神奈川県立生命の星・地球博物館

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1996年11月15日発行 年4回発行 第2巻 第4号 通巻7号


自然科学のとびら


Vol. 2, No. 4  神奈川県立生命の星・地球博物館  Nov., 1996


今号の目次

表紙「1994年の神奈川」(当館学芸員 新井田秀一)
学芸員研究ノート「照葉樹林を舞うミナミヤンマ」(当館学芸員 苅部治紀)
神奈川県植物誌の改訂」(当館学芸員 勝山輝男)
ミュージアムライブラリーについて」(当館司書 土屋定夫)
博物館実習を終えて(平成8年度博物館実習生)
神奈川の自然シリーズ3「箱根のコケ」(当館学芸員 生出智哉)
ライブラリー通信「博物画家の伝記」(当館司書 土屋定夫)
新収資料紹介「櫻井コレクションの魅力〜地質時代を彩る化石標本〜」(当館学芸員 松島義章)


1994年の神奈川
地球観測衛星ランドサット
1994年5月24日観測
画像処理:当館CPUルーム

新井田秀一(当館学芸員)

ランドサットによる神奈川県の画像

 地球観測衛星「ランドサット」は、陸上の植物の状態や水質、地質などを調べるセンサを載せて、地表からおよそ700Kmの高さを飛んでいます。この高さからでも、30メートルの大きさのものまで見分けることができます。

 この画像は、植物の分布するところが赤く見えるようにコンピュータ処理したものです。植物の少ないところは青っぽく見えます(例えば市街地)。海岸沿いで白っぽく見えているのは工場や石油タンクです。開発などで地面がむき出しになっているところは、青白く見えます。なお、箱根や東京などにある、白いもやもやした形のものは雲です。海上の白い点は船舶です。

 当館では82年からのデータを収集しています。コンピュータ処理したあと、共生展示やジャンボブック展示などでご覧頂くことができます。

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学芸員研究ノート  照葉樹林を舞うミナミヤンマ
苅部治紀(当館学芸員)

 もし、屋久島や沖縄などの九州や四国の南部より南の島々を夏に訪れる機会があったなら、黒々とした照葉樹林を流れる渓流にそって歩いてみましょう。川近くの空き地などの開けた空間で、群れをつくってふんわりとグライダーのように飛んでいる、オニヤンマに似た大型のトンボが目につくはずです。これが「ミナミヤンマ」というトンボで、この仲間は南日本を北限として東南アジア各地に分布しています。幼虫は渓流の砂泥に体をうずめて生活しており、成虫になるまで数年かかると考えられています。その雄大な飛翔を見ていると、移動能力も高そうで海だって渡れそうに思えますが、実際には、生息地の渓流を離れることはあまりないようで、産地間に安定した色彩・形態の変異がみられます。海を隔てた島々の間ではもちろんですが、例えば高知県のように陸続きの場所でさえも東西の産地間の変異は大きく、この仲間の能動的な移動の少なさを物語っています。

 さて、僕がこのミナミヤンマの仲間に興味を持ったのは、かれこれ10年近く前の大学3年生のころでした。そのころひんぱんに昆虫の調査に訪れていた、南西諸島の島々の間で見られる翅・体の斑紋や、オスの腹部先端にある交尾のさいの把握に使われる尾部付属器の形態の著しい変異に目をうばわれたのがきっかけだったと記憶しています。もっとも研究対象をミナミヤンマにすれば、南西諸島に行くすばらしい口実になるという下心もあったのは事実ですが…(なにしろ各島を訪れて、標本を収集しなくては話にならないのですから!実際、学生時代の数年間に、南西諸島の中でもミナミヤンマを産する島々には、ほとんどすべて調査に訪れました)

