神奈川県立生命の星・地球博物館

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1996年3月15日発行 年4回発行 第2巻 第1号 通巻4号


自然科学のとびら


Vol. 2, No. 1  神奈川県立生命の星・地球博物館  Mar., 1996


今号の目次

表紙「およそ250万年前のサル化石 コロブス亜科の頭蓋骨」(当館学芸員 広谷浩子)
「中津層から日本最古のサル化石を発見して」(飯田市美術博物館学芸員 小泉明裕)未掲載
「中津層のサルがいた時代」(横浜国立大学名誉教授 長谷川善和)未掲載
初公開 神奈川県指定天然記念物「中津層群神沢層産出の脊椎動物化石(当館学芸員 松島義章)
「列島の火山」(当館学芸員 小出良幸)未掲載

およそ250万年前のサル化石 コロブス亜科の頭蓋骨
広谷浩子(当館学芸員)

 およそ250万年前のサル化石の写真

 1991年末に丹沢山地東麓の神奈川県愛川町の中津層群より1頭のサルの頭骨化石が発見されました。見つかった地層の時代から、今からおよそ250万年前の日本最古のサルであることがわかりました。これまで日本で発見されていたサルの化石は、現在のニホンザルの先祖にあたるもので、時代もおよそ20から30万年前というものでした。これを一挙に 200万年もさかのぼる古い時代の化石が発見されたのです。しかもこの化石は歯や顔面がニホンザルとは全く違う形をしており、現在のアフリカやアジアに生息し、主として葉を食べているサルのグループ(コロブス亜科)に属することがわかりました。いったい中津層群から発見されたこのサルはどこからきて、どこへ行ってしまったのでしょうか。そして当時の日本列島とはどんなところだったのでしょうか。

[目次]


初公開 神奈川県指定天然記念物『中津層群神沢層産出の脊椎動物化石』について
松島義章(当館学芸員)

中津層群のサルやゾウなど脊椎動物化石の発見
 1987年、厚木北方の愛甲郡愛川町角田にある小沢の砂利取り場跡の崖から、小泉明裕さんによって保存のよいゾウ頭骨化石が発見されました。このゾウ化石を含んでいた地層は中津層群神沢層と呼ばれ、相模川中流沿岸から中津川沿いに分布する第三紀鮮新世後期に堆積した地層で知られています。そのため、これまで県内各地の第四紀更新世(約10〜20万年前)の地層より産出しているナウマンゾウと比べ一桁古い、約 250万年前に生息していた神奈川県最古のステゴドンゾウであることが分りました。

 このゾウ化石の発見がきっかけとなって、神奈川県立博物館では、1988〜1990年にかけてゾウ化石が産出した露頭を中心に発掘調査を行ったのです。成果はゾウ化石のほかに、サイやシカの陸の動物とメタセコイアやフウなどの植物、アシカやクジラ、ウミガメ、サメや貝など海にすむ動物など多種多様な化石が得られました。

 この露頭にはまだ多くの化石が含まれているため、調査終了後も小泉さんは時々現場を訪れて化石の発掘調査を続けていました。そして1991年12月にはサルの頭骨化石を発見したのです。このサル化石は表紙・カラ−で示されるように、顔面の部分がよくわかる頭骨です。これまで日本で知られているおよそ20万年前のニホンザル化石とは異なる別系統のサルでした。しかもこの標本が日本で最古のサル化石なのです。

神奈川県指定の天然記念物
 全国的にみて第三紀鮮新世後期の化石は、ほとんど知られていません。愛川町小沢の崖のように陸と海の生きものが一緒に発見されたことは珍しく、海陸生物相の関係が判る上で貴重です。そのため今回の資料は、約 250万年前の神奈川の生きものや自然を知ることができるだけでなく、当時の日本の生物相を明らかにする一基準となります。

 1994年2月 神奈川県は保存がよく学術的価値の高い、サル頭骨、ステゴドンゾウ頭骨、サイ第4手根骨、ウミガメ類背甲と腹甲、ホホジロザメ上顎歯、ネズミザメ類椎骨の6種7点を天然記念物に指定しました。この特別展は、これらの天然記念物を中心に約 250万年前の神奈川の生きものたちを復元してみたものです。

神奈川県最古のステゴドンゾウ
 保存のよい4個の臼歯をもった頭骨化石は、歯の使用状態から現生のゾウで推定すると10才前後の子どものゾウで、その形よりステゴドンゾウであることが分りました。ステゴドン属はインドを中心に東南アジア〜中国、さらに日本まで広い範囲に分布しました。国内ではこれまで数箇所より見つかっており、とくに長野と三重から保存のよい頭骨化石が産出しています。この中津標本は、これらを上回る立派なもので、今後ステゴドン属の進化の道筋を研究するのに重要な標本となってます。

