神奈川県立生命の星・地球博物館

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2000年6月15日発行 年4回発行 第6巻 第2号 通巻21号 ISSN 1341-545X


自然科学のとびら


Vol.6, No.2  神奈川県立生命の星・地球博物館  June,2000


資料紹介 ゾウの歯〜標本の身上調査は慎重に〜

樽 創(学芸員)

博物館にはたくさんの標本があります。当館では約45万点の標本があります(正確には数えられませんが…)。これらの標本には、必ず「ラベル」が付いています。ラベルには「どこで採集した」「いつ採集した」「誰が採集した」など、標本に関連する情報が記録されていて、ラベルがないと標本の価値は半分以下になると言っても良いでしょう。しかしこのようなラベル情報は、学芸員自らが採集してきた標本に関しては正確と言えますが、外部から持ち込まれたものにはたまにあやふやな場合があり、混乱を招くことがあります。そんな例をちょっと紹介しましょう。

99年の初頭、宮崎県総合博物館の学芸員伊東嘉宏さんから、宮崎県内の縄文時代の遺跡から象の歯が見つかったという電話がありました。これまで縄文時代に日本にゾウが生息していた、という確かな記録は知りません。この情報に非常に興味がわき、伊東さんにお願いして標本を送ってもらうとともに、詳しい状況について情報の収集をお願いしました。何というゾウの歯だろうか? もし、縄文時代にゾウが生息していたとして、どんな種類のゾウだろうか? 絶滅種だろうか、それとも現生種だろうか? そんなことを考えながら標本が到着するのを待ちました。

ここでちょっと横道に逸れますが、比較的最近日本に生息していたゾウを紹介しましょう。まず、ナウマンゾウが挙げられます。学名はPalaeoloxodon naumanni(パレオロクソドン・ナウマニイ)です。日本で発見されているゾウの化石の中でもっとも多くの標本が確認されている種類で、北海道から沖縄県まで各地に産出記録があります。次に、マンモスがいます。学名をMammuthus primigenius(マンムサス・プリミゲニウス)といい、一般的によく知られている毛(体毛)の長い、寒さに適応した種類です。これらのうちマンモスは北方系のゾウなので、日本では北海道といった寒い地域からの報告しかありません。ですから、最初に縄文時代の遺跡から発見されたと聞いたときは、ナウマンゾウかアジアゾウでは?と思いました。アジアゾウは学名をElephas maximus(エレファス・マキシムス)といいます。現在東南アジアを中心に分布しており、熱帯にいるゾウというイメージを持っている人もいるかもしれませんが、実は北京あたりにも生息していたことが分かっています。ですが人間によって駆逐され現在の分布になったようです。そういったことを考えると、アジアゾウも日本の自然環境で生息できたかもしれません。

さて、ついに標本が送られてきました。箱を開けてみると3×3.5×2cmほどの白い塊が出てきました。その表面を見ると、細かく波打った模様が見えました。この模様が比較的平行に並んでいます。アジアゾウの歯です。幅が狭く、非常にすり減っているので仔ゾウの使い切った歯ということがわかりました。これで、縄文時代に日本にアジアゾウが生息していた!ということが証明できると一瞬思いました。しかし、標本をよく見ると、妙に生々しい感じがします。本当に縄文時代の標本だろうか?という思いがしました。そんなことを考えていると伊東さんから再度連絡があり、詳しい状況がわかりました。それは、そんな偶然が重なるのか!という非常に変わったいきさつでした。

仔象の歯が発見されたのは、宮崎市近郊の遺跡でした。そこは畑として利用されていた場所でした。そして、その地主は宮崎県内の動物園の園長さんだったのです。そのようないきさつから、動物園で厩舎内で使った藁を堆肥としてその畑に撒いていたことがわかりました。その藁の中にゾウの厩舎に敷いていた藁があったのです。この動物園には、アジアゾウの仔ゾウがいました。どうやら発見された象の歯は、この仔ゾウの歯らしいのです。さらに遺跡の発掘時の詳しい状況も解りました。遺跡の発掘担当者によると、人為的か自然な流れ込みかは判らないが、攪乱された地層から発見された、とのことでした。

以上のことを整理すると、今回発見された象の歯は、動物園の厩舎の中で仔ゾウの口からこぼれ落ち、敷き詰めていた藁に混ざり、藁が畑に撒かれ、耕されて土砂と一緒になり、遺跡の発掘で発見された、ということになります。残念ながら、縄文時代の日本にアジアゾウがいた、という新発見にはつながりませんでした。

と、いうわけで博物館の標本に関する情報は、非常に重要です。このアジアゾウにしても、1歩間違えば「日本にアジアゾウが生息していた」という大きな誤解を与えていたかもしれないのです。

写真1
仔ゾウの歯(左下:NF0002641)と大人のゾウの歯(右)
写真2
遺跡からみつかった(?)アジアゾウ臼歯(NF0002641)歯のかみ合わせの面

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