神奈川県立生命の星・地球博物館

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1998年12月15日発行 年4回発行 第4巻 第4号 通巻15号 ISSN 1341-545X


自然科学のとびら


Vol.4, No.4  神奈川県立生命の星・地球博物館  Dec.,1998


今号の目次


火山豆石

―幻の湘南火山帯のゆくえ―

平田大二(学芸員)

地層(33KB)

横須賀市長井町松ヶ崎

 松ヶ崎の海食台には、三崎層とよばれる約600万年前の海底に堆積した地層がみられます。粒の大きさは違いますが、ほとんど火山の噴出物からできている地層です。その中に、火山豆石と呼ばれる直径1cmほどの球状のものを大量に含む層があります。火山豆石とは、火山灰でできた変り玉のようなものです。中心部はやや粗い火山灰や小さい礫でできていて、そのまわりを幾重にも細かな火山灰の膜がつつむ同心状の構造をしています。三崎層の火山豆石は、海底火山の爆発的な噴火によって海面上に舞い上がった火山灰が、噴煙柱の中で集まり固まってできたもので、噴火口から半径20km以内に堆積したものと考えられています。しかし、今は近くに火山はありませんし、その面影もありません。では、火山豆石をはじめ大量の噴出物を出した火山はどこへいってしまったのでしょう。

 幻の湘南火山帯、それは実在したのでしょうか?

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研究ノート 空飛ぶ動物のつばさ

大島光春(学芸員)

空へのあこがれ

 人は、多かれ少なかれ、空へあこがれるのではないでしょうか?私は小学生の頃、時々羽田空港まで自転車で出かけて行き、何時間も離着陸の様子を眺めていました。初めて飛行機に乗ったのは小学校6年生の時でしたが、翼がかなりしなることとフラップの動きに感動したのを覚えています。

 十数年後、博物館に就職してエントランスホールに翼竜を吊すことになり、その組立のため、飛行動物について勉強をしました。

翼をつくる骨

 私たちにもっとも身近な飛行動物はハトやスズメをはじめとする鳥類だと思います(カやハエという人もいるでしょうが、背骨がないものはここでは触れません)。ムササビ、トビトカゲ、トビウオなども考えられますが、ここでは鳥、コウモリ、翼竜に限って見ていきましょう。

右翼の骨格の比較(29KB)
図1.右翼の骨格の比較.a:鳥.b:翼竜.c:コウモリ.Hildebrand (1995) を改変.

 翼を支えている骨は鳥、コウモリ、翼竜では共通していて、指骨(指の骨)、中手骨(手の甲の骨)、手根骨(手首の骨)、橈骨・尺骨(下腕の骨)、上腕骨(上腕の骨)の6種類です(図1)。しかし、それぞれの骨の長さの比や数は異なっています。 まず鳥の翼ではかなりの部分を上腕骨と橈骨・尺骨が支えています(図1a)。つまり腕の骨が翼をつくっています。さらに中手骨〜指骨にかけては第三指が主で第四指が少しある(種類によっては第二指と第三指)という程度です。

 翼竜では翼の長さの半分以上を指の骨が占めています(図1b)。第一〜三指にはかぎ爪があり、翼は第四指が支えています。つまり翼を支えているのは薬指の骨なのです。

 コウモリの翼では指の骨と腕の骨がほぼ同じくらいの割合を支えています(図1c)。指には第一指と第二指にかぎ爪があり、第三〜五指が翼を支えています。鳥と翼竜とコウモリのうち、翼の前端だけではなく、中にも骨が入っているのはコウモリだけです。さらにコウモリでは尺骨より橈骨の方が太いという特徴もあります。

 指に着目すると、鳥は中指で、翼竜は薬指で、コウモリは中指から小指で翼を支えているのです。

飛び方と翼の形

 コウモリは翼を羽ばたかせて飛びます。翼竜は翼を広げたままソアリング(滑翔)したと考えられています。鳥は非常に多様な飛び方をするのでどちらの飛び方をするものもいます。ここでは鳥の中から対照的な飛び方をするハトとアホウドリを例にしましょう。

翼形の比較(11KB)
図2.翼形の比較.a:ハト.b:アホウドリ.