 入り口は日本の国内のものでしたが、すぐに東南アジアに目を向けるようになりました。ちょうどそのころからマレーシアやインドネシアなどの国々へ調査にでかけるようになりこれまで見たことのないへんてこなミナミヤンマの仲間が採れはじめたのです。ところで、トンボのような目立つ昆虫では信じられないことかもしれませんが、東南アジアのトンボに関する研究は大変遅れています。これまで国内外の数人の研究者がたずさわっただけですから、現在でもいくらでも新種がでてくるという、いわば未開拓の地なのです。そのなかで、ミナミヤンマの仲間は大型で美しく人気も高かったのでしょう、オランダ・イギリスなど東南アジアに植民地をもっていた国々の研究者によって早くから記載されており、僕が研究を始めるころまでにすでに30種近くが知られていました。こんなに目立つ仲間なのだから、さすがにいまさら新種は出ないだろうと思っていましたが、ところがいざ調べ始めてみると、マレー半島で僕や友人が採集してきたミナミヤンマはこれらのどれにも当てはまるものがありませんでした。詳しい研究の結果新種であることがわかり発表しましたが、この後インドシナ半島各地から10種ほどの新種を発見し、記載してきました。いまのところ、僕が調査に訪れた場所でミナミヤンマの新種が採集できなかったところはほとんどないので、現在50種近くになったこの仲間も、調査が行き届けば70―80種にはなるのではないかと思っています。

キモンミナミヤンマの写真写真:翅の模様が美しいキモンミナミヤンマ(スマトラ産)

 そして、研究が進むにつれて、今度ははたしてこのミナミヤンマの仲間全体がどんなグループで構成されていて、それぞれのグループがどういう関係にあるのかという、いわば進化の道筋に興味を持つようになりました。このためにはまず、ミナミヤンマの仲間で知られているすべての種類に当たって詳しく形態を調べていこうと考えました。これらの種の中には、発表されて以来全く追加標本が採れていないものや、新種として発表したその元となった標本(タイプ標本といって重要なものです)の所在がわからなくなっているものもあって、1800年代の、現在のような写真や図がついていない簡単な記載しかない論文からは、情報不足で正体が不明のものもかなりあります。結局‘本物’を実際に調べにいくしかないわけです。そこで、日本にいてはどうにもならないこれらの問題を解決するために、今年の4月、僕はヨーロッパの博物館を調査のため訪れました。今回まわったのはライデン(オランダ)、ジェノバ(イタリア)、ロンドン(イギリス)の各博物館です。

 これらの博物館はそれぞれ100年近くの歴史を持ち、植民地時代のものを主とした膨大かつ学術的に貴重な資料の宝の山のようなところです。もちろん一般向けの展示もくそまじめな日本の博物館では考えられないようなものもあって、大変興味深いものですが、今回僕が「用があった」のはいわば裏方になる標本収蔵庫のほうで、担当学芸員の方にお世話になりながらミナミヤンマを中心としたタイプ標本の調査をしてきました。これらの博物館のこともいずれ機会があればご紹介したいと思います。とにかくあまりに膨大な資料と学芸員の方々の親切な対応には涙が出るほど?感激しました。そして、訪問の目的の正体不明の種の解明を含めかなりの収穫を得て帰国しました。その後、6月には南北ベトナムで調査を行い、今回も南北それぞれ1種づつの新種のミナミヤンマを採集してくることができました。

 なお、これは私ごとですが、今年は初めての子供が生まれたばかりで、これらの調査は必要なこととはいっても妻子にかなりの負担をかけてしまいました。理解のある奥さんでよかったとつくづく感謝してます。ちなみに彼女も‘虫屋’です。 
 話がそれましたが、このように、一見調査・研究の進んでいるように見えるトンボですが、わからないこと・新発見は毎年のように報告されています。ともかく、この数年はさらに積極的にフィールドや海外博物館での調査を進めてミナミヤンマの仲間のまとめをしていくつもりです。家庭崩壊しないといいな!

