神奈川県立生命の星・地球博物館

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2004年9月15日発行 年4回発行 第10巻 第3号 通巻38号 ISSN 1341-545X

自然科学のとびら

Vol.10, No.3  神奈川県立生命の星・地球博物館  Sept., 2004


魚類写真資料データベース―市民との協働で築かれた研究ツール―

瀬能 宏(学芸員)

夢のスタート

今から10年ほど前、まだ当館が建設中だった1994年5月に発行された「神奈川県立博物館だより」に、「あなたの水中写真を博物館に登録してみませんか」と題した拙文が掲載されています。筆者は私、そして最後に「こんな夢のようなデータベースの完成が、もうそこまできているのです。あなたもこのシステム作りに参加して、より充実したフィッシュウォッチングを楽しみませんか?」と結んでいます。果たしてこの夢はどこまで実現したのか、「魚類写真資料データベース」の10年の歩みを検証してみましょう。

スキューバダイビングが普及し、多くのダイバーが毎日のようにどこかの海でカメラを片手に潜水し、魚の写真を撮る。そんな状況がずっと続いているのですから、ダイバーの手元にストックされている水中写真の数は膨大なものになっているはずです。そしてダイバーが撮影した水中写真には撮影場所や水深、撮影年月日といったデータがついていますから、被写体となった魚の名前が分かれば、標本と同じように研究に役立てられるはずです。もし、このような水中写真をコンピュータを使ってデータベース化できれば、魚の研究に大いに役立てることができる!こんな発想からダイバーに呼びかけて魚の写真の収集を本格的に開始したのは、当館が開館した1995年3月のことでした。

世界最大の画像DB!? 

図1 過去10年間の全登録画像数とそれに含まれる外部から提供を受けた画像数(ほとんがダイバーによる水中生態写真)の累計.
図1 過去10年間の全登録画像数とそれに含まれる外部から提供を受けた画像数(ほとんがダイバーによる水中生態写真)の累計.

さて、まずは図1をみてください。▲の折れ線グラフはこれまでに登録された全画像の累計です。毎年順調に画像の登録が進み、2003年度の集計では約6万件に達しています。平均すると年6000件のペースで画像のデータベース化が進んだことがわかります。この画像には上述のダイバーが撮影した水中生態写真だけでなく、研究者が撮影している鮮時の標本写真やエックス線写真なども含まれています。そこで外部から提供を受けた画像だけを抜き出して集計したものが●で表したグラフです。年によって多少の増減はありますが、全体の約80%がダイバーにより撮影された水中写真で占められていることがわかります。  魚類の画像を含むデータベースでは、欧米の博物館がタイプ標本を画像DB化して公開したりしていますが、ネット上に公開されているものの中ではFishBaseが有名です(http://www.fishbase.org/home.htm)。このデータベースは魚類に関するあらゆる情報を集積しつつあり、生物の世界では世界最大のデータベースのひとつと思われます。世界中の魚類学者を中心に1110人の関係者が協力し、現生魚類28500種の生物学的データが集積されており、どのような色形をした魚なのかがひとめでわかるように、種ごとに画像が添付されています。この画像のほとんどは研究者が提供しつつあるもので、その数は2004年6月の時点で36700点に達しています。当館の魚類写真資料データベースに蓄積されている画像数は59979件ですから、数だけの比較ではFishBaseを上回り、世界最大クラスの画像データベースのひとつと言えるでしょう。

600人以上の協力者!

図2 過去10年間の画像提供者数の累計と年度別提供者数.
図2 過去10年間の画像提供者数の累計と年度別提供者数.
図3 過去10年間にデータベース化された全画像に含まれる種数と水中生態写真に含まれる種数の累積, および水中写真による年度別新規追加種数.
図3 過去10年間にデータベース化された全画像に含まれる種数と水中生態写真に含まれる種数の累積, および水中写真による年度別新規追加種数.
図4 登録画像の属性(種名や撮影地)を活用し, 黒潮流域の各地点間における魚類相を比較した図. 瀬能未発表.
図4 登録画像の属性(種名や撮影地)を活用し, 黒潮流域の各地点間における魚類相を比較した図. 瀬能未発表.
図5 国立科学博物館との業務提携によりインターネット上に公開されている魚類写真資料データベースのトップページと検索結果の一例. 「相模湾」で「瀬能」が撮影した「カワハギ科」をキーワードに検索し, 結果がインデックス画像として表示された状態.
図5 国立科学博物館との業務提携によりインターネット上に公開されている魚類写真資料データベースのトップページと検索結果の一例. 「相模湾」で「瀬能」が撮影した「カワハギ科」をキーワードに検索し, 結果がインデックス画像として表示された状態.

