神奈川県立生命の星・地球博物館

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2000年12月15日発行 年4回発行 第6巻 第4号 通巻23号 ISSN 1341-545X


自然科学のとびら


Vol.6, No.4  神奈川県立生命の星・地球博物館  Dec.,2000


研究ノート マンガルの巨大なカニと貝

佐藤武宏(学芸員)

あこがれの八重山

石垣島、西表島をはじめ、サンゴ礁に囲まれた多くの島じまからなる八重山諸島は、東京からおよそ2,000キロメートル南西に位置しています。最近ではだいぶ開発が進んできているとはいえ、まだまだ手つかずの自然が残されています。とりわけ西表島は、ときに「東洋のガラパゴス」と称され、自然科学を志す者ならば一度は訪れるべき場所の一つとして挙げられることもしばしばあります。

このあこがれの八重山の自然の中でみられる、ある驚くべき巨大生物と、その生活について紹介しようと思います。

格好のフィールド

巻貝や二枚貝のなかまは、一般的に体の外側に堅い殻を持っています。この堅い殻は、カニや魚など、貝類の殻を割って中の軟体部を食べる動物に対して、防御の効果があると考えられます。そして、長い長い進化の歴史の中で、貝類は天敵から身を守るためにより強固な殻を持つように、カニ類はより効率的に殻を割ることができるように、それぞれの形質を発達させてきたという仮説が提唱されています。この仮説を検証するため、私は、学生時代の指導教官でもあった東京大学大学院助教授の大路樹生さんや、大学院生の大萱千草さんらと共同で研究を行っています。

このような研究を行うためには、現在と地質時代それぞれの、さまざまな環境での生物の相互関係を探る必要があります。そのため、黒潮の影響を受ける海域の北東端に位置する相模湾と、南西端に位置する八重山は、格好のフィールドといえるのです。

私たちは以前から数度にわたって西表島に調査に出かけていますが、今回は日本学術振興会科学研究費補助金の助成を受け(課題番号:11874069, 11740288)、東北大学総合学術博物館助手(当時は国立科学博物館研究員)の佐藤慎一さんを加えた4名で石垣島、西表島に調査に出かけました。

昼なお暗きマンガル

石垣島と西表島は、他の八重山の島じまに比べて圧倒的に面積が広く、島の中央部には400メートルを超える山がそびえています。島に降った雨は河川となって山を下り、海に注ぎます。その河口域では、河川によって運ばれた土砂が堆積し、広大な干潟をかたちづくります。干潟では河川は網目状に分岐したクリークとなり、潮の満ち引きによって淡水と海水が入り交じる汽水域とよばれる環境が広がります(図1・2)。

干潟の水位の変化 マングローブ

図1(左)・2(中) 干潟の水位の変化.1999年11月7日の干潮時(左)と満潮時(中)の様子.当日の潮位差は約 120 センチメートル.石垣島・名蔵湾(沖縄県石垣市).

図3(右) マングローブ.石垣島・嘉良川河口(沖縄県石垣市).

汽水域にはオヒルギ、メヒルギ、ヤエヤマヒルギなどのいわゆるマングローブが繁茂し、マングローブ干潟、あるいはマンガルとよばれる独特の生態系を形成しています。マングローブは、低酸素状態の軟泥地でも呼吸と体の支持ができるように、タコ足状の根を持っています。また、降り注ぐ太陽の光を効果的に受け止めるため、著しく枝分かれした枝に無数の葉をつけています。そのため、樹形は上と下が極端に広がった、砂時計型をしています(図3)。密集したマングローブは音や光を遮るので、マンガルに踏み入ると、昼なお暗く、不思議なまでに静寂の世界が広がっています。

私たちは、このマングローブの隙間を中腰になって、頭上の枝に気を配り、ときには頭をぶつけながら、腐敗臭のするぬかるむ泥と植物の根に足をもつれさせながら、うつむいたまま調査を続けました。

キバウミニナ
図4 マンガルに生息するキバウミニナとシレナシジミ.西表島・浦内川河口(沖縄県八重山郡竹富町).

巨大生物との遭遇

マンガルの中で最初に目につく動物は、ウミニナ科の巻貝、キバウミニナ (Terebralia palustris) です(図4)。この巻貝に近縁なホソウミニナ (Batillaria cumingii) は、小網代湾や油壺湾など、神奈川の干潟でも普通にみられる種ですが、その大きさが段違いです。ホソウミニナが殻高2〜3センチメートルなのに比べ、キバウミニナの殻高は約10センチメートルもあります(図5)。このソフトクリームのコーン部分ほどもある大型の巻貝が、マングローブの根元そこら中にゴロリンゴロリンと転がっているのですから、一種異様な光景です。

キバウミニナほど目立つ姿ではありませんが、目が慣れてくると、泥に埋まった二枚貝も見つけることができます。体の一部を泥の上に露出させているものもいれば、完全に泥の中に埋没しているものもいます。これはシレナシジミ (Geloina coaxans) というシジミ科の二枚貝です(図4)。本州の河口に生息するヤマトシジミ (Corbicula japonica) の殻長がせいぜい3センチメートルなのに対して、今回の調査では、殻長10センチメートルを超えるシレナシジミも確認できました(図6)。

マンガルの中で、キバウミニナはマングローブの落ち葉や、枯れ落ちた花を食べることによって、膨大な量の植物を分解します。その糞や、バクテリアなどによって分解された有機物は、水の中を漂い、それをシレナシジミが漉しとって食べています。この、マングローブを出発点とする、食物網の終点はどのような生物なのでしょうか。


図5(左) キバウミニナ(左:KPM-NG0020129, 西表島・船浦湾湾奥部東)とホソウミニナ(右:KPM-NG0004247, 三浦市初声町)の比較.

