神奈川県立生命の星・地球博物館


2005年6月15日発行 年4回発行 第11巻 第2号 通巻41号 ISSN 1341-545X

自然科学のとびら

Vol.11, No.2  神奈川県立生命の星・地球博物館  Mar., 2005


風化火山灰のふしぎな世界

笠間友博(学芸員)

火山灰と風化

図2 風化している軽石
図2 風化している軽石.
火山ガラスは失われ,もはや粒としては
取り出せない.図1に相当する部分だが,
色もオレンジ色になっている.
東京軽石層上部(平塚市上吉沢).
図1 あまり風化していない軽石
図1 あまり風化していない軽石.
火山ガラスは残っており,白っぽい
色をしている.
東京軽石層上部(平塚市土屋).

 私たちの身近にある関東ローム層(赤土)は、火山灰の教材としても小学校から高校、大学の一般教養まで幅広く利用されています。その中で最もよく行われているのが、関東ローム層の中に黄色などの明るい色で帯状に入っている軽石や火山灰の層(おもに箱根火山が大噴火した時の地層)の部分を取り出して洗い、中に含まれている鉱物を観察するものです。この鉱物は砂粒ぐらいの大きさですが、拡大して観察するととても美しいものです。
  液体が冷えて固体になるときは、原子(分子、イオン)が規則正しく配列して固まり、「結晶」になることがあります。岩石をつくる鉱物も結晶で、たとえ外形は不規則であっても内部の原子は規則正しく配列しています。ところが、火山の爆発で細かく砕かれたマグマ(これが火山灰や軽石です)は、小さくてすぐに熱を失い、内部の原子が規則正しく配列する間もなく固体になってしまうので、同じ固体でも規則性がありません。このように急冷して原子が不規則に固まってしまった状態を「非晶質(アモルファス)」といいます。身近にはガラスがこの状態なので「ガラス質」ともいいます。ガラスというと透明で美しいというイメージがありますが、火山灰や軽石も、物質の分類上は窓ガラスと同じで、特にこれらを「火山ガラス」と呼んでいます。
  ご存知の方も多いと思いますが、火山灰や軽石を洗うのは付着したゴミやホコリといった汚れを落とすためではありません。程度の差はありますが、長い年月の間に火山灰や軽石をつくっていた火山ガラスは変質し、泥のような状態になっていて、これを洗うと火山ガラスだった部分が泥水となって流れ去り、中に含まれていた鉱物(斑晶といい、これはマグマが噴火するまでの間に地下でゆっくり冷えてできた結晶です)が取り出せるのです。溶岩(火山岩)や変質していない軽石を割って中から鉱物を取り出すのは大変なので、火山ガラスの変質をうまく利用した方法と言えます。

図3 あまり風化していない軽石.
図3 あまり風化していない軽石.
人為的に割って新鮮な部分を出したもの.
東京軽石層中部(横浜市泉区新橋町),
写真の左右幅 0.6 mm.
  この変質は地学用語では「化学的風化」といわれる現象で、化学反応が原因となって生じます。「宝石かガラス玉か区別が付かない」といわれることがありますが、ガラスは結晶(≒宝石)と比べれば、化学的に不安定で、人間がつくったものを含め化学的風化を受けやすい物質です。長年使っていたコップ(実験用の試験管やビーカーの方がもっと消耗が激しいですが)の表面がざらついてきたり、白く濁ってきたりするのも風化の始まりといえるでしょう。考古遺跡から出土するガラス製品も多少なりとも風化していますが、逆に風化膜が美しい干渉色を出すこともあります。
  今回見ていただく試料は、約6万年前の「東京軽石層(火砕流の地層も含む)」という比較的ポピュラーな箱根火山の噴出物です(「自然科学のとびら」第10巻3号参照)。場所によって差はありますが、この位の年月が経過するとガラスが完全に化学的風化によって消失しているケースが多くなります。でも軽石層は無くなることはありません。後に残っているものは、火山ガラスが水と反応してできた粘土(粘土鉱物)です。化学反応としては加水分解という反応に入ると思いますが、これは私たちのお腹の中で食べ物が消化されていく仕組みと同じで、長い年月を経て大地が火山ガラスを消化してしまったともいえます。

肉眼で見る風化

図4 風化している軽石.
図4 風化している軽石.
紙面手前側には鉱物が付着していたらしく,
気泡の末端部が見えている.
火砕流の地層上部(海老名市大谷),
写真の左右幅0.5mm.

