神奈川県立生命の星・地球博物館

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2004年3月15日発行 年4回発行 第10巻 第1号 通巻36号 ISSN 1341-545X

自然科学のとびら

Vol.10, No.1  神奈川県立生命の星・地球博物館  Mar, 2004


ヒマラヤの植物から学んだこと

木場英久(学芸員)
コラム ススキの花序の退化でコブナグサの花序を理解する ススキの花序をルーペで見ると左上のようになっています。軸の上に「柄のある小穂」(a)と「柄のない小穂」(b)がペアを作っていて、「柄のある小穂」は左右交互に出ています。メリケンカルカヤでは、「柄のある小穂」が退化して、柄だけ(c)になっています。そして、コブナグサでは、この柄が短くなって「刺のような突起」(d)になっていると解釈されるのです。これらはみなイネ科キビ亜種のヒメアブラススキ連に属する植物です。(メリケンカルカヤとコブナグサの線画は佐藤恭子画)

地域によって風俗や習慣などが変わることを「ところ変われば品変わる」といいますが、地域によって変わるのは植物もまた同じです。ヒマラヤは日本から3,000km以上も離れています。私はこれまでヒマラヤの現地調査に参加したり、標本を見たりする機会がありまして、日本の植物だけを見ていても、たぶんわからなかったと思うような経験をしました。以下には、ヒマラヤの植物から学んだことなどをふたつ紹介したいと思います。

コブナグサの突起

秋に花を咲かせるコブナグサという植物をご存知でしょうか。田んぼの畔などの少し湿った場所に、這うように生えるイネ科植物です。イネ科にしては少し幅の広い葉の形を魚のフナに見たてて小鮒草というそうです(図1左)。

コブナグサの小穂の脇には小さい刺のような突起があります(図1右写真の矢印)。これは隣に着いていた小穂の柄が退化した痕跡だと説明されています。たとえば、北村四郎ほか著『原色日本植物図鑑 草本編 III』(保育社)には「小穂は元来対をなすが、有柄小穂が退化して僅かに短い刺だけ残るため、無柄小穂だけ単生するように見える」と書いてあります。イネ科の勉強を始めたばかりのころ、初めてこの説明を読んだときには、「どうして『元来』の形がわかるのか。この小さな突起からどうやって退化した小穂を思い浮かべることができるのか」と疑問に思いました。

この突飛とも思われる解釈も、日本で見られる近縁な植物と比べてみると、なんとか納得することができます(上記コラム参照。3種の間にセイバンモロコシやウシクサを入れると、さらに途中の段階が見られて、理解しやすいことと思います)。

コブナグサという種は広い分布域をもつ種で、ブータンやシッキムなど、ヒマラヤ東部にまで分布しています。さらに、コブナグサは種の中にたくさんの変種や品種が記載されるくらい種内変異の大きい種で、小穂の大きさや、芒の有無などが大きく変化します。そして、ヒマラヤの方に行くと日本ではルーペでは見えないような小さい「刺のような突起」が長くなる傾向があり、2mmを越えることもあります(図2左)。

コブナグサ属の植物は日本にはコブナグサ1種しかありませんが、世界に10種があり、ヒマラヤには、そのほとんどの種が分布しています。その中には、柄のある小穂が完全に残っている種もあります(図2右)。コブナグサ属の祖先が他の属との共通祖先から分かれたときには、ススキのように小穂がペアを組んでいたと考えられます。

ヒマラヤに祖先の特徴をもったコブナグサ属植物が生き残っていたので、コラムに書いたような比較を同属や同種の植物ですることができ、より相同性がわかりやすく、「刺のような突起」の由来を知ることができたのです。

