神奈川県立生命の星・地球博物館

戻る

1998年3月15日発行 年4回発行 第4巻 第1号 通巻12号 ISSN 1341-545X


自然科学のとびら


Vol.4, No.1  神奈川県立生命の星・地球博物館  Mar.,1998


今号の目次


ラブカ(カグラザメ目ラブカ科)

瀬能 宏(学芸員)

ラブカ(22KB)

Chlamydoselachus anguineus Garman, 1884
写真上:全身;下左:頭部;下中:上顎歯列;下右:口を開けたところ
瀬能 宏 撮影

 1997年3月11日、静岡県熱海市沖の相模湾で、水深70〜80mに仕掛けたヒラメ刺網により、カグラザメ目ラブカ科のラブカが漁獲されました。漁獲したのは遠藤哲也氏ならびに遠藤伸司氏(みどり丸;大熱海漁脇)です。このラブカは、全長1806.0mmの雌成魚で、写真撮影後、当館魚類資料(KPM−NI3458)として登録、保管されました。

 ラブカは全世界の海洋に局所的に分布しており、口が頭部の前端に開くこと(他のサメ類では頭部の腹面に開く)、両顎に先端の鋭い三つ又の歯を備えること、鰓孔が6対あること(大部分のサメ類では5対)、背鰭はひとつで、体は著しく細長いことなどが特徴です。古生代に栄えたサメ類に形態がよく似ており、いわゆる「生きた化石」として有名です。

 卵胎生で、イカ類や魚類を主食としており、1000m以深からの記録もある深海魚ですが、駿河湾では意外にも200m以浅から多く漁獲されており、今回の記録はそれを裏付ける結果となりました。

[目次に戻る]

研究ノート 岩石の化学組成を調べる

川手新一(外来研究員)

岩石を調べる

 私たちが住む地球の表面は、地殻と呼ばれる岩石でできた部分に覆われています。一般的に、岩石とは、二つ以上の鉱物から成り立つ物質をいいます。鉱物とは、天然に産する一定の化学組成と結晶構造をもった無機物のことをいいます。地球の地殻を構成する岩石は、火成岩・堆積岩・変成岩に分けられています。

 岩石を調べるにはどのようなことを行うのでしょうか。野外調査を行って岩石の分布や産状を調べる方法、岩石の薄片を作って岩石を構成する鉱物の組み合わせを明らかにする方法、分析機器を用いて鉱物の化学組成や岩石全体の化学組成を分析する方法などがあります。もちろん、研究の目的や扱う岩石によっては、ほかにもいろいろな方法が使われています。今回は、岩石の化学組成(全岩化学組成)について紹介します。

全岩化学組成からわかること

 全岩化学組成の分析は、火成岩の研究に最もよく用いられます。岩石を均質化してマグマの組成に戻して調べてみるわけです。そのために、採取した岩石試料を砕いて均質な細かい粉にしてから行います。一連の火成岩の全岩化学組成を分析することによって、どのような鉱物がマグマの進化に関与したかを推定することができます。

 変成岩の場合は、変成作用によって元の岩石に含まれていた鉱物が、違う鉱物に変わっています。全岩組成から、その変成岩が元々どんな岩石であったのかを推定することができます。また、変成作用によってほかからどんな物質が加わったのかも推定できます。

 堆積岩は、風化や浸食作用を受けた地上の岩石が河川などによって運搬され、堆積し固まったものです。それぞれの過程で鉱物が分解されたり新しく作られたりします。堆積岩の全岩化学組成は、大ぎっぱに風化や浸食作用を受けた地域の岩石の特徴が反映されると考えられています。

 岩石の全岩化学組成の分析は、地球上の物質循環を理解する上で重要な情報をもたらしています。

蛍光×線分析法

 以前の全岩化学分析は、湿式化学分析法といって、化学薬品を使った化学実験による分析が行われてきました。湿式化学分析法は、手間も時間もかかる分析法で、たくさんの試料を短期間で処理するには大変な労力を必要とします。そのうえ、精度の高い定量分析を行うためには熟練を要します。]線などを使った分析機器が発達してくると、全岩化学組成の分析は、湿式化学分析法から]線の放射を利用した分析法へと移行してきました。蛍光]線分析法は、岩石の粉と薬品を混ぜたものを高温にして溶かし、円盤状のガラス(ビート)を作って]線を照射して行われます。]線を照射されたビートからは、蛍光]線が発生します。この蛍光]線には、ビート中の元素が出した固有の情報が含まれていています。この情報を分析に利用できる形式として取り出す装置が蛍光]線分析装置です。

 実際に岩石中の元素の含有量をはかるには、すでに元素の含有量が分かっている標準試料や合成試料を使って、固有]線の強度と元素の量を対応させるための検量線と呼ばれる物差しを作っておく必要があります。未知の試料を測定して、事前に作った検量線に対応させて元素の含有量を決めるのです。

