神奈川県立生命の星・地球博物館

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2002年3月15日発行 年4回発行 第8巻 第1号 通巻28号 ISSN 1341-545X


自然科学のとびら


Vol.8, No.1  神奈川県立生命の星・地球博物館  Mar.,2002


恐竜が描かれるまで

小田 隆(古生物アーティスト)

恐竜などの古生物は、現在では見ることの出来ない生物たちです。残されているのは、彼らが生前にいた数に比べれば、ほんのわずかにすぎない遺骸の痕跡-化石だけです。その化石でさえほとんどは一般の人には全体像の想像が難しい断片的なものばかりです。

それなのに私たちは、恐竜の姿をなんとなくではあるけれどイメージすることができます。絵画、彫刻、映画などでくり返し表現されてきた恐竜。特に近年はCGの発達で、実写と錯覚するような映像を見ることができるようになりました。

しかし、これほどリアルな恐竜を表現するまでには、多くの人の努力と苦労が積み重ねられてきた歴史があります。どんなに優れた研究者やアーティストであっても、化石を一目見てその生前の姿を一瞬に思い描けるわけではありません。復元は非常に地道な作業の上に成り立っています。ただ、どんなに追究してもこれが正解といえるものは出来ないでしょう。なぜなら、誰も生きた恐竜を観察することはできないからです。しかし、残された化石を使って、真実に限りなく近づくことはできるかもしれません。

クリーニングされた化石は、研究者によって骨格のどこの部位なのか、どういう種類の生物なのかといったことが同定されます。

化石を復元する時に問題になることの一つは、全ての化石は完全な状態で見つかることがないということです。ほとんどの場合、皮膚や筋肉や内臓などの軟組織は失われていますが(ごくまれに保存されることもある)、骨であっても50%も残っていればとても保存状態が良いと言えます。

そのために研究者とアーティストは長い時間と、数多くの参考文献や資料を使ってディスカッションを重ねる必要があるのです。これは復元画を制作するための、非常に重要なプロセスです。

恐竜は実際に観察することができないので、研究者によって学説や見解が異なる場合が多いのですが、小さな違いであることもあれば、まったく180度違っていることもあるのが現状です。

アーティストの中には、様々の最新の学説、論文にあたって自らが総合的に判断し、復元画を制作するタイプがいます。でも、私は一人の研究者とじっくりディスカッションすることが大切だと考えています。このことが原因で偏った復元を行うことにつながることは決してありません。優れた研究者というのは、常に自己批判し自説に固執することなく、柔軟な考えを持っているものだからです。

それでは具体的な制作のプロセスに移っていきましょう。ここでは以前に復元画を描いた、代表的な竜脚類であるアパトサウルスと、ある恐竜展のために制作した大画面の復元画について書いてみたいと思います。

アパトサウルスはもっとも有名な恐竜のひとつで、その保存された標本も資料も実に素晴らしいものです。特に19世紀に描かれた化石の図版は正確で美術的にも美しく、他に類を見ないものですが、最近は写真に頼ることが多く、このような美しい図版(図1)が制作されなくなったことはとても残念です。

最初に行ったのはアパトサウルスの原記載論文に付されている図版を同じ大きさになるよう縮小コピーすることです。そして各部位の骨の図版を切り抜き、これらを順番に関節の接合に注意して配置していきます。これでは一方向から見ただけの平面的な視点であることに問題はありますが、立体を想像しながら構築していくことで、かなりの正確さを追究することができます。(ただし、元の化石の変型が少ないことと、図版が正確であることが前提である。)また、正確であることはどういうことかを分かりやすくするため、図2を用意しました。

この図はアパトサウルスの頸椎をふた通りのパターンで配置したものです。図2Aではそれぞれの関節が自然なつながり方をして、つり橋のような構造を形成しています。一方、図2Bではいかにも恐竜らしく優美な曲線を描いていますが、13、14、15頸椎が大きく脱臼していることが分かります。これではいかに美しく迫力ある復元画が出来上がったとしても、科学的に不正確なものであり復元画としての価値をうしなってしまいます。

復元画を描く前に、筋肉や皮膚まで復元した立体模型を作るのは理想的な方法ですが、多くの場合時間的な制約などから作らずにすませてしまいます。模型があると立体的な把握が容易になるだけでなく周囲の環境も含めて描く時に、光の当たり方、影のできる形を確認することができます。

前にも述べましたが、脊椎動物が化石として残るのはほとんどが骨だけです。もちろん中生代も、骸骨のお化けが地球上を動き回っていたわけではありません。皮膚、筋肉、内臓といった軟組織は、肉食恐竜や昆虫の貴重な食物となったり、バクテリアに分解されてうしなわれてしまいます。

恐竜の筋肉の形態は、各関節の機能(どのように曲がったり、どういう役割を持っていたか)や、骨に残る筋肉の付着部(一般的に少しざらざらしている)を観察することでおおよその見当はつくのですが、恐竜特有の難しい問題があります。

それは生きた姿を観察できないということだけでなく、現生の動物に似た姿のものがいないということです。巨大な象が似ていると思われる方がいるかもしれません。それではワニやトカゲは?