図6(右) シレナシジミ(左:KPM-NG0020120, 西表島・船浦湾湾奥部西)とヤマトシジミ(右:KPM-NG0003331, 川崎市多摩川河口)の比較.

どう猛な捕食者ノコギリガザミ


図7(左)・8(右) キバウミニナ(左:KPM-NG0020128, 西表島・船浦湾湾奥部東)の殻底にみられる捕食痕と,シレナシジミ(右:KPM-NG0020118, 西表島・船浦湾湾奥部西)の殻上のひっかき傷

キバウミニナの殻を詳しく調べると、ところどころに段差があることがわかります。これは、破壊された殻を修復した痕跡です(図7)。また、シレナシジミの殻には硬いものでひっかいたような傷が頻繁にみつかります(図8)。これらの貝が生息しているのは、柔らかい泥の干潟であって、岩石がごろごろしていたり、波が砕けるような荒々しい環境ではありません。そこで、私たちはこの殻の傷は、物理的な作用によるものではなく、何らかの生物が攻撃した結果であると考え、その犯人を探すことにしました。

これまでの調査から、ワタリガニ科のカニ類は貝類を好んで捕食することがわかっていましたので、ワタリガニ科のノコギリガザミ (Scylla serrata) を容疑者として調べることにしました。ノコギリガザミは、相模湾で普通にみられるガザミに比べてはるかに大型の体を持ち、こぶのついた大きなハサミには強力なパワーがあります(図9)。いかに大型のキバウミニナやシレナシジミといえども、このカニに攻撃を受けたならば、あっさり粉砕されてしまうかもしれません。

捕食者と被食者を特定するには、実験と観察の二つの方法があります。そこで私たちは、カニかごとよばれる網でノコギリガザミを生け捕りにして(図10)、実験室で貝とともに飼育し、捕食の様子を観察する方法と、野外で本当に捕食が行われているかを観察する方法を試みることにしました。

今回、大萱さんが1ヶ月近くにわたって飼育を続け、行動を観察したにもかかわらず、ノコギリガザミは最後までシレナシジミを捕食することはありませんでした。実験室では、自然の状態や条件を完全に再現することができないからなのでしょう。

マンガルでの野外観察の結果では、以前に大路さんが発見していたように、おびただしいまでのキバウミニナといくつかのシレナシジミのバラバラ死体が密集している場所を、今回も複数みつけることができ(図11)、しかもいくつかの現場ではそのすぐそばにノコギリガザミの巣穴があることも確認されました。

実験で直接、捕食の様子を確認できなかったのは大変残念だったのですが、野外観察から、ノコギリガザミがこれらの巨大な貝類を破壊して、捕食しているであろうことがほぼ確実となりました。

図9 ノコギリガザミ.私たちとの突然の遭遇に驚いたのか,大きなハサミを振りかざし,威嚇しながら巣穴に逃げ込んでいった.西表島・浦内川河口. 図10 カニかごで生け捕りにされたノコギリガザミ.西表島・浦内川河口.

図11 バラバラに破壊されたキバウミニナの死殻.西表島・船浦湾湾奥部西(沖縄県八重山郡竹富町).

進化の実験室

マンガルには、ノコギリガザミやキバウミニナ、シレナシジミだけが生息しているわけではありません。すぐに目につく動物を挙げても、カニ類ではミナミコメツキガニや多くのシオマネキ類、巻貝類ではウズラタマキビやイロタマキビなどのタマキビ類やカニノテムシロガイ、ミナミトビハゼなどの魚類、エビ類、ゴカイ類などが、それこそ無数に生息しています。しかし、巨大なのはこのうち、わずか3種だけなのです。

捕食者と被食者の進化に関する、捕食者はより効率良く捕食を行えるように、被食者はより捕食されないように進化する、という仮説を思い出してみましょう。被食者であるマンガルのさまざまな動物のうち、魚やエビは、敏捷に逃げることによって捕食を逃れることができます。カニノテムシロガイは殻の殻口部を厚くすることによって破壊を避けることができます。タマキビ類はマングローブの樹上で生活することによって恐ろしい捕食者と生息域が重ならないようにしています。多くの小型のカニ類は泥に巣穴を掘り、そこに素早く逃げ込むことによって捕食を逃れることができます。では問題の3種の場合はどうでしょう。

ノコギリガザミにとって、普段泥の上に転がっているキバウミニナとシレナシジミは格好の獲物です。これらの貝は絶えず捕食の脅威にさらされています。他の種のように積極的に捕食から逃れる術を持たない彼ら彼女らは、健気にもただただじっと耐えることによって、ノコギリガザミが捕食をあきらめてくれることを待つしかないのです。大きな殻は相対的に強固なため、捕食に対して有利です。したがって、キバウミニナとシレナシジミは長い時間をかけて、ただ単純に大きくなる、という方向に進化したと考えることができます。そして、それに呼応するように、ノコギリガザミのほうも体とハサミが極端に大きくなる方向へ進化していったのでしょう。

このように捕食者と被食者がお互いの戦略に呼応して、それぞれの戦略をエスカレートさせていくような現象は、しばしばみられる進化の一つのかたちです。

八重山のマンガルはその進化の結果を、美しい自然の中に私たちに示してくれる、進化の実験室の一つなのです。


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