神奈川県立生命の星・地球博物館

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1996年8月15日発行 年4回発行 第2巻 第3号 通巻6号


自然科学のとびら


Vol. 2, No. 3  神奈川県立生命の星・地球博物館  Aug., 1996

今号の目次

表紙「ヒナチドリ」(当館学芸員 勝山輝男)
学芸員研究ノート「酒匂川上流のリップルマーク」(当館学芸員 今永 勇)
生命の星・地球博物館のボランティア」(当館学芸員 田中徳久)
神奈川県の自然の危機を告げるレッドデータ生物」(平塚市博物館学芸員 浜口哲一)
神奈川の自然シリーズ2「相模湾の魚類相−研究の現状と今後」(当館学芸員 瀬能 宏)
ライブラリー通信「ファーブルあれこれ」(当館司書 土屋定夫)
新収資料紹介「ダイヤモンド」(当館学芸員 山下浩之)


ヒナチドリ
Poneorchis chidori (Makino) Ohwi
丹沢山塊にて(1995年7月30日)
勝山輝男撮影

ヒナチドリの写真

ヒナチドリは北海道、本州、四国に分布する日本固有種で、ブナ帯の樹幹に着生します。神奈川県では丹沢山塊で1950年代に塔ヶ岳とユーシンで採集されただけで、その後消息不明になっていました。このときの標本は国立科学博物館に残されています。神奈川県レッドデータ生物調査報告書でも絶滅種として扱いました。
昨年、県の丹沢大山自然環境調査で丹沢を歩いていたところ、イタヤカエデの大木に紅色の花をつけた本種を見つけました。5mほどよじ登り、棒を使って写真の株を落とし、証拠標本を得ることができました。神奈川県から40年ぶりの再発見です。写真は落としたものをその場に置いて撮影したものです。場所が知れると誰かに採取されないとも限りません。撮影地は丹沢山塊とだけしておきましょう。

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学芸員研究ノート 酒匂川上流のリップルマーク
今永 勇(当館学芸員)

 丹沢山地から発する酒匂川は、足柄山地を横切ってV字型の深い谷を作って流れています。この谷底の川の流れの中に、砂粒が集積してできた波のような水底の模様を見ることがあります。水流に運ばれる砂粒は、粒の大きさによって水中を引きずられたり、転がったり、またはジャンプしたり、混濁液となったりして移動します。砂粒の集まりが移動してつくる水底の峰と谷からなる模様をリップルと呼びます。砂粒がリップルの斜面を峰まで登りきり、下流側の急斜面を谷まで落ちます(図1)。このような砂粒の運動が繰り返されて、リップルの砂の峰が生き物のように下流に動いているのを見ることがあります。写真1は、酒匂川のヤガの付近の川原で、水流が途絶えた後に水中から現れたリップルです。このリップルの波長(峰から次の峰までの長さ)は2mから3mで、波高は15cmほどありました。

水流による砂の動きのスケッチ図1:水流による砂の動き

 酒匂川の流れの中にリップルが見られることがありますが、他方、酒匂川の川岸に露出する地層の中に、地層が堆積した時にできたリップルの跡ーリップル・マークーが見つかることがあります。写真2は、足柄上郡山北町清水の酒匂川河岸から採集したリップル・マークのついた砂岩の塊です。現在は、博物館の収蔵庫に保管してありますが、このリップル・マークは、足柄地域に広がっていた海に砂や礫が堆積していた時、浅い海の波の作用によってできたものと思われます。浅い海底にできたリップル・マークは、後から運ばれた砂に埋まり、地層の中に保存されたのです。

