神奈川県立生命の星・地球博物館

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2001年12月15日発行 年4回発行 第7巻 第4号 通巻27号 ISSN 1341-545X


自然科学のとびら


Vol.7, No.4  神奈川県立生命の星・地球博物館  Dec.,2001


ブラックバス問題―最近の動向、そしてこれから必要なこととは?―

瀬能 宏(学芸員)

はじめに

昨今、北米原産のブラックバス(サンフィッシュ科のオオクチバス(図1)やコクチバス(図2)の総称、単にバスとも言う)が大きな社会問題(以下、バス問題と略す)となり、マスメディアを騒がせています。バス問題がアライグマやマングースなど他の移入生物(外来種とも言う)が抱える問題と本質的に異なる点は、バスを積極的に利用することで楽しみや利益を得る社会勢力が根強くいることです。例えば経済効果を何よりも優先させる釣り具メーカーや釣り雑誌社、公益の名の下にバス釣りを推進する釣り関連団体、個人の楽しみとしての釣りを当然の権利として主張するバサー(バス釣りをする人)など、バス擁護派と呼ばれる人たちのことです。これとは正反対の立場に立つのがバスによる食害に苦しむ内水面漁業従事者、生物多様性保全の理念に基づきバスの徹底駆除・撲滅を主張する研究者や学会、自然保護に関連する各種団体です。両者の主張は真っ向から対立し、行政は右往左往し、バス問題は混迷をきわめているのです。

ここではこの1年間に私が関わったバス問題をめぐるいくつかの出来事を紹介しながら、この問題についての最近の動向、そして問題解決に向けて何が必要なのか、私見を述べてみたいと思います。

水産庁が政策転換!?

昨年の12月、衝撃的なニュースが日本列島を駆けめぐりました。自民党の水産基本政策小委員会の席上で、水産庁は外来魚の移殖制限を法定化し、規制強化に踏み切る一方で、地域によっては外来魚を漁業権魚種として認める法案を与党に提出するというのです(2000年12月5日付け水産経済新聞; 朝日新聞ウィークリーアエラ2000年12月11日号による)。オオクチバスを排除する水域と、生息を認めて積極的に利用する水域とに分けるという案なので、「ゾーニング案(すみわけ案)」と呼ばれています。それまでの水産庁の基本姿勢は、ごく一部の特例的な水域を除いてバスを自然水域から排除するというものでしたから、突然の政策転換に魚類の研究者はびっくり仰天してしまったのです。

ゾーニング案に潜む落とし穴

ゾーニング案は、一見、バス擁護派とバスに反対する人たち双方の主張が考慮されているように思えますが、実は大きな落とし穴が隠されていたのです。

まず第一に、公認のバス釣り場が設定されれば、そこが種湖となり、そこからバスが持ち出されて違法放流を助長させる危険性が指摘されています。法的に規制されている現在でも、バスの違法放流は一向に止む気配を見せないどころか、コクチバスのようにむしろ拡散に拍車がかかっているような状況なのです。違法放流を抑止するためには、規制強化はもちろんですが、釣り人の意識が根本的に変わる必要があるでしょう。

第二に、バスの資源管理技術は未だ確立されておらず、排除すべき水域からバスをどうやって取り除くのかという問題が指摘されています。現状ではある程度の駆除は可能でも、完全に取り除くには小さなため池ですら困難をきわめます。全国に無数にちらばるバス生息水域からどうやってバスを排除するのか? それが困難な状況の中での公認釣り場の増設は、正に「やったもん勝ち」の構図であり、社会に受け入れられるはずもないでしょう。

第三に、大量のバスとそれを養う大量の小魚を供給しない限り、多くのバサーを満足させるバス釣り場は成立しないことが指摘されています。水域生態系の中でエネルギーは、太陽光を直接利用する生産者(緑色植物)→一次消費者(緑色植物を食べる植食者:甲殻類や昆虫など)→二次消費者(植食者を食べる小型の肉食者:小魚)→三次消費者(大型の肉食者:ブラックバス)へと流れます。栄養段階がひとつ上がるごとに生物の生産量は桁違いに少なくなるのが普通なので、ブラックバスが最高位の三次消費者にランクされるとすれば、餌となる小魚の量に比べると、わずかな数のバスしか生息できないことになります。また、バス釣りでは資源維持の目的でいわゆるキャッチアンドリリース(釣った魚をその場で逃がしてやる)が励行されていますが、ルアーのフックによる傷や取り込みの際のスレなどによって魚体がダメージを受け、少なからぬ魚が死亡していきます。結論として、経済効果が期待できるほど多数のバサーを受け入れるためには、大規模な種苗生産のシステムと、安定した餌料生物の確保が不可欠となります。このことは種苗生産施設からの不法なバスの持ち出しや、餌となる小魚を他の水域から確保することによる新たな移入種問題という悪循環を産むことは必至でしょう。

関連学会が猛反発!!

