神奈川県立生命の星・地球博物館

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2000年3月15日発行 年4回発行 第6巻 第1号 通巻20号 ISSN 1341-545X


自然科学のとびら


Vol.6, No.1  神奈川県立生命の星・地球博物館  Mar.,2000


研究ノート 美しさを隠したカミキリムシ

高桑正敏(学芸員)

チョウの美しさやめだつ色模様は、必ずしもオスがメスを探し出すためではなく、また太陽の光りを反射して暑さを防ぐためでもなく、むしろ捕食者から身を守るために発達してきたと私は考えています。詳しくは最近に発行された「擬態 だましあいの進化論1」(上田恵介編著、築地書館発行)に私の考えが掲載されていますので、それをお読み下さい。

さて、美しい昆虫はチョウだけに限りません。私の大好きなカミキリムシ科甲虫も、あざやかな色彩をまとっている種類がたくさんいます。けれども、チョウと違ってその美しさを誇示せずに、ひっそりと隠れるように生活しているグループがあります。チョウたちは美しさを武器に堂々と生きていると思うのですが、彼らはなぜ自分たちの美しさを隠しているように見えるのでしょうか?


図1 枯れ木にひそむナガゴマフカミキリ(横浜市青葉区)

図2 ハチそっくりのトガリバホソコバネカミキリ(箱根町)

カミキリムシの生存戦略

カミキリムシは甲虫の仲間なので、ふつう多少とも頑丈な頭・胸・腹部に硬い上ばね(鞘翅:さやばね)で覆われています。ただし、このような鎧状の姿が、どこまで捕食者からの攻撃に耐えられるかは疑問です。と言うのも、鳥類の吐き出したペリットからはカミキリムシを含む甲虫類の残骸がしばしば見つかるからです。そこで、硬い体をもったカミキリムシといえど、捕食者に食べられないような‘工夫’が必要です。その‘工夫’とは、明るい間に活動するか、それとも暗くなってから活動するかによって、まったく異なったものになるでしょう。なぜなら、明るい間の捕食者(鳥やトカゲ類など)と夜間の捕食者(コウモリやフクロウ類など)とは違うからです。また、明るいときに活動するなら、めだつ色彩はすぐ見つかってしまうでしょうし、真っ暗闇のときだけに活動するなら、色彩がどうあれ捕食者に目で見つかることはないでしょう。

日本には約700種のカミキリムシが分布していますが、その半分ほどは主に夜間に活動し、明るい間はじっとして動きません。そんな彼らはふつう地味な色彩をしていて、私たちの目にも見つからないような隠ぺい的擬態(いわゆる保護色)の名人です。中にはめだつ色彩のものもいますが、それらは明るい間は枝葉や枯れ葉の間、樹皮下などに身を隠しています。

明るい間に活動するグループは、ほとんどが美しい色彩やめだつ色模様をもっています。その多くは警告的擬態(わざと自分の存在を知らせて捕食者からの攻撃をさける擬態)と考えられます。たとえば、毒針をもったハチ、体内に嫌な味をもつと考えられるジョウカイボン科・ベニボタル科・ハムシ科などの甲虫、をそれぞれモデルにした擬態です。つまり、捕食者の嫌うモデルに形と色彩(しばしば行動も)が似ることで、捕食者の攻撃から逃れていると考えられます。

ところが、明るい間に活動するものであっても、何かをモデルに警告的擬態をしているとは思えないグループがあります。その代表例がトホシカミキリ類(Saperdini 族)です。



図3,4 クリの花を訪れたフタコブルリハナカミキリ(上)とジョウカイボン科のアオジョウカイ(下)(ともに愛川町にて同所、同時間)

トホシカミキリ類の習性

この仲間は熱帯に栄えていて、体長が1〜2cmほどの種類が多く、その色彩や斑紋はさまざまです。日本産は約62種が知られ、色彩は黄や緑系が多いのですが、あざやかな赤や水色で着飾った種類もあります。斑紋もゴマを散らした状態のものから縦すじの入ったものなど変化に富んでいます。一般的な感覚からすると、カミキリムシの中でもっとも美しい仲間の1つと言えます。

さて、彼らは色彩や斑紋こそ違えていても、共通した習性をもっています。第1に、成虫は種類によって特定の植物(ふつう樹木)の生きた葉(ときに新芽や茎)を食べます。とくに、よく張り出た枝の先端付近のやわらかい新葉を好むようです。カミキリムシで生葉を食べるのは、ほかにはルリカミキリ類、シロカミキリ類やキボシカミキリなど一部だけです。しかも、葉を食べるのは必ず裏からです。第2には、とても素早いことです。ちょっと枝に振動を与えただけで飛び立ってしまい、あっという間に姿を見失ってしまいます。

特定の種類の生葉、しかも枝先の葉裏を食べるという習性から、この仲間の姿を見つけるのは簡単なように思えます。下からは丸見えの状態のはずだからです。ところが、実際に探してみればわかるのですが、食べ跡(食痕)の多さに反し成虫は少ないのがふつうです。

葉の裏に止まるメリット

なぜトホシカミキリ類は葉裏にいるのでしょう。まず、主に葉脈をかじるという習性に理由がありそうです。葉脈は裏面で多少とも隆起しているので、大あごでかじるのも簡単そうです。逆に、葉の表面はふつう平らなうえに、種類によっては硬いクチクラ層が発達していて、どう見てもかじりにくそうに思えます。

