神奈川県立生命の星・地球博物館


2005年6月15日発行 年4回発行 第11巻 第2号 通巻41号 ISSN 1341-545X

自然科学のとびら

Vol.11, No.2  神奈川県立生命の星・地球博物館  Mar., 2005


磯の付着生物に見られる生き残るための工夫

佐藤武宏(学芸員)
図 1 磯で観察された帯状分布構造.a:イワフジツボ(Chthamalus challengeri);
図 1 磯で観察された帯状分布構造.a:イワフジツボ(Chthamalus challengeri);
b:タマキビ(Littorina brevicula);c:ヒザラガイ(Acanthopleura japonica);
d:クロフジツボ(Tetraclita japonica);e:ケガキ(Saccostrea kegaki)・
ヤッコカンザシ(Pomatoleios kraussi);
f:イボニシ(Thais clavigera)・クロイソカイメン(Halichondria okadai).神奈川県真鶴町三石海岸.

身を守るために有利な性質とは?

 すべての生きものにとって、天敵(捕食者)から身を守ることは大変に重要なことです。それは、自らの命を守るという意義だけでなく、次世代をたくさん生産する可能性を高めるという意義を持っています。生き残るために有利な性質は様々ですが、そのどれもが価値あるものです。より有利な性質が競争によって個体群に定着することが、生きものの進化の原動力になってきたという考え方は、広く受け入れられています。

 ここでは、磯の生きものを例にとり、捕食者から身を守る能力に注目してみましょう。捕食者から身を守る能力、といっても、それにはいくつかの方法があります。

 第1に、積極的に捕食者に対抗する行動が挙げられます。素早く泳ぎ回ったり、捕食者が予測できないような複雑な動きをすることによって目をくらませたりする方法です。イカやタコの墨吐きや、アメフラシの紫汁分泌もこれに含まれるでしょう。捕食者が活動しない時間帯に活動することも効果があるかもしれません。

 第2に、攻撃されてもそれをかわすことができる形態を挙げることができます。二枚貝やエビのなかまには、厚く強固でまるで鎧のような殻を持つものが見られます。巻貝やカニ類は、長い棘や装飾によって殻を割られにくくしていたり、見かけの大きさを大きくして捕食者の目をあざむいています。がっちりと岩に付着したりする性質もこれに含まれます。擬態や保護色もこれに含めることができるでしょう。

 第3は、やや消極的な方法です。多くのエビやカニのなかま、ヒトデなどの棘皮動物は、捕食によって体の一部を失っても、その部分を再生することができます。一部の棘皮動物では、体のほぼ全体を失っても残りの全身を再生させたり、そうとう長期にわたって飲まず食わずで体を再生させたりする能力があることが報告されています。

 第4に、捕食者が生息しない場所に生息する、という生態が挙げられます。海底に巣穴を掘ってその奥深くに住むような生態がその代表的なものです。捕食者が活動しにくい潮間帯や潮上帯へ進出したものや、岩石や木材に穴を開けて住むようになったもの、海底洞窟や深海などに進出したものも見られます。

 実際には、すべての生きものがこのような性質を持っているとは限りません。また、ある生きものが持つ有利な性質は一つだけとは限らず、複数の有利な性質を同時に持つ生きものもたくさん見られます。

 そして、それぞれの性質はメリットとデメリットの双方を持ち合わせています。例えば、強固な殻は、捕食者に破壊されにくいというメリットを持っています。一方で、強固な殻をつくるためにはたくさんのエネルギーが必要です。強固にするために大きくなった殻は、かえって捕食者に対して目立ちやすくなってしまうというデメリットもあるかもしれません。

 さらに、生きものが投資できる「潜在的なエネルギー」には限りがありますから、ここで挙げた有利な性質をすべて合わせ持つことは現実には不可能です。それに加えて、付着することと移動することのように、お互いに共存できない性質同士や、早く逃げることと重い殻を持つことのように、お互いに拮抗関係にある性質同士を同時に持ち合わせることも不可能です。 そこで、生きものは、メリットとデメリットをどこで妥協するか、という問題と、「潜在的なエネルギー」をどこにどれだけ分配するか、という問題を、その種なりに解決し、さらにデメリットを補う様々な工夫をしているようなのです。

海水から離れたら?

図 2 クロフジツボ(Tetraclita japonica)
図 2 クロフジツボ(Tetraclita japonica).
神奈川県葉山町芝崎海岸.

 さて、実際に磯に行って、そこに生息する生きものについて、観察をしてみましょう。磯では海面からの高さにしたがって、様々な種が帯状に分布する「帯状分布構造」を観察することができます(図 1)。この帯状分布構造を構成する生きものには、付着性の種が多く含まれています。

 海面から離れた潮間帯や潮上帯は、海水中にすむ捕食者にとってアプローチしにくい場所です。そこで、これら磯の生きものは捕食の危険性から逃れるために、潮間帯や潮上帯に生活の場を求めた、と考えられています。それに加えて、目立たない地味な色をして、固着をしたり、付着をしたり、岩にぴったりとはりついて生活することによって、さらに捕食に対して効果の高い性質を身につけているのです。

セメント質を分泌して固着したら?

図 3 オオヘビガイ(Serpulorbis imbricatus)
図 3 オオヘビガイ(Serpulorbis imbricatus).芝崎海岸.