 この酒匂川の川岸に露出している砂岩や礫岩層は、足柄層群と呼ばれています。

足柄層群は、伊豆半島の地塊と本州側の地塊との間の海の堆積物です。プレートの動きに乗って移動してきた伊豆半島の地塊が、本州側に衝突しはじめて、衝突された本州側の丹沢山地が隆起しました。丹沢から流れ出た傾斜の急な川から多量の礫や砂が海に運ばれました。そうして海に堆積した礫や砂は、伊豆の衝突にともなって褶曲し隆起し、現在の足柄層群となっているのです。微化石や古地磁気の記録から足柄層群の堆積した時代は第四紀更新世の初期から中期(160万年から70万年前)にかけてであると考えられています。更新世という非常に新しい地質時代の地層であるにもかかわらず激しく褶曲変形し固結しているのです。酒匂川の河原の露頭で見られる足柄層群には、このような地質時代の歴史が秘められています。

現在の水流によるリップルの写真写真1:現在の水流によるリップル

酒匂川河原より採集したリップル・マーク付き砂岩塊の写真写真2:酒匂川河原より採集したリップル・マーク付き砂岩塊

堆積面に垂直に切断した面に見られる波状と羽根状の堆積模様の写真写真3:堆積面に垂直に切断した面に見られる波状と羽根状の堆積模様

 博物館に収蔵してあるリップル・マークのついた砂岩の塊は、リップル・マークのできた堆積面に直角の方向に切断加工してあります。表面のリップルの波長(峰から峰までの長さ)は、6〜8cm程度、波高は、0.5cm程で右下から左上の方向に波が進んだ様子がわかります。写真3は、その切断面の写真です。切断面を観察すると、砂の間に挟まれた泥の薄い層が波のように、または羽根のように見えます。これは、砂が波によって動いてリップルができ、波が停滞した時に混濁していた水中の泥がリップルの上に静かに堆積し、リップルの上を薄い泥が覆ったものと思われます。切断面の模様は、このように砂と泥が繰り返して堆積してできた模様だと考えられます。

 リップルには、二つの種類があります。河川の流れや、海水の流れのような一方向の流れによってできるフロー・リップルと、波のように行ったり来たりする流れによってできるウエイブ・リップルです。リップル・マークを、日本語では漣痕(レンコン)と言います。漣痕が、「さざなみの跡」という意味ならば、言葉の意味として狭く、リップル全体を表す言葉としては、物足りないように思われます。

 酒匂川の上流のヤガ付近の河原は、河原の崖に露出する足柄層群の中に、およそ100万年前にできたリップル・マークが観察されます。また条件がよければ、現在の水流によるリップルの形成が見られます。一カ所で現世と地質時代のリップルが見られる実にすばらしい場所だと思います。

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生命の星・地球博物館のボランティア
田中徳久(当館学芸員)

はじめに
 昨今、各方面でのボランティアの活動がクローズアップされ、その導入や条件整備の重要性が言われています。特に、阪神大震災でのボランティアの活躍とその果たした役割は、その傾向に一層拍車をかけたようです。しかし、現在の行政的な枠組みの中での議論では、“ボランティア”の本当の意味について、あまり理解されず、その活動のみが取り沙汰されているように思います。

“ボランティア”という言葉の意味
 それでは、“ボランティア”の本当の意味とは何でしょうか。“ボランティア”という言葉の意味を国語辞典などで調べると「自分から進んで社会事業などに奉仕する人」と解説されています。みなさんも、日本語の“ボランティア”という言葉から、“奉仕活動”をイメージするのではないでしょうか。しかし、“ボランティア”のもとになった英語の“volunteer”を英和辞典で調べると、少しニュアンスが異なります。名詞として「志願兵」、動詞として「進んで〜する」、形容詞として「自発的な」などの意味が記載されています。英語の“volunteer”には、“奉仕”をイメージさせるような意味はまったくないのです。言語学的には“ボランティア”=“volunteer”である必要はないのかもしれませんが、“ボランティア”という言葉自体、英語の“volunteer”に由来するものである以上、その意味は同じであるべきです。日本語で、“ボランティア”という言葉が使われだした経緯は分かりませんが、どこかで意味が差し変わってしまったのだと思われます。

