神奈川県立生命の星・地球博物館

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2000年6月15日発行 年4回発行 第6巻 第2号 通巻21号 ISSN 1341-545X


自然科学のとびら


Vol.6, No.2  神奈川県立生命の星・地球博物館  June,2000


博物館における新しい科学教育の可能性を求めて

小出良幸(学芸員)

はじめに

現在の教育について、多くの識者が、不満を述べたり、改善を要求したり、問題を指摘したりしています。その多くはもっともなものでしょうが、このような議論で一番重要なことは、不満解消策や改善策、実践的解決策を示すことではないでしょうか。

博物館では、教育も重要な目的となっています。一人一人の学芸員は、それぞれの問題意識もって教育をおこなっています。著者はここ数年、教育とその周辺状況を詳しく検討し、科学教育の問題点を整理し、それを解決するための方法論を考え、実践的実証実験をおこなっています。ここでは、実践的科学教育のひとつ、Club Geoについて紹介します。

自然史学と教育

自然史博物館でおこなわれている科学は、自然史学(Natural History)です。ここでいう自然史学とは、かつての博物学とは一線を画したもので、近年多くの研究者からその必要性が指摘されているものです。従来の博物学が記載を中心とした学問であるのに対し、自然史学とは記載だけでなくより総合的で学際的な学問体系を目指すものです。

今までの科学観は、ある事象を追求すれば原因にたどり着くという信念に基づいています(今も多くの研究者はこのような信念のもとに研究を続けています)。要素還元主義的科学観と呼ばれるもので、デカルト以来、ニュートンやダーウィン、アインシュタインなど傑出した科学者もこの手法で成功を収めてきました。

20世紀にはいって量子力学や生態学、複雑系、システム工学など多くの分野で、要素還元主義的科学の行き詰まりが現れてきました。これを解消するために、総合的・学際的学問の必要性が認識されるに至ったのです。ひとつの目指すべき方向は、自然をありのままに(地域や実物、自然現象などの記載)、さまざまな視点で捕らえ(学際的視点や研究)、より高次の規則性や原理、法則を見出そう(総合的視点や研究)というものです。このような科学観を持った科学を自然史学と呼んでいます。

自然史学を実践する場として、博物館は非常に重要な拠点となるはずです。それは、長い実績と経験、そしてなによりも実物資料の蓄積があるからです。博物館での自然史学には、純粋学問としての側面と、博物館の機能として不可欠である科学教育の実践をすべき宿命があります。多くの実物コンテンツとその背景にある自然史学的ドキュメントが説得力のある教材となりうることは、博物館の今までの実践と経験で明らかです。自然史学をより汎用性のある学問とするには、教育的側面も充実すべきです。

専門家養成教育:Club Geo

自然史学とその実践的教育をおこなうために、学校教育で一番欠けている自然史学的視点と長期間の教育実践をおこなえば良いと考えました。

自然史学的視点とは、前述の自然史学的科学観に基づく自然や実物の見方です。学校教育でどんなに児童・生徒と教師がいい関係が成立しても、担任が変わったり、卒業したりすると、その師弟関係は薄れてしまいます。その点、博物館とその行事参加者との関係は、師弟関係は薄いかもしれませんが、参加者の興味が続く限り長期間にわたって、行事や実物、自然を通じて結ぶことができます。長期間の教育実践とは、このような関係を長期間にわたってより充実しようというものです。

著者がとった実験的実践方法は、地学に興味を持っている児童・学生に、10年かかってもいいから、自然史教育を続けることです。本人たちの興味が続く限り、専門家レベルの知識と技術の習得を目指します。

1999年12月に、4名のクラブ員と3名の学芸員でClub Geo(地学クラブのカッコ良くしたもの)を結成しました。Club Geoは、小学生5年生、中学2年生、大学1年生(現在休部中、大学の地球科学の道へ進んだ)、大学3年生(クラブの番頭さん)という構成です。Club Geoはおいおい人数を増やしていく予定ですが、少しこの状態で経験を積み重ねようと考えています。

学芸員とクラブ員の負担のないように、研究目的の野外調査にクラブ員が同行します。現場では専門的な野外調査をしながら、クラブ員には詳しい説明をおこないます。しかし、一番の目的は、野外調査です。室内作業では、基礎的な技術の習得として、薄片製作、偏光顕微鏡での写真撮影、そしてまとめとして本調査に関するホームページ作成をおこなっています。いい資料、いい薄片、いい写真があれば、学会誌に投稿予定の論文に採用する予定です。そのほかに、観察会や展示換えの手伝いなどボランティアとしての作業もおこなっています。現在は研究協力者あるいはボランティアですが、将来は共同研究者になってもらえれば、理想です。4月までの約半年で、Club Geoは13回の活動をおこないました。

保護者との交流によって理解を得て、宿泊調査や他地域の地学クラブとの交流をおこなうことも可能となってきました。6月には1泊2日の伊豆半島の火山地質調査、7月には2泊3日の愛媛県城川町立地質館の地学クラブ(奥伊予地球探検隊)の交流と地質調査を予定しています。このような活動は始まったばかりですが、今のところ十分な手応えがあります。

湘南平の野外調査風景

写真1 湘南平の野外調査風景

岩石薄片作成中

写真2 岩石薄片作成中

さいごに:新しい科学教育を目指して

自然史学は、対象を自然としているため、素材が多様で学問領域は多岐にわたります。自然史学の充実には、多くの知性と時間を必要とするでしょう。しかし、その成果は、人類の貴重な知的資産となるはずです。博物館での自然史学の教育を充実することによって、次世代の自然史学研究者がうまれ、彼らは、更なる自然史学の発展を導くでしょう。


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