神奈川県立生命の星・地球博物館

[戻る]

1999年8月15日発行 年4回発行 第5巻 第3号 通巻18号 ISSN 1341-545X


自然科学のとびら


Vol.5, No.3  神奈川県立生命の星・地球博物館  Aug.,1999


昆虫の脚(あし)はなぜ6本か? 翅(はね)はなぜ4枚か?

東城幸治 (筑波大学大学院・外来研究員)

子どもの時から親しまれ、また時には嫌がられてもしまう、たいへん身近な生きものの「昆虫」ですが、「その昆虫とはどのような生きもの?」と聞かれたら、みなさんはどのように答えますか? たいていの方は「体は頭部・胸部・腹部と3つの部分に分かれ、脚(あし)は6本、翅(はね)が4枚の動物」と答えるでしょうか。まさに、その通り !  このように回答できたら素晴らしいです。でも、そのような体のつくり(難しい言い方をすれば「体制」)はどのようにしてできてきたのでしょうか? はじめからそのような体制となるべく進化してきたのでしょうか? それともたくさんの試行錯誤のたまものなのでしょうか? そのヒントは、原始的な昆虫のグループに隠されているようです。先に、「昆虫には4枚の翅がある」ことを述べましたが、実は、原始的な昆虫の中には、翅を持たないグループもあるのです。これらは昆虫らしくないせいか、あまり一般には知られていませんが、カマアシムシ類・トビムシ類・コムシ類・イシノミ類・シミ類の昆虫は、翅を持たず、もちろん飛ぶことはできません。一方では、ノミ類・シラミ類などのように、二次的に翅を退化させてしまったグループもありますが、先に挙げた原始的な昆虫類ははじめから翅をもたないのです。そして、これらの原始的な昆虫類には、なんとその腹部にも脚がある(つまり6本以上の脚をもつ !!)のです。

なんだか話が複雑になってしまいましたか? 要約すると、昆虫の中でも、脚は「たくさん→6本」に、翅は「なし→4枚」に変遷してきた、ということです。それぞれ、もう少し詳しく述べてみます。

昆虫の脚

先に、原始的な昆虫では胸部3節(6本)の他に、腹部にも脚をもつことを述べましたが、実は、昆虫は頭部にも脚をもつのです。クワガタムシのはさみ、バッタの触角、チョウのストロー状の口などは、いずれも脚と相同なもの(起源は同じ)なのです。

昆虫の祖先は、現在のムカデなどのような多足類的な格好をしていたようです。そのような祖先から、長い進化の過程で、頭部・胸部・腹部がそれぞれの機能に応じてより明瞭に分化し(働きの分業化)、頭部の脚は歩くための脚から食べるための脚(顎(あご))や感覚器官(触角)へと形を変えたようです。また、胸部は移動の役割を担うこととなり、胸部3節(6本)の脚が歩脚として発達(さらには翅を獲得し、より一層、胸部が移動機能を担うこととなります)、その一方で、生殖機能などを担った腹部においては、脚は退化していったようです。つまり、昆虫は、体の各部分がそれぞれの機能的特徴をもつように(スペシャリスト的に)進化した究極の生きものと言えるかもしれません(図1)

図1(昆虫の進化と体制の変遷)
図1 昆虫の進化と体制の変遷
各体節に脚をもった多足類様の祖先から頭・胸・腹部がそれぞれの機能に応じ特殊化したと思われる(町田原図を改変).

昆虫の翅

皆さんが最もよく目にする生きものはなんですか? 家の中にはお花が飾られ、あるいは鉢植えの植物があったり、おかずの野菜もそうですから、やはり植物が最も身近でしょうか? その一方で、昆虫はどうでしょうか? 家の周辺にはハエなどもいるでしょうし、植物につくアブラムシ、そして夜には窓の明かりに何か昆虫がやって来てはいませんか? このように植物に負けじと昆虫たちもよく目につく生きものですが、それもそのはず、昆虫は全ての動物種の約3/4を占めているのです。さらに、熱帯地方などにはまだ名前のついていない昆虫がたくさんおり、今後、昆虫の種類はどんどん増えていくことでしょう。種類の数に注目すれば、昆虫は、まさに大繁栄した動物なのです。先に、昆虫の中には、もともと翅を持たないグループもあると述べましたが(無翅昆虫(むしこんちゅう)類とも呼ばれます)、一方の翅をもつグループは有翅昆虫類と呼ばれ、こちらはたいへん多くの種からなります。この有翅昆虫(ゆうしこんちゅう)類が、昆虫種の99.9%以上を占めると言いますから、昆虫の大繁栄の鍵は、翅の獲得に隠されているようです。飛べるようになったことで大繁栄できたのが昆虫であると言っても過言ではないほど、翅は重要な構造なのです。

では、昆虫の翅はどのようにしてできてきたのでしょう? 先にも述べましたように、翅の獲得は、昆虫の進化においてたいへん重要なテーマですので、これまでも多くの研究者により様々な考察がなされてきました。その中でも最も代表的な考えを以下に紹介します。