 まず飛び方を思い出してください。ハトは非常に速く翼を動かしますが、アホウドリは翼をまっすぐにのばしたままほとんど羽ばたきません。次に翼の形を見るとハトの翼は幅が狭く、前後に長いのに対して、アホウドリの翼は細長くのびています(図2)。では飛び方と翼の形との関係を見ていきましょう。

翼の断面図(11KB)
図3.翼の断面図.重力,揚力,抗力の作用を示す.

 翼が空気を押し下げることによって、鳥は空に浮く力(以下、揚力といいます)を得ています(図3)。揚力が同じ(つまり体重が同じ)とき、ゆっくりと大量の空気を押し下げるのと、速く少量の空気を押し下げるのとを比較すると、前者の方がエネルギーが少なくてすみます。必要なエネルギーに注目すると、エネルギーの増加は、空気の量の増加の1乗に比例し、空気を押し下げる速度の増加の2乗に比例するからです。

 翼面積が同じ場合、幅が広く前後に短い翼の方が、幅が狭く前後に長い翼よりもゆっくりと多量の空気を押し下げることになります。つまり経済的に飛ぶためには細長いアホウドリの翼の方が適しているのです。

 しかし、細長い翼は羽ばたきには不向きです。ハトは短い翼を強力な胸の筋肉で羽ばたかせ簡単に飛び立てます。速く少量の空気を押し下げる翼を羽ばたかせることで短時間に大きな揚力を得ることができるわけです。このような飛び方はアホウドリにはできません。

 翼竜は翼の形から、アホウドリのような飛び方をしたのではないかと推定できます。しかし、絶滅してしまった翼竜がどのような内臓を持ち、どのような筋肉、血管、脳を持っていたのか、恒温動物だったのかなどを直接に調べることはできません。翼竜の生きていた姿を復元するには、この鳥やコウモリなど、今生きている優れた飛行動物を参考にしなければなりません。

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南アフリカのダイヤモンド鉱山巡り

山下浩之(学芸員)

はじめに

 4月のはじめに、南アフリカ共和国ケープタウンで第7回国際キンバーライト会議 (7th International Kimberlite Conference) が開催されました。この会議に先立ち、「婚約指輪は給料の3ヶ月分」のキャッチコピーで有名なダイヤモンド会社のデ・ビアス社 (De Beers) の案内でダイヤモンド鉱山を見学することができました。今回は、このダイヤモンド鉱山巡りの報告をします。

キンバーライトとは

 ダイヤモンド鉱山巡りの前に、キンバーライトという言葉はあまりなじみがないと思うので、簡単に説明しておきます。キンバーライトは、地球上に存在する火山岩の中で、もっとも地下深くからやってきたと考えられている岩石です。ダイヤモンドを産出することで知られており、学術的・経済的に重要な岩石です。ダイヤモンド鉱山を見学するということは、キンバーライトを見学すると言っても良いでしょう。分布はアフリカ、ロシア、オーストラリア、北米などの安定大陸と呼ばれる古い大陸で、日本には存在しません。

 私は以前から、高温高圧発生装置を使って、キンバーライトをマントル内部の条件にもどして、キンバーライトマグマがどのようにできたかを研究しております。私は数年間キンバーライトの研究を行っているのですが、実際に野外でキンバーライトを観察したことがありません。

ダイヤモンド鉱山巡り

 今回私は、鉱山巡検 (Large Mine Field Trip) に参加しました。この巡検に参加した目的は、肉眼でキンバーライトを観察することと、大量のキンバーライトを採集してくることです。

鉱山巡検(12KB)
図1. ヘルメット,ヘッドライトを装備し,地下720mの坑道を巡検する.プレミア鉱山 (Premier Mine, South Africa) にて.
ヴェネチア鉱山の露天掘り(18KB)
図2.ヴェネチア鉱山 (Venetia Mine, South Africa) の大規模な露天掘り.

