神奈川県立生命の星・地球博物館


2005年3月15日発行 年4回発行 第11巻 第1号 通巻40号 ISSN 1341-545X

自然科学のとびら

Vol.11, No.1  神奈川県立生命の星・地球博物館  Mar., 2005


丹沢の異変と再生

勝山輝男(学芸員,丹沢大山総合調査 生きもの再生調査 チームリーダー)

写真1.植生保護柵の内部は林床植物が繁茂している。

私が丹沢に本格的に登り始めたのは1970年頃,高校の山岳部に入ってからです。高校の頃は尾根歩きが主体でしたが,大学の山岳部に所属してからは,主に西丹沢の沢登りが目的になりました。当時,沢のつめはどこもスズダケの密林でした。スズダケが枯れればいいのになんて冗談をいいながら藪をこいでいました。まさか,そのスズダケが本当に消えてしまうとは思いもよりませんでした。

1990年頃,当時まだ横浜にあった県立博物館の学芸員になってすぐの頃だったと思いますが,丹沢のスズダケが枯れているという電話がありました。神奈川県植物誌の調査で丹沢にはよく登っていたのですが,西丹沢に入ることが多く,札掛や堂平には行きませんでした。そのため,スズダケが枯れ始めたのには気がつきませんでした。この頃には主稜線のブナにも立ち枯れが目立ち始めていました。また,ニホンジカが分布域を拡大し,それまでの林業被害から自然林の林床植生の衰退に被害が広がっていました 。

首都圏にありながら,丹沢にはブナの深い森があり,ツキノワグマやカモシカなどの大型の野生動物が生息する,豊かな自然が残されていました。その豊かな丹沢の自然に何やら異変が起きている。これは大変だということで,1993年から3ヶ年計画で丹沢大山自然環境総合調査が行われました。

林業被害防止のため植林地に防鹿柵がはりめぐらされ,オスジカの狩猟が解禁されたことから,ニホンジカが標高の高い特別保護地区に追い上げられ,その採食によりスズダケが枯れ,林床植生が急速に衰退したことが明らかにされました。また,ブナの衰退は稜線の南斜面で顕著なことから,酸性霧やオゾンなどの大気汚染物質との関連が指摘され,夏の太平洋高気圧下では首都圏の大気汚染物質が夜間の陸風で相模湾へ運ばれ,日中の海風により丹沢の南斜面に到達するモデルが示されました。


写真2.丹沢山と竜ヶ馬場の間付近。
ブナの立ち枯れにツキヨタケが生えていた。

現在,丹沢の標高1000m以上の主稜線上にはたくさんの植生保護柵が作られています。一つの大きさは大きいもので40m×40m,傾斜地などではそれよりも小さいものが作られています。植生保護柵は景観上は好ましいものではありませんが,希少植物の保護などに一定の成果が見られます。柵の内側は林床植生が回復し,絶滅したと思われていたクガイソウが生えてきた柵もあります。柵の外はほとんど無植生か,生えていてもマルバダケブキやバイケイソウなどのシカの嫌いな植物,小さくてシカに食べられない植物ばかりです。写真1を見ると,柵の内側60cmまで植物が刈り込まれたようになっていますが,これは歩きやすいように刈ったのではなく,食料に困ったシカが柵に頭を入れて食べたと思われます。植生保護柵は林床植物を絶やさないための緊急避難で,林床植生のためにも,ニホンジカのためにも,ニホンジカの個体数管理が必要です。最近,やっとニホンジカの保護管理計画が作られ,シカの個体数コントロールが始まりました。

前回の総合調査から10年がたちました。その間にスズダケの枯死や林床植生の衰退は大室山など西丹沢にまで広がり,稜線のブナ枯れも拡大しています。かつて樹木に被われていた稜線は笹原に変わってしまった(写真2)。長い間林床が無植生になっていた東丹沢の堂平周辺では土壌浸食により樹木の根が露出しています(写真3)


写真3.堂平付近の林床。
林床植物がなくなったところでは土壌が浸食して根が
露出している。

丹沢の自然を再生するにはどうしたら良いのか。その答えを得るために再び丹沢大山総合調査が始まりました。この調査には博物館も関わっています。調査団長には当館の青木館長があたり,動物や植物担当の学芸員もグループリーダーや調査員に加わっています。また,ボランティアや友の会会員の中にも調査員がいます。前回の調査では扱うことのできなかった菌類や藻類を加えて,丹沢の生物目録を見直すこと,林床植生の衰退や森林の衰退が生物相にどのような影響を及ぼしているのか,人工林の多い中低標高地の生態系管理をどうすれば生物の多様性を再生できるのか,課題はたくさんあります。

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