 最近では、分析装置の開発や、コンピューターの処理能力向上に伴う補正計算の充実によって、装置全体の制御や扱いが簡便になってきました。現在では、蛍光]線分析法によって、短時間により多くの全岩化学分析値を精度よく出すことが可能になってきています。

蛍光X線分析装置(10KB) 蛍光X線分析装置(神奈川県立生命の星・地球博物館)

これからの分析

 一般的な岩石は、主要元素と呼ばれるSiO2,TiO2,Al203,FeO,MnO,MgO,CaO,Na20,K20,P205などの10程度の酸化物で全岩化学組成を表すことができます。これらの元素は、分析に十分な量が岩石に含まれています。このほかの元素については、特別な場合を除き、岩石には極めて微量しか含まれていません。しかし、微量な元素は、主要元素では得られない情報をもっています。そのため、岩石を研究する上ではたいへん重要視されています。さらに、同じ元素名でも垂さが異なる同位体元素もたいへん重要な情報をもっています。

 現在では、分析を行う対象物や分析環境にあわせて様々な努力が払われています。例えば、去年話題になった火星探査磯には、キュリウム244という元素を内蔵する、アルファプロトン]線分光器が積み込まれました。この分析装置は、アルファ線を岩石に照射して、もどってきた陽子線、]線エネルギーを分析します。この方法によって火星表面の岩石を分析しました。これらの技術は、私たちが気軽に使えるわけではありません。しかし、蛍光]線分析装置でも、微量元素はある程度分析できるようになっています。

 現在、博物館では蛍光]線分析装置を準備しています。様々な岩石を分析することによって神奈川県の地質時代の出来事がより明らかになっていくと期待しています。

[目次に戻る]

ユニバーサル・ミュージアムをめざして

3周年記念実行委員会

はじめに

 当館は今年3月で開館3周年を迎えます。

 この3周年を記念し色々な行事を計画しています。周年事業では、外に向けての問題提起を行い、併せて館の主張やコンセプトをさらに明確にしていき、博物館が社会的に果たす役割をひろげていきたいと願います。

 今回のシンポジウムでは、障害者、非障害者にかかわらず博物館を共有できるユニバーサル的なミュージアムをめざして、先ずは視覚障害者と博物館の視点から検討を試みたいと思います。

視覚障害者と博物館

 「ユニバーサル・ミュージアムをめざして―視覚障害者と博物館―」がシンポジウムのタイトルです。

 現在、ノーマライゼーション(平等参加)のもとに各方面でバリアフリーに関心がもたれています。公共の図書館が点字図書や対面朗読等の視覚障害者への対応を進めているにもかかわらず、同じ社会教育施設である博物舘での対応は十分とはいえない状況です。これは図書館が主に文字情報を提供しているのに対して、博物館においては『モノ』により情報提供を行っていることが多く、利用する側・される側とも『モノを見る』ということを中心に考えているためです。しかし、かなり多くの身体障害者が博物館を利用されるようになった現在、視覚障害者にも同様に開かれた博物館づくりをめざすべきでしょう。

 当館では、視覚障害者のために展示資料の説明として音声ガイド機を用意しています。このガイド機には展示についての館長とガイドアナウンサーとのやり取りが録音されており、視覚障害者だけではなく、どなたにでも興味が持てる内容となっています。視覚障害者へのバリアを取り除くことを目的としていたことが、結果的にはすべての人に展示解説を補足するものとなりました。実は、このことが「ユニバーサル・デザイン」の考え方につながっており、すべての人々への自然な平等参加になるといえます。

ユニバーサル・デザイン

 ユニバーサル・デザイン(Universal Design)とは、提唱者のロナルド・メイス(Ron Mace)によると、「できうる限り最大限、すべての人に利用可能であるように製品、建物、空間をデザインすることを意味する」と説明されています。つまり、障害者のためだけのデザインではなく、高齢者、妊婦、小さな子供などを含むすべての人に利用できる製品や環境をデザインすることを指しています。ユニバーサル・デザインの支持者たちによって、デザインのための原則が7つにまとめられています(表1)。

表1. ユニバーサル・デザインの7原則
  1. 公平な利用―どのようなグループに属する利用者にとっても有益であり、購入可能であるようにデザインする。利用における柔軟性―幅広い人たちの好みや能力に有効であるようにデザインする。
  2. 単純で直感的な利用―理解が容易であり、利用者の経験や、知識、言語カ、集中の程度に依存しないようデザインする。
  3. わかりやすい情報―周囲の状況あるいは利用者の感覚能力に関係なく利用者に必要な情報が効果的に伝わるようデザインする。
  4. 間違いに対する寛大さ―危険な状態や予期あるいは意図しない操作による不都合な結果は、最小限に押さえるようにデザインする。
  5. 身体的負担少なく―能率的で快適であり、そして疲れないようにデザインする。
  6. 接近や利用に際する大きさと広さ―利用者の体の大きさや、姿勢、移動能力にかかわらず、近寄ったり、手が届いたり、手作業したりすることが出来る適切な大きさと広さを提供する。