博物館のボランティアの考え方
 生命の星・地球博物館で考えるボランティアは、あくまでも、“volunteer”です。もちろん、前述の阪神大震災で重要な役割を果たしたボランティアの人たちを否定するつもりはありません。彼らこそ行政的な対応が遅れがちな中で、真の“volunteer”として活動を実践した人たちだからです。また、博物館にも、神奈川県立博物館時代から、いくつかの分野で“volunteer”として活動している方たちが存在することを忘れることはできません。

ところで、このようなボランティアの考え方は、神奈川県立の青年の家(伊勢原・津久井・臨海・中央の各青年の家)で、その基本理念に据えられているものです。そこでは、“ボランティア”=「自ら〜する」人という考えに基づき、研修プログラムが組まれ、各種活動が行われています。博物館のボランティアについても、この考え方をもとに、「自ら〜する」人たちの集まりでありたいと考えます。

博物館では、ボランティアの人たちは、あくまでも自主的に、その生涯学習の一環として活動しています。博物館は、単にその活動の場を提供しているに過ぎないのです。もちろん、博物館では、ボランティアの人たちの活動を、博物館の学習支援事業の一つに位置づけていて、その活動において、学芸員の知識や、博物館の資料、さらにはその展示活動などを活用することができます。しかし、そこには自主的な学習意欲が必要不可欠で、博物館に“奉仕”していると考えている方は皆無ですし、また、そうでないと、活動自体が長続きしないと思います。

ボランティア体験講座
 博物館では、博物館でボランティアとして活動したいと思っている人たちに、その活動を体験してもらう機会として、ボランティア体験講座を開催しています。そこでは、博物館でどんな活動ができるのかを知ってもらうことを主目的に研修プログラムを組み立てています。平成7年度の講座では、初日に県立中央青年の家の野村幸雄次長に御講演頂き、ワークシートづくりや標本の作成・整理等の実習を行いました。企画した担当者が驚くほど申込者が多く、ほとんど欠席者のいない出席率の高さで、博物館を活動の場としてボランティア活動しようとする人たちの高い意欲を窺い知ることができました。なお、平成8年度の講座は秋以降に実施する予定です。興味のある方は是非、お申し込み下さい。

ボランティア体験講座・講義風景(ボランティア体験講座・講義)

ボランティア体験講座・実習風景(ボランティア体験講座・実習)

ボランティア・データベース
 博物館でボランティアとして活動するためには、研修修了後、博物館ボランテイア・データベースに登録する必要があります。その際、ボランティアの人たちの活動希望分野や内容により、担当する職員を決定します。登録が終了すれば、後は、担当となった職員と日程の調整や活動の内容を打ち合わせつつ、実際の活動を進めることになります。ただし、残念ながら、現状では、博物館で可能なボランティア活動は、職員の対応可能な分野や内容に限られます。

博物館ボランティアの今後
 博物館には県立博物館時代から“volunteer”として活動している方たちが存在していましたが、生命の星・地球博物館のボランティア育成事業や受入システム自体はスタートしたばかりです。今後、このシステムをより良い形に改善する必要もあると思われます。さらに、ボランティアの人たちの活動内容に対する要望にも応えていく必要があると思われます。

これからも、博物館のボランティア事業を応援頂ければ幸いです。

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神奈川県の自然の危機を告げるレッドデータ生物
浜口哲一(平塚市立博物館)

レッドデータとは?
 昨春に、生命の星・地球博物館から「神奈川県レッドデータ生物調査報告書」が刊行されました。それを記念して、この夏には特別展も開催されています。県の自然に興味を持つ人間にとって見逃せないこの調査をお手伝いした立場から、報告書の内容や意味についてかいつまんで紹介してみたいと思います。

