神奈川県立生命の星・地球博物館

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2000年9月15日発行 年4回発行 第6巻 第3号 通巻22号 ISSN 1341-545X


自然科学のとびら


Vol.6, No.3  神奈川県立生命の星・地球博物館  Sept.,2000


資料紹介 落合変形菌類コレクション

出川洋介(学芸員)

 「変形菌類」をご存知ですか? またの名を「粘菌」(ねんきん)といい、手塚治虫さんや宮崎駿さんのマンガに、ねばねばした気味の悪い生き物として登場してきます。実際に森の中で、大きなアメーバとして細菌を食べながら落葉の上を動き回る姿はなんとも動物的です。しかし、このアメーバは、あるとき一晩にして、小さなキノコのような形のつぶつぶ(子実体)に変身します。それで「形を変える菌類」と名付けられたのでしょう。子実体は沢山の胞子を作り、これを煙のように飛ばします。胞子は発芽して、鞭毛を作り泳ぎ回った後にまたアメーバになります。こんな不思議な生活をしているということに加え、色鮮やかなビーズ玉のような姿の子実体は実にチャーミングなので、多くの人々の心をとらえてきました。南方熊楠という博物学者が、キャラメルの箱に詰めた標本を昭和天皇に献上したという逸話は有名です。変形菌類の子実体はほとんど水分を含まないため、きれいな乾燥標本にできるのです。

故落合英二先生もこの生き物に出会い、その魅力に惹かれた一人でした。先生は、東京大学医学部の教授をなさり、文化勲章まで受賞された著名な薬学者でしたが、変形菌類にも興味を持っておられました。晩年、先生はお住まいの鎌倉市でみちくさ会という植物愛好会の指導に当たっておられましたが、この会のメンバーであった森脇美武・大野久良夫先生(当時聖光学院中学高等学校教諭)は落合先生と親交を深められ、「研究所に保管してしまっては、変形菌類の標本が子供達の手に触れることは少ないだろうから、あなたのような現場の先生の手元において若い人達の為に活用してください」とことづけられて標本を譲り受けました。私が中学生だった頃、学校の生物室で、見事に箱の中に並んだ、この宝石のようなコレクションを見せてもらったときの鮮烈な印象を今でもよく覚えています。そして時が経ち、私は学芸員となり、今度は私が、恩師の森脇、大野先生から「より多くの子供達に触れさせてあげるように」と、一昨年、このコレクションをお預かりしました。責任重大です!

標本整理をする沢田さん
標本整理をする沢田さん

コレクションにはいくつの標本が含まれており、いつどこで誰によって採集されたものなのかといったデータはとても大切な情報です。中学1年生だった沢田茉莉亜さん(その後、現在も中学生の仲間たちとともに博物館のボランティアとして活躍してくれています)にお手伝いをしてもらって、まずこれを整理してリストを作る作業を開始しました。その結果、落合コレクションは計213点の標本を含み、その多くは栃木県で変形菌類の研究をしていた故菊池理一先生が昭和2年〜41年の間に主に栃木県で採集されたものであることがわかりました。丁度その整理が終わった頃、栃木県立博物館の福田廣一学芸員が、菊池理一氏生誕100周年を記念した展示を企画され、落合コレクションは一旦、栃木県まで里帰り展示の旅をしました。そして今度は、高知県まで旅をして、世界の第一線で変形菌類の分類の研究に携わっておられる山本幸憲先生に、現在の正しい名前を調べて頂きました。山本先生は「これは非常に重要な標本である!」と、お忙しい時間を割いて綿密に調べて下さいました。詳細な検討の結果は、近々、博物館の紀要に発表の予定です。

こうして、様々な運命をたどった標本は博物館に収まり、今もチャーミングなその姿をよく留めています。皆さんは博物館の標本をご覧になったことがありますか? 標本は、何世代にも渡り時を超え私達の大切な財産として永遠の命を持つものです。しかし、それは活用されてこそ意味を持つものです。落合先生の遺志を尊重して、私はこのコレクションが若い皆さんの好奇心を揺さぶる原動力になることを切に願います。博物館の収蔵庫で、落合コレクションは博物学者の卵の皆さんの来訪を今日も待っています。


ウリホリ
図1 ウリホリ NC0005122
ガマグチフクロホリ
図2 ガマグチフクロホリ NC0005108
ホシモジホコリ
図3 ホシモジホコリ NC0005169
クモノスホコリ
図4 クモノスホコリ NC0005185
ヘビヌカホコリ
図5 ヘビヌカホコリ NC0005147
マンジュウホネホコリ
図6 マンジュウホネホコリ NC0005138

(実体顕微鏡写真.いずれも直径は1mm前後)


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