神奈川県立生命の星・地球博物館

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2000年9月15日発行 年4回発行 第6巻 第3号 通巻22号 ISSN 1341-545X


自然科学のとびら


Vol.6, No.3  神奈川県立生命の星・地球博物館  Sept.,2000


展示シリーズ3 マッコウクジラ

山口佳秀(学芸員)

私は今、生命展示室の高さ10メ−トルの空間に、シャチやコククジラとともにワイヤ−に吊るされ、毎日、皆さんを見下ろしています。さて、私は誰でしょう? そう、私がマッコウクジラです。ここに落ち着くまでには、いろいろな出来事があったようです。最も大きな事件は、なぜだかわかりませんが私が東京湾に迷い込んでしまったことです。突然、大きな鉄の固まりに接触し、私は不覚にも記憶を失ったのです。それは、1991年 1月20日の数日前のことでした。

記憶が戻ったのは1995年 3月20日、頭骨と下顎骨、7個の頸椎、胸椎が10個、腰椎も10個、尾椎が12個と三ッ矢部、助骨は右10本、左10本と左右の前腕部、舌骨、V字骨の骨格だけという変わり果てた姿になっておりました。現在の体重は336kg 、4mm のステンレスワイヤ−13本で吊るされております。

私の記憶にあるところでは、体長1157cmあったと思います。性別はオス、体重も今は骨だけですが、当時は肉、脂もいっぱい付いており、頭部には脳油器官という特殊なワックスもありましたから、20tほどあったと思います。イカや底生魚など餌を求めて1000m もの深い海に、1時間位なら平気で潜ることもできました。

オ−イ、山口君「なぜ、私がここに展示されているのか教えてくれる?」 よし、教えてあげよう。マッコウ君、私にとって君は、神様・仏様の存在だったんだヨ。君が横浜港に漂着してくれたおかげで、展示計画は一歩前進することができたんだ。実は、マッコウクジラは展示資料として計画に入っていなかったんだ。

生命展示では、最も大きな動物、最も小さい動物を一同に集めて、生命の多様性や共通性を考え、体感できる展示を計画していました。最も大きな動物としてシロナガスクジラ、ナガスクジラ、イヌイットがクジラ祭りで捕獲しているホッキョククジラなどクジラの標本はどうしても必要でした。だが、セミクジラ属全種はワシントン条約の付属書Iに記載されているのです。

正式名称は「絶滅のおそれのある野性動植物の種の国際取引に関する条約」CITESとも略されています。輸出入など国際取引を規制し野性動植物を絶滅から保護することを目的とする条約で、1973年3月にワシントンで81カ国が参加し、採択され、1980年11月4日から国内法規として発効しています。対象となる野性動植物を付属書I、II、IIIに分類し、付属書Iの動植物は絶滅のおそれのある種で、その取引には最も厳重な制限があります。でも博物館や動物園等が学術研究用として輸入しようとする時は例外な場合として可能です。

委託していた資料収集の事前調査の結果、「米国水産局に対して当博物館の新館建設の基本的な考え方や調査研究の説明をしたところ、米国保護資源許可局より日本国政府の了解が得られれば、アラスカ政府はホッキョククジラの輸出を許可する」との打診を得ました。

そこで、私達は事務担当である通産省輸入課に交渉に出向きました。

約2年間、ただ展示をするための輸入でなく、博物館として研究体制をとり、骨格からみた系統の位置、化石種との比較検討、骨格の複製を作り骨格同定マニュアルとして広く活用するなど学術研究資料として輸入したい旨、農林水産省など幾度となく出向き、交渉を続けていましたが、なかなか輸入割当の許可は頂けませんでした。

現在のクジラに対する世界の風潮からして、生きているものを展示のために捕獲することは先ず無理であろう。イヌイットが毎年行っている鯨祭りで捕獲した個体の骨のみなら、まして現地では放棄しているものなら許可は簡単におりるだろうと甘い考えがあったことは事実です。

そんな折、横浜港にマッコウクジラが漂着したのです。

1991年1月21日の朝刊に「エッ、横浜港にクジラ 体長10m 関係者もビックリ!」「これは処理に困った 横浜港にクジラの死体」などの見出しで新聞に紹介されました。そこで私達は、横浜市港湾局海務課に出向き、クジラの今後の処理について伺いました。市側では、何らかの形で処理をしなければならないがと苦慮していました。そこで、博物館として、ぜひ骨格標本の製作を行うために当該クジラを譲り受けたいと市と調整を行い、了解を得ました。

マッコウクジラの骨格標本
マッコウクジラ(左)の骨格標本(1F生命展示室)

1991年1月24日の新聞には、「骨格標本になる横浜港のクジラ、県立博物館に引きとり展示へ」「県立博物館 目玉で標本に」という見出しで、その内容は「この申し出には、処理に困っていた市港湾局は大喜びで、7百万前後かかるとみられていた解体費は市と県が負担することになった」という記事になりました。

あ、ごめん。マッコウ君、話をする時間(紙面)が無くなってしまった。まだ、君の解体作業や標本製作作業など話すことは沢山あるけれど、次の機会でするよ。

君には、その姿であと10年や15年は、そこにいてもらわないといけないからな。マッコウ君、我々を毎日見守っていてくれよ。



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