もしもヒマラヤを歩く機会があったら、道端のコブナグサをつまんでルーペで見てみてください。きっと通な楽しみ方ができるでしょう。

図1.日本のコブナグサ Artbraxon bispidus. 左:全体(佐藤恭子画). 日本のコブナグサ Artbraxon bispidus.右:小穂. 図2.ヒマラヤのコブナグサ属植物. 左:比較的長い柄(矢印)があるコブナグサArtbraxon bispidus(インド,シッキム州産) 図2.ヒマラヤのコブナグサ属植物.右:柄のある小穂が退化していないA.lanceolatus(ネパール産,東京大学総合研究博物館所蔵).a:柄のある小穂,b:花序の中軸
図1. 日本のコブナグサ (Artbraxon bispidus.)左:全体(佐藤恭子画).右:小穂. 図2. ヒマラヤのコブナグサ属植物. 左:比較的長い柄(矢印)があるコブナグサArtbraxon bispidus(インド,シッキム州産),右:柄のある小穂が退化していないA. lanceolatus(ネパール産,東京大学総合研究博物館所蔵).a:柄のある小穂,b:花序の中軸.

アマドコロ属の葉序

アマドコロ属(ナルコユリ属)はユリ科の多年草で、北半球の温帯に約40種が分布しています。関東の人里で普通に見られる種としては、ナルコユリ(図3左)やアマドコロなどの種があります。この仲間は斜めに立った茎に、葉を左右に交互につけ(このような葉のつき方を互生といいます)、葉の腋から柄を出して花を垂らしています。

野草の好きな方にとっては、アマドコロとナルコユリを見分けるのは入門中の入門かもしれませんが、私が植物の名を覚え始めた大学生のころ、この2種を並べて、よく似た植物があるものだと思いました。アマドコロの方が茎に稜があり、葉が丸いのですが、物覚えが悪い私はナルコユリは茎がなめらかで、葉の幅がナロー(nallow 狭い)なんていう語呂合わせを作って記憶していました。

ところが、この属の多様性の中心であるヒマラヤの辺りには、対生(茎の同じ高さのところに2枚の葉がつく)や、それどころか輪生(同じく3枚以上つく)の種があります(図3中,右)。初めて輪生のアマドコロ属植物を見たときには、いったいどの属の植物かすらわかりませんでした。それというのも、この属の植物は日本には約10種があるのですが、それらはみな葉を互生しています。日本のユリ科全体を見渡しても互生や茎が短く根生するものが多く、輪生するものもクロユリやクルマユリ、ツクバネソウ、エンレイソウの仲間にありますが、茎の先端に花序をつけるものばかりで、葉の脇に花をつけるものはありません。ユリ科の標本棚の端から順に見て行き、やっとのことで名前をつけたときには、「なんて変わった植物だろう」と思いました。

輪生の種はなぜかこの属の分布の中心の近くに分布しています(1種だけヨーロッパに分布しています)。日本まで分布を広げてたどり着けたのは、アマドコロ属の多様な変異のうちの互生するものだけだったわけです。

私は輪生するアマドコロ属の植物を見て「変わっている」と思ってしまったのですが、より公平な立場から言えば日本のアマドコロ属が偏っていたのです。よほど博識な人が見慣れないものに出会ったのならば、「変わっている」という妥当な判断ができるのかもしれませんが、私はそんな人だとは思っていません。自分の知らないことに出会ったときに、「変わっている」と思うことがいかに尊大な態度であるかを思い知らされたできごとでした。

このように日本の植物だけを見ていてもわからないことが、海外の植物を見ることによってわかるような場合があります。広い視野を持つことは何をするにも大事です。それに加えて、日本の植物の下地も必要です。身近な自然を見て、いろいろなことを考えておくこともまた大切です。そうしておくと、遠くの国に行ったときにより楽しい思いができると思います。

アマドコロ属植物にみられる多様な葉序.左:ナルコユリPolygonatum Falcatum アマドコロ属植物にみられる多様な葉序.中:対生するP.oppositifolium(ネパール産)東京大学総合研究博物館所蔵 アマドコロ属植物にみられる多様な葉序.右:輪生するP.cirrbifolium(ブータン産)東京大学総合研究博物館所蔵
図3. アマドコロ属植物にみられる多様な葉序.左:ナルコユリPolygonatum Falcatum,中:対生するP.oppositifolium(ネパール産),右:輪生するP.cirrbifolium(ブータン産).中と右は東京大学総合研究博物館所蔵.

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