 見学した鉱山は、南アフリカの首都、プレトリアの近くのプレミア鉱山、南アフリカ北部のヴェネチア鉱山、ジンバブエ南部のリンポポ川沿いのリバーランチ鉱山、そしてボツワナ中央部のオラパ鉱山です。すべての鉱山でダイヤモンドを採掘しています。このうち、オラパ鉱山は、巨大な鉱山の町を形成しており、地図にも載っていますが、それ以外の鉱山は通常の地図には載っていません。各々の鉱山は、1,000km以上離れているものもあり、その間のバス移動はたいへん苦痛でした。すべての鉱山に共通で、巡検グループが到着すると、鉱山の地質学者が鉱山の地質について説明します。

 4つの鉱山のうち、プレミア鉱山は、深い竪穴と坑道の発達した鉱山です。巡検参加者は、鉱山が用意した白衣と懐中電灯付きヘルメット、安全靴を着用させられ、地下720mの坑道でキンバーライトの産状を見学しました(図1)。風化していないキンバーライトを観察できたため、有意義ではあったのですが、蒸し暑さでたいへんでした。プレミア鉱山以外は、大規模な露天掘りの鉱山です。特に、ヴェネチア鉱山は最大直径が800mを越える巨大な露天掘りの鉱山です(図2)。露天掘りの鉱山では、らせん状に道が造られており、タイヤの直径が大人の背丈より大きな、巨大なダンプが採掘したキンバーライトを運んでいました。いずれの鉱山でも、採掘したキンバーライトは、砕いてからダイヤモンドを取り除く作業を数回繰り返され、ダイヤモンドが入ってないことが確認された後で捨てられます。捨てられたキンバーライトは、いわゆる「ぼた山」になり、大きなものでは100m近い高さになります。南アフリカの平坦な草原を車で走っていると、この「ぼた山」が目に付くことで、ダイヤモンド鉱山がどこにあるかわかります。プレミア鉱山では、ぼた山での岩石・鉱物採集が許され、ペリドタイトやエクロジャイトなどのマントルを構成する岩石や、数センチメートルのイルメナイトや透輝石などの鉱物を採集することができました。

 岩石の採集に関して、私は日本から重たい岩石ハンマーを持参したのですが、ハンマーを使って鉱山内の岩石を採集できたのはジンバブエのリバーランチ鉱山だけでした。他の鉱山では、露天掘りの中を見学した後で、鉱山の施設の外に用意された、ダイヤモンドが入ってないことが確認されているキンバーライトの採集を許可されました。それでも、露天掘りの中で見ることができたほとんどの種類のキンバーライトを採集することができ、結局32kgのキンバーライトを採集することができました。ちなみに、鉱山内での岩石採集が許されない鉱山では、鉱山を見学の後、手荷物検査をされることがあります。もっとも厳しいところでは、手荷物すべてにX線検査をし、さらにボディーチェックまでされました。


おわりに

 1週間の短い期間ではありましたが、たいへん勉強になる巡検でした。キンバーライトを初めて見た感想は、正直言って、「見た目は丹沢を構成する凝灰岩とあまりかわらない」といったところです。もっとも、岩石を構成している鉱物は丹沢のものとはまったく違いますが…。

 採集してきたキンバーライトは、近いうちに博物館の情報コーナーで公開したいと思います。

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牛糞由来の帰化植物

勝山輝男(学芸員)

 もう1年以上も前になりますが、NHKの「クローズアップ現代」で、栃木県那須地方の飼料畑で外来雑草が異常に繁殖し、大きな被害が出ていることを報じていました。その畑は牛糞を肥料として撒いた飼料用のトウモロコシ畑で、一面にイチビが生えてトウモロコシがほとんど収穫できなかったといいます。この地方には畜産農家が多く、牛糞を飼料畑に肥料として撒いていたそうです。