 この原則は、デザイナーと利用者の両者に、より利用しやすい製品や環境の特色を気づかせるためにまとめられたものですが、博物館の仕事に携わる者や利用者にとっても参考となりそうです。とくにユニバーサル・デザインの概念がデザインからスタートしていることもあり、展示企画を考える際には大きな指針となると思われます。さらに、このユニバーサル・デザイン概念の背景には、その商品力によって製品を開発する側にもメリットが生まれ、産業が活性化することが重要な要素としてあげられています。この点でもすべての人に開かれたデザインといえます。博物館の場合、その商品力は、よくいわれるように資料の収集・保存、調査・研究、展示、学習・普及の4つの柱が機能する包括的な力といえます。すべての人にやさしく、それぞれの機能が全体としても充実するようにデザインされた博物館づくりが「ユニバーサル・ミュージアム」理想の姿といえましょう。

ユニバーサル・ミュージアムをめざして

 ユニバーサルの観点では、「もの」を展示し情報を提供するという点で博物館と共通性をもつ美術館でいくつかの試みが進んでいるようです。「タッチ・エキシビション」といわれているような作品に触れて鑑賞することのできる展覧会のことです。それまでの視覚優先の展覧会に手で触れる鑑賞をとりいれた形態は、「触」を体感する新しい鑑賞の可能性をひろげています。ある美術館では、これを「視覚障害者のための展覧会」とこだわるのではなく、視覚障害者、晴眼者をとわず純粋に「触」を鑑賞するものと位置づけています。ユニバーサルの考え方に協調できる新しい潮流を感じる企画だと思います。

 博物館の分野で、すべてのユニバーサル・デザインを満たしたユニバーサル・ミュージアムをつくることは現実には難しいことです。しかし、バリアの一つ一つを改善クリアしていき、バリアフリーの実績の積み重ねによってユニバーサルをめざすことは、博物館にとって素晴らしいことでしょう。博物館に携わる人々に新しいユニバーサルという考え方が意識されるとともに、それを育むような社会になることが期待されます。

参考(1998.3.13.)

*1)田口公則(学芸員)・鈴木智明(情報資料課)・奥野花代子(学芸員)・濱田隆土(館長)

[目次に戻る]

「多様な新世界の住人たち」より ―アリの巻―

小林秀司(日本モンキーセンター研究員)

はじめに

 霊長類の研究・調査のため、1986年に初めて訪れた南米のジャングルは、私のものの考え方を一変させてしまうぐらい強いインパクトをもたらしました。そこに展開されていたのは、膨大な質と量の生物が、それぞれが個性的な生活哲学をもって織りなす、めくるめく多様な世界でした。それ以来というもの、自分の専門の話(新世界ザルの系統形態学)だけではなく、この多様な世界の住人について、見たところ感じたところを何とか私なりに表現する機会をいつか持ちたいと思っていたのですが、今回、このような機会を与えていただいたので、ジャングルのなかでもっとも身近な生物であるアリの幾種かについて紹介しようかと思います。私自身アリの専門家ではないので、つっこみの浅い部分が多いと思いますがご容赦ください。

 私が南米のジャングルの話をすると、よく、「そんなところに行って、危なくないんですか」という質問を受けます。南米のジャングルは、猛獣や毒蛇がうようよしていて、毒虫や疫病の巣窟となっている、よほど危険な場所と思われているようです。しかし、南米のジャングルヘ行った人なら誰でも経験することですが、森の中は安全この上ありません。大型の肉食獣はジャガーだけで、人を襲ったという確かな記録はありませんし、今まで生きている蛇を見たことはたった5回あるだけです。しかも毒蛇だったのはその内のたった一回だけです。マラリアや黄熱病はありますが、これは近年アフリカから持ち込まれたものだといわれていますし、シャガス病だって、ごく限られた地域にしかありません。果物はうまいし、魚は大物釣り放題、リオやサンパウロといった都市部の治安の悪さと比べれば、まさに、この世の極楽です。