 固着する生きものとして最も良く目につくのは、クロフジツボ(図 2)などに代表されるフジツボのなかまです。岩に固着していて、固い殻を持っているので、貝のなかまだと誤解されていることが多いのですが、実際には甲殻類に分類され、しいていえばエビやカニに近いグループの生きものです。孵化をすると、エビやカニと共通の形質を持つノープリウス幼生の時期を経た後、特有のキプリス幼生という時期を経て、成体のかたちに変態し、固着生活を始めます。たとえ捕食の危険性が低い潮上帯に生活し、しかも固い殻を持つとはいえ、動き回ることなく一生をその場で過ごすということはずいぶん不便なように思われます。

 動かないフジツボは、餌の食べ方もエビやカニとは異なります。エビやカニでは歩くために使われる脚は、フジツボでは餌をとるために、植物のつるのようなかたちの脚に特殊化しています。そして、この器官で海水中の有機物などをこしとって、口に運んでいるのです。潮が満ちて冠水する時間帯だけが、フジツボにとっての食事の時間です。

 それだけではなく、繁殖のしかたも少し変わっています。エビやカニはオスとメスが向かい合って交尾をすることによって子どもをもうけるのですが、固着して生活するフジツボにとって、その方法は不可能です。そこで、フジツボは、交尾器を長く伸ばして隣の個体に差し込み、交尾を行う、という方法をとっています。そうすると、ある個体が交尾器を伸ばしていったその先の個体も同性だったら、という疑問がわいてくるでしょうが、そこは心配ご無用。フジツボは雌雄同体なので、必ず交尾ができるようになっているのです。こうやってできたフジツボの子どもは、一生のうちのわずかなプランクトンの期間に海中を浮遊し、着底の場所を選びます。この着底には、成体が分泌する物質に誘起されて起こると考えられています。成体がいる、ということは、少なくともその場所で大人まで成長する可能性があることと、成長後に交尾を行える可能性があることを示しているからなのです。そうして、繁殖に有利なように、フジツボ類は過密とも思えるほどの大群集を形成しているのです。

 次にオオヘビガイ(図 3)に注目してみましょう。一般的に巻貝のなかまは、非常に規則的な殻のつくりかたをしています(「自然科学のとびら」第5巻1号参照)。しかし、オオヘビガイは、殻の一部を岩に固着させるため、そのかたちは基質である岩のかたちによって変化します。そのため、個体によって微妙にかたちが違ったり、巻き具合が変わってきたりします。

 このオオヘビガイも餌の食べかたや、繁殖のしかたに特徴があります。オオヘビガイは粘液を分泌し、その粘液を海中に吹き流します。しばらくすると粘液にプランクトンや海水中の有機物などが付着しますので、オオヘビガイは粘液ごと回収して、餌にありつく、というわけなのです。

 巻貝類はオスとメスが交尾して繁殖するものが多く見られますが、オオヘビガイにとってそれはやはり困難です。かといって、フジツボほど大群集を形成していないので、フジツボのように交尾器を隣の個体に伸ばして交尾するという方法もとれません。過去の研究によると、オスが海水中に精子を入れたカプセルを放出し、メスはそれを粘液の吹き流しによって捕獲して体内に回収して受精させ、自らの殻の中に卵を産む、という報告がされています。

足糸を分泌して付着したら?

図 4 ムラサキイガイ(Mytilus gallopro-vincialis).
図 4 ムラサキイガイ(Mytilus gallopro-vincialis).
神奈川県藤沢市江の島.

 付着して生活する生きものとして有名なのは、地中海原産の移入種、ムラサキイガイ(図 4)でしょう。和名に関しては混乱していて、チレニアイガイとする見解もあります。市場ではムール貝の名前で知られている二枚貝です。ムラサキイガイは自ら足糸とよばれる繊維状のものを分泌し、岩などに付着しています。足糸を分泌することは、二枚貝類にはよく見られることなのですが、この足糸のコントロールがなかなか秀逸です。

 オウギガニ科やワタリガニ科のような磯に生息するカニの中には、足糸で付着している二枚貝を引きはがし、殻を破壊して軟体部を捕食する種類が存在します。ムラサキイガイなどイガイのなかまは、カニの匂いを感知すると、足糸を分泌して増強し、引きはがしに対抗することが知られています。一方、周囲の環境が悪化して、生息に適さないような状況になると、自ら足糸を切断し、移動することができるのです。

磯はパラダイスなのか?

図5 左:イボニシ (Thais clavigera) ;
図5 左:イボニシ (Thais clavigera) ;
右:レイシガイ (T. bronni).芝崎海岸.

 これらの例のように、磯の生きものたちは、捕食者に捕食される危険性が少ない環境に進出するため、多少の不便さと変化しやすい環境を克服する方法を身につけるようになったと考えられています。

 しかし、現在の磯には、イボニシやレイシガイのような、殻に穴を開けて中身を捕食するタイプの捕食者(図 5)も進出しています。さらに、潮が満ちてくるとわずかな水を頼りにカニ類やマダコ、捕食性の魚類などがやってくることもあります。海水から離れることは、鳥類など陸上の生きものの捕食に、新たにさらされることにもなりかねません。ときには人間によってその命を奪われることもあるでしょう。つまり、彼ら彼女らが生活の場を求めた磯は、必ずしも捕食者のいないパラダイスではなくなってしまっているのです。

 普段私たちが観察できる磯の環境は、思いのほか複雑で、厳しい競争が繰り広げられている場所です。そして、今日もどこかで、身を守るために新しい性質を身につけたり、生き残るための工夫をさらにより良いものに変えていっているような生きものがいるのかもしれません。また、こういった競争や、それに対抗する生きものの変化は、磯に限らず、その環境や構成する生きものの組み合わせに応じて、いろいろな場所でいろいろな生きものに起こっていることなのです。そして、こうした小さな変化の積み重ねによって、生きものは進化していくのです。

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