神奈川県立生命の星・地球博物館

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1995年12月15日発行 年4回発行 第1巻 第3号 通巻3号

自然科学のとびら



Vol. 1, No. 3  神奈川県立生命の星・地球博物館  Dec., 1995

今号の目次

表紙「メコノプシス・ホリデュラ」(木場英久 当館学芸員)
展示技法の事柄などから・・・」(森山哲和 考古造形研究所)
朝鮮民主主義人民共和国の地質調査報告記」(平田大二 当館学芸員)
ネパールヒマラヤの植物調査隊に参加して」(木場英久 当館学芸員)
博物館実習を終えて(博物館実習生)
ジプティ共和国大統領 生命の星・地球博物館を訪問

メコノプシス・ホリデュラ
Meconopsis horridula HOOK. f. et THOMSON

木場英久(当館学芸員)

メコノプシス・ホリデュの写真

 最近、ヒマラヤを紹介する本やテレビ番組に登場することが多くなった「ヒマラヤの青いケシ」が本種である。
 ヒマラヤ高山帯の岩場に生えるケシ科の多年草で、草丈は20~50cmと高山植物の中ではかなり大きい部類に入る。葉や茎に生えた刺が特徴的である。3cmほどの花びらを4~8枚、お椀形に並べている。それで、太陽の熱を花の中心に集め、雄しべと雌しべを温め、花粉を運ぶ昆虫を集めているといわれる。写真の花の中にも、たくさんの小さな昆虫がいた。
 岩に登り、シェルパに背中を支えてもらいながら撮影した。しばしのあいだ、高山病の頭痛を忘れてファインダーを覗いたが、息を止めてシャッターを押したので頭がクラクラしました.

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展示技法の事柄などから・・・
森山 哲和(考古造形研究所)

1.視点の多様性
 当自然史博物館完成の成果は、展示の目的や意図については学芸員や設計者との充分な検討とディスカッションの積み重ねの中で行われ、更にそれを構造技術陣・造形技術陣など、建ちあげる役柄の人々の連携での完成でありますからその成果は、開館とともに多方面から注目を集めた特異な博物館となっているのは周知の事実です。博物館建造物は、近年益々大きさを競っている様子に見えますが、実のところそうばかりではないと思います。その規模というものは当局や当事者の持ちあえている表現主題の原寸や比重に於ける内容の成熟中で考察され、そして必要最大限に於いて必然的規模として登場しているといった方が正しいのでしょう。

 当博物館の規模について述べるならば、やはり当館の収集能力や資料の保持能力の上に成り立つ結果であり、それを表現素材(媒体)として県民や一般の人々に還元と構成などできる能力の有無の上に成り立つ必然的な大きさだと思います。又それに伴う展示技術や視点も又その側面を担うものです。そこで当博物館の構成に伴う展示の設定、展示物の考え方、展示の可能性などについて少し述べてみましょう。

 まず展示の設定ですが、建造物及び展示室内(大空間)が大きいと言うことは、一般来館者も含めて単一物を観る視点性が常識的でなくなる場面多々生じてくるものです。比較の問題として、日頃慣れていないと言う事柄だけでなく、相対的視野という内容も含んでいるからです。これは、構造・構成の側の人も同じです。設計上、机上や図面上等で充分な検討が行われていますが、会場展示内の臨場感や空間感等の外貌からの刺激については展示のときに会場で当面しながら調整しなければならないわけです。当館の展示思考も、その辺は同じ発想であったかに思います。しかし、臨場質・空間の相対質の内容は多面的多様性であり、当面処理では物理的に時間的に遅い局面が生じてきます。それで今回の展示の取り組みの考えの中に単一物の資料羅列と更に、即物資料という概念を設定して取り組んだことです。即物資料という考え方は、単一物の資料も含みますが、相対的要素やそのフィールドにおける特質構造も表現素材(媒体)の範囲も含むことです。したがって会場展示以前の作業が要求されますが、その結果は有機的要素を取り込んだ内容が可能になります。更に遂行上の注意力や理解力を共有する事もできたと思っています。よって、即物資料の採り方や活用の方法等を整理分類した作業写真など交えて述べてみましょう。

枕上溶岩の採集から展示までの様子の写真

 ○即物資料その1 
 資料の「原寸大」や「実物大」です。この「実物大」とは単一物の事ですが、即物資料はシチュエーションや、原位置再生的意味も含みますので、「原寸大」ということになります。つまり、相対的空間も又その要素だからです。

