神奈川県立生命の星・地球博物館

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1999年3月30日発行 年4回発行 第5巻 第1号 通巻16号 ISSN 1341-545X


自然科学のとびら


Vol.5, No.1  神奈川県立生命の星・地球博物館  Mar.,1999


研究ノート ツメタガイの殻とらせん

佐藤武宏(学芸員)

波打ち際の貝

美しい自然が手付かずのままに残されていた時代に比べると、今ではだいぶ数が減ってしまったようですが、それでも湘南の砂浜にはたくさんの貝が生息しています。潮風に吹かれながら波打ち際を歩くだけで、たくさんの色とりどりの貝殻を目にすることができます。普段はあまり見られない、海底に生息する貝も、嵐や台風が通り過ぎた翌朝には、強い水の流れや波によって舞い上げられ、波打ち際に取り残されています。地引き網に参加する機会があれば、様々な魚にまじって、砂浜に生息する貝がたくさん網に入ってくるのを見ることができます。

ダイベイキサゴ
図1. ダンベイキサゴ
Umborium(Schium) giganteum.
殻幅31.3mm.
藤沢市鵠沼海岸.
KPM-NG0020048
ツメタガイ
図2. ツメタガイ Glossaulax didyma.
左:殻口側から見たところ,殻高51.7mm.
右:殻頂側から見たところ,殻高53.8mm.
藤沢市鵠沼海岸.
KPM-NG0020035

ダンペイキサゴ(図1)はキサゴのなかまでは最も大きな種類で、まだ湘南の海では普通に見ることができます。水深約30メートルよりも浅い砂地の海にすみ、海底の有機物を食べています。ツメタガイ(図2)は北海道以南の日本沿岸、韓国や中国、東南アジアの沿岸に広く分布する種類で、タマガイ科に分類されます。タマガイ科の貝は砂にもぐって移動し、他の貝をみつけると、殻に特徴的な円柱台形の穴を開けて軟体部を食べてしまう肉食の貝です。写真のヒナガイ(図3)もタマガイ科の貝に襲われたのが致命傷になったのでしょう。ツメタガイは東京湾や相模湾でも時折大発生して、アサリやハマグリといった貝を食べあらすので、漁師さん泣かせの嫌われものです。

ヒナガイ
図3. ヒナガイ Dosinorbis bilunulatus.
殻高41.8mm.
藤沢市鵠沼海岸.
KPM-NG0020069

タマガイ科の貝は、その名のとおり多くの種が、球状、擬宝珠(ぎぼし)状、しずく状の殻を持っています。タマガイ科の中でも、とりわけツメタガイは、殻の縦横高さがほとんど同じサイズをしていて、特に球に近いかたちをしています。そのせいかどうか、英語では、ムーン・スネイル(お月さん巻貝)とよばれています。

美しい巻貝というと、オキナエビスやタカラガイ、ホネガイやカセンガイといった、色彩やとげや装飾の美しい種が真っ先に挙げられます。その意味ではツメタガイは平凡な貝かもしれません。しかし、ある違った見方をすると、ツメタガイこそ最も美しい巻貝の一つである、とも思えてくるのです。

巻貝が先からせんが先か

現在、私たちが「貝」とよんでいる生きものは、軟体動物という大きなグループに属している生きもののうち、イカやタコとウミウシを除いた生きものをさすことが多いようです。つまり、「貝」とは殻を持つ軟体動物の総称であるといってもいいでしょう。そのうち特に、アサリやハマグリ、ホタテガイといった二枚の殻を持つ貝を「二枚貝」とよび、サザエやホラガイといったらせん状の殻を持つ貝を「巻貝」とよんでいます。ところが、本草学の書物を調べると、江戸時代には「貝」はタカラガイを意味し、一般的なかたちの巻貝は「螺」と表記されていたようです。

巻貝はなぜらせん形をしているのでしょうか。らせんは漢字で「螺旋」と書き表されます。「螺」は巻貝、「旋」はぐるぐる回る、という意味ですから、らせんとは、巻貝のようにぐるぐる回っているかたち、ということができます。こうなると『ニワトリと卵』のように、巻貝が先か、らせんが先か、じっと見つめて考えれば考えるほど、目も頭もぐるぐる回ってきそうです。実は巻貝の成長の仕方に、巻貝がらせん形をしている謎を解く秘密があるのです。

二つのらせん

らせん形をしているもので、私たち の生活にとって最も身近なものの一つに、蚊取線香やなると巻きがあげられます。このらせんの特徴は、幅が最初から最後まで一定であることです。このらせんはあまりにも私たちにとってあたりまえのかたちをしているため、何となく巻貝もこのようなかたちをしていると思いがちです。ところが、ダンベイキサゴやツメタガイをよく見ると、実はそうではないことがわかります。巻き始めである中心部分では、らせんの幅はせまく、きつく巻いている印象を受けますが、巻きが進むにつれ、どんどんと幅が増し、らせんが急速に大きくなっていく様子が観察されます(図1,2)。

幾何学の世界では、蚊取線香にみられるようならせん(図4a)を一様らせんとよび、巻貝の殻にみられるようならせん(図4b)を対数らせん、あるいは対角らせんとよんでいます。それぞれのらせんを研究した人の名前にちなんで、一様らせんをアルキメデスらせん、対数らせんをベルヌーイらせんとよぶこともあります。

