神奈川県立生命の星・地球博物館

[戻る]

2000年12月15日発行 年4回発行 第6巻 第4号 通巻23号 ISSN 1341-545X


自然科学のとびら


Vol.6, No.4  神奈川県立生命の星・地球博物館  Dec.,2000


資料紹介 昆虫タイプ標本―世界の共通財産―

苅部治紀(学芸員)

博物館には様々な性質の標本が収蔵されています。例えば,昆虫の収蔵庫をのぞいてみると、ある特定の分類群(例えばゲンゴロウやハナムグリ)を網羅したコレクションがあったり、展示を目的とした大型・美麗な世界の昆虫があったり、県内の特定地域の昆虫を調査したコレクションがあったりします。

さて、今回は一般にはあまりなじみのない、しかし科学的には極めて重要な存在である「タイプ標本」というものを紹介したいと思います。

みなさんは、生物の名前というものがどのようにして名づけられているかご存じでしょうか? 例えばわれわれになじみの深いオニヤンマを例にとると、「オニヤンマ」のような和名(その名のとおり日本国内だけで通用する名前)と「Anotogaster sieboldii」という学名(世界中で共通な名前)があります。もちろん一般の日本人が通常使うのは和名の方で、学名というものは存在も知らない方も多いかもしれません。しかし、もし学名がなければ日本人がオニヤンマとよぶ種類は、中国には中国名がありますし、韓国には韓国名があります。それぞれが自国名を使うとすると、お互いにどの種類をさしているのか、共通理解することは困難です。

そこで、学名の出番なのです。学名は国際的な約束事(動物ならば国際動物命名規約)のもとに世界共通に理解される名前ですから、言葉の異なる国の間でも、また、時代を超えても問題なく認識されるわけです。名前についてはいろいろとおもしろい話題もあるのですが、そろそろ本題に入りたいと思います。

学名は、専門の学術雑誌に新種記載という形で論文発表されるのですが、そのときには、その新種に国際動物命名規約にのっとって名前を与えるとともに、種の基準となる一つの標本に対して「ホロタイプ:正基準標本」というものを指定します。これはその種類がどのような特徴を持っているのかを示す基準となる極めて重要な標本です。ただし、ここでいう「重要」の意味は、いわゆる「お宝」としての重要性とは異なります。

生物の種というものは、研究が進むとそれまで1種と考えられていた中に複数の種類が含まれていたり、あるいは著名な研究者によって間違った種類にその学名が使われてしまったために、以後誤ったものにその名称が使われていたりと、いろいろと問題が生じることがあります。このような時に唯一の決め手となるのがホロタイプなのです。これを調べることで、上記のような疑問は解決されていくわけです。つまり、「使われて初めて価値が出る標本」ということもできます。このような目的がある標本のため、保管は公共の機関が責任を持って行うことが勧告されています。通常の標本のように個人が保有しているとその人の死後行方不明になったり、あるいは研究のための貸し出し要求にこたえられなかったりすることがあるためです。

さて、当館の昆虫標本収蔵庫には、かなりの数のホロタイプがあります。これらは、おもに館の昆虫担当学芸員の研究成果で、カミキリムシやハナノミといった甲虫類、トンボなどからなっています。さらに最近では館外の研究者からも寄贈される例も出てきました。信頼される公共機関として認識していただいていることは大変うれしいことです。

このようにホロタイプは、世界の共有財産として管理・保管・公開していくべき、きわめて貴重なものであることは、ご理解いただけたでしょうか? 使用目的が学術研究にあり、あまり展示などをするわけにもいかないため、日の目を見ることの少ないものですが(毎年の活動報告展示などの際には展示することがありますので、見られた方もおられるかもしれません)、このような研究面も普及活動や展示などとともに、博物館に期待される役割の一つなのです。

当館のホロタイプは、今後もさらに数が増えて行くはずです。博物館の研究ステーションとしての役割も充実させていきたいと思っています。

ベトナムサラサヤンマ(ホロタイプ)ラベル

 ベトナムサラサヤンマ(ホロタイプ)とラベル(トンボでは三角紙を使用)


[戻る]

[地球博トップページへ]