 そもそもレッドデータとは何のことでしょうか。この言葉は、IUCN(国際自然保護連合)が1966年に初版を発行した、レッドデータブックに基づいています。この本は、世界的な規模で、絶滅の恐れのある動植物の種を取り上げ、それぞれの分布や生息状況などについてまとめたものです。そして、その名の通り、赤信号を示す赤い色で装丁されています。

 国際的なこの仕事に対応して、日本でも環境庁によって全国規模の調査が行われ、1989年から1991年に、植物、脊椎動物、無脊椎動物のそれぞれについて、「日本の絶滅のおそれのある野生生物―レッドデータブック」が刊行されました。1996年には植物群落編も刊行され、日本国内でどのような生物が危機にあるかの基礎資料がまとめられました。

 しかし、日本版のレッドデータブックが、全国各地の野生生物保護にそのまま適用できるわけではありません。全国的には普通種と言えるが、ある地域では貴重だといった例は数多くあるからです。そこで、県や市町村は、それぞれが地元でのきめの細かい調査を行い、それに基づいて独自のレッドデータブックを作る必要があるのです。昨年、神奈川県版が刊行されたのは、そうした意味でのことなのです。

レッドデータ度の評価
 レッドデータブック神奈川版は、県立博物館が中心になって組織した、「神奈川県レッドデータ生物調査団(城川四郎団長)」によって、3年間の現地調査と文献収集を通してまとめられました。

 どの種が絶滅の危機にあるかをリストアップすることが、レッドデータブックの主要な目的ですが、そのためにはそれぞれの種の過去と現在の分布を把握し、その上にたって評価を行う必要があります。これは実際には非常に困難な仕事ですが、神奈川県には長年にわたる情報の蓄積があり、次の5つに分けて評価を行うことができました。

1. 絶滅種/かっては神奈川県に分布していた確実な記録があるのに、現在は見られなくなった種。戦前に既に絶滅していたニホンオオカミやカワウソのような種もあり、アツモリソウ・ダイサギソウのように比較的近年の乱獲が原因で絶滅したと考えられる種もあります。

2. 危惧種/現在県内で数ヶ所の産地を残すのみで、近い将来の絶滅が心配される種。ツキノワグマのように絶滅の恐れが極めて強い種もあり、ツマグロキチョウのように1980年代になってから急速に減少し危惧種になった種もあります。

3. 減少種/過去と比較して明らかに、分布域の縮小や個体数の減少が起こっている種。カタクリ・サツキ・エビネ・ムササビ・テンなど、名前のよく知られた多くの種類がこのランクに評価されています。

4. 希少種/もともと県内での分布が限られており、その地点での状況に大きな変化はないが、容易に絶滅する危険がある種。藤野町のモリアオガエル、丹沢のヒダサンショウウオなどがその代表です。

5. 健在種/全体的にみて比較的、以前と変わらない勢力を保っている種。

どんな動植物が危機にあるか
 報告書には、植物、脊椎動物、昆虫のそれぞれについて、レッドデータ度の一覧表が示されています。それを見ていくと、特にどんな環境にすむ種類が危機にあるかが浮かび上がってきます。

 一つは、水生の動植物です。植物では、タチモ・ヒンジモ・ジュンサイ・ヒツジグサ・アサザなど多くの水草が絶滅したことが明らかにされました。淡水魚でも、ミヤコタナゴなど3種のタナゴ類が絶滅したと判断され、スナヤツメ・カマキリなど危惧種も20種を数えました。これは、高度経済成長期以降の水質の汚染と、河川改修工事や埋立などによる水辺の改変が原因であることは言うまでもありません。

 もう一つ目立つのは草原性の動植物の減少です。例えばチョウ類で絶滅種にあげられたゴマシジミ・ヒメシジミ・オオウラギンヒョウモンなどは、草地に生息する種で、神奈川県にもともと乏しかった草地環境が、開発によって追い打ちをかけられ、姿を消したと思われます。クツワムシ・キリギリス・マツムシ・スズムシといった代表的な鳴く虫も減少種と評価されました。これらも草原や林縁のマント群落を生息地にしており、市街地化の進行とともに、空き地がなくなり、やぶが切り開かれ、公園などに残された林も徹底的に下草が刈られていることが、これらの種の存続を危うくしているようです。