らせん模式図
図4. らせんの模式図。
a:一様らせん b;対数らせん.
らせん模式図
図5. らせんを展開した模式図.
a:一様らせんの場合 b;対数らせんの場合

この二種類のらせんをほどいて、 まっすぐに伸ばすと、それぞれゴムホースのようなかたち(図5a)とラッパのようなかたち(図5b)になります。人間が機械や道具を使ってらせんを造ることを考えると、幅が刻々と大きくなっていくらせんよりは、幅が一定のらせんの方がつくりやすいでしょうから、身の回りの製品には一様らせん形のものが多いのかもしれません。

かたちが変わらない成長

貝の成長を考えてみましょう。貝のからだは、固い殻の部分と、軟体部とよばれる軟らかい身の部分からなっています。固い殻は、外敵から身を守ったり、自分のからだを支える役目を持っています。一方、餌を摂ったり、動きまわったり、子孫を残したりといった生物体としての活動は、軟体部によっておこなわれます。殻をつくるのも軟体部の働きによるものです。軟体部は、それ自身が成長すると同時に、殻の材料となるたんばく質や炭酸カルシウムを分泌し、殻の縁に新しい殻を付け足していきます。今まであった殻を大きくするのではなく、今まであった殻にさらに新しい殻を付け足す、というのがポイントです。

あまり複雑なかたちの貝を想定すると、成長を想像するのが難しくなりますので、ここでは左側が閉じて、右側が開いている円柱状をしている想像上の貝(図6a-1)と、右側が開いている円すいをしている想像上の貝(図6b-1)を考えることにします。

貝成長模式図
図6. 想像上の貝の成長様式の模式図.
a:一方が閉じた円柱状の殻の場合; b:円すい状の殻の場合.

まず、円柱形の想像上の貝について考えましょう。円柱状の貝は円柱のまま、殻を付け足しながら成長します(図6a-2,3)。そして最終的には細長いかたちの貝になります(図6a-4)。殻だけではなく、軟体部の体積が成長にともなって増加しているならば、成長にともなってかたちは変化し、細長いからだになっていくはずです。

次に、円すい形の想像上の貝(図6b-1)について考えましょう。この貝も同様に、殻の縁に新しい殻を付け足しながら成長します(図6b-2,3)。成長するにつれ、円すいは大きくなり、殻の開いている部分の面積は次第に増します(図6b-4)。しかし、それぞれの円すいはお互いに相似です。また、軟体部のかたちも成長にともなって変化することなく、同じかたちを保ち続けることができます。

実際の成長は、このように単純ではありませんが、成長にともなって、大きさが変化してもかたちは変化しない、という意味はわかっていただけたと思います。このように成長を続けてもかたちが変化しないような成長様式を、アイソメトリックな成長とよんでいます。ヒトをはじめ脊椎動物では、親子関係が想像できないほど、親と子で姿が違う動物はそういません。体の表面が軟らかい皮膚でおおわれ、からだを支える硬い骨がからだの内部に存在する動物では、アイソメトリックな成長をすることはそう難しいことではないのかもしれませんが、からだの表面が固い殻でおおわれている動物にとっては、アイソメトリックな成長をすることは大変なことです。いくらからだを大きくしようとしても、外側に固い殻がある限り、それ以上大きくなることは不可能ですし、無理に穀を大きくしようとしてかたちが変わってしまったのでは、生きていくのに不都合なことがおこりかねません。

エレガントな解法

エビやカニ、昆虫のような動物は、 脱皮をすることで、この問題を解決しました。古い殻を脱ぎ捨てて、新しく大きな殻をつくることによって、からだのかたちを一定に保ちながら、成長を続けることができるのです。ところが、巻貝や二枚貝の場合、体の構造上、古い殻を脱ぎ捨てるのは不可能です。そのため、貝は成長にともなってかたちを一定に保つために、ある特定のかたちをとらざるを得なくなりました。そのかたちこそが、対数らせんだったのです(図7)。巻貝だけではなく、一見らせんとは縁のないような二枚貝の殻も、横からながめると対数らせん形をしています。

理想的巻貝の成長
図7. 対数らせんの式を使って描いた,理想的な巻貝の成長.それぞれはお互いに相似形.
a:6巻目; b:7巻目; c:8巻目.

ツメタガイも例外ではありません。 ツメタガイの殻も典型的な対数らせん形をしています。さらに、ツメタガイは数ある巻貝の中でも、最も球に近いかたちをしている巻貝の一つです。球は、同じ体積の立体の中では表面積が最少であり、立体の中で最も外からのカに強い、といった性質を持っています。つまり、球形の殻には形成エネルギーが小さく、外敵に対する防御能力が高いというメリットがあるのです。ツメタガイは、長い進化の歴史の中で、「成長にともなってかたちが変わらない」という条件と、「殻に費やす投資を最少にし、身を守るという利益を最大にする」という条件を満たす殻のかたちを、幾何学を使ってエレガントに解いたのかもしれません。装飾もなく、色も模様も平凡なツメタガイですが、こういった意味では、ツメタガイこそ最も美しい巻貝の一つ、ということができるのです。


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