 ただし、毒虫だけは別で、ダニやカ、ブヨなど吸血性の昆虫類には事欠きません。ことに、雨期に湿地帯などへ行こうものなら、あっという間にカの大群に取り囲まれること請け合いで、最盛期には、隣の人間の輪郭がぼやけて見えるほどです。しかし、ダニやカ、ブヨ、アブなどなら日本でも多いところはいくらでもあるでしょう。意表を突いた毒虫をひとつ取り上げれば、それはなんといってもアリでしょう。温帯に住むアリは、イソップの童話にもなるほどで、概しておとなしく、勤勉で、ポジテイブなイメージがあります。しかし、熱帯では事情が全く異なります。数が多く、種類も豊富で、大きさも様々ですが、目に付きやすい種類はおしなべて運動性が良く、肉食性で、攻撃性の高いものが多いのです。おまけに咬みつくだけならまだしも、かなりの種類が強力な毒針で武装しています。アリたちが餌を探している様は、まさに、街の愚連隊が寄ると触ると因縁をふっかけて歩いているようなものです。

 ジャングルの中には、この愚連隊の組事務所(巣)が生木や倒木の中などふつうの場所にあります。ところが、本物のヤクザのように入り口に代紋でもかかげてあるか、こわもてのする連中がしょっちゅう出入りするかしていればいいのですが、ほとんど目立たないのでたちの悪いことはこのうえもありません。何かの拍子にうっかり刺激しようものなら、「なんじゃい!!」とばかりに恐いオニイサン達(ほんとうはメスなのでアネゴというべきだが)が山ほど飛び出してきます。そして、ひどく噛みつきながらお尻に付いたヤッパ(針)でグッサリやるのです。まさに問答無用の暴力団です。ひどい目に遭いたくなければ、ちょっと体を支えようと思っても、その辺の木をやたらにつかんだりしないことです。たまたまそこがアリの住みかだったりすると、もうたいへん。どこからわいてきたのか数百匹のアリがワラワラと出てきてグサリグサリとやり始めます。針には、御ていねいに毒まであるので、その痛いことといったらありません。しかも、払い落とすのに夢中になって、その場にとどまっていると、上の方からもバラバラと降ってきて、取り付くやいなや、あたりかまわずグサグサやるので、全身刺されまくることになり、ほうほうの体で逃げ出す羽目に陥るのです。

 私がこのタイプのアリに初めて出会ったのは、1988年に訪れたパンタナール大湿原地帯のよく発達した回廊林で、クロホエザルの観察中でした。ホエザルは、霊長類のナマケモノと異名をとるほど活動性が低く、中でもクロホエザルは折り紙付きで、1日のうち90パーセント以上を寝て暮らしています。見ている方も張り合いがないので、長期戦を決め込み、ダラダラ、ゴロゴロしながらの観察となります。ある日、林床で座り込んでいると、メスがごそごそと動き始めたので、後を追うため立ち上がろうとして近くにあった直径10センチぐらいの木をつかみました。弾みをつけたので、木のしなった感触があったのですが、目線はサルの方を追っているので、つかんだ木の方は全く見ていませんでした。次の瞬間、右手の薬指に激痛が走りました。あまりの痛さに、思わず手首を押さえながら見てみると、体長7ミリほどで、頭と胸が蛍光オレンジ、腹部がるり色の金属光沢を持ったツートンカラーのアリが、痛みの走ったまさにその場所に取り付いており、顎でがっちり食いつきながら、腹を曲げてその端を私の指に突き立てている最中です。急いで払い落としつつ、つかんだ木を見やると、木肌はすでに百匹ほどのアリで覆われ、後から後から数が増えているようでした。一瞬、嫌な予感がしたので、すばやくその場を離れたところ、ほんの数秒後に、バラバラと軽い物体が枯れ葉にぶつかる不気味な音がし始めました。空中からの攻撃。まさに危機一髪でした。

 数時間の後、同じ場所に舞い戻ってみました。アリはすでに引き上げたあとで1匹もいなくなっており、ただただ普通の小さな木があるだけでした。ためしに蛮刀の先でそっとたたいてみると、ひこばえが枯れ落ちてできた縦3ミリ横1ミリほどの穴から、たちまち3匹のアリが飛び出し、穴の回りを2〜3回まわったあと、あっという間に穴の中に戻ってしまいました。もう一度、今度は少々強めにたたいたところ今度は別の所からもアリがでてきました。よく見るとごくごく小さい穴があいています。大きさは、ちょうどアリが通り抜けられるだけしかありません。直経1ミリ程度でしょうか。この小さな穴がポツポツと幹にあいているので、あっという間に大群を繰り出せるようなのです。もういっペんアリが引き上げてしまうまで待ってから、巣の中身を見ようと思って、思いきり蛮刀を打ち込んでみました。内部はさぞかし大きな空洞になっているのかと思ったが、さにあらず。木の材部が露出しただけである。もう二度と刺されるのはいやなので、空中攻撃をされる前に引き上げましたが、この疑問は数日後に解くことができました。直経4センチ高さ3メートルほどの同じアリが巣くっている木を見つけたのです。この木は、蛮刀をほんの2回ほど打ち込んだだけで真っ二つに切断することができました。切り口を見ると、中心部に直径3ミリ弱の小穴があいているだけで、通路としてならもってこいですが、アリが幼虫の世話をしたりするスペースは全くないのです。こんなはずはないと思い、根本から先の方まで縦に二つ割りにしてみたのですが、根本の方は地表15センチぐらいで行き止まり、枝先の方もかなり上までトンネルは続いていたのですが、育児室のような空間らしい空間は全くありませんでした。いったいどのような生活をしているのか、今でも大きな疑問のままです。