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神奈川県植物誌の改訂
勝山輝男(当館学芸員)

植物相を調べる
ある地域の植物がどのような種類から成りたっているのかをその地域の植物相(フロラ)といいます。普通はその地域に生育している植物全種のリストであらわされます。その地域の植物相について記述した書物がその地域の植物誌です。神奈川県では1933年に神奈川県植物目録,1958年に神奈川県植物誌,そして1988年に神奈川県植物誌1988が刊行されました。一つの県で3回も植物誌が刊行されたのは極めて稀なことで,神奈川県は植物相研究の先進県といえます。植物誌は植物の戸籍簿のようなもので,その地域の植物について何か調べる際の基礎資料になります。例えば,昨年,当館で神奈川県レッドデータ生物調査報告書をまとめましたが,植物相が把握されているからこそ,どの種類が絶滅し,どの種類が減少しているのかを議論することができるのです。

神奈川県植物誌1988
県単位の植物誌の多くは全県1区で調査が行われ,それに過去の文献や標本からデータをひろいあげて作成されてきました。古い記録も最近の記録もすべて同一に扱われていますし,文献から拾いあげたものは本当にその植物が存在したのか確かめようがありません。植物目録の内容も和名,学名,産量が普通か稀か,稀なものは産地が列挙されている程度です。

コケミズの写真神奈川県新産のコケミズ
イラクサ科の小さな目立たない植物です。植物誌調査会の会員により,小田原市の海蔵寺の石段に生育しているのが見つかりました。

神奈川県植物誌1988はそれまでの日本の地方植物誌にはない新しいタイプの植物誌を目指して企画されました。県内全域を平均的に調査するために,市町村を中心とした108のメッシュに分け,それぞれのメッシュに生育する野生植物をすべて調べ上げ,分布図を作成しました。その際,後の検討訂正が可能なように,1種1メッシュについて最低1点は証拠標本を残しました。採集された標本は10万点を超え,当館,平塚市博物館,横須賀市自然博物館に保管されています。108個のメッシュをすべて専門家だけで調査するのは不可能です。そこで,新聞で呼びかけ,植物の好きなアマチュアの方々が約160名集まり,神奈川県植物誌調査会が結成されました。

調査は必ずしも順調なものではありませんでした。1979年から5年間の計画が1988年までの9年間かかってしまいました。費用も県からの調査費がつくものと期待していましたが,最後まで会員の手弁当となってしまいました。本の印刷費も半分に満たない500万円しかつかず,しかも販売代金から300万円返すという条件でした。しかたなく,1400ページにおよぶ版下をこれまた会員の手弁当で作成しました。

苦労してできあがった植物誌は単なる植物リストではなく,見分けるための検索表,同定に役にたつ部分の図,県内の分布状況や同定の手助けとなる記事,県内の分布状況が一目でわかる分布図などが盛り込まれ,神奈川県の植物のバイブルのようなものになりました。各方面から好評を得たことは植物誌の調査から刊行に携わった一人として大変誇りに思います。心残りだったのは,本来は内容の吟味にあてるれるべき時間と労力が版下作成に充てられてしまい,記述の不統一や誤りが見られたことでした。

神奈川県植物誌2000計画
神奈川県植物誌1988は1979年から1988年の9年間の神奈川県の植物相をあらわしていますが,神奈川県のように開発のさかんな県では10年もたつとずいぶんと自然環境が変化してしまいます。そこで,10年後位には改訂版が必要になります。今年度より神奈川県植物誌1988を発展的に改訂して神奈川県植物誌2000を刊行するための調査がスタートしました。分布図をより精密にすること,記述の統一と訂正,10年間の変化をとらえることが主な目標です。

これまでに採集された標本1点1点のデータとその採集地の座標はコンピュータのデータベースとして登録してきました。このうち当館に保管されている標本のデータベースは博物館情報システムの収蔵資料管理システムに発展しました。平塚市博物館では湘南植物誌作成に関連して標本のデータベース化がされました。横須賀市自然博物館や川崎市青少年科学館収蔵の標本もパソコンのデータベースに登録されました。厚木市博物館準備室でも標本のデータベース登録を行っています。

