神奈川県立生命の星・地球博物館


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2002年3月15日発行 年4回発行 第8巻 第1号 通巻28号 ISSN 1341-545X

自然科学のとびら


Vol.8, No13  神奈川県立生命の星・地球博物館  Mar.,2002


擬蜂虫~ハチを見たらハチでないと思え(2)

高桑正敏(学芸員)

私にとって幻だったスカシバガ

その存在を知識として知りながら、じっさいに見たことがない、という例はいくつもあります。アリヅカコオロギという小さなコオロギは神奈川県内に普通に分布していると思うのですが、土中のアリの巣に生活していますから、ただ歩いて観察しているだけでは、その姿を見ることはできないのです。アリヅカコオロギの例は特殊かもしれません。けれども、地上でふつうに生活している昆虫であっても、なかなか出会いがないグループもいるのです。

昼蛾と通称される昼間活動性のガの中で、日本を代表するものの1つにスカシバガ科があります。図鑑で眺めると、その名のとおりはねは大部分が透明ですが、体はあざやかな色の縞が入っていて、なかなかカラフルで魅力的なグループです。その1種、ブドウスカシバは栽培ブドウの害虫として有名ですし、幼虫は釣りの餌(ブドウ虫)として親しまれているようです。けれども、永年にわたって昆虫を探してきている私ですら、スカシバガの生きた姿にはなかなか出会うことがありませんでした。

最初の出会いは、まったく唐突にやってきました。1990年6月のことです。南フランスのプロヴァンスに滞在していたある日、ファーブルが安住の地アルマスに移ってから、好んで訪れたというセリニャンの丘での散策を楽しむことにしました。そこでは、私にとって念願だったオガミカマキリはじめ、地中海要素の昆虫を数多く見ることができました。そうした中、ふとアシナガバチを追ってカメラを向けていて、なにか変だなと感じました。「ハチじゃないのかな?」と。ただ、すぐに見失ったこともあって、それ以上は考えませんでした。帰国後、現像のあがったフィルムをルーぺで見ていて、あっと叫んでしまいました。そこにはスカシバガが写っていたのです(図1)。だまされていたなんて、昆虫の学芸員としては失格ですね。

スカシバの一種
図1 南フランスでカメラ越しに出会ったスカシバガの1種.
アシナガバチの一種
図2 本物のアシナガバチの1種
(写真1と同日同所同種の花で).

関心があるからこそ見つかる

それから4年後のことでした。クリ園でのシロスジカミキリの加害状況を調べていたときです。ふと、太い枝の上に黄色い‘ハチ’を認め、ギクッとしました。それは「ハチだから危ない」と思ったのではなく、瞬間的に「これは何だ? もしかしたらスカシバ!」と思ったからです。これが図3に示したカシコスカシバでした。クリやカシ類などブナ科を寄主植物として普通に分布する種のようです。ただし本種との出会いは、私はいまだにそのときの1頭だけです。

これをきっかけに、国内だけでなく、東南アジア各地で次々とスカシバガに出会うことになります。どうしていきなり姿を見るようになったのか不思議なようにも感じますが、答は明白です。私自身の中で、スカシバガに対する関心度が大幅にアップしたのです。ようやく私の脳がスカシバガを認識し、それらしき個体が視野に入ったときは注視せよ、という指令を出すようになったのでしょう。つまり、よほどの関心がなければスカシバガを‘ハチ’と見誤ってしまい、見過ごしてしまうと思われます。

今生きている爬虫類にはカメ・ワニ・ムカシトカゲ・トカゲ・ヘビのなかまがいます。これら爬虫類と哺乳類とはどこが違うのでしょう。哺乳類はけものといわれるように体の表面が毛でおおわれています。爬虫類には毛がなく、うろこや甲らでおおわれます。もっとも哺乳類のなかにもうろこや甲らをもつものがいます。

皮膚の表面のおおいではなく、体つきについてはどうでしょう。胴体に対する手足の長さや向きに注目してください。身近なイヌやネコ、動物園でみられるゾウやキリンなど哺乳類の足は胴体の下に伸びていることがわかります。こうした足のつき方を下方型といいます。ところが、ワニやトカゲなど爬虫類の足は胴体の横か斜め下のほうに突き出します。この足のつき方を側方型といいます。胴体のわきに出た足では体重を支えるときに筋肉の力を借りなくてはなりません。腕立て伏せの姿勢ではすぐに疲れてしまうことは知っていますね。このため、あまり足の長さを伸ばすことができません。足の短い爬虫類は体を左右にくねらせて歩幅を補っています。

カシコスカシバ
図3 私にとって初めて同然のカシコスカシバ(横浜市緑区新治町).

ウンがついた?

