神奈川県立生命の星・地球博物館

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2001年3月15日発行 年4回発行 第7巻 第1号 通巻24号 ISSN 1341-545X


自然科学のとびら


Vol.7, No.1  神奈川県立生命の星・地球博物館  Mar.,2001


ヤマトシジミ―河川漁業を支える汽水生物の現状―

根本隆夫(茨城県内水面水産試験場)

はじめに

「味噌汁」と言えば「シジミ」と思う人が多いほど、シジミは日本人の食文化に根付いた生き物です。しかし、日本産のシジミは生息環境の変化などにより減少を続けています。関東地方のシジミ産地である茨城より、シジミの生態と産地の現状をご紹介します。

ヤマトシジミ親貝
図1 ヤマトシジミ親貝

シジミの種類

日本産シジミ属 Corbicula には、マシジミ Corbicula leana、セタシジミ C. sandai、ヤマトシジミ C. japonica図1)、の3種があります。このうちマシジミは全国の小川や農業用水路にすむ淡水種で、漁業対象になるほどまとまって生息していません。近年は河川改修や水路のコンクリート三面化、農薬などの影響で全国的に減少しています。セタシジミは琵琶湖固有の淡水種ですが、底質の悪化などにより減少し、現在は最盛期の50分の1程度の漁獲量しかありません。ヤマトシジミは唯一海水と淡水が混ざる汽水域に生息する種類で、北海道から九州まで分布し、単位面積あたりの生息量が多く食味も良いことから漁業対象種となっています。したがって、現在日本で漁獲されているシジミのほとんどがこのヤマトシジミなのです。ヤマトシジミが単位面積あたりの生息量が多い理由として、マシジミに比べ一個体あたりの産卵数が数十万から百万個と多く再生産力が高いこと、そして基礎生産力の高い汽水域の環境に適した種であることがあげられます。


図2 ヤマトシジミの生活史

ヤマトシジミの生態

図2にヤマトシジミの生活史を示しました。産卵期は地域によって若干異なりますが、水温が約23℃以上になった夏季で、関東の産地である利根川や涸沼では、7月〜9月頃です。ヤマトシジミは雌雄異体で成熟期に殻を開けてみると、灰黒色の卵巣を持った雌と乳白色の精巣を持った雄の違いが分かります。卵巣・精巣は5月頃から徐々に発達しはじめ梅雨時の6月に急激に発達し、梅雨後半には完熟状態になります。しかし、汽水性のヤマトシジミは海水の1/5〜1/50くらいの塩分濃度がないと正常に卵の発生ができないため、川の塩分が低い梅雨の間はほとんど産卵しません。通常年では梅雨が明け塩分濃度が上昇すると産卵が始まります。ヤマトシジミ卵(約0.1mm)は水中で受精し、約1日でローマ字のDの形に似たD型幼生(図3)に変態し、6〜10日間水中を浮遊します。この期間は適度な塩分が必要で、海水と淡水の潮目付近に濃密に分布し、潮の満ち引きにのって上流側と下流側を行き来します。もし、この間に海へ流されると高塩分によりへい死してしまいます。そのため、ヤマトシジミが毎年安定して発生するには、ある程度の汽水域の距離が必要です。


図3 ヤマトシジミD型幼生

浮遊期を終えて殻長0.2mm程の着底稚貝となると真水に近い塩分濃度でも生息が可能となりますが、海水に近い高塩分下では生きていけません。殻長7mm位までの稚貝期にはクモの糸のような足糸を出し、物に付着する性質があります。これは流速の早い河川において海へ流されなくするのに役立つものと考えられます。ヤマトシジミ稚貝は成長の個体差が大きく、その年の冬までに殻長10mm位に成長するものもあれば、1mm以下のものも見られます。冬は水温が低いため川底の砂に深く潜って過ごしほとんど成長せず、春になり水温が上がると川底表面まで出てきて夏までに急成長します。成熟サイズは殻長15mmほどで、利根川や涸沼では早いもので約1年でこの大きさになり、遅くても2年で成熟すると見られます。

汽水域の環境は?