 調査メッシュは前回と同様に市町村を基本とした108メッシュに分区したものを加えて,111メッシュとし,そこに生育する野生植物をすべて調べます。各調査メッシュ内で産地が限られているものについては前回の調査で確認された産地を再確認することになります。各メッシュ担当者にはそのメッシュで採集された標本リストが配布されました。10年前に記録された産地のどの位が残っているでしょうか。

 川崎市は川崎市青少年科学館,横浜市は横浜市こども植物園,三浦半島は横須賀市自然博物館,湘南は平塚市博物館,相模原市は相模原市立博物館,厚木市と愛川町は厚木市博物館準備室,その他の地域は当館がセンターとなり,証拠標本の登録と保管を行います。

メッシュ調査がされた県単位の植物誌は神奈川県植物誌1988だけです。しかも,10年後にその追跡調査がなされるというのもはじめての試みです。新しい会員も増え,約250名の調査員が活動を始めました。まだ,順調に動きはじめたわけではありませんが,それでも神奈川県新産の植物が見出されたりしています。皆さんのなかで興味のある方,調査に参加されたい方がいましたら博物館の植物担当にご連絡ください。

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ミュージアムライブラリーについて
土屋定夫(当館司書)

はじめに
 「ミュージアムライブラリー」ってちょっと聞き慣れない言葉でしょう。直訳すれば「博物館図書室」、つまり博物館の中にある図書室という意味になりますね。そんなことわかっているよとおっしゃる方も多いと思いますが、では、具体的に「ミュージアムライブラリー」が果たすべき役割とは何かと尋ねられると、これが意外に難しいものがあるのです。

 ここでは、当館のライブラリーの現状を紹介しながら、「ミュージアムライブラリー」とは何か少し考えてみましょう。

ライブラリーの公開
 公共図書館が私たちの身近なものになってきたのは、そんなに古い話ではありません。まして、博物館のライブラリーで自由に利用できる所は、ほんのわずかしかありません。多くの博物館には図書室の機能を果たしているセクションが設置されていますが、そのほとんどは残念ながら一般には公開されておりません。理由は幾つか挙げられるでしょう。公開に耐え得るだけの予算的措置や施設が不十分である、また、専任の職員等を配置できないなどのマイナス要素が考えられます。

 では、当館はどうなっているのでしょう。旧神奈川県立博物館の時も専任の司書はいましたが、その他の点で一般の方たちへのサービスが思うようにはできませんでした。現在は再編整備により、自然系と人文系とに分かれ、それぞれの館に司書も配置され、資料収集をおこなっています。まだまだ、十分とは言えませんが、学習の場としてのライブラリーを公開しています。

鳥の鳴き声が聞こえるライブラリー
 当館のライブラリーでは、自然誌に関する図書や雑誌の閲覧、必要な文献の複写等ができます。また、映像資料であるビデオやCD−ROMを視聴できるブースもあり、自由に利用することができます。さらに、博物館が収蔵している標本等の資料データを博物館情報システムの端末で検索することができます。3台ある端末機はいつも、利用者の方が使われていて、とても盛況です。

利用者で賑わうカウンター周辺の写真利用者で賑わうカウンター周辺

 この検索システムの一つに「神奈川の自然」があります。鳥や植物などの画像や解説があり、鳥に関しては鳴き声の聴けるものもあります。毎日、さまざまな鳥の声がライブラリーにこだましているのです。

 図書館には静かに読書や調べものをするというイメージがありますが、当館のライブラリーには当てはまりそうもありません。当館のように自然系の博物館には、遊び感覚で来ていただき、とにかく楽しんでいってもらいたいという願いが私たちにはあります。ライブラリーも同じなのです。「学習」ではなく「楽修」していってほしいのです。(「楽修」は当館の濱田隆士館長の造語です。)