「スカシバガはハチに擬態している」。じっさいにこのガに出会った人なら、だれしもそう感じるでしょう。けれども思いがけず、そうではない場面がありました。

1998年夏に「夢虫の会」という虫好きのグループで長野県日和田高原を訪れたときです。メンバーには当館植物担当のK学芸員と彼の子供たちも加わっていましたが、下の子がいきなり便意をもよおしたので、林の脇で‘キジを打ち’ました。その場所あたりは、したがって踏み込むなら注意が必要です。この注意は私にも伝えられました。

ただ、その付近は昆虫には好ポイントとなっていたので、その近くに行くのも仕方ないことです。そのとき、4―5m先のヤナギ類の若木の細枝に、赤っぽい姿を認めました。「アカウシアブか…?」と思ったその瞬間、とっさに駆け寄りざまに網を振ってしまいました。中には疑いなくスカシバガが入っていました。期待に違わずキタスカシバというスカシバガ科最大の、かつ珍しい種類です。私はそもそも、博物館に勤めるようになって以来、野外を出歩くさいはカメラを首からぶら下げ、なにか被写体を見つけたら撮影するようにしています。初めてカシコスカシバを発見した時ですら、何枚も撮影してから採集したのです。しかし、このときばかりは手が先に出てしまいました。それほどキタスカシバに憧れていたのです。

このキタスカシバは、私には瞬間アカウシアブに見えました。ところが、標本にしてみると、アカウシアブにそれほど似ているとは思えません(図4)。むしろある種のスズメバチに似ているようです。不思議なようにも感じますが、生きているときの姿と標本にしたときの格好とは違うのですから、瞬間的な感覚が違っても当然かもしれません。なお、アカウシアブについては前回(第7巻第3号)に紹介していますのでご覧になってください。

そうそう、気になる例の注意についても述べておかねばならないですね。みなさんのご期待に違わず、私はそれを踏んでしまいました。でもそんなことは気になりません。ウンのつきだったのではなく、ウンがついたのですから。

キタスカシバ
図4 日本最大のキタスカシバの野外採集個体(長野県日和田高原産).

解明されつつあるスカシバガ

関心があれば見つかるように述べましたが、じっさいにスカシバガを野外で発見することは容易ではありません。昆虫趣味世界の用語で言うなら、多くは珍品なのです。珍品であるということは、それだけ分類も分布も生態もわかっていない、ということを意味します。ところが近年になって、日本のこの科も急速に解明されてきました。

その中核となってきたのが名城大学の有田 豊教授です。1981年からこの科の分類学的な研究に取り組み、それまでは約23種しか知られていなかった日本産が、現在では39種となったのです。この中で、1990年代に発表された新種は12種にも及ぶほどですから、まだまだ未知の種が発見される可能性があります。ルリオオモモブトスカシバのように顕著な種でありながら1993年に初めて宮崎県で採集され、1997年になって新種として発表された例もあるのですから。

その有田教授の研究を強力に支えた人たちにアマチュアが含まれていました。珍品であるゆえに、その相や生活史解明にはとりわけアマチュアの協力が不可欠だったのです。「擬態する蛾 スカシバガ」(有田・池田、2000、むし社)もアマチュアとの協力関係があってこそ世に出されたと思います(ぜひご一読ください)。

憧れのオオモモブトスカシバ

スカシバガの中でもオオモモブトスカシバ類は一種独特の雰囲気があります。ハナバチ類に似ていて、体は太短く毛むくじゃらです。幼虫はカラスウリ類の蔓を食べることがわかっています。『オオモモブトスカシバならオレの会社の庭で発生しているぜ。成虫はブンブン飛び回ってな。カッコいいぜ、見にこいよ』とIさんに誘われても、なかなかそのチャンスがありません。私のオオモモブトスカシバに対する憧れはつのるばかりです。

1997年5月に沖縄島山原地方でオビハナノミ(私が分類の研究対象としている甲虫です)を探しているときでした。この類は林内空間の下草上などに見つかるので、そのような場所の葉の上を眺めていったのです。すると、緑の葉の上にあざやかな橙黄色が目に入りました。
「オオモモブトスカシバだっ!」
採集するべきか一瞬迷いましたが、めったにないチャンスです。すぐには飛びそうもないので撮影することにし、慎重に後ずさりしました。このときは完全な採集モードであったため、カメラを首にぶら下げておらず、このため背中のザックから出してセットする必要があったからです。

気づかれないように再び近づき、すぐ横に網を置き、まず1mほどの距離から撮影です。次に50cmほどの距離から撮影しました。次にもっと接写しようとしたのですが、ストロボの光に反応してか、はねを少し上にあげた感じを受けました。とっさに、「飛ぶな!」と思いつつ網を振り抜くと、危ういところ中に入りました。コンマ1秒遅ければ、逃げられてしまったことでしょう。

この個体は有田教授に送りました。沖縄島のこの仲間の採集例はきわめて少なく、分類学的な研究を進めるうえで、大変にありがたい標本だとの礼状をいただきました。もし、この個体に逃げられてしまい、写真(図6)だけは撮影したけど、などということになったら、大変なお叱りを受けたでしょう。研究者間ではお互いに、相手の専門分野の標本を提供しあうことになっているのです。

モモブトスカシバ
図5 吸蜜行動中のモモブトスカシバ
(静岡県富士宮市).
オオモモブトスカシバ属の1種
図6 葉上に静止中のオオモモブトスカシバ属の1種(沖縄島与那).

進歩?それとも学習?

私が野外でのスカシバガを何とか認知できてから、まだたったの数年しかたっていませんが、発見数は急に増えています。やはり、関心をもてばそれだけ見つかるのです。言い換えると、その気にならなければ知らないで過ごしてしまうものも、存在しているわけです。生きものの世界は広くて深いものだと、改めて思い知らされます。

さて最後に、少しだけ自慢させてください。大型種やモモブトスカシバに限っては、飛んでいても比較的だまされないようになったみたいです。ただし、網の中は本物のハチだった、という例もしばしばですから、もちろん完璧ではありません。そこで、前回のハチモドキハナアブの教訓を活かし、とりあえずちゃんと確認してからつかむようにしています。

追記:本誌第1巻第3号には、フクズミコスカシバという美しい種が表紙を飾っていますので、ぜひご覧になってください。

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