 ○即物資料その2
 「空間表現」では、野外の自然立地物を造形力で抽出する事です。縮尺・拡大模型やジオラマ模型等の造形模型とは違う表現であり、それはフィールドの生の自然形態から室内展示物に推移させる事であります。従ってこれを行う素材の選択・薬材の操作、それに抽出力等の造形手腕が要求されます。それによって自然界における形状や移動不可能な形態(地層・地形)等、空間構造物が室内表現物として又、臨場感として表現活用されることです。

 ○即物資料その3
 「基調イメージ」です。これが本来一番重要なものです。その1や2の中にも当然この基調が解決されている訳ですが、基調イメージには特に展示場における総合において重要性があるのでいくつか述べてみましょう。

 基調イメージには色・用語・形象・形態・比例等が確認できます。基調色や基調形象等は当然でありますが、基調用語や基調形態的イメージは展示活動を行う側にも非常に参考になり又、意識の共通性も必要になってくるでしょう。そこで即物資料の基調中でその即物資料の名称や呼び名を付けて位置付けすることです。展示や収集の目的のなかで、その意味の輪郭が形状となり、室内空間の展示場に推移してきた訳でありますから、そこにはもう自然の模倣物でなく又、資料の単一物でもない形態となっているのです。そこで表現用語の基調用語が待たれることです。そのことによって室内資料の確立が創成される訳です。この意味は生態学系のフィールドでも考えられます。自然形態の空間位置において林床・林冠・水中・陸上・空中・無重界などの視点的、座標軸の認置です。それによってより解りやすく表現要素として確立させられます。近況、生態系の調査研究テーマで空中の座標軸における固定的調査法。たとえば、林冠部(樹冠部)の空中歩廊的調査等、その調査方法や器具の開発は各国が競ってアイディアを出している様子は周知のことでありましょう。ここで問題にしたいのは、その資料の表現法つまり室内展示の位置付けの確立です。やがて野外資料の視点が室内資料に推移する場面で、視点的座標軸つまり俯瞰とか抑角とか人間の位置感覚の認識が必要となるのでしょうし、また基調形態の共通性の確立が重要性を持ってくるでしょう。以上のような意味を踏まえて今回の展示に取り組んだので建造物竣工の様子も含め即物資料の採取の様子など一連の記録フィルムを掲載しましょう。

岩石壁を組み上げる様子の写真

2.視点の活用の今後
 当博物館の特色は、展示の表現法にあると思います。それが又博物館のシンボリックになっているようです。それを要約するならば、差し詰め次のような言葉で表現されるでしょう。《身近な自然》《身近な理解》そして《身近な持て成し》とでも申しましょうか。とてもソフトでしかも制御の整った自然史博物館となっていると思います。専門分野という器の中で片方一般人の自然に対する関心事は、早いペースで台頭してきております。更に、色々な新発見・新事実の情報も刻々と集まってきている中でそれに対する情報の選択の目を見張る確かさ等もその一つです。

 専門分野の真理・真実を追求する側と反面、情報をより早くより良理解を求めている一般市民との差は一般と隣り合わせになっているような気がします。“身近な”という表現は、その辺の意味も含んでいます。当館としては更にこの科学に対する驚きや好奇心についての対応を増々充実にしていかねばならないことでしょう。そこで、《身近な自然》《身近な理解》《身近な持て成し》の窓口から感想を述べましょう。

 《身近な自然》では自然の仕組みや組織の事など学習レベルでは充分に答えられていて資料や表現力でも申し分ない説明が出来ていると思いますのでこれを基台にして物証を動的物証へ、つまり三次元から四次元的時空的への表現法でパラドックス再生も可能でしょう。たとえば植物遷移等で述べるならば、温帯雨林・照葉樹林等その極相林の極相、ウィルダネス(原生自然)等現存しない原生森林風景及びエコロジーの再生表現等又、気象環境で考えられる事は、三次元を四次元的推移によって時空表現を試みる。たとえば、氷河期を巻き込む地球規模の海洋大循環。その変動と反動で起こる地域的事件(ヤンガー-ドリアス)等との気象の変化によって起こす地球の大ドラマを疑似体験やシミュレーション化で。物質循環ではサンゴ、動物であり植物であり鉱物であることの推移メカニズム。物質循環構造から動的表現を使い、三次元的視点から四次元的時空再生を試みる等パラドックス効果として表現できてくると思います。