 また、丘陵地の里山を本拠地としている動植物の中にも絶滅に瀕しているものがいます。かっての多摩丘陵、三浦半島、大磯丘陵などには、谷戸を中心に雑木林の広がる景観が続いていました。そうした環境に見られたオオムラサキなどは減少種と評価され、甲虫類でもオオクワガタなどの衰退原因に雑木林の減少が上げられています。三浦半島のトウキョウサンショウウオ、かっては各地に見られたイモリなど里山の水系に生息していた動物の減少も顕著です。

 山地の森林にすむ動植物の中にも減少している種はありますが、全体的にみると平地や丘陵に生息し、かって我々の身近な存在であった動植物こそ、危機にあるのです。このことは、今後の神奈川県の自然を考える上で忘れてはいけない視点と言えるでしょう。

貴重な動植物の生息地である河原の砂礫地の写真(多くの貴重な動植物の生息地である河原の砂礫地)

絶滅に向かう原因/河原の場合
 危惧種や減少種の集中している環境の一つに、河原の砂礫地があります。そこでは、どんなことが原因になって、動植物が減少の道を歩んでいるのか、具体的に見ていくことにしましょう。

 相模川や酒匂川の中下流には広い河原や中洲が広がっている場所があります。そうした場所は一見すると、何もいない荒れ地のように見えますが、よく調べてみると、そうした環境だけにすむ特有の動植物が見つかります。例えば、カワラハハコ・カワラヨモギ・カワラサイコなど、名前にカワラとつく一群の植物があります。相模川の中流には全国的にも分布が狭くて貴重なカワラノギクの群落があります。これらの植物は、乾燥しがちで栄養分も少ない河原を生活の根拠地とし、疎らな群落を作っています。厳しい環境に耐えられる強い植物とも言えますし、条件のよい所では他の植物との競争に負けてしまう弱い植物ということもできます。そして、どの種も近年減少気味で、報告書ではカワラノギクとカワラアカザが減少種に評価されています。

減少種のカワラノギクの写真(減少種のカワラノギク)

 また、そうした植物が点々と生える砂礫地には、カワラバッタが生活しています。カワラバッタは、砂色をした大型のバッタで、飛ぶと後翅に青い模様のあるたいへんきれいな種類です。かっては相模川や酒匂川の河原に普通にいたのですが、近年急激に数を減らし、今では探すのが難しいほどで、危惧種とされています。

危惧種のカワラバッタの写真(保護色の発達した危惧種のカワラバッタ)

 また、河原の砂礫地は、水鳥の重要な営巣地にもなっています。その代表はコアジサシで、夏鳥として飛来し、春から夏に大きな川に行くと、優雅に飛ぶその白い姿を見ることができます。コアジサシは河原などの砂礫地や砂地に集団で巣を作る性質があり、かっては相模川や酒匂川の河原や中洲のあちこちで巣を作っていました。ところが、この鳥の集団繁殖地もすっかり少なくなってしまい、危惧種に位置づけられています。

危惧種のコアジサシの写真(河原で卵を抱く危惧種のコアジサシ)

 それでは、なぜこれらの動植物が減少してきたのでしょうか。その原因の一つは、河川敷の利用が進み、グラウンドに造成されたり、駐車場になって、砂礫地そのものが減少したということです。各種の河川工事で大型のブルドーザーが頻繁に川に入り、河原を掘り返したり、ならしたりしていることも減少の要因になるでしょう。

 もう一つの大きな原因は車がどんどん河原に入り込むようになったことです。4輪駆動車の普及と、いわゆるアウトドアブームで、河原を走り回る人が増え、コアジサシの場合は車が巣をひきつぶすような直接的な被害もおきています。また車が走り回ると、石と石の隙間がなくなり、虫たちの生息場所が奪われる結果にもなります。