 ライブラリーのカウンターでは、学芸員が毎日、交替で皆さんからのレファレンスに応じています。河原で拾った石や近くの山で捕まえた虫や植物等の名前を知りたいとか、これからの地球環境はどうなってゆくのかなど、自然誌に関する事柄についての疑問にお答えしています。もちろん、文献資料等のレファレンスにも学芸員や司書が応じています。電話や手紙でも受付けておりますので、是非、ご利用下さい。

一歩先行く美術館ライブラリー
 さて、ここで全国の博物館の中のライブラリーに目を向けてみましょう。3,000館を越えていると言われる博物館の中で、ライブラリーの機能を果たせる公開施設を有している館はどのくらいあるのでしょうか。統計的な詳しいデータは、まだ取られていませんが、施設も資料も専任職員も揃っている所となると1割あるかどうかではないでしょうか。そんな中で一歩先を行っているのが美術館の図書室です。開館当初から、公開スペースとしてのライブラリーを設置しているところが多く見受けられます。神奈川県内でも横浜美術館の美術図書室は、スタッフも施設も資料にも恵まれていて、美術館ライブラリーのリーダー的存在になっているようです。新しく何かを始めようとする土壌があることも大きな要素の一つなのでしょう。このことは、ミュージアムライブラリーの必要性、果たす役割というものが、まだ確立されていない現状では、とても重要なことだと言えます。

アーキビストの必要性
 INFOX代表の並河みつえ氏は、『ミュージアム・マネージメント』(東京堂出版 1996)の中で、欧米の博物館が学芸員や司書と併せて、記録文献を扱うアーキビストも配置しているように、日本の博物館でも、この三者それぞれの専門性を生かした連携と分担が必要であると提言しています。確かに古文書や郷土資料などの歴史的資料は、印刷・製本されたものとは異なって、図書館の世界でも扱いにくいものになっています。

 自然誌の分野で考えてみますと、博物画や古地図などがそれに当たると思われますが、自然系の博物館には当然のことながら、「博物学」の歴史に詳しいアーキビストが必要になるでしょう。

図書資料の博物館的保存へ
 神奈川県内の図書館で、自然系の図書を永久的に保存していくと思われる施設は残念ながらありません。国立国会図書館でさえ、戦前から戦後すぐにかけての資料の収集については、まだまだと言わざるを得ないでしょう。

 出版後、半世紀以上を経た刊行物には、十分に希少価値があり、図書資料ではあるのですが、その上に博物館的資料という付加価値を付けるべきではないでしょうか。ミュージアムライブラリーの資料収集は「未来の博物館資料」を集めていることに他ならないのです。

 ミュージアムライブラリーの問題点、課題等のほんの一端をみてきましたが、他にも検討すべき事柄は多く残されているのです。     

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博物館実習を終えて
平成8年度博物館実習生

  学芸員の資格の取得をめざす学生の皆さんが、9大学から18名、博物館にやってきました。実習生の皆さんには9月12日から10月13日までの間、動物、植物、古生物、地球環境の各グループ(動物は人数の関係でA,Bの2グループにわけました)で、2日間の座学プログラムと6日間の実務実習を体験していただきました。普段はあまり見ることのできない学芸員の仕事や博物館の裏側を見ていただき、貴重な体験になったと思います。また、博物館のスタッフも実習生からたくさんの刺激を受けたようです。全員の文章を紹介できないのが残念ですが、博物館実習を終えた実習生の感想を紹介します。

 

 今回の博物館実習は、教育学部に在籍しながら今まで教育というものについて考えたことのなかった私にとって、改めて教育とは、学習とは何かを考える良い機会となりました。なかでも、社会教育施設としての博物館がこれからの時代どうあるべきなのかということについて、第一線で働いている方々のお話を聞くことができたのは実に得難い体験でした。また、実習最終日に研究テクニック講座の手伝いをさせていただいたのですが、そのときに参加された方々や来て下さったボランティアの方々の間に横のつながりができているのを知り、地域の社会教育活動の中核としての博物館の果たす働きを強く印象づけられました。短い期間でしたが、様々なことを学ぶ事のできた、有意義な8日間でした。(鈴木秀明・横浜国立大学教育学部・動物Bグループ) 

液侵標本を作成している写真液侵標本の作成.魚を同定し,ホルマリンで固定した後写真撮影をする.撮影後は収蔵庫へ.動物Bグループ.