これだけの規模の画像データベースが構築されるまでに、どのくらいの数の画像提供者がいたのでしょうか。図2は、画像提供者の累計と年度別の画像提供者数をグラフにしたものです。2003年度までに正味600人以上の方から画像の提供を受けており、年度別にみると、1999年度の195人をピークに最近4年間ではやや減少傾向にありますが、それでも年平均130人近い方がこのシステムに協力してくれていることがわかります。2002年度の落ち込みは、コンピュータシステムの更新に伴うトラブルによって画像登録ができない状態が続いたため、受入を控えていたことが原因です。また、この1~2年間では電子メールによる画像提供が急増しており、ポジフィルムの郵送や持ち込みに比べると手軽なため、提供者数は今後増加傾向を示すものと予想されます。

3400種の魚類を見られる!

では、データベースの中身、つまり質はどうかという疑問をお持ちかと思います。同じ魚の同じようなシーンの写真ばかりが大量にあっても使い道は限られてくるわけですが、実際にはどうなのかを種数を使って評価してみましょう。図3はこれまでにデータベース化された全種数の累計(▲)と外部提供者の画像(ほとんどがダイバーによる水中写真)によりデータベース化された種数の累計(■)、そして外部提供者によって新規に追加された年度別の種数(●)をグラフにしたものです。2003年度までに登録されている種数は3402種で、そのうち2746種が外部の提供者によるものであることがわかります。新たに追加される種数は1996年度以降は徐々に減少し、最近3年間では100種を下回っており、全画像でみても横ばいの傾向が見られます。しかし、その一方で登録画像数は変わらぬペースで増えているので(図1)、それぞれの種についての情報がどんどん増えているとも言えるでしょう。

短期間で大きな成果

登録されている画像が元になり、未記載種や初記録種の発見、新たな生態の発見などにつながった例は多数あり、その一部は学術雑誌などで公表されていますが、中でもめざましい成果を上げているのが生物地理に関するものです。例えば蓄積されたデータを元にして作製した地点別の魚類目録では、データベースの稼働開始後3年の1996年にまず八丈島の魚類480種を公表しました。その翌年には駿河湾大瀬崎の魚類を615種、さらに翌年には熱海の魚類を267種目録化し、2002年には最初に公表した八丈島の魚類目録を改訂し、702種の目録化を行いました。他にも和歌山県の串本や沖縄県の伊江島、宮古諸島など、800種から900種レベルの魚類目録をすぐにでも作成可能な地域が未公表のまま残されています。一般的に言って、研究者が従来の方法でこのレベルの目録を作成しようとすれば、それこそ10年、20年という時間が必要です。この画像データベースをうまく活用すれば、非常に短期間で網羅的な魚類目録をいくつもの地点で作ることができるのです。こうした目録化が進むことで、最近では地点ごとの魚類相を相互に比較する研究も始まっています(図4)。

世界に向けて情報発信

以上のように、一般市民であるダイバーの協力により、多数の魚類の画像をデータベース化できたこと、そしてそれらは魚類の多様性研究に応用できることがご理解いただけたと思います。このようなデータベースを博物館内に閉じこめておくのではなく、世界に向けて公開することは、開かれた博物館の使命とも言えるでしょう。そこで当館が画像を提供し、国立科学博物館がサーバと検索ソフトを提供するプロジェクトを立ち上げました。このプロジェクトは科博の松浦啓一博士との共同研究により進められ、2001年度にインターネット上での画像検索表示システム(http://research.kahaku.go.jp/zoology/photoDB/)が公開されました。現在では約43000件の画像を自由に検索、閲覧できるようになっています(図5)。また、2003年度には英語版(http://fishpix.kahaku.go.jp/fishimage-e/index.html)も公開し、約35000件のデータを全世界の人たちが検索できるようになりました。

夢は叶ったか?

魚類写真資料データベースへの画像の蓄積は、当館開館以前の1994年にスタートしたので、博物館の建物よりも一足先に10周年を迎えたことになります。いろいろな問題を抱えつつも世界に誇れる画像データベースに成長したことは間違いありません。学術研究への直接的な貢献だけではなく、インターネット上への公開、テレビや新聞、雑誌などのメディア、各地の博物館や科学館への画像の提供なども行っており、普及教育にも大いに役立っていることは間違いないでしょう。

最後に、魚類写真資料データベースは多くの協力者を得て、表面的には順調に育ってきているように見えますが、予算の不足やシステムトラブルなど、外からは見えない問題もたくさん抱えています。その運用に膨大な労力をつぎ込んできた10年をひとことで振り返れば、それは「忍耐」そのものだったと言えるかも知れません。さらなる飛躍は担当者の情熱だけでは足りず、関係者ひとりひとりがどれだけ前向きに取り組むかにかかっているのです。











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