神奈川県立生命の星・地球博物館


2005年6月15日発行 年4回発行 第11巻 第2号 通巻41号 ISSN 1341-545X

自然科学のとびら

Vol.11, No.2  神奈川県立生命の星・地球博物館  Mar., 2005


「森の開拓者・霊長類」の食虫類

山口佳秀 (学芸員)

「トガリネズミの方が小さいのでは」モグラ君の訴え

 先日、日直当番として行われる閉館後の館内巡視の時でした。生命展示室「森の開拓者・霊長類」の展示コーナーにさしかかると、何か声が聞こえてきました。声の方向に近づくと、それはドーム型の展示ケース内にいるモグラ君が私に向かって何か話しているのです。詳しく話を聞いてみると、内容はこんなことでした。「何でここにいるトガリネズミ君(図1)を無視するのですか。彼の方が3階にいるカヤネズミ君より体は小さいし、体重も少ないはずだ。彼の方が最も小さいネズミではないか。なぜ、彼に自己紹介をさせなかったのか」ということでした。  それは、展示シリーズ14 最小のネズミ「カヤネズミ」(「自然科学のとびら」第10巻4号参照)ということで、カヤネズミ君に自己紹介をお願いしたことに対するクレームでした。  そこで、私は、同じケース内にいるモグラ君、トガリネズミ君、ヒミズさんに対し君たちを無視した訳ではなく、ちょっとした誤解であることを説明することにしました。

図1 「森の開拓者・霊長類」のコーナーにいる<br>
図1 「森の開拓者・霊長類」のコーナーにいる
シントウトガリネズミ(Sorex shinto).

ネズミではないネズミ

 ねえ、君たちの顔と体を見回してごらん。小さな目、鼻の先が長くのびているだろう。ここを吻(ふん)と呼ぶのだけれど、長くて先が動くのが君たちの特徴なのだ。それと体毛も細くて短いビロウド状をしているよね。  それから、君たちの大好きな食べ物は何ですか? そうだね、君たちは昆虫類、クモ類、ミミズ類など動物を好んで食べているよね。このような特徴を持つ君たちの仲間を食虫類(モグラ目)というのだよ。ほら、隣の展示ケースにいるカワネズミさんとジャコウネズミさんを見てごらん。トガリネズミ君と同じくネズミという名前がついているけれども、吻は長く、目も小さく、ビロウド状の体毛をしているよね。それに、食べ物もカワネズミさんは、魚やサンショウウオなどを食べ、モグラ君とは少し好みが違うけれど動物食なのだよ。もう、わかっただろう。トガリネズミ君やカワネズミさん、ジャコウネズミさんには“ネズミ”という名前が付いているけれども、ネズミの仲間ではなく、実はモグラ君と同じ食虫類なのだ。  3階にいるカヤネズミ君は、齧歯類(ネズミ目)というグループで、リス、ムササビやアカネズミ、ヒメネズミなどと同じ仲間なのだ。この仲間の特徴は上あごと下あごに2本ずつある切歯(前歯)がノミ状に鋭く尖り、永久に伸び続けるため硬いモノを齧って歯を磨耗させなくていけないのだ(図2)。食べ物もクルミや栗などの大きな種子から植物の根茎部、樹皮など植物食が中心で、君たちとは好みも違うだろ。カヤネズミ君に自己紹介をお願いしたのは齧歯類の中でカヤネズミ君が世界最小のネズミだからだよ。わかったかい。

霊長類の祖先は原始的な食虫類

図2 カヤネズミ(齧歯類)の頭骨.
図2 カヤネズミ(齧歯類)の頭骨.

 そうそう、もう一つ確かめたいけど君たちはモグラの仲間ということを理解してもらったと思うが、なぜ、オランウータンやチンパンジー、マントヒヒ、スローロリスなど多くのサルさんに囲まれてそこに展示されているかわかっているよね。
  「森の開拓者・霊長類」の展示意図は…
豊かな森林を哺乳類として本格的に利用することが出来たのは、サルの仲間(霊長類)です。森林の枝や葉の茂っている樹上は、天敵となる動物や競争する動物の少ない世界です。霊長類の誕生は、今から5000万年前にさかのぼります。森の中で細々と暮らしていた原始的な食虫類(現在のモグラの仲間)から霊長類は生まれました。その祖先はさまざまな体の仕組みや生活のしかたを発達させ、たくさんの種類に分かれました。そして、森林からサバンナや砂漠へと生活の場を広げ、それぞれの環境に合わせた生活のしかたを身につけました。このような発展の中で人類の祖先も現れてきました。
  この展示では、人類の進化についての展示品はありませんが、実にさまざまな霊長類が進化、繁栄した様子を多くのサルの剥製とモグラ類の剥製によって展示構成しています。
  と、いうわけで、君たちは多くのサルさん達に囲まれて、遠い昔、君たちの仲間から霊長類が生まれたことをお客さんに理解してもらうために、そこに展示されているのだよ。

図3 トガリネズミ(食虫類)の頭骨.
図3 トガリネズミ(食虫類)の頭骨.

トガリネズミの紹介

 時間も余りないから、トガリネズミ君について簡単に紹介をしておくよ(図1,3)。
  君は平成2年5月12日、富士山の6合目付近の登山道で死んでいるところを拾われ、博物館に届けられました。剥製業者さんによって本剥製標本として生まれ変わり、開館以来そこで多くのお客さんに見ていただいているのです。
  君の仲間にはSorex shinto(ソレックス シントウ)という学名がついています。本州・四国・佐渡島の高山、山岳地の森林、低木林などの落葉層や腐植層に住んでいます。丹沢山塊にも君たちの仲間が生息しているのではないかと以前調査をしたことがありますが、いまだ神奈川県からは見つかっていません。
  見ての通り、体色は暗い赤褐色、目は小さく、耳介もわずかです。吻は長く突き出ています。頭胴長は6-7 cm、尾の長さ4-6 cm、体重は4-9 gとのことです。モグラ君の言う通り、カヤネズミ君よりトガリネズミ君のほうが小さいよね。
  あ、いけない。もう帰る時間になってしまうよ。早く見回りを終わらせなくてはいけない。トガリネズミ君以外の紹介は近いうちにお願いするから、その時はよろしくね。

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