神奈川県立生命の星・地球博物館

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2001年6月15日発行 年4回発行 第7巻 第2号 通巻25号 ISSN 1341-545X


自然科学のとびら


Vol.7, No.2  神奈川県立生命の星・地球博物館  Jun.,2001


忘れえぬ3人の外来研究員

出川洋介(学芸員)

当館では毎年、外部研究者の一つとして外来研究員を受け入れています。昨年までに、動植物・古生物地学各分野の研究者や学校の先生、ポストドクターなど様々な方、計約20名もの外来研究員が多くの実績をあげてきました。ここでは、昨年度、菌類分野の外来研究員として活躍した3名の方々について、紹介しようと思います。

この春、青木淳一館長が「南方熊楠(みなかたくまぐす)賞」という賞を受賞しましたが、皆さんは南方熊楠という人をご存知でしょうか。博覧強記と称される明治に生きた大変スケールの大きな博物学者でしたが、彼の視点や生き様は多くの点で今日に通じるものがあり再評価がされています。私達を率いる当館の親分が現代の博物学の巨匠と認められたことは何とも嬉しく大きな誇りです。

さて、一人目の外来研究員、慶應義塾大学の松本淳氏は、この南方熊楠が生涯を通じて魅せられた不思議な菌類、変形菌(粘菌)の分類を専門とする新進気鋭の研究者です。「神奈川県産変形菌類相の研究」という研究課題で、館収蔵の標本検討や、箱根・三浦半島などでの調査を実施され、県内の変形菌フロラとして約30種を明らかにされました。

その一方で、中学生の自由研究の指導にも加わっていただきましたが、普段、大学生を指導している松本氏も発想の柔軟な中学生パワーには苦闘の様子でした。しかし、松本氏自身が変形菌に興味を持つようになったのが、ちょうど中学生の頃だったそうで、熱意をもって相談役となってくれました。沢田茉莉亜さん、矢野嵩典君、神保亨君の3人の中学生は見事な自由研究をまとめてくれました。研究のみならず快く将来の“熊楠”輩出に向けて尽力下さった松本氏に御礼申上げます。

二人目は、遥か赤道直下の国、インドネシア国立科学院ボゴール植物標本館のAtik Retnowati 研究員です。

一昨年の年末、私は兼ねてより念願だった、熱帯菌類の研究で永い伝統のある同館を訪れました。そのときに、留学より戻られキノコ担当のキュレーターとして標本館への就職を控えておられたAtik氏には大変お世話になったのですが、今度は、国際協力事業団の研修で2月から1ヶ月間、Atik氏が当館の外来研究員として来日され博物館活動に当られました。

Atik氏は熱帯に産する小さなキノコの分類を専門にされており、当館では「神奈川県産ホウライタケ属の分類学的研究」という課題で、主に館収蔵標本の検討をされました。厳寒期、小雪の舞うフィールドではさぞかし寒い思いをされたことと思いますが、博物館すぐ脇の長興山から Marasmius aurantiobasalis というインドネシアやニュージーランドに分布するキノコを発見されたのには驚きました!

Atik氏には日本の文化も知って頂こうと、菌類ボランティアグループの皆さんは、茸料理も交えた和食の昼食会を準備して下さり、また本人たっての希望でご案内した“回転寿司”には大層喜ばれていました。帰国を控えた3月17日、Atik氏と日本の若手キノコ研究者4名に研究発表をお願いし、キノコ分類に関する公開研究集会を催しました。集会には全国より40名近くの方が集まり、熱帯から日本に分布するキノコの分類について、夕方まで白熱した議論が交わされました。アジアの菌類研究はまだ遅れています。今後は国際的に協力しながらアマチュア研究者の方々にも協力を求めて研究を進めていこうとしめくくり、盛況のうちに会を閉じました。

在りし日の笠井さん
長興山での菌根を観察中の在りし日の笠井さん(中央)

最後になりますが、三人目の笠井一浩外来研究員のことをお伝えしておかねばなりません。笠井氏は私の学生時代からの友人で、菌類生態を専門とされ当館では「フォッサマグナ地域に生育するスダジイの外生菌根の類別」という課題に取り組まれました。いま噴火活動をしている三宅島等、伊豆諸島から箱根の火山性裸地より森林がいかに発達するかを探ろうというものです。12月には、菌類ボランティアとともに、長興山のスダジイの菌根を調査しました。真冬でも、目に見えないキノコの菌糸は地下で生きています。これを観察するのは非常に根気の要る作業ですが、笠井さんの得意とされるところです。掘り出した根を観察すると、密に菌糸に覆れて膨らんでいるのがわかります。これを「菌根」といい、ほとんどの植物は根で菌類を養う代わりに、菌類に栄養吸収を助けてもらい共生しています。その森林育成能力の林業的重要性に着目し、現在、神奈川県では自然環境保全センターの藤澤氏を中心に丹沢ブナ林の菌根の研究が進められています。

年明けて1月から笠井氏は、国際協力事業団の技術指導専門家として、パプア・ニューギニアに赴かれました。ところが、この4月22日に赴任先の現地で不慮の事故に遭われ惜しくも35歳という若さにして亡くなられました。これからの活躍が期待されていた矢先のことで、本当に悲しみに耐えません。心よりご冥福をお祈り致します。また、博物館活動に協力頂いた笠井氏のことを「菌根」という言葉とともに皆さんの心にも留めておいていただきたく思います。

博物館は、自然史の理解を心がけるあらゆる人に支えられることで大きな可能性を孕み得る場です。今後も様々な研究に第一線で携わっている外来研究員を招いて博物館活動を活性化すると同時に、その研究内容をより広く皆さんもお伝えしていきたいと思っています。


※註
神奈川県立生命の星・地球博物館の外部研究者(客員研究員・外来研究員・研究生・共同研究者)を受け入れています。外部研究者は自然科学および博物館学の基礎的研究のために当館の施設や資料を利用できます。

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