神奈川県立生命の星・地球博物館

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2004年3月15日発行 年4回発行 第10巻 第1号 通巻36号 ISSN 1341-545X

自然科学のとびら

Vol.10, No.1  神奈川県立生命の星・地球博物館  Mar, 2004


擬蜂虫~ハチを見たらハチでないと思え(4)

高桑正敏(学芸員)

スズメバチ類のこわさ

オオスズメバチのメス
図1. オオスズメバチのメス(瀬能宏学芸員提供)

日本にすむ私たちにとって、もっとも恐ろしい野生動物は何かと聞かれたら? おそらく、北海道のヒグマと南西諸島のハブ類が1、2位を占めるのではないでしょうか。じつは私も、その両方で「冷や汗タラリ」という経験をしていますし、野外ではけっして遭遇したくないと願っています。けれど実際には、こちらから進んでヒグマやハブのすんでいる場所へ行かない限り、今はめったに出会うことはありません。

ところがスズメバチ類は違います。夏から秋にかけて野外へ出れば、ほとんどの場所で見かけることになります。ときには町中にいて襲われる場合もあるのです。1頭に刺されるだけでなく、巣の近くだと集団で襲撃される破目にもなりかねません。刺されて痛いだけですむならまだしも、ハチアレルギーの人だと命にもかかわります。統計上からは、日本で野生動物に襲われて死亡した例は、クマよりもハブよりも圧倒的にスズメバチ類が多く、年間30人前後にも上るそうです。そこで夏秋の野外講座の場合には、スズメバチ類に襲われないように細心の注意を払っているつもりです。

と記しても、知らない人には「ハチアレルギー」が気がかりだと思います。自分はどうなのだろうか、と。私の周りではハチアレルギーとわかっている人はわずか2、3人しかいませんから、おそらく率的にはかなり少ないはずです。ただ、どうしても心配なら、病

とりあえず、スズメバチ類が恐ろしいのは事実です。一度でも刺された方は、二度と刺されまい、と願うことでしょう。人間ですらそのように怖いと思うのですから、はるかに体の小さい鳥や小動物たちは、同様にあるいはもっとスズメバチ類に恐怖心を抱いているはずです。(自然界にはだからこそ、スズメバチ類をモデルにした擬態で満ち溢れている、と考えられるのです。)

スズメバチ擬態の極致は?

オオスズメバチのオス
図2. オオスズメバチのオス

さて、これまでにスズメバチ擬態のすばらしさを、ハナアブやスカシバガ、カミキリムシなどで紹介してきました。彼らの中のいくつかは、スズメバチとしか思えない姿・行動でした。まさにスズメバチ擬態の極致と言ってよいでしょう。しかし、私はそれらを凌ぐ擬態があると考えています。それこそがスズメバチ類のオスたちです。

スズメバチは毒針をもっているからこそ恐ろしいのです。強力な大あごも脅威であるのは事実ですが、毒針とは比較になりません。毒針は産卵管が特殊化して形成されたと考えられており、メスだけに備えられたものです。つまり、もともと産卵という役割をもっていないオスには毒針はないのです。ということになれば、いくらスズメバチといえどもオスなど怖いはずがありません。つかんだってせいぜい咬まれて血がにじむ程度でしょう。

「なあーんだ、怖くないんだ」というところまでは理解できるのですが、問題はオスをどうやって見分けるかです。オスは秋になってから見られます。翌年の世代をになう新女王と交尾するために現れるのです。もちろんオスはメスにそっくりですから、よほどの専門家以外は区別できないでしょうし、いかに視力に恵まれた鳥といえども同じでしょう。すばらしい擬態ですね。念のため、メスとオスを標本で図示しておきますが、さてどこが違うのでしょう? 興味のある方はご自分でお探しになってください。

昆虫のオスとメス

町中にも見かけるフタモンアシナガバチ(横浜市金沢区)
図3. 町中にも見かけるフタモンアシナガバチ(横浜市金沢区)

