神奈川県立生命の星・地球博物館

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2004年9月15日発行 年4回発行 第10巻 第3号 通巻38号 ISSN 1341-545X

自然科学のとびら

Vol.10, No.3  神奈川県立生命の星・地球博物館  Sept., 2004


火砕流のL・M・S

笠間友博(学芸員)
図1 缶ビールと計量スプーンの大〜小.
図1 缶ビールと計量スプーンの大〜小.

人がもつ大きさのイメージ

L・M・S(大・中・小)、並・大盛り等その日の気分やお決まりのパターンで、飲み物や食べ物を注文しますね。今回のテーマは雲仙普賢岳でも発生したあの恐ろしい火砕流の大きさ比べのお話ですが、はじめに普段我々がもっている大中小のイメージを確認してみましょう。図1は料理に使う計量スプーンと缶ビールの大〜小です。計量スプーンの大さじ(15 ml:右端)は、小さじ(5 ml:中央)の3倍の大きさです。缶ビールでは135 ml〜1000 mlまでありますが、ビンビールの大ビン(633 ml)は、小ビン(334 ml)の2倍もありません。その他飲食物に限らず、例を挙げたらきりがありませんが、身の回りにある品物の大〜小の間に1桁(10倍)を超える違いがあるものはほとんどありません。実際これ以上の違いを表すのに「桁違い」とか「桁外れ」という言葉もありますね。最近では「チョー!」でしょうか?

地震の場合は?

自然災害の中では、火山よりも地震の方が皆さんの関心は高いと思いますが、地震には震度とマグニチュードがありますね。気象庁震度階は0〜7まで、マグニチュードも8程度までと1桁以内の大きさをイメージしやすい数です。しかし、ご存知の方もいらっしゃると思いますが、マグニチュードが1違うと地震の規模(地震波のエネルギー)は32倍も違ってしまいます。数学が嫌いな方には申し訳ありませんが、これは計算式に対数[log] があるためです。震度も加速度(cm/s2=カ゛ル)で表すと1カ゛ルが震度1、10カ゛ルが震度3、100カ゛ルが震度5弱、1000カ゛ルが震度7(重力の980カ゛ルを超えるので物が宙に浮く!)と、これも実は対数的な表示ですね。マグニチュードで地震の大きさを比べると8を超えるような巨大地震から、0を下回りマイナスになるような微小地震まで、何と12桁(1兆倍)以上もの差があります。

火山噴火では?

図2 雲仙普賢岳火砕流(溶岩ドーム崩壊型の火砕流)(1991年8月撮影).
図2. 雲仙普賢岳火砕流(溶岩ドーム崩壊型の火砕流)(1991年8月撮影).
図3 宅地造成で現れた箱根新期火砕流の地層(白い軽石層から上の部分).横浜市戸塚区の横浜新道料金所付近(1990年9月撮影). 図3 宅地造成で現れた箱根新期火砕流の地層(白い軽石層から上の部分).横浜市戸塚区の横浜新道料金所付近(1990年9月撮影).

火山噴火では、エネルギー計算をするとほとんどがマグマの熱量になってしまいます。しかも、噴煙(火山灰)を上空高く上げる噴火のように熱エネルギーを噴出物の移動にうまく利用する噴火(火山灰の上昇は原理的には熱気球と同じです。簡単に言えば煙と同じです。)もあれば、溶岩流や火砕流のように熱エネルギーを無駄使いする噴火もあり、あまり意味がないので、噴火の大きさは噴出物の体積で表します。この体積計算は、簡単なようで実は誤差の多い作業ですが、地震波のエネルギー計算もかなりの誤差がありますので、あいこです。体積を地震と同じようにマグニチュードや指数を使って表す方法もあるのですが、こちらはまだ一般的ではありません。火山噴火も桜島の小噴火のようなレベル(0.000001 km3 =1000 m3)から最大の1000 km3クラスまで9桁(10億倍)もの開きがあります。噴火はマグマがある程度まとまらないと生じないというハンデがありますが、もっと小さな水蒸気爆発まで入れれば、幅はさらに広がります。  実はこのような人の常識をはるかに上回る幅の広さが、小さいようで大きな地球の姿であり、対数も小さな人間が大きな地球を考える上では必要不可欠な表現方法であると言えるでしょう。

火砕流のL・M・S

さて本題ですが、火山噴火の中でも最も危険な現象とされる火砕流について、その大きさを具体的に見てみましょう。L・M・Sとしましたが、その間には何桁もの差があることは、もうご承知の通りです。