 畜産農家では海外から牧草を乾草として輸入し、それを牛に与えています。牧草といっしょに、さまざまな雑草の種子が持ち込まれます。まだ、博物館を横浜で営業していた頃、牧草の輸入業者や横浜税関の職員から、輸入牧草中に混入している雑草の名前を調べることを頼まれたことがあります。カモガヤ、オオアワガエリ、コヌカグサ、ナガハグサ、ネズミムギ、オニウシノケグサ、ギョウギシバ、エンバクなどのイネ科の牧草で、オーストラリアから輸入されたものでしたが、ナガバギシギシ(タデ科)、ウロコナズナ(アブラナ科)、シラゲガヤ(イネ科)、コスズメノチャヒキ(イネ科)、シバムギ(イネ科)、タチオランダゲンゲ(マメ科)、Emex australis Steinh. (タデ科)などの植物体や果実が混入していたのが確認できました。

 輸入牧草に混入していた雑草種子が、食べこぼされたり、牛に食べられて糞といっしょに排泄されたりして、牛糞といっしょに畑に撒かれ、中には発芽して肥料のきいた畑地で旺盛な生育をするものもあります。

イチビ(11KB)
写真1.イチビ(伊勢原市)

 イチビはアオイ科の一年草で、アジアからヨーロッパにかけての温帯から熱帯に広く分布し、アメリカやオーストラリアに帰化しています。日本には古くに繊維作物として中国から渡来したもので、その後栽培されなくなりましたが、各地の荒地に稀に野生化したものが見られました。「クローズアップ現代」で放映された、トウモロコシ畑に大繁殖したイチビは、中国から導入され細々と野生化していたものの子孫ではなく、輸入牧草に混入して、おそらくアメリカあたりから入ってきたものと推定されます。神奈川県でも牛の肥育を行っている畜産農家は多く、以前に伊勢原市でトウモロコシ畑をたたんだ後に、イチビがたくさん生えているのに出会ったことがあります。たまたまそのときに撮影したイチビが写真1のものです。

 当館では神奈川県植物誌調査会と協力して、「神奈川県植物誌2001」を作るための調査を行っています。毎月第2水曜日には情報交換を兼ねて、採集した標本の同定会を行っています。大和市在住のMさんは、これまでにあまり記録されていない珍しい帰化植物を毎月のようにたくさん持って来られます。Mさんによると相模原市、大和市、座間市、綾瀬市、海老名市などには牛の肥育を行っている畜産農家が多く、そこでは海外から輸入した牧草を牛に与え、その牛糞を畑や休耕地に撒いているといいます(写真2)。

畑に撒かれた牛糞(21KB)
写真2.トウモロコシ畑をたたんだ後に牛糞が撒かれたところ(海老名市).

 牛糞が撒かれた畑や休耕地には、イチビ、アメリカキンゴジカ(アオイ科)、マメアサガオ(ヒルガオ科)、ホシアサガオ(ヒルガオ科)、アメリカツノクサネム(マメ科)、オキナアサガオ(ヒルガオ科)、オオホナガアオゲイトウ(ヒユ科)、イガホビユ(ヒユ科)、センナリホオズキ(ナス科)、ナガエノセンナリホオズキ(ナス科)、ミナトアカザ(アカザ科)など、アメリカが原産と思われる帰化植物がよく見つかるそうです。たんねんに調査して回ると、見たことのない植物を採集することもできるそうです。

 Mさんが採集された植物のなかにはPetunia parviflora Juss. ヒメツクバネアサガオ(ナス科;写真3)やLysimachia ciliata L.アメリカクサレダマ(サクラソウ科;写真4)のように日本新産の帰化植物となったものもあります。神奈川県新産と思われる帰化植物にはオオツメクサ(ナデシコ科)、アメリカゴウカン(マメ科)、ショウジョウソウモドキ(トウダイグサ科)、キクノハアオイ(アオイ科)、アカバナルリハコベ(サクラソウ科)、トマトダマシ(ナス科)、メリケンムグラ(アカネ科)があります。神奈川県新産ではないが、神奈川県ではこれまでに他に1ヶ所で記録されたにすぎないものでは、アメリカノキビ(イネ科)、アメリカサナエタデ(タデ科)、ホザキニワヤナギ(タデ科)、ヌカイトナデシコ(ナデシコ科)、アコウグンバイ(アブラナ科)モンツキヒナゲシ(ケシ科)、エノキアオイ(アオイ科)、オオセンナリ(ナス科)、ラシャナス(ナス科)、トゲオナモミ(キク科)をあげることができます。

