神奈川県立生命の星・地球博物館


2005年3月15日発行 年4回発行 第11巻 第1号 通巻40号 ISSN 1341-545X

自然科学のとびら

Vol.11, No.1  神奈川県立生命の星・地球博物館  Mar., 2005


博物館と大学

青木 淳一(館長)

博物館と大学、行ったり来たり

ビショップ博物館のキュレイター(左)
ビショップ博物館のキュレイター(左).
標本管理の責任者で強大な権限を持つ.

私の経歴を振り返ってみると、博物館と大学という二つの職場を行ったり来たりしてきたことが分かる。東京大学(学生・研究生、20-27才)−ビショップ博物館(29-30才)−国立科学博物館(30-39才)−横浜国立大学(39-65才)−生命の星・地球博物館(64才-)となる。

大学院の生物系研究科を修了したけれど、ダニなどを研究テーマにしていたので雇ってくれるところがなく、窃盗や殺人未遂をやらかした少年達を更生させる非行少年の保護施設で私が働いていたことは、ご存知の方は少ないだろう。その時のことを思い出すのも辛いので、ここでは書かない。しかし、なんでも我慢してやっていれば、いつかは芽がでるもので、ハワイのビショップ博物館に勤務しないかとの誘いがあって、喜び勇んで船底の一番安い船室で8日間かかってホノルルに到着した。初めての研究勤務が外国の博物館とあって緊張はしたが、朝から夕方まで存分に顕微鏡にかじりついていられたので幸せであった。もうハワイに骨を埋めるつもりでいたが、1年経ったら国立科学博物館からのお呼びがかかったので帰国した。そこでダニの新種を記載しまくることになる。ところが片手間に「土壌動物学」という少し厚ぼったい本を書いたことがきっかけとなったのか、10年目に大学へ来いという誘いがきた。5つの大学から選り取り見取りで選ぶ。今では夢みたいな話。迷った末に横浜国立大学へ行き、そこで26年過ごす。そして、まだ停年まで1年あるというのに、 勘違いした神奈川県が私を博物館へ引き抜いてくれたのである。

どちらが幸せ?

30才−39才を過ごした国立科学博物館の正面玄関
30才−39才を過ごした
国立科学博物館の正面玄関.

大学と博物館と、どちらで働くのが幸せか?その答えはなかなか難しい。博物館から大学へ移ったときに、まず感じたのは事務官が親切だということ。今では違うのだろうが、当時の国立の博物館の事務官は怖かった。 出張するにも、物を買うにも、便宜を図るどころか、がんじがらめの規則をたてに苛められた。職務に忠実な優秀な事務官が揃っていたのだろう。大学へ来たら、「わたしどもの事務屋は先生方が研究しやすいように、お手伝いするのが仕事ですから」などと涙が出そうなことを言ってくれる。 表向き敬意を払ってくれているらしい。学者の研究活動はなかば芸術活動に通ずるところがあって自由が必要なのだが、国立大学での身分は国家公務員である。その辺りの二重性格の調整は難しかったが、世間の評価は博物館職員よりははるか上である。講演しても、書物を執筆しても、大学教授の肩書きは正直言って具合がいい。だから、博物館を退職して大学へ移っていく研究者も多い。

しかし、しばらく経つと、「博物館はよかったなあ」と嘆息するようになる。私も、そうだった。現在の当館の学芸員は物凄く多忙であるのは知っているが、それでも自分の専門の研究に打ち込める大義名分がある。自然史科学、とくに分類学の研究を、これほど堂々と大手を振ってやれるところはない。わが国ではあまり認識されていないが、欧米では博物館が自然史や分類学研究の中心的な機能を果たしている。研究者仲間ではそのことは充分わかっていて、学会の大会に出てみれば、大学の研究者が敬意のこもったまなざしで博物館の研究者に接しているのではないか。ある時、国立科博の研究者を大学教授が訪ねてきて、丁寧に頭を下げているのを見て、行政職の館長が「うちにはそんな偉い学者がいたのかね」とびっくりしていたのを思い出す。当館の事務官の方々も、それほど学芸員を尊敬しているとは思われないが、研究者の立場をかなりよく理解してくれている。ヘンな人たちだなあと思いながらも、親しい関係を築いて力を貸してくれているのは、まことにありがたい。

市民との接点


39才−65才の間,最も長く勤めた
横浜国立大の正門.

ヘンなものを見つけたら、だれでもまず、博物館へ電話するか、持ってくる。大学へいく人は少ない。市民一般から見れば、博物館はそれだけで身近で頼りになるところなのである。「もしかして、これは珍しいものではなかろうか?」と手にしたお宝を鑑定してもらう。大抵は期待外れでも、その楽しみと好奇心を大切にしてあげたい。
大学に子供がくるのは大学祭の時だけだし、大学には友の会なんて、ありゃしない。自然科学者の卵を大切に育て、老後の楽しみにも手を貸してあげる博物館でありたい。当博物館ももうすぐ10才の誕生日を迎える。世界を、宇宙を見据え、なお神奈川の博物館として地元との繋がりを大切にする博物館として評価してくれる人が多い。
世界的に認められる立派な研究をしている学芸員、だれにも気安く親切にしてくれる学芸員、そんな学芸員のいる博物館を、わたしは誇りに思う。

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