神奈川県立生命の星・地球博物館

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2001年12月15日発行 年4回発行 第7巻 第4号 通巻27号 ISSN 1341-545X


自然科学のとびら


Vol.7, No.4  神奈川県立生命の星・地球博物館  Dec.,2001


展示シリーズ8 イネ科植物の歴史

木場英久(学芸員)
1階生命展示室のイネ科コーナー
図1 1階生命展示室のイネ科コーナー

今回の「展示シリーズ」では、生命展示室の奥の一角にあるイネ科のあたりを紹介したいと思います。少々地味な展示物に込めた思いを感じ取っていただけたら幸いです。

被子植物の楽園―熱帯多雨林

陸上植物のうち、現在もっとも繁栄しているのは被子植物です。そして、被子植物のもっとも発達した社会は熱帯多雨林に見ることができます。展示室では、森の上にひときわ高くつきだした超高木を支える板根や、巨大な花を咲かせる寄生植物ラフレシア、さまざまな形のランの花などを展示して、複雑な植物社会が成立している楽園の様子を紹介しています。1年中暖かく、雨量が多い気候は、休むことなく成長を続けられ、陸上植物にとって生活しやすい環境といえます。被子植物の祖先は、きっとこういう環境で多様化を進めたのでしょう。

森の外へ

しかし、陸上はどこでも温度や降水量に恵まれているというわけではありません。この2つの環境条件のうち、どちらか片方でも悪いところでは、森が育ちません。緯度や標高が高くなれば気温が低くなりますし、陸地のおよそ40%が乾燥地か半乾燥地といわれます。そういう環境では、地上部分を使い捨てにして、短い時間で次の世代を作れる方が生き残る上で有利なようです。森を離れて、より厳しい環境へ適応するために、大昔の被子植物は樹木から草本へ、多年生から一年生へと次第に小型化し、生活域を広げました。その最先端がイネ科植物を中心とした草原です。

世界のイネ科植物は約12,000種あります。ラン科植物の15,000種にはおよびませんが、地表を被う面積では世界一でしょう。太陽エネルギーを動物が利用できるような形に変換する作業をもっともたくさんやっている陸上植物ということができます。展示室では、数十種の身近なイネ科植物を展示してイネ科の多様性の一端を紹介しています。

食われ強いイネ科と哺乳類の繁栄

「草本」という体制ができたことの影響は、植物が生活場所を広げたというだけではありません。もしも樹木ばかりで草がなければ、ウシやウマなどの草食動物も進化できなかったと考えられます。イネ科植物は花序を出すまでのあいだ、細くて長い葉を伸ばし、茎の先端の成長点を地面近くに残しています。このため、他の植物に比べ、食べられることによるダメージが小さくてすみます。そういう点でもイネ科植物は草原に適した植物なのです。


Stipa mongholica の基部
図2 Stipa mongholica の基部.ネパールの高山草原では しばしば夏のあいだだけヤギなどの家畜の放牧を行います。この標本にも、一度、動物に食われた跡(矢印)があります。

もうひとつの禁断の果実(穎果)

もっとずっと後の時代のできごとですが、それまでは狩をしたり、野生植物の実や葉をを食べたりしていた我々の祖先は、イネ科植物を使って農耕をするようになりました。西アジアではコムギやオオムギなどの麦類を、熱帯アジアの湿地でイネを、中国ではアワを、新大陸ではトウモロコシを栽培するようになりました。狩猟・採集生活から農耕をするようになると、蓄えができて、人類の生活は安定したでしょう。その反面、労働時間は長くなったと考えられています。また、食料を手に入れるための努力(仕事)と、それによる報酬の間の時間差が大きくなり、本能では理解できないことを理性的に強いるストレスを受けることになりました。そういう生き方を受け入れ、つらい労働をこなすことによって、人類は強大な生物になったのです。それが地球や人類自身にとって良いことだったかどうかは、意見の分かれるところでしょうが。

つまり、イネ科植物は高い生産力で哺乳類の繁栄を支え、人類に農耕文明をもたらし、地球の歴史に大きなインパクトを与えてきたわけです。…そうして展示のストーリーは共生展示室へと続いていきます。

風が吹くから花を咲かせた

一番最初にイネ科植物の展示コーナーを「少々地味」といいましたが、それにはわけがあります。植物が色とりどりの花を咲かせ、香や蜜を出すのは、花粉を運ぶ昆虫などの動物を呼び寄せるためなので、言い方を換えれば、「きれいな花は動物の好むように進化した」といえます。イネ科など、風で花粉を移動させる植物は、動物に媚びを売らずに風まかせに生きているわけで、私はそういう生き様に大いに憧れます(なかなか実践はできませんが…)。ですから、イネ科植物は、もともと人類を含めた動物にアピールするつもりはないのです。

ここでもまた、人類の専売特許である理性を働かせなければ見えてこない世界が、私たちの近くに待っています。よく見てみると、いいものですよ。



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