 《身近な理解》で最大に評価できるのは、プリュームテクトニクスの話ではないだろうか。大胆な仮説でこんなに正確にスッキリと地球の理解を引き出せるとは地球のメカニズムの説明が芋づる式にスルスルと理解に向けて滑り出しているようです。この際これを踏み台にして、もっとプリュームテクトニクスの事を前面に押し出す必要すら感じます。又、理解の手助けの中には仕組みの完結さやドラマ的構築性等も大いに役に立ちますが、更に物質の説明をしたり理解に結びつけたりする場合、人物登場による表現もありましょう。例えば、“ジョン・ミューア”に登場願い、米カリフォルニアのヨセミテ公園の話。文学者“ゲーテ”には色彩論にまつわる物や色の見え方の話などにより自然科学と人間心理の密接な係と側面的活動の自然科学の成果として理解が向上できると思われます。

 《身近な持て成し》については、触覚的展示法や学芸員の友好的指導は定評あることです。野外観察等の参加希望者の数を見れば隠れたベストセラー的存在なのです。そこで屋外では更に触覚的活用として、川岸の向岸や山際への空中歩廊など直接川辺や林床に触れずに、樹冠部等を観察できるシステム等屋内では触覚的資料(単一物・単品資料)の触覚開放展示。又、速報コーナーとしては地球情報、地球環境問題や新情報版トピックスコーナー方式で現時点でのリアルタイム表現など。又、展示と直接関係ないものですが、ミュージアムショップの事。この件は

ビジネス的発想に結びつけて受け取られる傾向がありますが、これも博物館の顔だと思います。来館者に取っては、公私共有に考えていることですし、博物館に訪れた意味を自分の意志で確認しているとも取れます。そこでこの意味を《身近な持て成し》で考えるならば、“御持て成し”的に解釈されるべきでしょう。品質の向上や品質選定・開発に目を向け当自然史博物館にふさわしいレベルを生み出したいものです。

 最後にこの限りある自然の恵みと驚きは一人ひとりに受け継がれ、「人間にはパンと同じように美が必要だ。」のジョン・ミューアの様な人物を生み送り出したいものです。

(編集注;森山氏には当博物館の建設にあたり、展示・技術アドバイザーとしてご指導をいただきました。)

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朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の地質調査報告記
平田 大二(当館学芸員)

 今年(1995年)の8月、朝鮮民主主義人民共和国(以下、北朝鮮と略称します)国家科学院地質学研究所の招請を受け、朝鮮半島北部の地質と研究事情を見聞する機会を得ましたので、その概要をここに紹介します。

訪問の目的
 最近の地球科学分野では、地球が誕生した約46億年前から約6億年前までのプレカンブリア時代の地球の歴史について、精力的に研究が進められています。この40億年もの長い間に、地球で何が起きたのか。そして、その後の地球の歴史にどのような影響をもたらしたか。たいへん興味深いテーマです。

 今回の訪問も、このテーマの流れに沿うものです。私たちの目的は、アジア大陸東部の地質構造の解明と、朝鮮半島と日本列島との地質構造の比較をするための資料や学術データを、現地研究者との研究交流や、プレカンブリア時代と中・古生代の岩石類の現地調査により収集することにありました。

北朝鮮への入国
 日本と国交がまだ樹立されていない北朝鮮への入国は、なかなか面倒です。一度、中国北京に入り、在北京朝鮮民主主義人民共和国大使館で入国査証を得た後、空路で平壌に入りました。

 平壌空港では、見知らぬ国へ入る緊張感と、まだ耳慣れない言葉に戸惑いつつも、出迎えの案内係員の指示に従い、入国審査を無事終えることができました。空港からは、車で移動。夕闇の中、高速道路を走り、整然とビルが建ち並ぶ平壌市内中心部を通り抜け、48階建てのホテルに到着した時は、「やっと着いた」という思いがしました。

研究交流の重要性
 野外調査にさきがけて、研究交流を図るため、今回の招聘先である朝鮮国家科学院地質学研究所と、前回の訪問でもお世話になった金策工業大学地質学部を訪問しました。

 地質学研究所は1961年に創立され、平壌市の北約30キロにある平安南道平城市の一角にあります。研究所の崔願禎副所長や白龍浚博士など十数名の研究者と懇談をしましたが、その際印象的であったのは、彼らが非常に研究熱心であり、諸外国との交流を強く望んでいる姿でした。一方、金策工業大学は1948年に創立した大学で、平壌市内にあります。ここでは、白楽興地質学部長と前地質学部長の金錫泰教授との懇談と、地質標本室を見学しました。ただ残念だったのは、いずれも研究施設を見学できなかったことです。移転作業中であったり、夏休み中であったりはしましたが、やはりお互いの研究環境や、問題点を理解し合うことが、交流を深めるうえで大切だと思います。