とは言っても異論もあるでしょう。種類が同じなのだから、オスがメスとそっくりで当たり前じゃないか、それを擬態と呼ぶのは納得がいかない、という声です。しかし、現実にオスは怖くないのです。それなのに恐れてしまうのは、怖いメスと区別ができないからです。無毒のものが有毒のものに似ていることで捕食者からの攻撃を逃れる点は、擬態の本質のひとつ(ベーツ型擬態)なのです。

それに、オスとメスとで形や色彩が多少とも違う種類はふつうに存在しますし、まったく異なって別の種類に思えてしまう昆虫も少なくありません。たとえば、最近になって神奈川県に定着するようになった南のチョウの1種ツマグロヒョウモンは、オスはふつうのヒョウモンチョウ型の色彩をしているのに、メスはカバマダラなど毒をもつマダラチョウ類に似た色彩と飛び方をしています。このような雌雄の違いは、チョウではけっして少なくありません。

それでもスズメバチ類のオスがメスに擬態している、という考えに納得してくれない方もいることでしょう。それもわからないではありません。では視点を変えてみることにします。


黄と黒の縞模様は警告信号

春の花を訪れたキマダラハナバチの1種(横浜市緑区)
図4. 春の花を訪れたキマダラハナバチの1種(横浜市緑区)

私たちがスズメバチの仲間だとすぐにわかるのは、その黄と黒の模様(と羽音)のおかげです。神奈川県には狭義のスズメバチ(属)は5種が生息していますが、みな似た黄と赤~黒の縞模様をもっています。この模様だと、黄色がとても目立ちます。もし目立たない模様だと、それが怖いハチだとは気づかなかったために、たびたび痛い思いをするかもしれません。それに、それぞれの種類が勝手な模様をしていると、種類ごとに威嚇したり刺したりしてエネルギーを消耗することになりかねませんが、同じようであればそれらの行為もおたがいに少なくてすみます。このため、毒針をもつスズメバチにとっても、何種もが目立つ模様(警告色)、かつ同じ模様で統一していたほうが有利なのです。このような擬態をミューラー型擬態と言いますが、本当は毒を持っていないのに毒があるように思わせるベーツ型擬態との違いはおわかりでしょうか。

アシナガバチ類も同様です。ほとんどの種類はおたがいに似ていて、ミューラー型擬態の関係にあります。そればかりかスズメバチ類とも似ることで、それともミューラー型擬態の関係にあり、かつもっと強力なスズメバチ類をモデルとした擬態関係(ベーツ型に近い)にあるとも考えられるのです。さらに複雑なことに、そのアシナガバチ類によく似るハチもあります。ハナバチ類の多くは体がミツバチやマルハナバチ類のように太型ですが、キマダラハナバチ類は体がスマートで、色彩もアシナガバチそっくりです。毒針をもっている点からはミューラー型擬態とされるのですが、毒はずっと弱そうですから、もしそうならベーツ型的な擬態の意味合いがさらに強まります。

ただし、スズメバチ類(とアシナガバチ類など)間でミューラー型擬態が成り立つのはメスだけです。オスは怖い存在ではないのですから。つまりミューラー型擬態の場合も、擬態関係は種類ではなく、メス個体間だけで成立しているのです。この点からも、擬態は種と種の間だけに限らないことがおわかりいただけると思います。

いずれにしろ、黄と黒の縞模様は「とっても怖いぞ」という自然界からのメッセージ(警告)です。そのメッセージを最大限に利用して、毒針をもつハチ類にあっても、ミューラー型やベーツ型のさまざまな擬態関係が成立しているように思えます。


危なそうでも刺さないハチ

長い産卵管を持つシロフオナガバチ(山梨県韮崎市)
図5. 長い産卵管を持つシロフオナガバチ(山梨県韮崎市)