 この博物館で学芸員実習生として過ごした合計8日間は、毎日が、驚きの連続でした。

感心の連続でした。そして、新鮮でした。これを書いている今でも、そのときのことを、思いうかべます。班に分かれて一生懸命考えて発表したデイスカッションの時、一生懸命考えたけれども、結局いい考えが思い付かず、難しさを思い知った展示企画の課題、一般の人々と触れ合うことも大切だと教えてくれた野外観察会、貴重な資料を取り扱ったり、いろんなことを経験した特別展の後かたずけなど思い出します。そして何よりも、親切に、丁寧に、親しく、我々に接してくれたこの博物館の人達を忘れることは、できません。本当に、ありがとうございました。(小山正仁・日本大学農獣医学部・動物Aグループ)

 

 博物館実習生として一週間ほどお世話になり、主に植物標本の作成や資料の整理をさせていただきました。それらの作業をすることにより、資料整理や調査研究などの外から見えない部分があってそれが展示や学習支援活動に生かされていることが分かりました。ただ、そういった部分や中で働いている学芸員の方々の存在は外から見るだけでは分かりにくいので、もう少しそれらを表面に出してもいいのではないかと思いました。また、利用する側も、もっといろいろな形で博物館を利用するようにすると、今までよりも楽しめると思います。(槻菜穂子・横浜国立大学教育学部・植物グループ)

植物に関する文献の整理をしている写真植物に関する文献の整理.整理後,台帳を作成する.植物グループ.

 地学系の知識がほとんどなくて、最初は不安でしたが、実習はとても楽しく、勉強になりました。中でも収蔵庫の鉱物の整理は、鉱物を実際に扱うことができて、一番楽しかったです。

 実習生の立場でありながら、実習の合間に展示室の方を見て来館者が多いと、なんだかとてもうれしく感じました。8日間だけでしたが、実際に博物館で働くことができ、博物館実習にきて本当によかったと思いました。

 実習をして、この博物館は活気があっていいなと思うと同時に、研究と普及の両方に関ることができる学芸員という仕事に、非常に魅力を感じました。(井上恵美・東京都立大学大学院理学研究科・地球環境グループ)

 

 館内、そこは別天地。巨大な洞窟かタイムトンネルに迷い込んでしまったかのようだ。そして行く先々で出会う迫力ある展示物たち。今にも動きそうな勢いで、じっとこちらを見つめている。そこには従来の博物館のような堅苦しいイメージはない。分類にこだわらず、一見無造作に並べられている展示物からは、見て触れて楽しむという博物館の意図を強く感じる。

 分類展示・学問展示といった堅苦しく枠を作りたがる日本で、展示物を見て触って楽しむという、学問から一歩離れたことは画期的だ。だが、これは博物館が根本に持つ要素。にもかかわらず新鮮に思えてしまうのはある意味で悲しい。

 これからは、自分と物あるいは物同士比較しながら楽しめ、展示物に親近感のわく博物館が次々に出て来て欲しい。そのさきがけである当館のスタッフに接触できたことは、自分にとって貴重な財産となるだろう。(田村太郎・日本大学文理学部・古生物グループ)

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神奈川の自然シリーズ3

箱根のコケ
生出 智哉(学芸員)