サルと一緒にいた陸の生きもの
 サルやゾウの化石と一緒に、サイとシカの化石が見つかりました。サイの化石はその形からほぼ完全な第4手根骨で、大きさはスマトラサイと比べ約2/3と小さく子供のものと考えられます。日本の鮮新世の地層から見つかった初めての化石です。シカの化石は、角、脊椎、腰椎、大腿骨などが見つかっています。中でも角化石は、すりへっていますが、ニホンジカによく似ています。この他の標本もニホンジカとの関係を検討するのに興味深い資料です。

サルがいた頃の海の生きものたち
 多量の礫、サルやゾウ化石と共に、アシカやイルカ、クジラなどの海の哺乳動物とウミガメの化石が多く産出しました。アシカ化石は、ほぼ完全な切歯、肋骨など。イルカ化石も、ほぼ完全な歯、肋骨、上顎骨が得られてます。クジラ化石は、いずれも破片で、下顎骨、肋骨などです。その大きいものでは、長さ90cmにおよぶ肋骨も見つかっています。種類はセミクジラ、コククジラ、ナガスクジラ類の仲間などです。ウミガメ化石は、背甲と腹甲、椎骨などが多く見つかってます。中でもほぼ完全な背甲と下腹甲が得られたことにより、約1千万年前のシロムスと、現生種のヒラタアオウミガメをつなぐ、中間的な位置を占める種類であることが分り、今後のウミガメの進化の道筋を研究するのに重要な標本となっています。

巨大なホホジロザメとウバサメ
 サメ類の歯化石が多く見つかっています。明らかになった種類は、メジロザメ、ホホジロザメ、ヨロイザメ、ウバザメ、ノコギリザメ、アカエイなどです。中には体長5m以上に達する巨大なホホジロザメの歯が含まれています。さらに直径10.4cmもあるネズミザメ類の椎骨化石も得られました。多分ウバザメのものと考えられ、これだけ大きな椎骨化石は、国内では最大級のものです。

黒潮の貝と親潮の貝
 中津層群は保存のよい貝化石の採集できる地層として知られています。これまでいろいろな種類の貝化石が得られていて、それらの貝は大きく分けると黒潮にのって南の海から北上してきたキサゴ、ベンケイガイ、サトウガイなどの暖流系種と、ホタテガイ、ビノスガイ、ウバガイなどの寒流系種とが混じっています。このことはクジラやウミガメ、サメ化石などと共に、約 250万年前の海の様子を知る情報を提供してくれます。

サルやステゴドンゾウが食べた植物?
 海に堆積した中津層群の泥岩中から、植物化石が見つかっています。常緑のカシ類、針葉樹のマツやトウヒなどの葉や種子などと一緒に、第三紀に繁栄した植物として知られるメタセコイアやフウ、チャンチンモドキなどの暖温帯〜亜熱帯要素の種類も産出しています。これらの化石から大まかにみて、針葉樹を豊富に伴った常緑・落葉広葉樹混交林のあったことが推定され、気候的には現在の関東地方沿岸域の環境に近かったものといえます。これらの植物が全て当時の海岸域に生えていたかどうか判断できませんが、サルやステゴドンゾウ、シカ、サイなどが相当な種類の植物を食べていたと考えられます。

約 250万年前の神奈川
 収集された化石資料や中津層群の分布から,約250 万年前の神奈川の自然を推定すると,相模湾や東京湾はまだなく、太平洋の荒波が直接厚木北方の丹沢山地東麓まで達していました。愛川町小沢付近に海岸線が位置し、その東に広がる海には黒潮と親潮とが流れ込んでいたことを知ることができます。植物化石から気候は現在とほぼ同じ程度であったと推測できます。丹沢山地はまだ今ほど高くなく、山麓の低地にはサルやゾウ、シカ、サイなどが生息していました。これらの動物は死後ばらばらになり、礫を伴って海岸に流れつき、海底に転がっていたクジラやアザラシ、サメ、ウミガメなどの骨や歯と一緒に、しばしば発生する土石流で沖合に堆積したものと考えられます。中津層群には土石流堆積層が、多いことで知られています。それは中津層群を堆積させた本地域が、プレ−トの動きで北上する伊豆・箱根ブロックの北東海岸周辺部に位置し、不安定な場所にあったため、時々生じる大地震により土石流が引き起こされたものでしょう。

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