火砕流という言葉が日本人に知れ渡ったのが、1991年に発生した雲仙普賢岳の火砕流でした(図2)。「大火砕流」とも報道されたインパクトの大きな現象でしたが、これは平均寿命が100年もない人間には仕方ないことで、多くの火砕流は10000 m3台、最大でも1000000m3 (=0.001km3、東京ドームとほぼ同じ)クラスで、流れた距離も一方向に5 km程度でした。先ほどの体積で比べれば、どう見てもSサイズですね。

ちょうど同じ時期にフィリピンのピナツボ火山でも火砕流が発生した事を覚えていらっしゃいますか? 日本はそれどころではなかったのですが、何とこちらは雲仙の数千倍もの大きさ(約6 km3)で、一方向ではなく火山の周囲に10 kmほど流れ、20世紀最大の噴火(総体積約9 km3)になりました。このあたりがMサイズですが、影響は市町村の枠を越え県単位に及びます。また、このサイズになると火砕流発生のメカニズムも変化し、溶岩ドーム形成というワンクッションはなくなり、マグマがダイレクトに火砕流となります。熱気球の話をしましたが、火山灰になったマグマが上空高く上がれずに崩れ落ち、それが火砕流となって流れ出すもので、噴煙崩壊型とも言います。使える熱エネルギーは十分にあるのですが、乗る人の量(=火山灰の量)に対して気球が小さすぎる(噴煙に入る空気が足りない)状態と言えるでしょう。このタイプでは火砕流の連続生産が可能となり、数時間〜数十時間という短時間で大量のマグマが全て火砕流になってしまうという恐ろしい速攻性も備えるようになります。

約6万年前の出来事ですが、神奈川県にほぼ相当する地域(+静岡県東部・伊豆)が箱根火山からの火砕流に覆われてしまった事があります。箱根新期火砕流(図3)とも呼ばれていますが、ピナツボ火山を上回る規模(約 14 km3)で、箱根火山から50数 km も離れた横浜市の保土ヶ谷バイパス沿線あたりまで痕跡をたどる事ができます。しかし、この火砕流でも運動競技に例えれば地方予選通過レベルぐらいにしかなりません。

地層の記録からわかる日本最大級の火砕流は阿蘇、姶良、屈斜路など大きなカルデラ火山から噴出されています。これらの体積はさらに1桁大きい100km3クラスで、姶良カルデラの入戸火砕流(約3万年前)や阿蘇カルデラの阿蘇4火砕流(約9万年前)は、火山学者の間では世界的に知れ渡っている噴火です。このあたりはもうLサイズになります。最新の例ではインドネシアのタンボラ火山1815年噴火(犠牲者9万人)が175 km3と推定されていますが、噴火のクライマックスは何と1日余りです。火砕流の到達距離はこのクラスになると100〜200 km、地方単位に広がり、現在の日本ではその中に1000万人以上が住んでいます。歴史の中では文明衰退・滅亡に関わる事例も報告されているほどで、世界的な気温低下も招きます。しかし、世界にはアメリカのイエローストーン、インドネシアのトバなど1000 km3を超える火砕流堆積物(到達距離は数百km)が知られています。でも、幸いにして人類文明との接点はまだありません。

火砕流と地震の共通点?

図4 林道を切断した兵庫県南部地震の震源断層.地表に現れた震源断層を地表地震断層ともいう.ずれは約1 m,1995年3月淡路島にて撮影.
図4 林道を切断した兵庫県南部地震の震源断層.地表に現れた震源断層を地表地震断層ともいう.ずれは約1 m,1995年3月淡路島にて撮影.

火砕流と地震とは科学的にはまったく別の現象ですが、両者に共通点(?)がある事に最近気付きました。それは「火砕流の到達距離」と「地震の震源となった断層(複数の場合もあります)の長さ」が、大きさ別に当てはめると良く似ている点です。Lサイズの火砕流がマグニチュード8クラスの地震に(関東大地震で130 km)、Mサイズの火砕流はマグニチュード7クラスの地震(兵庫県南部地震で50 km、図4)、Sサイズの火砕流はマグニチュード5〜6クラスの地震。そして1000 km3クラスの最大級の火砕流が、やはり最大級の地震(1960年チリ地震で800 km)といった具合です。土俵が違うものですが、自然災害の大きさの参考にして下さい。なお、地震の被害は基本的に断層に沿って細長く分布しますが、火砕流は大きくなると地形の影響を受けずに円く広がる傾向があります。火砕流の速度は地震波の速度(数 km/s)に比べれば、1桁〜2桁小さいのですが、とても逃げられるものではなく、被災すれば生存率は0 %です。しかし、発生頻度は地震に比べると極めて低いのが特徴です(そもそも火山噴火自体が地震に比べれば珍しい現象ですね)。研究上、この発生頻度の少なさをカバーするのが地層中に残された堆積物の記録ですが、私も泥まみれになって日々赤土と格闘しています。

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