ヒメツクバネアサガオ(19KB)
写真3.ヒメツクバネアサガオ(KPM-NA0106052).
アメリカクサレダマ(20KB)
写真4.アメリカクサレダマ(KPM-NA0106053).

 神奈川県には横浜という日本有数の貿易港があり、海外からさまざまな物資が荷揚げされてきました。それらの物資に付着して種子が運ばれ、港の周辺で発芽し、定着を果たす雑草はたくさんありました。そのために日本では神奈川県ではじめて記録された帰化植物の数はたくさんあります。最近でも「神奈川県植物誌1988」は日本新産の帰化植物を33種あげています。そのうち5種については、すでに記録があることが判明しましたが、それでも28種に上る新産帰化植物が記録されたことになります。

 「神奈川県植物誌1988」の調査を行っていた頃には、山下埠頭、新港埠頭、出田町埠頭、大黒埠頭といったところが、帰化植物の採集地でした。外国からの物資に付着、または混入して侵入した雑草の種子が定着するためには、周辺に土があるオープンな環境が必要です。当時の埠頭には引き込み線や舗装されていない資材置き場、埋め立て中の場所などがありました。今では、埋立地は整備が終わり、埠頭内の引き込み線は廃止され、資材置き場なども舗装されてしまいました。そのために、最近ではこれらの埠頭が帰化植物の定着センターとしての役目を果たすことはあまりありません。

 高度経済成長期からバブル時代にかけて、神奈川県の内陸部は大規模な宅地開発が行われ、丘陵を削り谷戸は埋め立てられていきました。削った斜面や盛り土をした所には、緑化のために牧草の種子が吹き付けられます。牧草の種子の中には原産国の雑草の種子が混ざっています。以前、市販されているシロツメクサの種子(アメリカから輸入されたもの)を調べてみましたが、マンテマ属、ヒユ属、アカザ属、イネ科、カヤツリグサ属、トウダイグサ属、ウマゴヤシ属など、シロツメクサとだいたい同じくらいの大きさの雑草の種子が多数見つかりました。1990年から1993年頃には、家が建つ前の宅地造成地で多くの帰化植物が見つかり、埠頭に替わって神奈川県内の帰化植物侵入の重要な経路になっていました。

 神奈川県植物誌調査会の会報「Flora Kanagawa 34号(1992)」に、『帰化植物がゾロゾロ』と題して、ヒメヤエムグラ(アカネ科)とアメリカミコシガヤ(カヤツリグサ科)の2種の日本新産帰化植物、ワタゲハナグルマ(キク科)、キレハウマゴヤシ(マメ科)、セイヨウヤブジラミ(セリ科)、ホザキマンテマ(ナデシコ科)、エゾスズシロ(アブラナ科)、ビロードアカツメクサ(マメ科)、ダンゴツメクサ(マメ科)、ジモグリツメクサ(マメ科)、セイヨウヒキヨモギ(ゴマノハグサ科)、ホソセイヨウヌカボ(イネ科)といった神奈川県新産の帰化植物について報告しましたが、この大部分が宅地造成地や再開発地で採集されたものでした。

イガホビユ(14KB)
写真5.イガホビユ(綾瀬市).
ミナトアカザ(15KB)
写真6.ミナトアカザ(大和市).

