神奈川県立生命の星・地球博物館

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2004年12月15日発行 年4回発行 第10巻 第4号 通巻39号 ISSN 1341-545X

自然科学のとびら

Vol.10, No.4  神奈川県立生命の星・地球博物館  Dec., 2004


キマダラヒラアシキバシ(キバチ科)

高桑正敏(学芸員)

ヒラアシキバチ

2004年6月29日
大磯町高麗(こま)山
撮影:加賀玲子氏
同定:長瀬博彦氏

 ハチ擬態の極致の1つが、刺す針をもたないハチだと述べたばかりです(「自然科学のとびら」10巻1号)。その中でもキバチ科の本種は最高のハチ擬態なのですが、あいにくと私はこれまで出会うチャンスがありませんでした。ところがこの夏、当館友の会会員の加賀さんがみごとな写真の撮影に成功し、それを送ってくれたのです。私の驚き(そして悔しさ)を想像してください。ハチ擬態に興味をもってからというもの、実物を見たくて見たくてしょうがなかったからです。

 このハチには腹部の先端に針状の突起(尾節)がありますが刺す器官ではなく、またその下側の長い産卵鞘(産卵管)も刺すための道具ではないのです。しかしそのスズメバチそっくりの色彩といい、いかにも刺しそうな尾節や産卵鞘といい、なんとも恐ろしげです。刺すはずはないと思うのですが、本当に刺さないかは自信がありません。なぜなら、本種を素手でつかんだことのある人は、ほとんどいないでしょうから。

キマダラヒラアシキバシ

 右の写真は、ちょうど幹に産卵中のものを側面から撮影したものです。よく見ると、腹部の前の方から直角に黒い針金状のものが出ていることがわかります。じつはこれが本当の産卵管で、ふだんは産卵鞘に収められているのですが、産卵のときには鞘から出して硬い樹皮を貫き、材部に到達してから卵を産むのです。ですから、産卵するにあたっては大変な苦労を伴うことが予想されます。

 キバチ科のハチは、このように樹木の内部に産卵し、幼虫は材部を食べて育つのですが、菌類との間におもしろい関係があることも知られています。すべての種ではないのですが、雌は産卵鞘の根元にある1対の袋にある種の菌を貯蔵しており、産卵に際してあらかじめその菌の胞子を卵に植えつけるというのです。菌の働き自体はまだ正確にはわかっていないようですが、ふ化した幼虫はこの菌が定着した木材のみを食物資源とし、成長すると考えられています(くわしくは「森林微生物生態学」(朝倉書店、2000)中の福田正志氏執筆分をお読みください)。菌の方もハチに運ばれることにより分布を拡大できるというメリットがありますから、両者は共生関係にあるという見方もできます。

 ただし、写真のヒラアシキバチも菌類を利用しているかどうかはわかりません。キバチ科は針葉樹を寄主とするキバチ亜科と、広葉樹を寄主とするヒラアシキバチ亜科とに分かれますが、前者では菌類との関係がくわしく明らかにされている一方で、本種が含まれる後者の亜科の種については、菌類との関係は一般には知られていないようです。しかし、写真の個体に産卵された木は秋になって枯れてしまったそうです。その原因が本種にあるかどうかもわからないのですが、ふ化した幼虫の食害だけで枯れるとはとても考えられません。そこで、もし菌が卵とともに送り込まれ、その菌の作用によって枯れたとすれば、キバチ亜科の種とはまた別に菌類とのおもしろい関係が浮上してくるのですが・・・。

(この小文を書くにあたっては、独立行政法人森林総合研究所の升屋勇人博士と当館学芸員の出川洋介博士の教示をいただきました。また、加賀玲子さんは貴重な写真をこころよく提供して下さいました。記して感謝を申し上げます。)

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