 地質学研究所や金策工業大学での懇談では、朝鮮半島に分布するプレカンブリア時代の岩石の意義と、朝鮮半島と日本列島の地質構造の比較について議論が交わされました。その後も2回の研究協議が行われ、上記の問題を解決するうえで、半島北部に分布する岩石の詳細な地質調査と、岩石の年代測定の必要性を再確認しました。

貴重な野外調査
 訪問前に、調査スケジュールについては調整済みのはずでしたが、実際にはなかなか思う様にはいきません。訪問直前、北朝鮮では記録的な集中豪雨があり、土砂崩れや洪水で交通手段が各所で遮断され、調査不可能となった地域もありました。

 今回の野外調査は、崔願禎副所長と金錫泰教授に案内をしていただき、平安北道南浦市周辺の約20億年前のガーネット片麻岩類、平安北道香山周辺の約20億年前の眼球状片麻岩類、咸鏡北道開城市周辺の中、古生代の地層、そして38度線付近に露出する約29億年前の片麻岩類などを調査することができました。これらの岩石類については、共同研究計画として進行しています。

おわりに
 研究交流や野外調査の合間に、故金日正主席の記念碑や博物館、板門店の軍事境界線など多くの施設も見学しました。ほんの一部なのでしょうが、北朝鮮の社会を覗き見た気がします。

 今回の訪問は、日朝間にまだ国交がないことや、朝鮮半島の南北分断という現実、そして想像以上の悪天候の影響もあり、当初の目的を充分に達したとはいえません。しかし、受入関係諸機関の努力により、可能な限りの現地調査と研究協議の場をもてたことは、たいへん有益であったと思います。

 最後になりましたが、今回の訪問に際して尽力をいただいた朝鮮国家科学院地質学研究所、金策工業大学、国家科学技術委員会、ならびに在日本朝鮮総聯合会の方々にお礼を申し上げます。

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ネパールヒマラヤ植物調査隊に参加して
木場英久(当館学芸員)

 もうすぐ梅雨が明けようとしている1995年7月15日、私はネパールで植物調査をするため日本を後にしました。岡山理科大学の星野卓二先生の誘いを受けて、文部省科学研究費補助金の国際学術研究「ヒマラヤ高山帯におけるイネ科およびカヤツリグサ科植物の系統分類学的研究」の分担者として現地調査隊に参加したのです。

ネパールの魅力
 ネパールはインドと中国に挟まれた、本州ぐらいの広さの国です。日本から約5,000km西で、沖縄と同じくらいの緯度のところにあります。一年中、雪と氷に被われたヒマラヤの山々は有名ですが、標高の低いところには熱帯の地域もあります。当然その間には、常緑樹の林や針葉樹の林があり、森林限界よりも上には高山帯が広がっています。つまり、狭い範囲にさまざまな温度条件の環境があり、多様な植物を見ることができるわけです。これが、ネパールの魅力のひとつです。

 もうひとつの魅力は、日本の植物と近縁な植物があるということです。世界の各地の植物相を比べると、40くらいの地域的なまとまり(植物区系)が認められます。日本は、日華区系という植物区系の東の方に位置していますが、この区系は中国をまたいで西の端はヒマラヤの山々に沿って突出しています。つまり、日本とヒマラヤで、同じ歴史を背負って発展してきた植物相が、それぞれの地域で分化していったと考えられているわけです。そのため、日本の植物相の歴史や特性を研究するために、ヒマラヤは興味深い場所なのです。

 現在、世界の植物学者が参加して『ネパール植物誌』作りが進められています。このプロジェクトは、1993年の夏、横浜で国際植物学会議が開かれた際に、当博物館の前身である神奈川県立博物館の講堂で産声を上げたもので、当博物館にゆかりの深い事業です。今回の調査隊の目的は、その『ネパール植物誌』の基礎となる押し葉標本を作成することと、イネ科、カヤツリグサ科の分類学的・生態学的研究をすることの2点にありました。私は、1種でも多くのイネ科植物の染色体数を明らかにすることを目的にしました。それは、ネパール産のイネ科植物の染色体数はこれまでほとんど分かっていないからです。