歩くスズメパチ

 南米には巨大な昆虫が多くいます。それもみな超がつくほどの大きさです。私自身が見た例では、体重44グラムのギアスゾウカブト Megasomoma gyas(ちなみに、日本のカブトムシは7〜8グラムです)、開長が30センチもあるナンペイオオヤガ Tysania agrippinaa、本当に小さいカメほどもあるナンペイオオタガメ Belostoma grandis、羽を広げると20センチにもなるハビロイトトンボ Megaloprepus coerulatusなど枚挙にいとまがありません。その中でも極めつけはオバケウスバカミキリTytanus giganteusですが、これがどんなにえげつない代物なのかは、後で詳しく述べましょう。

 肝心のアリの方ですが、これまたとんでもない大きさの種類がいます。このアリは現地ではテゥッカンデイラ(tucandeira)と呼ばれるパラポネラ Paraponeraという仲間で、大型の種は体長が3センチを越えます。全身漆塗りのように黒光りしていて、これまた強力な毒針で武装しています。サイズと戦闘力の高さからいうと、スズメバチの羽をむしって黒く塗ったようなものでしょうか。ときおり林床を徘徊しているのを見るのですが、基本的には夜行性だそうです。

 私が初めてこいつに出会ったのは、1988年、アマゾン中流の街マナウスから40キロほど北にあるジャングルで、休憩のため、倒木に腰掛けようとしたときでした。ふと見ると、腰を下ろそうとしたその場所に、何とも禍々しい巨大な黒アリが、強力な顎を広げて戦闘準備を整えています。足を踏ん張り、こちらをにらみつけ(本当は日の構造が違うのでにらむことはできないのですがそのように見えてしまいます)、私が座るのを待ち受けているのでした。『ハハー、これが音に聞くアマゾンのオソレアリだな』と思い、そのままじっと見ていると、ゆっくり倒木の裏へと歩き去っていきました。ものすごい速さで動くアリを見慣れた目には、このスピードはたいへん奇異に映ります。だいたいジャングルの中でゆっくり動いているのは有毒のものが多いようです。中にはヤドクガエルの一種のように、うっかり触ればあの世行きというほど毒の強いものもいます。余談になりますが、ランとハチドリの研究で有名なアウグスト・ラスキ博士は、フィールドワークの最中、誤ってモウドクフキヤガエルの一種に触れて以来体調を崩し、十年近く様々な治療を行ったそうですがそのかいもなくとうとう亡くなられたと聞いています。この「ゆっくりと動くものは有毒である」という原則に照らしてみると、パラポネラの毒の強さがどの程度か容易に想像できるでしょう。

 ある日系移民の方に刺されたときの様子をうかがったのですが、刺された指先からあっという間に激痛が駆け上がって頭の芯まで熱くなり、心臓が鼓動を刻む度にドクンドクンと血管が膨張して卒倒寸前だったとのこと。インディオのある部族では、成人式を迎えた男子が、このアリをたくさん入れた壷の中に手を入れ痛みに耐えるという儀式があるそうです。

 毒の強さだけではなく戦闘力も相当なもののようで、なんとあの軍隊アリ Eciton sp.でさえパラポネラとはかかわり合いにならないようにしているようです。凶悪なことでは横綱クラスの軍隊アリの行列を、たった一匹で無為自然に平気で横切ったりしています。おもしろいのは横切られる方の反応で、ふつうはこの時とばかりに襲いかかるのに、一瞬グッと詰まったようになり、そのまま凝固したり、Uターンしたりします。そしてパラポネラが通り過ぎるやいなや、何事もおこらなかったように行列が復元するのです。生命力も大変強く、たたき殺したつもりでも、そのままビンに入れて10分ぐらいして見ると平気で歩き回ったりしています。これは、おもに外骨格の頑丈さに起因するものでしょう。ちなみに、セルジーペ州の田舎の人たちはこのアリのことを不死身アリと呼んでいます。

