神奈川県立生命の星・地球博物館

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2004年9月15日発行 年4回発行 第10巻 第3号 通巻38号 ISSN 1341-545X

自然科学のとびら

Vol.10, No.3  神奈川県立生命の星・地球博物館  Sept., 2004


ライブラリー通信 Bonin Islands 

篠崎淑子(司書)

小笠原をテーマに特別展が開催されるので、ライブラリーでも小笠原関係の図書を何冊か整理しました。そのなかにBonin Islandsと書いてあるものがあり、英和辞典を引いてみると、小笠原諸島、とありました。なぜ小笠原諸島がBonin Islandsという呼び方をされるのか、不思議に思い調べてみました。

小笠原諸島がBonin Islandsと呼ばれるようになったいきさつについては、田中弘之氏が 『幕末の小笠原』(中央公論社 1997)のなかで、フランスのアベル・レミューザが1817年、フランスアカデミー機関誌に「BO-NIN諸島」の音記を発表して以来、小笠原諸島の洋名が「ボニン」としてアロウスミスの地図などに採用され定着した、と書いています。

なぜボニンなのかという点については、『小笠原の自然-東洋のガラパゴス』(古今書院 1992)のなかで船越眞樹氏が、幕府は江戸時代初期に島々を「無人島(ぶにんしま)」と名づけた。「ぶにん」が「ボニン」に転化したと考えられている、と書いています。

また、延島冬生氏は『小笠原研究年報20』(東京都立大学小笠原研究委員会1996)に、「無人島はぶにん島か、むにん島か」というタイトルで書いています。日本語の「ぶにん」は人手の少ないという意味に使われ、「むにん」は住む人のいないことを指すから、無人島は「むにん島」と読むのが正しい。よって「ぶにん」から「ボニン」になったという説は正しくない。「むにん」から「ボニン」という言葉が外国で生まれたのであって、日本語が外国語になった数少ない例であろうと結論付けています。

小笠原という島名については、延島冬生氏は『小笠原100の素顔Iボニン』(東京農大出版会 2004)のなかで、幕末に外国と交渉するときに、無人島という名前では権利を主張しにくいので、幕府が発見者とされている人の名前をとって呼ぶようになったと書いています。

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