 野外調査は、首都カトマンズからもっとも近い国立公園にあるゴサインクンド(標高4,300m)という湖を、テント生活をしながら2週間で往復するというものでした。調査隊は8人の研究者(うち、ネパール人が2人)、マンツーマンで研究者の調査の手伝いと道案内をするシェルパ、食事を作るコックとキッチンボーイ、荷物を運ぶ数十人のポーター、そのまとめ役のナイケ、全体を統括するサーダー、全部で50~60人で構成されています。

 調査中は毎日、次のようなパターンの繰り返しです。起きてすぐ寝袋をたたみ、その日の調査の準備を済ませ、午前6時半に朝食をとります。食事はいつもダル・バート・タルカリ(豆のスープと御飯とカレー味の野菜料理)と、もう一品です。7時前には、相棒のシェルパと調査に出発します。各自の調査の方法や対象によって歩くペースが異なるので、次のキャンプ地に着くまではシェルパと2人きりです。英語とネパール語と日本語と身ぶり手振りを総動員して意志を通じさせます。私は、イネ科植物を見つけると、染色体数を観察するために、根を傷つけないように掘り起こし、根端をピンセットで摘んで固定液の入った瓶に入れ、植物体は番号を付けて根端と対応させ、採集場所や植物の形のメモを野帳につけるというスタイルの調査をしました。

 ネパールでは、5月末から8月は雨季なので、毎日のように雨が降ります。とくに、午後には必ず天気が悪くなるので、レインコートが必需品です。キャンプ地には午後3時までにつき、午後6時半の夕食までの時間は採集した植物を新聞紙に挟み、押し葉標本を作ります。標本は灯油ストーブを使って乾燥します。植物標本は、何百年も活用されるものなので、1点、1点、乾き具合を確かめながら細心の注意を払って作ります。夕食時には、その日に観察した植物の情報を交換し、翌日の調査の計画などを確認します。夕食後は標本の乾燥の続きや各自でデータの整理、翌日の準備などをします。私の場合、昼間に採集した根の固定液を保存液に移すという作業をこのときに行いました。このようにして、一日は充実しつつも、あっという間に過ぎて行きます。

 目的地のゴサインクンドに着いた翌日は、朝から高山病の頭痛で憂鬱な気分だったのですが、元気を振り絞って湖の北側斜面の調査にでかけました。寒くて空気の薄い高山帯の斜面をハアハアいいながらゆっくり歩いていると、先に出かけていた横須賀市博物館の大森雄治氏が手を振るのが見えました。彼についたシェルパのズワーネ氏が、なにやら大声で私のシェルパのチャンドラ氏に叫ぶのです。「なんて言ったの?」とチャンドラ氏に尋ねると、「コバさん。ニロフルツァ(青い花があるよ)。」と、大きな岩の方を指さした。「もしや・・・」と思いつつポケットから双眼鏡を取り出して覗くと、岩の隙間に青いケシが見えたのです。すこし心を弾ませながら、まっしぐらに、しかし深い息をつきながら岩場の方に向かい、その勢いで岩に登り、表紙で紹介した写真を撮影しました。

 青いケシのほかにも、印象的な植物はたくさんありました。ヒマラヤの高山帯では、ユキノシタ属やシオガマギク属、キジムシロ属などの植物がたくさんの種に分かれていることや、葉や茎を長い毛で被った「セーター植物」といわれる特殊化した植物があるということは、本で読んだり、話に聞いたり、標本庫で見て知っていました。これらの植物が、雨に濡れ、風に揺れ、小さな地形や土の湿り気などによって住み分けている様を見ることができたのが何よりの収穫でした。

 今回の調査で、多数の植物標本と染色体観察の材料を収集してきました。博物館学の教科書に書いてあるような「資料を収集し、それを研究し、成果を普及する」という正常な博物館の仕事の流れに乗せて、資料を有効利用して行きたいと考えています。また、当博物館の初めての海外出張が、良き前例となるよう努力したいと思っています。

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博物館実習を終えて

「私の目から見た博物館」
 宇佐見 和子(横浜国立大学教育学部)