 最近では前述したように、牛糞を撒かれた畑や休耕地が帰化植物の侵入地としてクローズアップされています。畜産農家の内部で輸入牧草からこぼれ落ちた雑草の種子が発芽して定着するのでは限りがありますが、牛糞を畑や休耕地に肥料として撒くとなると、あちこちで帰化植物が発芽定着することになります。イチビのように、かつては問題があまりなかった種類が強害草になることもあります。イガホビユ(写真5)やミナトアカザ(写真6)はこれまで限られた所でしか採集されていませんでしたが、あちこちで記録されつつあります。

 イガホビユ Amaranthus powellii S.Watsonは「神奈川県植物誌1988」の調査ではホソアオゲイトウやアオゲイトウと混同されていましたが、横浜市中区山下埠頭で採集されただけでした。最近では、横浜市瀬谷区、泉区、相模原市、大和市、座間市、綾瀬市、秦野市で採集されています。いずれも、牛糞が撒かれた畑やその周辺で採集されています。アメリカではホソアオゲイトウ、アオゲイトウとともにイガホビユがヒユ属の雑草としては被害が多いといいます。今後の動向が気になる帰化植物です。

 埠頭に侵入した帰化植物や、法面の緑化種子に混入して定着した帰化植物は、その場では路傍雑草にすぎず、特に大きな被害を出すことはありません。しかし、畑地に直接侵入する、牛糞由来の帰化植物は畑地内に耕地雑草として定着することになり、ときには作物に大きな被害を出す可能性があります。

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神奈川の自然シリーズ 10 小さなモグラ・ヒメヒミズは何処へ

山口佳秀(学芸員)

 秋から冬にかけて、公園などの枯れた芝生には盛り上がった新しい土山が点々と広がっているのを見かけます。これはモグラ塚といって地下生活をしているモグラがトンネル工事によって掘り出した土を地上まで押し上げたものです。神奈川県内の平地で普通に見られるモグラ塚は、アズマモグラという体長15cmほどのモグラがせっせと働き、造りだしたものです。アズマモグラの寸胴型で短い尾、シャベル状の外に向いた巨大な前肢はまさにトンネルを掘るのに適した体型です。地下生活をしているために、直接モグラを観察することはできませんが、私達と最も身近に生息している哺乳類と言えるでしょう。

 県内には、この身近なアズマモグラの他に、ヒメヒミズとヒミズと言う小形で原始的なモグラが生息しています。ここでは丹沢山塊を中心に、私達と最も離れた環境で、細々と生息するヒメヒミズとヒミズの関係について紹介します。

小さなモグラ ヒメヒミズとヒミズ

 ヒメヒミズとヒミズは大変よく似ています。どちらも小形で全身黒色のビロード状の体毛には金属的な光沢が見られます。また、土を掘る手のひらの面積は体に比べ小さく、反対に尾は長く、中央部が太いバット状をしています。しかし、ヒメヒミズは、その名前が示すとおりヒミズより体が細く、小さいことが特徴です。また、頭骨を比較すると、ヒメヒミズでは上顎犬歯の先端が幅広くなっていること、下顎前臼歯が1対多い特徴で区別することができます。

ヒミズ(22KB)
ヒミズ.

 ヒミズは本州、四国、九州に分布する他、五島列島、対馬、隠岐諸島、山口県見島、淡路島、小豆島などの島々まで広く分布し、山地では極めて普通に生息しています。県内では丹沢山塊をはじめ大磯丘陵、多摩丘陵そして三浦半島にいたる平野部の僅かに残る自然林でも生息が確認されています。

 一方、ヒメヒミズは、本州では北アルプス、木曽御嶽山、中央アルプス、八ヶ岳、尾瀬沼、塩原、蔵王、十和田湖、早池峰山など、四国では剣山、九州では祖母山、九重山系などで生息が報告されています。県内では丹沢山塊の主峰蛭ヶ岳、檜洞丸、犬越路の三箇所で採集されています。

 一般的には、本州中部地方の1500m以上の高標高地にはヒメヒミズが生息し、それ以下にヒミズが生息するという傾向が見られます。しかし、日本で唯一、富士山山麓の青木ヶ原付近の熔岩地帯では 800m程度の低い所にもヒメヒミズが住んでいます。

 日本固有属固有種とされるヒミズとヒメヒミズは系統的にも近縁で、体の大きさも余り差がありません。そのため両種間では高標高地、低地と地理的にすみ場所を違えるなど棲み分けているように見えますが、実は地域によっては激しい競合が見られるのです。

丹沢山塊のヒメヒミズは何処へ

ヒメヒミズの分布図(16KB)
ヒメヒミズの分布.