夜の明かりには多くの昆虫が集まりますが、その中での困り者の1つがアメバチ類(前回を参照)です。か弱そうなアメ色の体をしていながら、いきなりチクッと刺すのです。一方、同じヒメバチ科に属するオナガバチ類は、その名のとおり長い「尾」をもっていて、しかも体は黄と黒の縞模様ですから、ふつうには恐ろしく見えます。しかしその「尾」は、朽ち木など木の内部に生活する幼虫に寄生卵を産みつけるための器官であり、動物を刺すための道具ではないのです。どうやって木の中の幼虫を探り当てるかは不思議ですが、それはさておき、この器官は産卵管が特殊化したものですから、同時に刺すための針を備えることはできなかったわけです。

アメバチ類は刺す機能をもちながら、黄と黒という縞模様をしていません。全体がほぼ黄~飴(アメ)~赤色なのです。逆に、オナガバチ類は刺す機能をもっていないのに、黄と黒のめだつ縞模様をしているのです。同科にありながら、まったく異なった生存戦略の道を歩んだ例がここにも認められるのです。もちろん後者が「黄と黒の縞模様の怖いハチ」に擬態しているという考え方に異存はないでしょう。

針をまったくもたないハチたち

ところで、ハチは大きく有剣類と広腰類とに二分されます。有剣類は腹部の付け根の部分が細くくびれていて、メスは基本的に刺すための針を備えている一方、広腰類はくびれておらず、刺すための針をもっていないグループです。ですから広腰類は、たとえ針状の器官をもっていても、またメスであっても怖くもなんともありません。つまり乱暴に言ってしまうと、ハチの半分は刺さない種類なのです。そうすると、捕食者から逃れる何らかの手段(生存戦略)が必要となります。

この戦略の1つとしては、もちろん「黄と黒の縞模様」をもつことです。コンボウハバチ類にはスズメバチそっくりな種がありますし、キバチ類やほかのハバチ類にも黄と黒の縞模様の種が見られます。また、キバチ類は腹部の先に針状の短い「尾」(産卵管)を備えていますが、これはハチの針を連想させている可能性があります。

しかし、図鑑で広腰類を眺めてみると(どの図鑑にも少数しか図示されていませんが)、めだつ「黄と黒の縞模様」の種類は多くありませんし、これぞ「刺すハチ」というイメージの種類も意外に少ないのです。つまり、毒針をもっていないハチの中にあっても、毒針をもつ種類にそれほど似ていないものも多数があるのです。そうは言っても、大部分はハチらしく見えるのも事実です。このことから、モデルをハチにする限りは、正確に針をもつハチにそっくりでなくても、つまりなんとなく似ているだけでも擬態の効果はあると考えざるをえません。自然界の中では、とくに本来なら強力な捕食者となりうる鳥類では、やはりハチはとにかく怖いもの、と思われ敬遠されているのでしょうか。

おわりに

黄と黒の模様のハバチの1種(愛川町尾山)
図6. 黄と黒の模様のハバチの1種(愛川町尾山)

前回までに、ハナアブやカミキリムシのハチ擬態者の中には、それほどハチに似ていないけれど?、という種類が意外に多いことを繰り返し述べてきました。それでどうして大丈夫なのか、という疑問は、同様にハチの世界にもありました。この答としては、やはり「自然界の中ではハチはとても怖い存在だから、ちょっとでもハチらしければ効果があるため」と言いたくなります。

では、どうして「極致」なまでに似ているものもあるのか、と問われそうですね。捕食・被食者との「食う」「食われる」という関係の中で、「食われる」側が「食う」側によって淘汰され続けてきた結果、たまたまそこまで行き着いてしまったと答えるのが一般的でしょう。でも私には、その答がすべてではないように思えてなりません。「極致」なまでの擬態を見るにつけ、擬態する側に「とことん似てやろう」という意志を感じてしまうのです。でもそんなことを公言したら、非科学的だと怒られてしまいます。結局は、「不思議ですねえ」と言葉を濁してしまうしかありません。(完)


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