 私は生命の星・地球博物館で、9月末から10月初めにかけての8日間、博物館実習生として指導を受けました。実習期間中は、学芸員の方々などの説明を受けながら、博物館を内側から眺める機会を持つことができました。この博物館で実習をして、私が最も感じたのは、もっと沢山の人々に博物館を身近に感じてもらいたい、ということです。例えば、小・中・高校生など無料で入れる人も多く、2Fのライブラリ-は誰でも無料で使用できます。またライブラリ-には学芸員の人がいつもいますから、直接質問することもできます。常設展示も、この博物館ではスト-リ-性を重視した構成になっているので、私たちの住んでいる地球がどのような過程を経て現在に至っているのか、動物や植物はどんな進化をしてきたのかという大きな流れを、天井の高い広い展示室でのびのびと実感することができます。さらに、いろいろな展示物を触って確かめることができるのも、この博物館の魅力だと思います。博物館の学芸員はたくさんの標本や化石を整理・研究して得られたことを、皆さんに広めていこうと考えています。実習をして私は、博物館は「誰でも開けられる知識の宝箱」だと思いました。

「学芸員実習生から見た博物館の改善点」
水越 由紀子(横浜国立大学教育学部)

 博物館実習を行って、いくつか「こうしたほうがいいのでは?」と思った点があるのでその点について記述しようと思います。博物館のシステムについて、何度も以前から実習ノ-トに書いたように、学芸員の職種を分類したほうがいいと思います。自分としては研究主体の研究学芸員、学習支援主体の教育研究員、その他技術面主体の技術学芸員、展示の専門家 etc.など分かれていればと思います。担当学芸員にこういったところ「今はそれよりもむしろ自然科学の全分野をカバ-できる専門をもった学芸員を集めるほうを優先している」という答えが返ってきました。確かにそのとおりですが、そんなことをいっていたら予算にもかなり限りがあるし、私立の博物館ならともかく公立の博物館ではいつまでたっても無理ではないだろうか。そこで一考したのですが、企画情報部・学芸部の兼任システムのように、数年の兼任制にしたらどうだろうか?確かに教育研究員を兼任したら数年は自分の研究ができなくなってしもうかもしれないが、学芸員にとっても勉強になるのではないだろうか。特に山下さんのように教育学部出身ならばその経験も生かせると思う。実習を行ってみて学芸員の仕事の多さ、多忙さに驚いたが、これだけ忙しいのなら、職務を文掌する手段を考えなければ共倒れ状態になってしまうのではないだろうかと心配している。もっとも博物館内のシステムというものについては行政サイド(予算etc)との兼ね合いもあるので博物館サイドだけにいっても仕方ないことであろう。行政サイドもつくってしまえばいい、というのではなく、博物館の働き、というものをもっと知ってほしい。つくってしまえがいい、という考えだからバックヤ-ドの機材等がガラガラなのだろう。又、博物館サイドも博物館は人寄せパンダではない、ということをアピ-ルするように努力すべきであろう。対策までは思いつかないが、来館者にとって、博物館というものは、まだまだ見せ物的要素が大きいようだ。特に、ここの博物館に来る旅行途中の中年男女は明らかに観光であって、見てるだけ、である。きっとあの来館者たちにとっては何も残っていないのではないだろうか。実習中に展示解説をしていて特に思ったことである。何も残らないで帰ってほしくないので、私は中年の方々になるべく話しかけるようにしたが、少しは何か感じてくれただろうか。反応はあまりよくなかったが。あとは教育的側面から見た点であるが、ミュ-ジアムライブラリ-があるのはうれしい。どちらかというとコンピュ-タ-で遊んでる子供が多く、少しうるさい。ただ借りてじっくり読むことができないのは残念であるが、紛失を避けるためには仕方がないだろう。あとは、早めにワ-クシ-トをつくってもらいたいということだろうか。ただ、だらだらと見学するのを防ぐためにも早く整備したほうがよいだろう。ツア-容は時間が決まっているようなので、その時間内でできて、かつ大人甲のワ-クシ-トをつくったらいかがであろう。その他、一番気になっているのは2Fの共生のフロアにほとんど人が入っていないことだ。いちおう、この博物館のメインの一つになっているので、これはそのまま放っておくわけにはいかないと思う。なるべく現状に即することができるように簡単なパネル展示になっているそうだが、もう少し工夫したほうがよい。まず入口が小さくて閉じた空間になっていること、中が少し暗い(パネルが見えるようにだろうけど)から入りにくいこと、どのような順番で見ていったらよいか分かりづらいことなどが私から見た問題点である。実際、第1日目に館内を廻った時私もとばしてしまった。時間がないせいかもしれない。これはジャンボブックにもいえることだと思う。1Fをじっくり見てしまって時間がなくなってしまうという来館者のために標準的な見学時間(いろいろと問題があるかもしれないが、ただぐるっと歩いただけでも○分かかります、とか)をパンフレット等に記載しておくのも1つの手だと思う。2Fのフロアはなんだか「予算が足りませんでした」というようなふうに見える(失礼!)ところもあるので改善したほうがいい。細かいところであるが、いくつか。まず蛍光鉱物の紫外線一蛍光灯の間隔を短くするか、ボタンで来館者が自由に押してみることができるようにしてはどうだろうか。紫外線があたって蛍光している時はみんな見ていくが、たまたま通常光のときにのぞいた人は通過してしまうことが多いので。あとは2Fから1Fの恐竜を見下ろせるようになっている手すりのところにある表示がみえないこと。大島さんか平田さんが言っていましたが。もう1つは2Fの共生をすぎたところの出口(エレベ-タ-側)とジャンボブックに分かれるところに表示(左:ジャンボブック、右:出口、というような)を立てたらどうだろうか、ということ。以上、こまごまと書かせて頂いたが、自分としては総合的にはこの博物館を気に入っているので改善点といわれてもあまり思いつかなかった。しかし、日本において博物館のシステムとはまだまだ整備されていないように思えるので、そこはスケ-ルの大きな話になってしまうが、行政サイドの協力が必要であるとは感じている。私のような弱輩者が偉そうに意見を述べてしまい恐縮しているが、何かの参考になればと思い、書かせて頂きました。