車が進入する河原の写真(車の侵入が河原の動植物を追いつめている)

 水質の汚染も減少の遠因になっています。汚染が進むと、河原にも有機物が堆積するようになり、だんだんと富栄養化していきます。それにつれてヨモギ・イタドリなどが勢力を増し、結果的にもともとの種類を圧迫していくことになります。

 また、利水と治水のためにダムが作られ、川の水量が安定してくると、増水が河原を洗うことが少なくなります。そのために、植生の遷移が進み、よく茂った草地に変わっていきます。すると、砂礫地特有の動物は姿を消し、コアジサシなどの営巣にも不適な環境になってしまうのです。

 このように、河原一つをとっても、その環境の変化に影響を与え、生物の減少を引き起こしている要因は複雑で、しかも人間社会の有りように深く関った問題が多数あります。従って、レッドデータ生物調査の結果に基づいて野生生物の保護を進めていくことは、一朝一夕には進まない困難さを持っています。しかし、それだけに、行政と市民と専門家が、智恵と力を出し合って取り組んでいくべき課題なのです。

 多くの危惧種や減少種は、神奈川県の自然から多様性が失われていることを警告しています。今こそ、その警告に真剣に耳を傾ける必要があるでしょう。

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神奈川の自然シリーズ2 相模湾の魚類相―研究の現状と今後
瀬能 宏(当館学芸員)

はじめに
 相模湾にはどのくらいの種類の魚がいるのでしょうか。ある試算によれば、これまでに記録された魚類は1000種とも1300種とも言われていますが、正確な数を出すのはたいへん困難です。こんな基本的なこともわからないのかと驚かれる方もいるかも知れません。しかし、長期にわたる研究史の中に分散した記録を集大成するにはたいへんな労力が必要で、まだそのような仕事は誰も完成させていません。しかも、近年のスキューバダイビングの普及に伴い、これまで見逃していた場所から新しく発見される魚も跡を絶たたず、未知の部分が想像以上に多いこともわかってきました。

 ここでは相模湾にみられる魚類について、今後の研究の方向も含めて紹介します。

湾内で一生を過ごす沿岸魚
 スズキやマダイ、ヒラメなど、お馴染みの魚たちの大部分がこのカテゴリーに入ると考えられます。相模湾の沿岸部の環境は、1)伊豆半島の東岸に発達する出入りの少ない崖下にみられる岩礁とそこに隣接する砂底域、2)小田原から鎌倉にかけての単調で広大な砂底域、3)三浦半島沿岸の入り組んだ海岸とそこに発達する内湾的な入江に分けられます。

 1)のエリアにはフサカサゴの仲間やイシダイ、アオブダイなど、岩礁域特有の魚たちが生息しています。ここは最も多くの魚種がみられる場所で、小型のハゼの仲間など、まだ十分に研究されていない魚もたくさんいます。岩礁に隣接する砂地には、キュウセンやヒメジ、ベラギンポなどが生息しています。また、「ごろた石」が積み重なった場所では、分類学的研究の遅れているミミズハゼの仲間が多数生息しており、特異な群集を形成しています。2)のエリアにはニベやシロギスなど、砂底域特有の魚が生息しており、相模川の河口付近など、陸水の影響を受ける所にはサッパやコノシロなどがみられます。3)のエリアには入江が発達し、その奥にはアマモ場がみられ、ヨウジウオやアミメハギ、ニクハゼなど、藻場を好む魚たちが生息しています。

湾を出入りする回遊魚
 ブリやヒラマサ、マグロの仲間など、遊泳力の強い大形の回遊魚は、沿岸部や沖合いを移動しながら索餌や摂餌をします。種類数は多くありませんが、水産上重要な魚種が大部分を占めています。しかし、その割には博物館で保管されている資料が少ないのもこのグループの特徴です。カンパチとヒレナガカンパチなどは、専門家でも混同していることがあり、注意が必要です。

