神奈川県立生命の星・地球博物館

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2001年6月15日発行 年4回発行 第7巻 第2号 通巻25号 ISSN 1341-545X


自然科学のとびら


Vol.7, No.2  神奈川県立生命の星・地球博物館  Jun.,2001


ナベヅル~冬の到来を告げる黒いツル~

加藤ゆき(学芸員)

ナベヅル

「鶴」といえば大半の方は「タンチョウ」を思い浮かべるでしょう。雪原の中で優雅に舞う姿は美しく、コマーシャルや掛け軸、果てはお札にデザインされるくらい日本人の感性にぴったりな鳥です。しかし、世の中には黒や灰色の体色をした地味なツルもいます。世界には15種のツルが南アメリカと南極大陸を除くすべての大陸、日本を含むいくつかの島の湿地や草原にすんでいます。そのうちタンチョウのように体が白いのはわずか3種、残りの12種は地味な色をしています。ここではこれらのうち、小柄で体の色が黒い「ナベヅル」の話をしましょう。

ナベヅルとは?

あまり聞きなれない名前の鳥ですね。漢字で書くと「鍋鶴」。名前の由来はその体の色にあり、鍋底についたススのように黒い色をしていることから名付けられました。身長約90cm、羽を広げた大きさは約180cm、体重は3~4kg、ツルの中では小型です。日本では冬鳥または旅鳥で、かなり局地的に観察されます。国内で確実な越冬地は2ヶ所。1ヶ所は鹿児島県出水(いずみ)平野で越冬数は約1万羽、もう1ヶ所は山口県八代(やしろ)で越冬数は約20羽、その他では渡りの時期に観察されるか単年度で越冬するくらいです。世界の生息数は1万羽程度と推定され、その大半が出水平野で冬を越します。この種は絶滅が心配されており、1998年に発表された環境省のレッドリストでは絶滅危惧II類に指定されています。

繁殖地のくらし

ナベヅルはロシア東南部のアムール川やウスリー川流域、中国東北部の林に囲まれた湿地で繁殖します(図2)。一つがいが必要な面積は約20km2、5月から6月にかけて巣を作り、卵を2個産みます。卵はオスとメスが交代で温め、1ヶ月ほどでふ化します。生まれたヒナは2、3日すると親と一緒に巣を離れ、湿地でくらします。生まれたときの身長は15cmくらい、全身茶色の綿のような羽で覆われ飛ぶことはできませんが、生後3ヶ月もすると羽が生え変わり、親と同じ大きさになり、なんとなくツルらしくなります。そして、生後半年足らずで親とともに日本や中国南部、朝鮮半島へと渡ります。寿命は20才前後と推定されており、繁殖を始めるのは3、4才になってからです。

日本2ヶ所の越冬地

2ヶ所の越冬地は、文化庁から「鹿児島県のツルおよびその渡来地」と「八代(やしろ)のツルおよびその渡来地」としてそれぞれ特別天然記念物に指定されています。しかし、趣はだいぶ違います。出水平野の場合、主な生息地は八代(やつしろ)海に面している干拓地やその周辺の農耕地です。ナベヅル以外にマナヅルやクロヅルといった他の種も同じ地域で冬を越し、昨シーズンはツルだけで13,521羽(鹿児島県ツル保護会 2001)が記録されました。行政は冬の間、ツル保護のために農耕地を借上げ保護地域とし、関係者以外の立ち入りを禁止しています。この中の田んぼに水を浅く張って人工ねぐらを作り、毎朝、ねぐら周辺の農道に小麦やモミなどのエサをまいています。

ところが八代(やしろ)の場合、生息地は四方を低い山に囲まれた小さな盆地です。ここでは主にナベヅルが越冬します。保護地域は特に設置せず、地元の人々は、ツル保護のために農耕地への立ち入りを自粛しています。また、観光客にも、野鶴監視所(町営の観察施設)周辺で観察をするように協力を求め、できるだけツルを驚かせないよう気を使っています。ねぐらは行政と保護団体が協力して、山間の棚田に作ります。この棚田は耕作放棄されたものを行政が買い取り、公有地としたものです。ここを、渡来直前の9月下旬~10月上旬にかけて、あぜぬりや草刈り、地ならし、枝払いをし、その後水を張りねぐらとして整備します。

一日の様子

ナベヅルはとても早起きです。出水平野では、まだ暗いうちにねぐらから鳴き声がさかんに聞こえます。そして、夜明け前に数羽、数十羽単位でねぐらを飛び立ち、隣接する出水干拓やその周辺の農耕地へと出かけ、家族単位、若鳥同士のグループ単位で日中を過ごします。しかし、中には不精して出かけずに保護地域に残るものもいます。そして、夕方になるとねぐらへ戻り眠ります。八代でも一日の行動はほとんど同じですが、家族ごとのなわばり意識は八代のほうが強いようで、ディスプレイをしながら他の家族を牽制している光景を見かけます。

最後に

ナベヅルは全国の動物園等で飼育され、簡単に見ることができますが、野生のものは一味違います。のどかな田園風景にとけこんだナベヅルの家族を見られるのは世界でも八代だけですし、1万羽ものまとまった集団を見られるのは出水平野だけです。この冬は、ナベヅルを見にでかけてみませんか? きっと新鮮な驚きがあるはずです。

出水市、保護地域のナベヅル・マナヅル
図1 保護地域で撒かれた小麦を食べるナベヅル。中央、頭を上げているのはマナヅル。(鹿児島県出水市)
ナベヅルの繁殖地と越冬地
図2 ナベヅルの繁殖地と越冬地
(C. D. Meine and G. W. Archibald 1996より作成)

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