 図1はあまり風化していない軽石です。発泡していますが丈夫で、手でつぶせるようなものではありません。図2は風化した軽石です。土のように見えますが、火山ガラスが粘土に変化しているので、取り出しただけで形が崩れ、多少形が残っている部分も手で簡単につぶれます。
  次は、この粘土の姿を走査型電子顕微鏡(SEM)の映像で紹介します。

風化をまぬがれている部分(SEM)

 風化した姿を見る前に、同じ東京軽石層でも比較的新鮮な部分を見て下さい。図3はその中の軽石を人為的に割った断面です。スポンジのように良く発泡しています。これはマグマが炭酸飲料のように火山ガス(主成分は二酸化炭素ではなく水蒸気で、ガスの含有量は体積にして熱膨張も加味すると強炭酸飲料の数十倍になります)を含み、この発泡が噴火の原動力である事を如実に物語っています。より小さな火山灰は、これがさらに細かく砕かれたものです。

風化した部分(SEM)

図5 失われていく火山ガラス.
図5 失われていく火山ガラス.
飛び出ているのは鉱物(斑晶).
浅い皿状の凹面は気泡の一部ではなく,
風化でできたものである.
火砕流の地層上部(海老名市大谷),
写真の左右幅0.5mm.

 図4は典型的な風化した軽石のようすですが、図3とはまったくようすが違います。何かの卵のように見えるものは何でしょうか? よく見比べて下さい。実は図3と図4は雄型と雌型のような関係になっています。丸く見えるのは軽石の気泡の内面に沿ってできた薄い風化物(粘土)で、気泡と気泡の間にあった壁の部分はなくなっています。穴があいているものがあり、中は空洞になっている事がわかります。面白いことに風化のおかげで火山ガラスの気泡の形状が、かえって手に取るようにわかります。
  では、壁の部分がどのように失われていくのでしょうか? 図5のような発泡の悪い試料の方が見やすく、黒っぽく写っている表面を見ると大きな氷や雪の塊が融ける時と同じように多くの凹面を生じながら失われていくようすが見えます。板状に飛び出しているのは、風化に強い鉱物です。
  発泡の悪い火山ガラスが完全に消失した状態が図6です。割れていますが、気泡の内面にできた風化物は、何かがふ化した後の卵の殻のように見えます。
  図7は細長い火山灰粒子の中央部付近を拡大したものです。今度は鞘のようなものが見えますが、図4で見た卵のようなものもあります。これも気泡の内面にできた風化物が残ったもので、形状の違いは元あった気泡の形の違いです。気泡は表面張力で丸くなるものですが、マグマが流動する時に伸ばされることがあります。それが表面張力で復元する間もなく噴出されると、このような細長い気泡をもつ火山灰や軽石ができると考えられています。この写真では、風化物内側の粘土鉱物の表面構造が見えています(画面左端中程よりやや下)。
  これが更に伸びると図8のようになります。顕微鏡に設置するときに形がやや崩れたため、繊維状の細長い気泡がほぐれたような状態で写っています。血管の束のようにも見えます。無機質の火山灰や軽石が風化すると、何か生物起源的なものに見えるのが不思議です。
  マグマの発泡現象は、単純そうでなかなか奥の深い現象で、様々な研究が行われていますが、今回紹介したような風化物は、いわば「気泡の化石」であり、古い火山噴出物を調べるのに良い材料となります。

図8 風化した火山灰
図8 風化した火山灰.おもに繊維状に
伸びた気泡からなるが,小さな丸い気泡も
ある.火砕流の地層上部(座間市栗原),
写真の左右幅0.15mm.
図7 風化した火山灰
図7 風化した火山灰.大きな気泡は
伸びた状態であるが,小さな丸い気泡も
ある.火砕流の地層上部(海老名市大谷),
写真の左右幅0.15mm.
図6 卵の殻のように見える風化物
図6 卵の殻のように見える風化物.
背面は鉱物,平滑な手前の面も
鉱物が付着していた跡.鉱物にはさまれた
火山ガラスの気泡が残ったと考えられる.
火砕流の地層上部(大和市下鶴間),
写真の左右幅0.15mm.


[目次へ]

© Copyright Kanagawa Prefectural Museum of Natural History 2005. All rights reserved.

[ページ先頭へ]