「博物館実習を終えて」 
名取瑞樹 (横浜国立大学教育学部)

 博物館実習に行く前に、私はどんな事をやるのだろうかと色々想像しました。その内容については触れませんが、半ば当り半ばはずれた、と思います。それほどまでに学芸員が普段何をしているかはわからなかったのです。もちろん研究をしているという事は知っていたが、それが実習内容になるわけがないという事も自明でした。実際の実習の相手は、博物館の展示を支える標本であり、その整理などを通して、博物館はいかに多くの標本をかかえているのか、またその多量の標本があってこそ、展示の質を維持できる、という事を学びました。この事から博物館の使命ともいうべき生涯教育への貢献を達成するには多数の標本とそれを研究する人間、さらにその展示物を外に向かって広める人間の少なくとも三種類の人間が必要だと思いました。いずれはこの分業ももっと進むものと思います。また実習中に印象に残った事は、館内を最初から最後まで説明しながら案内した事でした。説明の内容、マナ-等行き届かない事ばかりだったと思いますが、それでも私の話に耳を傾けて下さり、私にとっても大変よい経験になりました。最後にこの貴重な経験を得る機会に巡り会えた事と、その間にお世話になった方々にお礼を言いたい。ありがとうございました。

「学芸員実習を終えて ちょっと、一言」
谷地森 修二(日本大学農獣医学部)

 9月26日から10月8日にかけて、博物館実習させていただきました。一般の来館者よりも長い時間博物館に居れましたので、展示について私が気に入った点について書こうと思います。レプリカについて。学芸員の方から、展示物の中にはレプリカがいくつか混じっていることを聞かされたので、どれぐらい自分で見分けられるか展示室をまわってみました。その結果は…。書いてしまうと、これを読んで下さっているあなたの楽しみを一つ無くしてしまうことになるのでヒントだけ書きます。当博物館は展示物を「観る」だけではなく「触れる」事もできるのが特徴です。展示物を御自分の手で触ったり撫でたりしてみてください。「地球」展示室がお勧めです。比較について。「地球が生んだと様な生物種」は大昔から現在まで、また様々な生物を一度に見渡せるようになっています。私は骨格について、種による違いや進化による形の変化などに興味を持ち、一ケ所(カピパラ剥製の前)に座ってかなりの時間観ていました。私は特にこの2点が気に入って展示に接していました。次にあなたが見学するときの参考になればうれしく思います。

「博物館と私」
山本幸子(横浜国立大学教育学部)

 10年程前に、はじめて博物館(関内の県立博物館)にいったのですが、そのときからずっと、「博物館」というと、古くてよく解からないけれど大事そうなものが沢山並べてある所、といんイメ-ジがありました。今回、博物館実習よいう機会をいただき、10年来私が持っていたイメ-ジた変わりました。博物館というのは、こんなに奥の深いものだったんだ、ということを初めて知りました。展示一つをとっても、ポイントになるものを決めて、それに沿って色々なものを配置していったり、解説ボ-ドをつけたりと色々な工夫がしてありただ並べておいてあるわけではないことが解りました。また、検索システムや、ビデオなど、ハイテクを使ったものが沢山あり、来館者が調べやすいようになっていました。また、裏のほうでは、学芸員の方々や、事務の方たちなどが、沢山いらっしゃって、色々さまざまに、沢山の仕事をこなされていました。一見静かに見える博物館の裏側で、このようなことがなされているのはとても意外で、驚きました。そういうわけで、私の持っていた博物館のイメ-ジは変わったのでした。これからは、今までと違った目で博物館を見ることができそうです。本当に、このような機会を下さって、ありがとうございました。