箱根山地は,海に近いため夏季には湿った南風により,霧が発生しやすく,また,降水量は仙石原で年平均3,294.6mmあり,小田原の1,955mmと比較してもかなり多い量です。
このような湿潤な気候は,5月下旬から9月頃の間に霧を発生させて,コケの生長を助けます。現在までに箱根ではコケ植物(蘚苔類)が約205種確認されています。
箱根山麓に生育している種類は,県内各地の市街地やその郊外に分布しているコケと同じ種類が多いです。
 箱根を特徴づけ興味深いコケは,標高が800m以上の,沢筋から山頂にかけて湿度の高い地域に分布しています。
ここでは,駒ヶ岳から大涌谷に至るハイキングコ−ス沿いに見られる主なコケを紹介します。

大涌谷の景観写真大涌谷の景観.

コケ相の豊富な神山〜冠ケ岳付近
駒ケ岳から大涌谷までの,約7kmの登山道沿はコケの種類が多く,しかも比較的大形の種類が多く観察に適した場所です。
特に神山から冠ケ岳にかけての一帯は,国立公園特別保護地域に指定されています。そのために小石や落ちている小枝の類でも許可なくしては,動かすことができません。
 それだけに自然が厳しく守られ植物相やコケ相も豊で,登山道沿いでも,いろいろの種類が観察できます。目立つコケはハミズゴケ,コセイタカスギゴケ,オオスギゴケ,フウリンゴケ,オオカサゴケ,アソシノブゴケ,コウヤノマンネンゴケ,オオシッポゴケ,カモジゴケなどです。倒木上には,イトハイゴケ,オオバチョウチンゴケ,ケチョウチンゴケなどが見られます。

 ブナやミズナラの樹皮上には,チャボスズゴケ,ヒムロゴケ,イタチゴケ,リスゴケなども着生しています。高木のブナやミズナラ以外では,リョウブやトウゴクミツバツツジ,アセビ,ナナカマドなどの潅木の細い幹や枝上には,オカムラゴケ,ミヤマシッポゴケ,ナガスジイトゴケ,イワイトゴケなど樹幹着生種の群落が見られます。

チャツボミゴケの写真チャツボミゴケ.

コケの紅葉
初秋から冬にかけて冠ケ岳から大涌谷へ向かう,登山道の法面が赤紫色に色づいていますが,よく見ると小さな蘚類のマットのが連続しているのです。これはコケが紅葉した色でアカイチイゴケのなせるワザです。コケの多くは常緑で,紅葉するコケはたいへんに珍しいです。大涌谷に近ずくにつれ,リョウブやアセビが増え,硫黄の臭いがしてきます。

箱根の“温泉ごけ”
大涌谷の噴気孔から,流路に沿って生えている小さな緑色のコケを地元では“温泉ごけ”と呼んでいますが,“オンセンゴケ”という和名のコケはありません。
 オンセンゴケは学問的には,苔類,ツボミゴケ科に属する“チャツボミゴケ”という茎の長さが3cmぐらいの小形のコケです。このコケの一つ一つの体は極めて小さいが,群落をつくると,目立って噴気孔付近を緑色に染めます。
 チャツボミゴケは,他の植物が強酸性の環境のために生育出来ない場所でも繁殖する能力を備えたコケです。
 この他に大涌谷には,ユオウゴケと呼ばれる高さが5〜6cmの地衣類が生育しています。からだ全体が樹枝状で,枝分かれした樹状の先端には赤い小さな実(子器)を着けているので区別がつきます。

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新収資料紹介
櫻井コレクションの魅力〜地質時代を彩る化石標本〜
松島義章(学芸員)