このような案に対して翌2001年2月9日、日本魚類学会、日本鞘翅学会、日本蜻蛉学会の3学会は、農林水産大臣、水産庁長官、北海道と沖縄県を除く全国の都府県知事ならびに各都府県漁場管理委員会会長宛に、「今後のブラックバス政策に関する要望書」を提出しました。ゾーニング案の問題点の指摘は当然のことながら、何よりも外来魚の違法放流防止のための公認釣り場の設置は誤った政策であること、そして違法放流を防止するためにはこれまでの駆除政策を強化しつつ、ブラックバス類の移殖放流はもとより、飼育や譲渡についても適切な規制を加えることこそ必要不可欠であることが要望されたのです。政策転換は違法放流の実行者の行為を是認することになり、それは生物多様性条約締結国として持つべき理念から明らかにはずれる世界に恥ずべき行為であることもきびしく指摘されました。さらに、自然史系の学協会35団体から構成される自然史学会連合(日本学術会議の広報協力学術団体)も、2月19日付で農林水産大臣ならびに水産庁長官宛に同様の要望書を提出しました。これにより、日本の主な自然史系の学会がゾーニング案に反対であることが表明されたのです。

生物多様性研究会 VS(財)日本釣振興会

2001年2月24日、公開討論会「ブラックバスを考える―21世紀の水辺環境と釣りのありかた」が、市民団体の生物多様性研究会と(財)日本釣振興会の共催により、立教大学で開催されました。いわゆるバス反対派と擁護派が公の場で意見交換を行う初めての会合とあって、バサーから大学の魚類研究者にいたるまで、500人収容の会場に1000人以上の聴衆が詰めかけました。約4時間に及ぶ討論の末に双方の意見は結局かみ合わず、討論会は閉幕しました。この討論会の内容についての批評はさておき、これをきっかけにしてマスメディアがバス問題の本質について真剣に取材を始めたのは大いに評価されるべきでしょう。その後の新聞報道等の内容をみると、駆除・撲滅か有効活用かといった対立構造をあおり立てる近視眼的な取り上げ方ではなく、生物多様性の保全という視点がようやく理解され始めたのではないかと思えるのです。

日本魚類学会が公開シンポジウムを開催

2001年6月30日、日本魚類学会自然保護委員会主催により、公開シンポジウム「ブラックバス問題を科学する―なにをいかに守るのか?―」が国立科学博物館分館で開催されました。学会員のほか、全国各地の水産行政に携わる方々も参加された中、遅ればせながら、日本のバス研究の専門家がバス問題について科学的に検証し、今後の方策を指し示す初めての場となったのです。興味深い話題提供が続く中、当館学芸員の苅部治紀氏による「オオクチバスがトンボを食う」では、水面近くを飛翔するトンボがバスに捕食されるシーンをビデオで紹介しながら、バスの影響が魚だけでなく水生昆虫にも及んでいることを指摘し、水草など他の水生生物も視野に入れた対策が今後は重要になってくると主張されました。また、最後に、琵琶湖博物館の中井克樹氏による「研究者は何をすべきか―ブラックバス問題解決への道―」では、普及・啓発に向けた積極的な取り組みとネットワーク作り、そして他の学問領域との学際的な連携の必要性が強調され、盛会の内に幕を閉じました。このシンポジウムの内容については現在本として出版する計画が進行中です。

おわりに

2001年8月30日、内閣府が行った「自然の保護と利用に関する世論調査」の結果が報道されたのは皆さんの記憶にも新しいことでしょう。動植物の持ち込み制限したほうがよいとする者の割合が88.2%、生態系を守るために移入種を駆除したほうがよいとする者の割合が73.8%に達し、国民の大多数が移入種に対してノーを突きつけたのです。バスをめぐる社会情勢はこの1年間で大きく変貌を遂げ、バス問題は具体的な解決に向けて新たな一歩を踏み出したと言えるかも知れません。しかし、これだけバスの存在が社会問題化している現在でも、違法放流は止まらず、それを助長させるとしか思えない雑誌の出版やテレビ番組の放映も相変わらず続いています。青少年の健全育成にバス釣りを取り入れようとする動きすらでているのです。罰則の強化、輸入・飼育・販売に関連する法規制の整備、効果的な駆除・撲滅のための技術開発など、まずは即効性のある取り組みが必要ですが、それだけでは根本的な解決に至らないことは明白です。私が少ない経験の中から得たひとつの結論は、生物多様性や移入生物の知識を吸収する姿勢がバスを擁護する人たちには決定的に不足しているということでした。生物多様性や移入生物についての適切な教材に基づく教育プログラムが、初等理科教育という義務教育の中で実践されること、すなわち次世代を担う子どもたちへの将来を見据えた教育こそが、バスを含む移入生物問題を根本的に解決できるのではないでしょうか。

オオクチバス

図1 オオクチバス 1925年に芦ノ湖に最初に移殖され、1970年以降、釣り人による密放流によって全国に分布を拡げた。現在では沖縄県を除いて移殖放流が禁止されている。コクチバスよりも口が大きく、背鰭中央の切れ込みが大きいことが特徴。

コクチバス

図2 コクチバス 1991年に長野県野尻湖で発見されて以来、釣り人による密放流によって急速に分布を拡げている。オオクチバスよりも冷水性で、流水域にも適応できると言われており、湖沼だけでなく、河川上流域に生息する水生生物への影響が懸念されている。


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