神奈川県立生命の星・地球博物館

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2000年6月15日発行 年4回発行 第6巻 第2号 通巻21号 ISSN 1341-545X


自然科学のとびら


Vol.6, No.2  神奈川県立生命の星・地球博物館  June,2000


ライブラリー通信 自然誌と自然史 その2

内田 潔(司書)

Natural Historyの訳語として当初、博物誌・博物学とあてられていたものが、次第に「自然誌」「自然史」と訳されるようになり、今では自然関係の図書のタイトル中に数多く見受けられるようになってきたことを前号でお話ししました。

この「自然誌」「自然史」ということばはいつ頃成立したのでしょうか。前号で、「自然史」は戦後ではないかという鶴田総一郎氏の意見をご紹介しました(『自然科学と博物館』国立科学博物館 Vol.41 No.4 1974)。本当にそうなのでしょうか。そこでタイトルとして使われ始めた時期をネット検索してみました。すると、「自然誌」「自然史」を含む書名をもつ図書は、概ね1970年代に入ってから散見されるようになり、1980年代になると急激に増加してこの20年間で、それぞれ150点以上もの図書に使われていることがわかりました。検索した範囲で最も古いものでは、「自然誌」が1952年に刊行された『房総の自然誌』(古今書院)で、「自然史」の方は更に古く1923年に『人類自然史』(内外出版社)というタイトルで出版されています。この検索結果から「自然史」は少なくとも大正時代末に、「自然誌」の方は昭和20年代末にはタイトルに用いられていたことが分かりました。

Natural Historyの本来の語義からすればHistoryは<物語><叙述>であるからしてHistoryを<歴史>とみる「自然史」という訳語を与えるのは不適当だという駒井卓氏らの主張(『自然科学と博物館』国立科学博物館 Vol.35 No.1-2 1968)などから「自然誌」の方が「自然史」に先行して成立していたものと勝手に思い込んでいたのですが、実際は逆だったのかもしれません。速断は避けねばなりませんが、Natural Historyの訳語としてそれまで博物誌・博物学とあてられていたのが、ある頃から文字通り「自然史」という訳語があてられることが目立ってきた。そこで博物学の事情に精通した研究者からは、本来の語義からすると「自然史」ではおかしいのではないか。それを言うならむしろ「自然誌」ではないのかと異論が出た。出たけれども、いったん「自然史」として成立すると、それは単に自然の記述を意味するとされる「自然誌」よりも、自然を時間的推移、歴史的視点からとらえた時には「自然史」の方がより正確にその内容を表現できるとして受け入れられるようになったと考えられないでしょうか。

このNatural Historyは「自然誌」なのか、それとも「自然史」なのかという問題は現在でも議論されています。前千葉県立中央博物館長の沼田真氏は、Natural Historyは本来の語義からして自然誌とすべきと主張されています。(『自然保護という思想』岩波書店 1995) 一方、糸魚川淳二氏は、自然それ自体が地史的時間の経過の中で成立してきたものであることを考えれば自然史の方が自然誌よりふさわしいとしてしています(『自然史学のこれからと博物館』月刊地球 Vol.13 No.11 1991)。

同じNatural Historyの訳語として生まれた「自然誌」「自然史」ですが、現在ではその意味するところはかなり違ってきていると見なければならないようです。由来からすれば、Natural Historyの訳語としては「自然誌」がふさわしいかもしれません。ただ、Natural History自体が近代以降の時間を軸とした進化思想の波の中で自然史的傾向を強めてきたことも事実でしょうし、その意味では「自然史」の登場は当然であったのかもしれません。

「自然誌」「自然史」を冠した図書の出版点数が80年代以降増大したのは、自然に対する関心の高まり、ことに近年の自然保護・保全の意識の広がりがその要因としてあげられるでしょう。実際に多用されていることばでありながら、「自然史」は一部の国語辞典にしか収録されず、「自然誌」に至ってはほとんど無視されています。この辺りで「自然誌」「自然史」の語義・用法の定義をして、これらのことばに正当な評価を与える必要があるのではないでしょうか。


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