 このアリを発見した倒木の反対側にまわってみると、すぐ脇に生えていた直径約15センチの木の根本に、妙な構造物を見つけました。泥でできた高さ20センチぐらいのついたてが、半円状に木の幹を取り囲んでいるのです。ついたてと幹との間は1センチぐらいでした。パラポネラの巣のようです。すぐに走って逃げられる準備を整えた上、蛮刀で木の幹を2度ほどコンコンとたたいてみました。何の反応もありません。もう3回繰り返してみたのですが、やはり反応がありません。そこで今度は木に思いきり蹴りをいれてみました。10秒ほど待って見たが、やはり何の反応もありません。と思った瞬間、奥の方からギイギイとなにかの音がしてきました。音はやがて大きくなり、とうとう20匹ほどのパラポネラが開口部から姿を現しました。思わず走って逃げかけたのですが、先ほど見た個体と同じく歩き方がゆっくりで、いきなり取り付かれる心配はなさそうです。ギイギイと発音しています。威嚇音のようです。この歩速ではすぐに攻撃される心配はないので、そのまま観察することにしました。しかし、暗い森の中でへっぴり腰で見ていることもあって、どうやって発音しているのかつきとめることはできませんでした。ほんの30秒ほどで、これらのアリは全て巣の中に引き上げてしまい、もう一度蹴飛ばしたときには5匹でてきただけで、これを採集してしまった後は、地面を踏みならそうが入口を壊そうが全くでてこなくなってしまいました。それにしても、こんなに広い入口では、外敵は進入しやすいし、雨でも降れば幹を伝ってどんどん水が入って来そうです。中に別の仕掛けでもあるのかと思い蛮刀で掘りかえしてみたのですが、10センチほど掘ったところで木の根にじゃまされ、それ以上確認できませんでした。おそらくは、この泥のついたては、水が地面を流れてきたときの防波堤であって、幹を伝ってくる雨は大した問題ではないのでしょう。「ありとあらゆるアリのはなし(久保田政雄著、昭和63年、講談社刊)」によれば、原始的なアリの巣は入口が大きいそうですが、パラポネラも原始的なアリの仲間なのかもしれません。

結びに代えて

 ジャングルにはまだまだユニークなアリがたくさんいて、農業を営むものから牧畜をするもの、異常なほどの機動性を有するものなど枚挙にいとまがありません。またこれらと他の生物が織りなす相互関係が実におもしろく、たとえば軍隊アリの泊まり場の上空に寄生性のハエが群れ交っているのを見ると、暴力団にも泣き所があるのだなあと感心させられます。このように、アリひとつとってもこれだけ興味深い世界がのぞけるのだから、森全体で考えれば、どのぐらい多様な生物がひしめいているのかのか想像していただけることと思います。そしてこの「何でも有り」の多様性こそが、生命とは何かという設問に大きなヒントを与えてくれるような気がしてなりません。最後に、種の起源を表したダーウィンやウォレスもジャングルでの生活によってその基本的着想を得たことを付記して結びに代えさせていただきます。

[目次に戻る]

神奈川の自然シリーズ8 三浦の名がついたミウラニシキガイ

田口公則(学芸員)

 先日、三浦市初声でたくさんの貝化石を採集しました。研究者のあいだでは通称「火の見下」とよばれている化石産地です。そこでは二枚貝、巻貝、サンゴなどの化石が見つかりましたが、とりわけホタテガイの仲間のイタヤガイの化石が大量に産出しました。その化石は“ミウラニシキガイ”という三浦の地名が名前についた貝化石です。この産地の地層は三浦層群初声層とよばれ、今からおよそ600〜400万年前の新生代中新世末期〜鮮新世前期の時代に堆積したものではないかと考えられています。県内では初声層以外に、逗子の田越川砂礫岩層、大磯海岸の大磯層、宮ヶ瀬の落合礫岩層、愛川町の中津層などからもミウラニシキガイの産出が知られています。その中で、ここ初声ではとくにミウラニシキガイばかりが多く密集して見つかっています。

火の見下(14KB)整備された三浦市初声「火の見下」.

化石も含めて生物の新種をみつけたときは新しい名前(学名)をつけますが、一般にその種の特徴を表した語彙や地名、人名などをあてたりします。1920年に東京大学の横山又次郎教授が三浦半島の逗子市の鐙摺からみつかったイタヤガイの化石に Chlamys miurensisという学名をあたえ、ミウラニシキガイとなったのです。現在,この最初に記載されたミウラニシキの産地である鐙摺の切り通しでは、地質学的、古生物学的に重要な「鐙摺の不整合」の崖が神奈川県の天然記念物として保存されています。

