し、ほぼ年間を通じて「匂いの園」が機能するように考えたいものです。

葉の中の匂いは花の匂いのように発散しないので、ハーブガーデン式でも良く、葉を摘んで試してもらう形式が可能です。

サンダルウッドのような香木は、園内に植えたものから試すというわけにはいきません。こういう素材は、植物博物館的な施設の屋内展示場に焚香料と共に展示して、そのコーナーで試せるように工夫できます。温室に隣接したアトリウム風の博物館的な展示室を備えた植物園も見られます。

焚香料とはインセンス(線香)の素材であって、インド中心に多数の植物が知られています。花の匂いやハーブ類の匂いの主成分が揮発性の精油類であるのに対して、焚香料の成分は樹脂類なので、燃やすことによって匂いは拡散します。従って、展示場ではそういう実験も行って匂いを提供する方法を考慮しなければなりません。スパイス(香辛料)の匂いと果物の匂いについては次の味覚の項で検討したいと思います。

味のテスト

写真2 ドリアンの果実 特有な棘のある大きい果と独特な臭気で直ぐそれとわかります。 タイ国サラブリの市場にて、小山撮影食材の主体の大きな部分を占めている植物の味と香りを視覚障害者に楽しんでいただく企画も考えられます。これに応える展示物としては果実素材がまず挙げられます。例えばドリアンは熱帯果実の王様ともいわれますが、匂いも強烈です。通常の方々は温室の中で、刺の多い大きいカーキ色の果実を好奇の目で眺めますが、その味は試すことができません。ドリアンの他にマンゴスチン、サポジラ、ローズアップル、ゴレンシ等の熱帯果樹温室の中に果実の試食ができる場所を併設することによって、視覚障害者にも触覚と味でかなりの程度楽しみを分かつことができます。石垣島の果樹園では果樹展示園と果実試食の食堂が別になっていますが、果樹展示場で試食もできるように考案すると果樹を対象としたバリアフリーがある程度成功するでしょう。

視覚に支障のある方々は嗅覚、味覚、触覚等他の感覚が健常者以上に発達しています。果実や野菜の種類につき、多くの変種・品種を一カ所に集めて試食できるようにして、形を見ずにもその区別ができるように工夫することも可能でしょう。

写真3 カタバミ科のゴレンシの果実。 明瞭な5個の稜角は果実の中で特異な存在です。台湾の南投にて、小山撮影植物博物館の屋内展示でも上記の企画は可能です。時季的な果実・野菜等の生きた素材に加えて、スパイス等の加工植物素材も併せて展示できます。食材の植物の企画ということになると幅広く多様なアイデアが浮かびます。

植物に触れる

一般に視覚障害者にとっては物に触れてその形状を知るということは大変重要ですし、また、そういう方々の触覚は非常に良く発達しているといわれています。しかし他方、植物に関していうと、デリケートな花とか新芽その他柔軟な器官等、手で触れるには好ましくありません。他に、植物によっては、例えばタコノキの葉の鋭い鋸歯縁とか、イラクサ属の腺刺毛等のように、手で触れると危険なものも無いわけではありません。

こういう状況下で手で触れられる植物の展示という題目については、なお研究の余地があります。例えば、オジギソウの葉が触れられると直ちに畳むように、運動が顕著なものとか、ホウセンカの熟果が触れられると直ちに裂開して種子をとばすような植物は触覚の対象として適しているし、これらの二つの植物は稀品というものではなく、触れる目的のために大量に栽培しておくことも可能です。屋内展示ということになれば、触れる対象になり得る標本はたくさんあります。フタゴヤシの巨大な果実、フタバガキ科の羽子板のハネような果実等は触れて特異な形が十分に理解できる対象物でしょう。


本稿の筆者のうち小山は専門が植物学であり、横山は福祉施設に勤務経験があったため共同して本文を書きましたが、2人とも視覚障害者についての専門ではないので本題について余り深く立ち入れず、解説が不十分だったと憂慮しています。しかしながら今後この問題が考慮されるに当たり、何かのご参考になれば幸いです。

参考文献

[目次]国立科学博物館の視覚障害者への対応

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