有翅昆虫類のうち、最も原始的なグループと考えられているのが、カゲロウ類やトンボ類、そしてカワゲラ類です。これらは、いずれも幼虫時代を水中で過ごす水生昆虫であることから、有翅昆虫類は水生昆虫から生じたものと考えられています。また、化石昆虫のデータから、これら原始的水生昆虫類の祖先が、水中での呼吸に用いていた胸部・腹部のエラ(気管鰓(きかんえら))のうち、胸部のエラを、成虫の陸上への進出において、翅へと形を変えていったものと考えられています。一方、腹部のエラは陸上生活する成虫にとっては不要となり退化したのだろうと考えられています。このような考えを「翅のエラ(気管鰓)起源説」とでも呼んでおくとしましょう。

図2(カゲロウ類の胚発生過程)
図2 原始的有翅昆虫であるカゲロウ類の胚発生過程(走査型電子顕微鏡写真. 左:全形、右:頭部・前胸の拡大). 頭部の脚(付属肢:触角・大顎(おおあご)・小顎(こあご)・下唇(かしん))も胸部の脚も、その形成初期は極めてよく似る.

昆虫の進化、体制の変遷の解明 〜カゲロウ類からのアプローチ〜

昆虫の進化と、それに伴う体制の変遷のうち、頭部の「脚→顎や触角」への変遷は、現生の昆虫類の形態学、あるいは発生学的な研究により説明がつきそうです(図2)

また、歩脚がどうして胸部の3節・6本となったのか(どうして腹部の脚は退化したのか)は、分子生物学的なアプローチによる検証もなされつつあります。現生の昆虫の中で、腹部にも脚をもつ原始的グループ(いわゆる無翅昆虫類)と、完全に腹部の脚を退化させたグループ(有翅昆虫類)間での、遺伝子発現の比較から、腹部においては脚の形成が抑えられるような遺伝子があることが知られてきました。つまり、昆虫の脚の「たくさん→6本」の変遷が遺伝子レベルで確かめられつつあるのです。

では、翅の獲得に関してはどうでしょうか? もちろん、遺伝子レベルでのアプローチも進んでいますが、脚ほど明確にはなっていないようです。しかし、胸部の2節以外の体節では、脚同様に翅の形成も抑えられてしまうような遺伝子の存在が強く示唆されており、その遺伝子がうまく機能しない場合(突然変異)には、翅が6枚形成される例も既に確かめられています。また、古生代には6枚翅の昆虫がいたことも化石から明らかとなっております。このように、抑制的にコントロールされているであろうことなど、翅形成のプログラムは少しずつ解明されつつありますが、その結果として現生の昆虫で2対・4枚形成されることとなった翅は、一体、もともとどのような構造に起源するのでしょうか? この点に関しては未だ明らかとはなっておりません。先に、翅のエラ(気管鰓)起源の説を紹介しましたが、この考えは化石昆虫に基づく古生物学的なものであり、想像の域を脱しきれてはおりませんし、現生する昆虫において、翅とエラの相同性の検証の上で最も有力なマーカーとなる脚は、有翅昆虫類の腹部では完全に退化していますので、脚と翅の関係は比較・検討できても、脚とエラとの関係がどのようなものであるのかは検証できないのです。

これまで述べてきましたような興味から、私は最も原始的な有翅昆虫類であるカゲロウ類を対象に、昆虫の進化や体制の変遷について研究してきましたが、カゲロウ類のある一群(ヒメカゲロウ科)には、腹部にも脚を残す、つまり、より原始的な特徴を残しているカゲロウ類の存在を突きとめることができました。さらに、その中でも、ミツトゲヒメカゲロウ属カゲロウは、、その腹部の脚を成虫になっても残すことを明らかとしました。このことは、昆虫の脚や翅が、それぞれ6本、4枚になるように、他の体節では抑制的にコントロールされているとする遺伝子レベルの考え方にもよく一致するもので、最も原始的な有翅昆虫類であるカゲロウ類の中に、脚を6本より多くもつグループがあっても特別おかしなことではありません。また、このようなカゲロウの発見によって、胸部の脚と翅との関係、腹部の脚とエラ(気管鰓)との関係の比較(位置相同性に基づく議論)が可能となり、原生の昆虫での翅とエラとの相同性の厳密な検証が可能となりそうです(図3)

今後は、このカゲロウ類を用いて、その脚や翅やエラ(気管鰓)の形成(発生)過程、それに基づく翅とエラの相同性の検証をしていこうと計画しています。

常識でさえあるかのようによく知られている「脚は6本、翅は4枚」という昆虫の特徴ですが、その裏にはとっても重要な進化的な問題や謎が隠されているのです。

図3(ミツトゲヒメカゲロウ属の一種(幼虫)
図3 ミツトゲヒメカゲロウ属の一種(幼虫).胸部3対の脚の他に、腹部にも脚が存在する(矢印).

[戻る]