不整合露頭(13KB)県天然記念物・鐙摺の不整合露頭

 今回の三浦市初声での採集では、地元の方々の多大な貢献がありました。最近の大きな発掘のきっかけがそうであるように、初声の場合も改修整備工事が行われたことでたくさんの化石が出てきました。普通なら化石はそのままただの石ころとして処分されてしまうのですが、「もしかしたら貴重な化石なのでは」と感じた近所の方々が保存のよい化石を採集されていたのです。そのおかげで後から私たちが採集したミウラニシキガイの破片の化石にくわえて、工事中にしか採集することのできないような保存のよい化石、たとえばイタヤガイの仲間では分類の基準となる重要な耳の部分(ホタテガイなどのちょうつがいのところ)がきちんと残っている状態の化石を得ることができました。ここの化石産地は研究者のあいだでは昔から有名なところだったのですが、そこが工事によって削られていることまではすぐに知られませんでした。日頃から観察することのできる地元の方でないと気が付かなかったところです。

ミウラニシキガイ(14KB)三浦市初声から産出したミウラニシキガイ.

 冒頭にお話ししたように、三浦市初声ではミウラニシキガイばかりが大量に見つかりました。どうしてミウラニシキガイばかりなのでしょう?。現在の海では、同じ仲間のイタヤガイが何年かに一度、大量発生することが知られています。海流の流れによってイタヤガイの子供が集積し、さらにその場所の底質条件がよいときに大量発生するのだそうです。同じようなことが初声のミウラニシキガイにもおこったのでしょうか。そのミウラニシキガイは、新生代鮮新世に絶滅してしまいましたが、ミウラニシキガイといっしょに逗子の名がついたモクハチミノガイ(Lima zushiensis)が見つかることがあります。現在もこのモクハチミノガイは相模湾に生息しています。なぜミウラニシキガイは絶滅しモクハチミノガイは生きのびることができたのでしょうか。まだまだわからないことばかりで。

 三浦市初声の産地は整備工事によって無くなってしまいました。しかし、地元の方の協力によって博物館にたくさんの資料を残すことができました。もしかしたら将来、この資料によってミウラニシキガイのなぞが解き明かされるかもしれません。そう思うとミウラニシキガイの破片でも貴重に思えてきました。いま博物館の採集箱の中には、たくさんのミウラニシキガイが集められました。つぎはこれを貴重な遺産とすべくきちんと標本資料として残していく作業をしなければなりません。ミウラニシキのなぞを考えながらみなさんと徐々に整理していきたいと思います。

*工事現場での化石採集は必ず工事関係者の許可を得ることは当然のことです。化石採集の意味を理解していただくためにも最小限のマナーを心掛けるようにしたいものです。

[目次に戻る]

ライブラリー通信 オキナエビスの笑顔

土屋定夫(当館司書)

「お雇い外国人」という言葉をご存じの方も多いと思いますが、今回の特別展「日本の魚学・水産学事始め」の主役である、フランツ・M・ヒルゲンドルフもその一人でした。1873年(明治6)にドイツより来日した彼は、東京大学医学部の前身である東京医学校で博物学を受け持ち、東大で博物学を教えた最初の外国人になりました。

 上野益三著『博物学者列伝』(八板書房)によりますと、彼が教えていたのは、博物学だけでなく、幾何学、植物学、鉱物学、歴史学、地理学、ドイツ語の作文までも担当していたそうです。いやはや、お雇い外国人もなかなか大変だったようですね。そんな忙しいヒルゲンドルフですが、毎朝、魚河岸に出かけていました。それは水揚げされたばかりの魚たちを見るためでした。本国に送った標本の中には、その時に入手したものもあったに違いありません。

 ヒルゲンドルフと神奈川のつながりで有名な話があります。ある時、江ノ島に来た彼は、土産物屋の店先で珍しい貝を手に入れました。帰国後これを研究した結果新種として発表したのです。これが相模湾の深海に生息するオキナエビスの最初の発見になりました。今回の特別展では多くの標本を里帰りさせることができましたので、オキナエビスも喜んでいることでしょう。

 また、このような展覧会を通して、日本の近代化に大いなる貢献をした「お雇い外国人」たちに、思いを馳せてみるのも素敵なことではないでしょうか。

[目次に戻る]

資料紹介 動物遺体の収集

大島光春(学芸員)

はじめに

 今回は一般にはあまり知られていない博物館活動を紹介したいと思います。動物遺体の収集です。「博物館といえば展示」と思われがちですが、資料の収集、保管、調査研究も大切な仕事です。

 資料を収集し、きちんと標本として整理し、保管します。保管された標本はそれらの資料そのものが研究されたり、他の標本との比較のために使われます。もちろん他の博物館や大学からも利用されますので、博物館ではその分野の専門の学芸員がいなくても、標本を収集し、整理・保管しています。

動物遺体の収集

 動物遺体の収集にはいくつかのルートがあります。最も多いのは県立自然保護センターから運ばれてくるもの。次に横浜市の野毛山・金沢動物園から献体として提供されるもの。その他、猟友会や一般の方、行政機関から連絡がある場合や他の動物園や水族館から提供されるものなどです。