象と恐竜は哺乳類と爬虫類という遠い関係にあります。生理の違いだけでなく、骨格を比較してもかなりの違いが見られます。ワニやトカゲは同じ爬虫類であるけれども、肢が胴体の側面についていて腹ばいの姿勢になっています。恐竜は胴体から地面に垂直に肢がついており、むしろ象などの哺乳類に近い姿勢をとっています。それにも関わらず、同じ四足歩行である象と恐竜(竜脚類)との決定的な違いは、身体の重心の位置が全く違うことです。象は前肢に全体重の6割ほどがかかっていますが、竜脚類は8割ほどが後肢にかかっています。このことは恐竜の姿勢を復元する上で、とても重要なことです。姿勢が違えば、筋肉の付き方もまったく違ってしまいます。

こういったことから恐竜については、歩き方や肢の動きそこから推測される筋肉のつきかたなどを、全くオリジナルなものとして捉えていく必要性があるのです。ここに恐竜復元の面白さがあるのですが、同時に大変な難しさもあることが良く分かってもらえると思います。復元にはこうして科学的なデータを駆使しても、どうしても越えられない壁があります。色や模様もそのひとつで、化石にその証拠が残ることはありません。どうやって復元画の色や模様を決定するのか不思議に思われるかもしれませんが、これはまったく想像するしかないのです。それでも論理的に考える方法はあります。その恐竜は補食者なのか、被補食者なのか。森林に生息していたのか、それとも平地で暮らしていたのか。身体を羽毛に被われていたのか、鱗であったのか。身体の一部を生殖のためのディスプレイとし用いていたのか。それでも分かることはほんの一部で、現生の生物と生息環境などを比較して、それらを参考にするぐらいしか方法はありません。

ディプロドクスの頭骨


図1 ディプロドクスの頭骨
 C. マーシュ、1879
アパトサウルスの頸骨
図2 アパトサウルスの頸椎
アパトサウルス復元図
図3 アパトサウルスの骨格復元図と
生体復元図

復元画の中に「生態環境復元画」というジャンルがあります。生きた姿の恐竜を描くだけでなく、彼等が生きていたであろう環境も含めて再現したものです。個々の生物の復元を正確に行うだけでなく、植物をふくめた環境までも復元しなくてはなりません。加えて重要であると思うのは、絵画的に美しく物語性を感じられるかということです。

生物達は人間の美意識にあわせてポーズをとってくれるわけではありません。中生代の世界でも日常の場面場面で恐竜が常にかっこよく、美しかったわけではないと思います。しかし、その生物がその場面に至るまでの行動を想像することは出来ます。たとえばやわらかい湿地を移動してきた恐竜が足跡を残す時、一番新鮮な足跡ははっきりとした形を残していて、しばらく経過した足跡は不鮮明になっているでしょう。こういったことを「物語性」として表現することが、復元画にも大切なことのひとつだと考えています。

構図を組み立てる上でも「物語性」は重要な役割を果たします。一瞬の切り取られたシーンだけを思い描こうとしても、無理が出てくる場合が多いのです。ドラマティックでダイナミックな場面を描こうとするあまり、生物にとって不自然な姿勢や環境を作ってしまうことがしばしばおこってしまうのですが、前後の時間の経過を構想のなかに組み入れることで自然な場面を想像しやすくなります。

ここで紹介する復元画の物語はこういったものです。

1.「饗宴」

「1億5000万年前、湿度をたっぷり含んだ重い空気に混じって、マメンチサウルスの死臭が漂っている。死後それほど経過していない。季節は雨季。様々の裸子植物が繁茂し、湿地が広がっている。すでに遺体にはペアのヤンチュアノサウルスがとりつき、内蔵を貪り食っている。刺激的な臭気に誘われ、さらにもう1頭が近づいてくる。近くに感じるはずの2頭の健康なトウジャンゴサウルスには目もくれない。ペアのヤンチュアノサウルスがもう1頭に気付いた時、平和とはいえない場面が展開するであろう。…」(図4)

饗宴
図4 「饗宴」エスキース

2.「追跡1と追跡2」

「季節は乾季。強い日ざしが降り注ぐ海岸線を、オメイサウルスの群れがゆったりと移動している。少しでも身体に負担がかからぬよう、エネルギーを節約しながら大量の植物をもとめて歩いている。まだ若い個体は大きな個体に囲まれている。しかし、彼らが理性的にそのような行動をとっていたわけではないだろう。その側を何時間も何キロも寄り添うように、2頭のスゼチュアノサウルスが追跡している。それでも決してオメイサウルスを襲うことはしない。巨大な彼らを殺すには大変なリスクが伴う。年老いた1頭が倒れてくれれば、それが最高のプレゼントになるのだ。この追跡はまだまだ長い時間続くであろう。」(図5、6)

追跡1
図5 「追跡1」エスキース
追跡2

図6 「追跡2」エスキース

最後に、復元画とは研究者の意図を忠実に再現したイラストレーションなのでしょうか。それともオリジナリティーにあふれるアートなのでしょうか。私はどちらでもあると思うし、どちらの要素が欠けてもいけないと思います。バランスが大事です。そして、研究者とのディスカッションは極めてクリエイティブでありコラボレーションと言っても良いかもしれません。私は出来上がった復元画以上に、そのプロセスをアートだと感じています。

復元画には決して正解はないし、完成するということもないかもしれません。

ただ、真実を知りたいと思う真摯な態度を大切にしていきたいと思います。それが見る人に伝われば、復元画として成功していると考えても良いのではないでしょうか。

この原稿は「掘りたて恐竜展(RKB毎日放送主催)」図録の99ページから102ページまでを改編したものです。

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