ヤマトシジミが生息する汽水域は川の河口や河口付近の湖に存在します。この水域の特徴として、<1>潮汐や降雨の影響を受けて塩分の変化が激しいこと。<2>栄養が溜まりやすく水質が汚濁しやすいこと。<3>水深が浅く植物プランクトンの発生が多いことがあげられます。魚類に比べ貝類は移動能力が低いため不適な水質環境になったときに回避することが困難です。しかし、ヤマトシジミは生息に支障のない塩分が0〜約2/3海水濃度であり他の二枚貝類に比べ広範囲に対応でき、低酸素水に対する耐性も高いことから、植物プランクトンなどの豊富な餌を利用して汽水域に優占的に生息できるのです。

しかし、ヤマトシジミの生息に適した日本の汽水域は、様々な人間の行為により減少してきています。<1>水深が浅く埋め立てや干拓がしやすいことから開発の対象となる。<2>洪水防止のために河床を深く掘り、良好な浅場が減少する。<3>農作物の塩害防止や水利用のため水門や河口堰を建設し淡水化する。<4>生活排水、産業廃水により水質が汚濁し底質も悪化する。このような原因により、全国のヤマトシジミ分布域は縮小し、資源量も減少しているのが現状です。


図4 利根川水系におけるシジミ漁獲量の経年変化

関東のシジミ産地の現状

関東地方のヤマトシジミの主産地は那珂川水系の涸沼・涸沼川(茨城県)が3,122トン、利根川(茨城県・千葉県)が1,731トンです。その他、水質の改善により資源の回復が見られる東京都の荒川、中川、江戸川で合計309トンの漁獲があります(1998,農林統計)。

かつて全国生産量の7割近くを占め日本一の産地であった利根川の現状をご紹介します。江戸時代から昭和初期にかけて江戸(東京)周辺の水害防止と新田開発、船運などのために、幕府(政府)により“利根川東遷工事”が行われました。これは江戸川経由で東京湾に注ぐ利根川本流のルートを、鬼怒川・小貝川とつなげ太平洋に注ぐ現在のルートに変えるという大規模な工事でした。これにより、逆に利根川下流域から霞ヶ浦周辺地域で洪水が頻繁に起きるようになりました。この対策として戦後間もない1949年から利根川下流部と霞ヶ浦につながる常陸利根川で川底を掘り下げる浚渫工事が行われました。その結果1955年頃からこの地域の水田で大規模な塩害が発生しました。そして、塩害防止と首都圏などの新たなる水需要を目的に利根川河口堰と常陸川水門が建設されました(以下河口堰、水門と略す)。河口堰、水門は河口から約18km上流側にあります。この河口堰は日本初の河口堰であり、後の全国河川のモデルとなりました。

利根川本流のヤマトシジミは河口堰の運用開始直後に大量へい死し、漁獲量は激減しました(図4)。また、霞ヶ浦・北浦のヤマトシジミは水門による淡水化で消滅していきます。その後、漁業者が宍道湖や涸沼から種苗を購入し移殖放流を続けたことで一時的に漁獲量は回復しますが、長く続かず現在も減少を続けています。これは河口堰、水門の下流部も高塩分の水塊が滞留し低酸素状態になるようになったこと、河川改修により水草帯が減少し静穏域が減少したこと、生活排水の増加により水質が悪化したことなどが原因として考えられます。

輸入シジミの問題

1971年以降、利根川の減少分を補うように宍道湖(島根県)が増産し、日本一となりました。しかし、宍道湖も徐々に漁場環境が悪化し、現在では漁獲量が減少しています。他の全国産地も同様の問題を抱えており、1998年の全国のシジミ総漁獲量は19,932トンで、ピーク時の3分の1ほどになっています。これを補うように、中国を中心に韓国、ロシアなどからのシジミ輸入量が年々増加し、1998年は国産量とほぼ同等の18,655トンに上っています。昨年、改正JAS法が施行され産地表示が義務化されましたが、皆さんは外国産シジミの表示を見たことがありますか…?

輸入シジミは流通の問題以上に日本の水域に放流した場合の生態系に与える影響が懸念されます。その可能性として、<1>日本のシジミが競争に負けて減ること。<2>日本のシジミと混血が起こること。<3>思わぬ混在生物が増えること。<4>外国から持ち込んだ病気が日本のシジミに感染することなどが考えられます。既にこれと同様の現象が魚の世界で起こってることはお分かりかと思います。輸入シジミは安易に日本の川に放流しないことです。

おいしいシジミ汁を残すために

日本のヤマトシジミは、輸入物の中心である中国産の淡水シジミより旨味成分が多くて人気があり、価格が安定しているので、ヤマトシジミの産地では今でも河川漁業が成立しています。漁業者は残された資源を大切に管理しながら私たちにシジミを提供してくれます。また、シジミは私たちが河川に排出した栄養分をプランクトンを経由して吸収します。ですから漁業者が採ったシジミを私たちが食べることは、物質循環がうまく行き、水質の浄化にもつながることなのです。安易に輸入品に頼ることなく、シジミが生息できる環境を維持しながら川の恵みを利用していくことは、飲み水を利用する上でも安心材料なのです。おいしい日本のシジミ文化を残すためにも河川が抱える環境問題を漁業者だけに抱えさせるのではなく、彼らを支援し少しでも力になることが必要だと思います。

主な参考文献

中村幹雄編著(2000):日本のシジミ漁業,たたら書房.


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