次に考えられる点は、隠れるということです。彼らの最大の捕食者は、物を見分ける能力にすぐれた鳥たちと考えられます。葉の表にいるのであれば、飛んでいるときでもすぐに見つかってしまうことでしょう。葉裏ならより安全なことは確実です。しかし、ここで疑問が生じます。それならば、どうしてトホシカミキリ類はめだつ色彩をしているのでしょう? うまく隠れようとするのであれば、裏面の葉と同じような色、つまり隠ぺい色(保護色)の方がより見つかりにくいはずだからです。


図5 オニグルミの葉裏のオニグルミノキモンカミキリ(大和市:主脈の黒いスジが食痕)

図6 隠れるようにしてカラムシの葉をかじるラミーカミキリ(愛川町:葉脈の黒いスジが食痕)

捕食者の泣き所

捕食者に目を転じてみましょう。進化が生じる原因の1つとして、自分たちの存在をおびやかす強力な敵の存在が考えられます。生態系の中で低次の消費者として重要な位置を占めている昆虫たちにとってはなおさらです。より高次の消費者の捕食圧に常にさらされており、敵からいかにして逃れるかが何よりも重要だからです。

まず鳥たちです。たくみに嘴で昆虫たちをついばむことができますし、飛んでいるものも捕捉できます。このような捕食者に対しては、よほどの運動テクニックを身につけていなければ、すぐに食べられてしまいます。葉の表面に生活するなら、葉に同化してしまうくらいの隠ぺい的擬態の芸当を要求されるでしょう。しかし、トホシカミキリ類は敏捷性を求める方向に進化してきました。それなら相応の筋肉が必要ですし、そのためには体を厚くせざるを得ません。色彩を葉と同じようにするならともかく、体を偏平にしてしまうのはとてもできない相談に思えます。

これに対し、葉の裏面ならどうでしょう? 見つかってしまうとすれば、下方向からです。しかし、森林内を飛びながら上方向を見て獲物を探すような芸当が可能な鳥がいればともかく、飛びながらだとかんたんには発見されないはずです。もっとも、南アメリカのハチドリ(花の蜜を主な餌とする)のようにホバリングの得意な鳥がいれば油断できませんが、トホシカミキリ類はとても敏捷なことを前に述べました。獲物を狙ってホバリングする一瞬のスキに飛び立つことができます。飛び立ってしまえば、体が小さくすばしこく、小回りがきくために、鳥の目から逃げおおせることも可能でしょう。ホバリングはとてもエネルギーを使うと考えられていますから、その経済コスト(使うエネルギー量と得られるエネルギー量とのバランス)を考慮すれば、よほど成功率の高い獲物でもなければ、アタックする可能性は低いはずです。

一方、ホバリングしないで、枝を伝いながら獲物を探す鳥が多いようです。しかし、それでは枝先に振動を与えてしまい、トホシカミキリ類はいち早く気がついてしまいます。アタックしても逃げられる率が高いでしょう。枝にいるなら油断もあるでしょうが、その先の葉にいれば安全なのです。さらに、食痕を目安に獲物を探す賢い鳥がいたとしても、食痕の多さとは裏腹の獲物の少なさに、それを探すことはコストに合わないだろうと思います。

何にしても、鳥にとってトホシカミキリ類は、獲物としてはコストに合わないと学習するでしょう。それなら、狙ってもムダだと思い知らせるために、記憶に残る色彩や模様をしていた方が得策です。さもなければ、何度もアタックされる可能性があり、カミキリにとっては逃げるたびにエネルギーを消費するばかりか、何回目かには捕捉されかねません。だから、記憶しにくい隠ぺい的な色彩よりも、記憶しやすいめだつ色彩の方が有利と考えられるのです。なお、トホシカミキリ類はしばしば葉の表にも見られますが、ふつう瞬間的にしか静止していませんから、鳥に見つかる機会は少ないでしょう。たとえ鳥に見つかったとしても、その記憶しやすい色彩ゆえにアタックされる率は低いことが期待されます。

さて、もう1つの重要な捕食者として考えられるのが、樹上性トカゲ類です。これらは葉の上で生活する昆虫にとって大敵となる場合があります。しかし、これらも捕捉可能な距離に近づくまでに、トホシカミキリ類に察知されてしまうでしょう。その理由は鳥における場合と同じです。ただし、カメレオンの何倍も長く伸びる舌をもつトカゲ類が現れたとしたら、次々と食べられてしまうかもしれません。


図7 タマアジサイの葉上のシラホシカミキリ(横浜市金沢区)

おわりに

以上のように考えてみると、トホシカミキリ類は葉を食べるという習性から裏面に生活するようになり、また枝先という場所が生活を安全にしてきました。加えて、美しい色彩に進化したことが、捕食者からの度重なるアタックを防ぐ効果をもたらした、と言えそうです。そのウラには敏捷さも重要でした。同じような生活をするルリカミキリ類(ハムシ科甲虫に擬態)も同様です。

昆虫の色彩的な美しさやめだつ斑紋は、やはりオスとメスとのコミュニケーションのためというよりは、むしろ捕食者に対して向けられたもの、と考えた方がよさそうです。言い換えれば、すぐれた視力をもっていて、味にうるさくて、しかも物覚えがよいという、うらやましいほどの能力をかね備えた鳥たち―つまり昆虫たちにとって強力最大な捕食者―の出現こそが、明るい間に活動する昆虫たちを美しくさせてきたと考えられるのです。


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