深海性の魚
 相模湾の中央部には相模トラフと呼ばれる水深1300〜1500mの平坦な海底の深海が広がっています。岸からほんのわずかの距離にこのような深海がある場所は、すぐお隣の駿河湾を除くと世界的にもそう例がありません。「生きている化石」として有名なラブカやミツクリザメなど、学術的に貴重な魚たちもここの住人です。中層で遊泳生活を送るハダカイワシ科やムネエソ科、海底付近で生活するソコダラ科、アシロ科、フサカサゴ科など、多くの種類が記録されています。

死滅回遊魚
 毎年、夏から秋になると、ベラ科やチョウチョウウオ科、スズメダイ科など、サンゴ礁を代表する魚たちの幼魚が沿岸の岩礁域に多数現れます。これらのほとんどが成魚まで成長することなく、水温の低下する冬には姿を消してしまうことから、一般に死滅回遊魚と呼ばれています。これらの魚たちは、繁殖の行われるより南の海から、卵やふ化直後の浮遊生活を送る段階で黒潮によって運ばれ、相模湾にたどりつくと推定されています。このような魚たちは、これまで魚類の研究が魚市場に水揚げされる魚を中心に行われてきたこともあって、調査の網の目から抜け落ちており、多数の種類が今後新しく記録されると予想されています。

固有の魚たち
 海中は一般的に隔離が成立しにくいため、局所的に分布する固有種はほとんど例がありません。ところが伊豆半島と伊豆大島の沿岸には、固有と思われる魚が3種類も知られています。ホタテエソ科のホタテエソ、ヨウジウオ科のダイダイヨウジ、ハタ科のシロオビハナダイがそうです。これらの魚たちが、いつ、どこに起源したのかは不明ですが、伊豆半島の本州への衝突など、大地の動きと何か関係があるのではないかと想像しています。

今後の取り組み
 相模湾の魚類相の全貌を明らかにするためには、1)過去の記録を漏れなく整理してデータベース化すること、2)博物館などで未報告のままになっている資料を調査すること、3)調査の網の目から漏れている魚を効率よくピックアップすることなどが重要です。3)については、スキューバダイビングによる採集調査と平行して、ダイバーが撮影した魚の水中写真をデータベース化することが最も有効な方法と考えています。もちろん、伊豆・小笠原諸島や南日本の黒潮沿岸域など、比較地域の魚類相の調査を同時に進めることも重要です。日本の動物学発祥の地として、長い研究の歴史を背負う相模湾ですが、魚類相については、まだまだ未知の部分が多いようです。
シノノメサカタザメの写真図1.相模湾では珍しいシノノメサカタザメ(根府川産).瀬能撮影.

ホタテエソの写真図2.伊豆近海に固有と思われるホタテエソ(大瀬崎産).反田撮影(KPM-NR0001380).

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ライブラリー通信
ファーブルあれこれ
土屋定夫(当館司書)       

 私たちはファーブルといえば「昆虫記」と、条件反射的に覚えてしまっているようですが、実はそのほかにもいろいろな本を書いているのです。ファーブルの年譜を見ますと、40歳代以降、科学普及書や啓蒙書を次々に出版しているのがわかります。例えば、『初歩天文学』『初歩幾何学』『家畜の話』『地理入門』 『農業算術』、ちょっと変わったところでは、『家事経済入門』『衛生保健』などというのもあります。『昆虫記』の第1巻が刊行されたのは、1879年4月3日、ファーブル55歳の時でした。第10巻が世に出たのは1907年、実に28年の歳月を必要としたのです。

