神奈川県立生命の星・地球博物館

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2000年3月15日発行 年4回発行 第6巻 第1号 通巻20号 ISSN 1341-545X


自然科学のとびら


Vol.6, No.1  神奈川県立生命の星・地球博物館  Mar.,2000


ライブラリー通信 自然誌と自然史 その1

内田 潔(司書)

自然を扱った図書には書名に自然誌、あるいは自然史のことばを含む図書が数多くありますが、自然誌と自然史とではどのような違いがあるのでしょうか。  一般には○○の自然史と銘打った図書があれば○○に関する時間的推移について、いわば歴史的記述がなされているものであり、○○の自然誌とあれば○○について時間的推移にとらわれずに記述されたものだと考えるのが普通の受け取り方だと思います。実際に刊行されている図書を見ても概ね上記の区分で使い分けされているようです。出版点数では自然誌を使ったものがいくらか多いくらいでそれほど差はないように思われます。

ところで、この自然誌、自然史ということばはいつ頃から使われ始めるようになったのでしょうか。これらのことばはNatural History の訳語として使われ始めたのですが、当初は博物誌、博物学と訳されていました。Natural History の語源は古代ローマ時代に大プリニウス(Gaius Plinius Secundes)が著した全37巻からなる『Naturalis Historia』に由来するといわれています。世上有名なプリニウスの『博物誌』のことです。この時、Natural History を『自然誌』とせずに『博物誌』としたのは中国の『博物志』からの影響だと言われています。(世界大百科事典 平凡社)

そもそも、誌・史の相違はNatural History のHistory の語の解釈の相違に起因しているといわれています。History のもとになったのはラテン語のHistoriaなのですが、歴史としての意味のほかに研究・認識すること、記述することの意味があり、語義としては後者の方が原義に近いと解釈され、訳語としては史ではなく誌が当てられたのです。実際プリニウスの『Naturalis Historia』は自然の歴史の書ではなく、彼が見聞したり、観察、研究した自然界の森羅万象を記述したものです。したがってプリニウスの『Naturalis Historia』はあくまでも『博物誌』であって、Natural を自然と訳し『自然誌』と呼ぶことはあっても、決して『自然史』ではないということになるわけです。

一方、自然史ということばはいつ頃成立したものかよくわかりませんが、戦後ではないかという意見があります。鶴田総一郎氏によれば、たまたま戦後出た岩波の辞典で、自然史を充てたものが、いつの間にか使われるようになった旨の記述があります(自然科学と博物館 国立科学博物館 Vol.41 No.4 1974)。また、この自然史ということばは当初よほど評判が悪かったようで、駒井卓氏はNatural History を自然史と当てるのはHistory の本来の意味が「物語」「叙述」であるからして明らかに不適当であると批判されています(自然科学と博物館 国立科学博物館 Vol.35 No.1-2 1968 )。 

Natural History の本来の語義からしても自然誌の方が正統性を有していると考えられるにもかかわらず、自然史が今日みられるように一般化してきたのはなぜなのでしょうか。さらには、各種の国語辞典をみてみると自然史だけが記載されているだけで自然誌がない(岩波 広辞苑 第4版・小学館 大辞泉 第1版)か、全く両者とも記載がない(講談社 日本語大辞典 第2版)というのはどういうことなのでしょうか。

次回は、その辺りの事情も含めて自然誌・自然史問題を自然系博物館との関係の中で考えてみようと思います。


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