小幡 貴子(横浜国立大学教育学部)

 博物館での実習は一週間程度の短い期間でしたが、とても貴重な経験をすることができました。これまでに、大学出博物館学の講義を受けてきましたが、比べものにならないくらい多くのことを学ぶことができました。私自身、博物館学、美術館が好きでよく訪れますが、あまりに知らないこと、気づかないことが多かったように思います。細かく計算された展示方法、よりすぐれたものが、本当に長い時間煮つめられてきた結果だったのです。それでも、オ-プンして初めて分かるミスもありました。さらに改善され、常に変化していくのです。生命の星・地球博物館は、まだまだ生まれたばかりの博物館です。準備の段階から携わってきた多くの方々の深い愛着を感じます。そしてこれから、ますます魅力的な博物館に育っていくことを期待しています。

「博物館と私」  
斉藤 紀子(横浜国立大学教育学部)

 私はこれまでいろいろな博物館を見学してきましたが、展示(物)に対しては「きれいな石だ」「大きな化石だ」等幼稚で端的な感想しか抱いてきませんでした。目の前にある展示物を自分の主観だけに基づいて受け取めていた訳です。しかし、博物館実習中、学芸員の方に、展示物を媒介にした博物館サイドと来館者との意志疎通の重要性を強く感じました。展示物には個々に意味があるはずです。でも、一般の来館者にとって、そこまで理解するのは、主幹を越える問題でもありなかなか難しいことだと思います。それでもなお展示物の意味をいかに来館者にわかってもらえるか、展示方法など細かく考えている学芸員の方達の姿を見て、博物館の新たな一面を知った様な気がしました。

 

渡辺学(法政大学文学部)

 博物館実習の日数を含めると、生命の星・地球博物館へは、12回来たことがあります。にもかかわらず、博物館にはいつ来ても「魅力」があふれていました。博物館の特色は、やはり、「実物にさわれる」点にあると思います。再編前の神奈川県博物館は、複製展示が多く、「レプリカ博物館」などと言われていました。しかし、生命の星・地球博物館ではこの点が改善され、観覧客の要求に応えています。開館から半年が経過して、1階の展示室の「アンモナイトの壁」が多くの観覧客にさわられて、光沢がでていることからも博物館の特色が理解されていることが分かります。休日や雨天日は、博物館が大勢の観覧客でにぎわいます。館内にロッカ-や食堂も設置され、博物館は箱根登山鉄道沿線の新名所として定着しているのではないでしょうか。観覧客には、ぜひ、北側に隣接する県立温泉地学研究所の展示室も見て頂きたいと思います。最近、全国各地で新しい博物館が次々と開館し、「展示物に直接さわれる」博物館もふえてきています。そのため、生命の星・地球博物館には、今後も「魅力」のある博物館であり続けることを期待しています。

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ジブティ共和国大統領  生命の星・地球博物館を訪問 

 平成7年9月6日、アフリカのジブティ共和国のグーレド・アプティドン大統領が生命の星・地球博物館を訪問され、当館濱田隆士館長の案内で岩石などの展示を観覧されました。 ジブティ共和国は、地球の熱放出の現場を具体的に示す岩石「トラバーチン」を産出する国として有名です。
 生命の星・地球博物館の「地球を考える」展示室にも地球の様々な活動を示す貴重な資料として、このトラバーチンが展示されています。 エントランスホールで、手作りのジブティ共和国の国旗を持った大勢の来館者と博物館職員が出迎えると、同大統領はにこやかに手を振り、温かい歓迎に応えて車椅子の観覧者達と握手を交わしました。
 濱田館長から説明を受けた後、同大統領は、岩石展示などを興味深くご覧になり、「遠く離れた日本で自分の国の岩石が立派に展示されているのを見ことができるのは、非常に意義深い。この岩石が日本と我が国の友好のあかしになると信じております。」と感想を述べられました。
 同大統領は、9月8日、離日されました。

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