 私たちが“ファーブル=昆虫記”と思っているのは、『昆虫記』以外に翻訳されているものが、余りに少ないためではないでしょうか。実際、日本語に訳されている他の本には、『フアブルの言葉』(新潮社)1942、『科学物語』(木鶏社)1983、『ファーブル植物記』(平凡社)1984、『ジャン・アンリ・ファーブルのきのこ』(同朋舎出版)1993、などがあるだけで、ファーブルの著作の、ほんの一部にしかすぎません。今後の翻訳に期待をかけるとして、『昆虫記』にちょっと戻ってみましょう。

 日本で最初に『昆虫記』10巻の翻訳を試みたのは大杉栄でした。残念ながら、大杉訳は第1巻のみとなってしまいましたが、残りの巻は小牧近江らが訳して、大正11年から昭和6年にかけて叢文閣より出版されました。“昆虫記”という言葉を造り出したのは、大杉栄ではないかと考えていますが、もう少し調査をしないと確信は持てません。どなたか調べてみる気はありませんか。

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新収資料紹介
ダイヤモンド
山下浩之(学芸員)

 今回は、1995年度に新しく収集した資料の中から、ダイヤモンドの原石を紹介します。ダイヤモンドは宝石としてたいへん重宝されていることはみなさん御存知だと思います。しかし、美しいばかりでなく学術的にも価値があります。

 まずは、ダイヤモンドの特徴についてご紹介しましょう。ダイヤモンドは、地球上で最も硬い物質で、化学的にも安定です。一般的には、地下およそ200kmよりも深い、たいへん高い温度と圧力がかかる場所でできたと考えられています。また、ダイヤモンドが見つかる場所は、世界的に限られています。それは、ダイヤモンドが、キンバーライトなどの、特殊な火山岩によって地表にもたらされるからです。キンバーライトは、日本の火山岩よりも、ずっと深いところでできたと考えられています。日本でダイヤモンドが見られないのはこのためなのです。

ダイヤモンドの写真 ダイヤモンド(3点) ロシア共和国 Udadhny鉱山産
まわりの岩の部分は、キンバーライトと呼ばれる火山岩でです。今回購入したダイヤモンドの中では中央上のものが最も大きく、一辺が7mmあります。また、写真では見にくいかもしれませんが、中央上のダイヤモンドの表面には、トライゴンと呼ばれる小さな三角形の成長丘が見られます。(ダイヤモンドの大きさ写真左下:7mm、写真右下:2mm)

 話は変わりますが、地球の中を調べるにはどうすればよいのでしょうか。現在行われている調査方法として、地震波による解析、実験室で地球の中を再現する、火山の噴火などで地下深くからもたらされた物質を調べる、隕石を調べる、などの4つがあります。ダイヤモンドは、このうちの「地下深くからやってきた物質」に該当します。つまり、ダイヤモンドを調べれば、地球の内部のことがわかるのです。では、いったい何がわかるのでしょうか。地球の深いところにある炭素が結晶したものです。ダイヤモンドは成長するときに、まれに、まわりにあるマントルを取り込んでしまうことがあります。ダイヤモンドに取り込まれたマントルは、ダイヤモンドが硬いことや化学的に安定なことから、まわりの物質と反応することなく地表にもたらされます。つまり、マントルの状態をそのまま地表までもってくるのです。ダイヤモンドに取り込まれるのは、マントルの鉱物や液体など様々です。最近の研究では、ダイヤモンドの中に、地下約400kmの深さでできたと考えられる鉱物が見つかりました。このようなダイヤモンドは、宝石としての価値は低いのですが、逆に学術的な価値があります。

ダイヤモンドの写真 ダイヤモンド ロシア共和国 Udadhny鉱山産
まわりの岩の部分は、エクロジャイトと呼ばれる変成岩です。エクロジャイトもキンバーライトによって地表にもたらされたマントルの一部分です。中央下の白色の鉱物がダイヤモンド(大きさ約2mm)です。

当博物館のジャンボブック「トピックス」のコーナーでは、7月15日より、「地下からの手紙」というタイトルで、ダイヤモンドを展示しています。是非、この機会にご覧になって下さい。

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