 自然保護センターからは県内産の野生動物が運ばれてきます。交通事故や栄養失調、病気などで弱った動物が自然保護センターヘ運ばれ、治療を受けますが、その甲斐無く死んでしまうものも多くいます。そうした動物は解剖され、「野生動物の保護に関する情報交換会」に参加している日本獣医畜産大学、日本大学、森林研究所で血液、臓器、筋肉、便などが分析されます。骨は当館へ運ばれ、骨格標本となります。こうして集められたデータはそれぞれの研究機関の成果として発表される一方で、自然保護センターヘ送られ、野生生物保護活動のための基礎データとしてまとめられます。1996年より始まったこのデータの蓄積はシカ・カモシカを中心にすでに50体を越えました。

 野毛山動物園や金沢動物園からは世界中の珍しい動物が献体として提供されます。ワシントン条約の規制の対象になっている動物は博物館といえどもほとんど手に入れることはできません。そこで動物園で飼育されている動物はとても貴重なのです。動物園で大型の動物や珍しい動物が死ぬと、博物館へ連絡が入ります。そして、公用車のライトバンで受け取りに行くか、トラックを借りなければならないかなど判断し、遺体と動物のデータを受け取ります。これまでにオランウータン(写真1)、インドサイ(写真2)、オオアリクイ、ボンゴ、マレーガビアル、ヤマネコ他貴重な献体を提供していただきました。 こうして博物館へ集められた遺体は、すぐに処理する時間もお金もない場合が多いので、一旦マイナス20度の冷凍痺で凍らされます。冷凍庫は四畳半くらいの広さがありますが、油断するとすぐに一杯になってしまいます。

解剖

 オランウータンを例に挙げると、解剖され、骨格と剥製の標本になりました(写真1)。オランウータンを解剖できる機会というのは大変貴重なので、まず大学や博物館の先生方に解剖を行う事を案内しました。この日は東京大学医学部解剖学教室の犬塚先生と東粛芸術大学美術解剖学教室の宮永先生をはじめ、解剖学を学んでいる学生さん達も大勢いらっしゃいました。

 解剖は前日の準備から始まります。まず遺体を冷凍庫から出して、大型標本制作室に運びます。動物園からの献体の場合、病理解剖のために内蔵は取り除かれているので、1日あれば解凍できます。それから解剖刀、メス、ピンセットなどの道具を用意します。

 当日は剥皮から始め、表層の筋から順に確認しながら剥がしていきます。、前肢帯(肩付近)の筋、後肢帯(腰付近)の筋を切断し、脚を見ていくグループや、表情筋や咀嚼筋など頭部を見るグループに分かれて進みました。最後に骨から肉をできるだけ剥がし、骨は骨格標本を作るために水に漬けます。毛皮は剥製にするために塩漬けにし、肉は集めて業者が回収に来るまで冷凍にして作業終了です。ここまで、急いでも丸1日、丁寧にやれば3、4日を要します。

オランウータン(18KB)写真1.野毛山動物園から献体されたオランウータン.先に死んだオス(右)の後を追うようにメス(左)も死んでしまいました.今年2月に生命展示室で夫婦が再会しました.

なぜ解剖するのか

 古生物を専門にする私が、なぜ現生動物の解剖をするのか?とよく聞かれます。

 哺乳類の化石はふつう、歯か骨しかありません。しかもほとんどは破片など断片的なもので、1頭丸ごと産出するようなことは極めて稀です。そこで化石となった動物の種類や大きさを知るためには、骨や歯の特徴を細かく知っていなければなりませんし、比較するための標本も重要なのです。また、化石の骨についた筋肉の痕から筋肉を復元し、その動物が生きていたときの姿や生活の仕方を堆定することがあります。このような方法は絶滅した動物の場合特に重要なのです。したがって、古脊椎動物の研究をしようとすると、現生動物の解剖学の知識と骨格標本が必要なのです。

おわりに

 動物の遺体は山では風化してしまいますし、動物園では焼却されてしまいます。博物館では失われた命に、もう一度、そして末永く活きてもらうために、標本化をおこなっています。少人数で少ない予算の中での活動なので、標本にできる動物の種類も数も限られてしまいますが、続けることで蓄積されると信じています。

 最後になりましたがこの場を借りて日頃から博物館の資料収集にご協力項いている諸機関や皆様に厚くお礼申し上げます。

インドサイ(16KB)写真2.金沢動物園から献体されたインドサイ.1995年(開館の年)の仕事始めはこのサイの遺体収集でした.今年2月より生命展示室に登場しました.

[目次に戻る]
[TopPageへ]