 櫻井欽一先生は、「湯河原沸石」を世界で初めて発見し、その研究業績に東京大学より理学博士の学位を授与された世界的にも著名なアマチュア鉱物学者として知られています。先生が生涯にわたって情熱を燃やし収集した鉱物標本は、日本産鉱物を中心とした日本最大の鉱物コレクションとして有名です。一方、貝類学の分野に於いても同様に情熱を注がれ、多くの新種の発見記載して貝類学の発展にも大きな貢献をされ、さらに日本有数の貝類コレクションをも作り上げられています。この輝かしいご活躍の陰に隠れがちではありますが、化石にも興味を示され数多くの標本を収集されています。標本の入手は先生ご自身による採集、各地の研究者や収集家からの寄贈、交換、そして購入などいろいろな方法によって、化石標本約2230件のコレクションが実現しています。

 惜しくも、櫻井先生は1994年(平成6年)10月にご逝去されましたが、御遺族のご厚意により、この化石コレクションが鉱物コレクションの約3万点、鉱物・化石・貝類関係図書1万冊と共に神奈川県立生命の星・地球博物館に寄贈されました。これを記念して、平成9年3月1日から5月11日まで、ささやかではありますが展覧会を開催し、その一部を公開することになりました。この機会に化石コレクションは資料目録を作成することになりましたので、ここにその概要を紹介します。

 櫻井先生の化石コレクションが一般に知られるようになったのは、1966年に出版された益富嘉之助・浜田隆士共著「原色化石図鑑」(保育社)のカラ−図版に数多く掲載されたことによります。それまでの化石図鑑は白黒写真によるものでした。化石が日本で初めてカラ−で紹介され、化石のもつ神秘さ、造形的な美しさや重量感に、専門家はもとより化石愛好者や広く一般の人々に興味をもたれるに至っています。その先駆を櫻井先生の化石コレクションがはたしたものといえます。

 目録に取上げた標本の総数は2223件です。時代別にみると先カンブリア時代から新生代第四紀完新世まで、すべての地質時代を代表する化石が網羅的に、収集されています。具体的には古生代が 386件(全体の約2割)、中生代が 557件(2.5割)、新生代が1197件(約5.4 割) で、時代が新しいほど数多くなり、新生代は過半数を示しています。さらに細かな時代区分の中では、新生代第四紀更新世が514 件と最も多く、ついで新生代第三紀中新世の 265件、中生代白亜紀の258 件、第三紀鮮新世の 249件が目立ちます。

 分類別にみると、植物が258 件(全体の約1割)、無脊椎動物は圧倒的に多い1804件(約8割)を占め、脊椎動物が125 件(1割未満)となっています。全体の8割を越す無脊椎動物の中では軟体動物が1267件(6割)となり、ついで節足動物の145 件、腕足動物の140 件、腔腸動物の136 件となっています。

 産地別にみると日本国内が圧倒的に多く1763件で全体の5割以上を占めます。外国産としてはイギリスの221 件を筆頭に、アメリカ合衆国が92件、ドイツが41件、ロシアが24件、中国が22件の順となり、ヨ−ロッパ、アフリカ、北米、南米、東南アジアの国々の24ヶ国に及んでいます。国内を詳しくみると千葉の 228件を最高に、神奈川の175 件、東京、岩手、北海道の順となり44都道府県に達しています。特に多数の化石が収集されている千葉、神奈川、東京の内容をみると、ほとんどが先生の採集した二枚貝や巻貝化石となっています。その地層は小柴層、長沼層、宮田層、東京層、王子貝層、下末吉層、成田層、有楽町貝層や沼層など南関東を特徴づける第四紀更新世から完新世の地層です。岩手産の標本は古生代のサンゴ類、腕足類、三葉虫類など岩手を特徴づける化石です。北海道の化石は白亜紀のアンモナイトが特徴となっています。このようにこの化石コレクションは日本各地を代表する地層の数多く化石によって構成されています。 今後、この化石コレクションは鉱物コレクションや図書・文献類とともに博物館の調査研究活動および展示普及活動など多方面にわたる活用が期待されています。

 最後に櫻井先生のご遺志に沿い貴重なコレクションを当館へ寄贈いただいたご遺族の方々に心から感謝と敬意を表します。

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