 モグラ類のなかで、体の特徴が最も原始的なヒメヒミズは、その昔、低地から山地まで広く分布していたと思われます。後に日本へ進入してきたヒミズなどモグラ類によって駆逐、圧迫され、次第に高標高地に追い詰められ、遺存的な分布をしているのでしょう。

 今では亜高山から高山帯の動物と言われていますが、実はヒミズが進入しにくい岩礫地など限定された悪条件の地にやむなく生息しているのです。

 丹沢山塊でヒメヒミズの生息が確認された地域はいずれも山頂です。これ以上標高の高い場所はなく、勢力の強いヒミズとの威力競合によって移動したくても、ヒメヒミズには移動する場所がありません。もし、丹沢山塊に熔岩あるいは高山帯に見られる岩礫地のような環境が存在するならば、丹沢山塊のヒメヒミズ個体群は残存することができるでしょうが、それも不可能です。丹沢山塊からヒメヒミズが絶滅することは確かです。いや、すでに絶滅しているかもしれません。

 今から20年ほど前に丹沢山塊を中心にヒメヒミズの分布調査を実施しました。ヒミズやヒメヒミズは大麦やピーナツバターを餌にしたネズミ捕り用ワナで容易に採集ができます。丹沢山塊でヒメヒミズが生息していると思われる16箇所を選び、ワナを用いた、積極的に生息を確認するための調査でした。その結果、蛭ヶ岳山頂付近でヒメヒミズは雌2個体、ヒミズは雄5個体と雌1個体の計6個体を採集しました。また、檜洞丸山頂付近ではヒメヒミズは雄2個体と雌1個体の計3個体、ヒミズは雄6個体と雌10個体の計16個体を採集しました。両地域ともヒミズとヒメヒミズの捕獲率から推定できるように蛭ヶ岳山頂付近も檜洞丸山頂付近も、すでにヒミズの勢力下になっており、その中で細々とヒメヒミズが混在している状況だったからです。

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ライブラリー通信 注目される企業博物館

内田 潔(当館司書)

 先日、横浜市鶴見区に東京ガスの企業博物館「環境エネルギー館」がオープンしました。また、97年秋には大阪市で関西の企業博物館を中心にして「関西ミュージアム・メッセ'97」が開催されるなど、最近企業博物館が注目を集めています。

 博物館というと、当館のように自治体が設置している公立博物館をまず連想しがちですが、法人等が運営する私立博物館も全国に多数設置されています。私立博物館の中でも企業が自社に関連した資料を保存・展示する目的で設置している施設が一般に企業博物館とよばれています。企業博物館の中には歴史の古いものもありますが、大半はここ20〜30年の間に設立されたものが多いようです。現在、全国で330館ほどの企業博物館があるといわれています。

 企業による博物館設立の動機には当然、自社の広報戦略等がありますが、近年の傾向としてはフィランソロピー(企業の社会的貢献活動)や、メセナ(文化擁護)の潮流が背景としてあるようです。神奈川県では企業博物館が集まって神奈川県企業博物館連絡会を結成して活動しています。

 企業博物館は意外と身近な所にあったりします。また、無料の施設も結構多いですので一度出かけてみたらどうでしょうか。面白い発見があるかもしれません。

<参考文献> 当館ミュージアムライブラリーで閲覧できるものとして、『企業博物館事典』(日外アソシエーツ)、『企業博物館』(東京堂出版)、『企業ミュージアム』(ピーエーエヌ)、『日本の企業博物館』(電通)、『神奈川県企業博物館連絡会のあゆみ』などがあります。

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資料紹介 小田原コレクション ―小田原利光博士収集のカニ類標本―

村岡健作(学芸員)

 当館の収蔵標本のなかで、今回は東京都港区麻布十番にお住まいの小田原利光先生からご寄贈いただいたカニ類のコレクションについて紹介します。

小田原利光先生(49KB)
小田原利光先生.1998年3月先生宅にて.

