神奈川県立生命の星・地球博物館

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2001年6月15日発行 年4回発行 第7巻 第2号 通巻25号 ISSN 1341-545X


自然科学のとびら


Vol.7, No.2  神奈川県立生命の星・地球博物館  Jun.,2001


展示シリーズ6   マッコウクジラの骨格標本

山口佳秀(学芸員)

「オ−イ、マッコウ君」前回の続きを話してあげよう。

マッコウクジラが日本の沿岸に漂着した記録は、日本動物園水族館協会の調査によると、1980年1月に和歌山県那智勝浦町の砂浜に体長4mの個体が漂着したのを初めに、茨城県大洗町の海岸に体長5mのオス、静岡県南伊豆町の海岸には大きさは不明ですが2例、千葉県富山町の海岸に体長11mのメス、沖縄県八重山郡竹富町の海岸に体長10mのオスのクジラなど6個体が報告されていましたが、君のように東京湾内への漂着は大変珍しい出来事だったのです。

1991年1月24日、君は横浜港本牧埠頭A突堤2号物揚場に2台の大型クレ−ン車によって吊り揚げられ、生まれて初めて陸上に置かれたのです(写真1)。

陸上げされたマッコウクジラ
写真1 横浜港本牧埠頭に陸上げされたマッコウクジラ

多くの人が見守るなか、鯨類研究所生物研究室の3人の研究者によって君の体は隅から隅まで観察されました。測定部位は23ヶ所にもおよび、6ヶ所の皮厚測定も行われました。そして、皮脂、肉、心臓、肝臓、腎臓、脳油、血液の一部は冷凍保存され、睾丸はフォルマリン固定し、鯨類研究所における研究資料となりました。また、君の下顎には左側に23本、右側に24本、上顎には左側に21本、右側に18本の歯がありましたが、君の年齢査定をするために上顎の右側の10番目の受歯が抜かれました。現在の君は1本の歯抜け状態なんだよ。

解体作業には、捕鯨基地のあった和歌山県太地町から7人と宮城県鮎川町から3人の鯨の解体専門作業員に出向いていただき、都内にある剥製会社の作業員10人があたりました。

解体は最初に尾の部分が切り落とされ、次第に体の前半部へ進んでいきました。さすがにプロ集団です。刃わたり50cm、柄の長さ2mほどの「なぎなた」の様な大包丁を巧みに使い、手際良く解体していきました。君の頭部が解体されるとき、真っ白いシャ−ベット状に固まったワックスと透明な美しいワックスが大量に滴り落ちていたことを今でも鮮明に記憶しています。これは頭部の大部分を占めている脳油器官で、平凡社の動物大百科2巻の55ペ−ジには「脳油器官の中のワックスの融点は29℃であるが、そこに入りこんでいる鼻道と血管系が脳油器官の温度調節をするというものである。クジラが暖かい海面から冷たい深層に潜水するにつれて鼻道に海水が流入して、正常体温33.5℃になっているワックスは固化収縮し、比重を増してクジラの沈下を助ける。浮上するときは頭部の毛細血管の血液が流量を増してワックスの温度をわずかに上げて、その浮力を増し疲労したクジラを浮き上がらせる。これがマッコウクジラの奥の手で、潜水ののちは最小の労力で浮上することが保証されている。」と記述されています。あの美しいワックスには、君が1000mもの深い海に1時間もの長い間、平気で潜水できる秘密が隠されていたんだね。

午前8時に始まった解体作業も午後2時30分には骨格部分の全てを取り出すことができ作業は無事終了しました。

午後4時すぎ、骨格だけになった君は、次の作業を行う国府津海岸に運ばれるために、トラックに乗せられたのです。

生命展示室のマッコウクジラ
写真2 マッコウクジラ(生命展示室)

翌日、国府津海岸に運ばれた君は、砂浜に並べられ、一つ一つの骨に、タッグという番号札が付けられました。また、細かな骨は散逸を防ぐためにビニ−ルの網ぶくろに入れ、地下2.5mの砂地に埋め、「油抜き」されたのです。鯨の骨には油が大量に含まれており、骨格標本を長期保存するためには、土中に鯨の骨を埋設させ、土の中に含まれるバクテリアなど微生物の働きによって、白骨化が必要なのです。ユンボを使用して砂浜に穴を堀り、頭骨、下顎骨、脊椎骨、肋骨の順に埋めました。

1993年10月5日、掘り起こし作業の日、ユンボとスコップを用いた手作業を平行しながら、骨の破損に気をつけながら掘り出し作業は進められました。地中に埋めていた時間が長すぎたこと(腐敗の盛んに行われる夏期を3シーズンも経過させてしまった)、埋設地点の近くに河川の流れ込みがあったり、満水時に浸水するなど埋設した環境が良くなかったために、骨の状態は最悪に近かったのですが、無事すべての骨を掘り出すことができました。

骨は、剥製業者に引き渡され、全身骨格に組み立てられました。組み立てについては、剥製業者の企業秘密の部分が多く、君にも教えてあげることができません。

油抜きの状態が最悪であったため、骨は壊れやすく剥製業者は組立てに大変苦労をしたようですが、全身骨格標本として無事完成し、生命展示室に君は吊り下げられたのです(写真2)。

1995年3月20日、博物館がオ−プン以来、君は200万人を超すお客さんに見上げられているんだよ。

あー、そうだったんですか。よくわかりました。山口君、私が横浜港に迷い込んだおかげで、あなたは助かったんだね、それじゃー、あと、10年はここで頑張ってみるよ。


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