 小田原先生はカニやエビなどの研究者として国内はもとより外国でもよく知られていますが、本職は医師。大正8年生まれで、今も現役で居住地の麻布十番で診療に従事されています。先生は東京慈恵会医科大学在学中に甲殻類の研究で著名な中澤毅一先生のご講義も受講され、カニ類への興味をより一層かき立てられたとのことです。昭和18年に医大を卒業されてからもこの興味は尽きることなく、当時の甲殻類研究者とも交流を深めながら調査研究を続けられ、採集にも度々出かけられていました。

 先生は私財をなげうって昭和36年2月に「私立小田原甲殻類博物館」を病院の一角に設置されました。ここに昭和12年以来収集された膨大な標本を先生ご自身で整理保管し展示をされていました。今は亡き学界の著名学者であった岡田要、久保伊津男、酒井恒、三宅貞祥諸先生をはじめとして多くの先生方もここを訪れていますし、外国の甲殻類学者にもよく知られ、来日すると必ずと言っていいほど訪問されています。

 これらの標本は長年にわたって甲殻類博物館に展示、保管され研究者をはじめとして多くの人に利用されてきました。しかし、標本は既に先生ご自身が保存管理できる点数を大きく上回るほどになってしまい、このままではいろいろと支障をきたすことが予想され、先生はどこかの博物館にコレクションとして永く保存し、研究や展示に役立てて欲しいと考えられていました。そこで白羽の矢がたったのが当館の前身である神奈川県立博物館でした。館では早速ご寄贈をお願いし、平成6年3月に「小田原コレクション」として受け入れを完了しました。

オダワラフサイバラガニ(15KB)
先生の還暦を祝して献名されたオダワラフサイバラガニ(タイプ標本).

 寄贈されたカニ類標本は先生ご自身が国内各地に赴いて採集されたものも多く、度々出かけられた場所は、東京に近い神奈川県や千葉県などのほか、遠くは福井県越前町、愛知県一色町、三重県の志摩町和具、紀伊長島町、和歌山県南部町、鹿児島県の鹿児島市周辺や与論島、沖縄県の本島や先島諸島などです。そのほか全国各地の研究者やアマチュアなどから、さらには外国の学者からの寄贈や交換などにより国内ばかりでなく外国から入手されたものも数多くあります。その標本点数は約15,500点で、その内訳は液浸標本が約8,500点(他に未整理標本が約1,000点)、乾燥及び剥製標本が約6,000点です。これらのなかにはタイプ標本(Allotype)で先生の還暦を祝して献名された異尾類(ヤドカリ類)のオダワラフサイバラガニ (Lopholithodes odawarai Sakai) も含まれています。館にはこれ以前にも先生よりタカアシガニの剥製標本2点をご寄贈いただき、このうちの1点は県立博物館が休館する平成5年まで展示していました。

 このコレクションと既に当館に所蔵している酒井コレクションとを合わせると、質、量ともにより充実し、これだけの内容を誇れる館は国内では見あたらないと言っても過言ではありません。貴重な標本をご寄贈いただいた先生に感謝するとともに、今後、館の活動のなかでいろいろと活用してゆきたいと考えています。なお、先生は昭和62年には神奈川県立博物館長、平成6年には神奈川県知事より表彰されています。さらに平成6年11月には内閣総理大臣より紺綬褒章を受章されています。

乾燥標本(28KB)
小田原コレクションの一部.乾燥標本の収納の様子.

 現在当館では、このコレクションの標本目録をなるべく早い時期に刊行できるよう準備を進めていますが、平成11年1月に酒井コレクションを用いてのカニの展覧会を開催しますので、このなかで、小田原コレクションも展示に活用したいと考えています。


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