神奈川県立生命の星・地球博物館

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2002年3月15日発行 年4回発行 第8巻 第1号 通巻28号 ISSN 1341-545X


自然科学のとびら


Vol.8, No.1  神奈川県立生命の星・地球博物館  Mar.,2002


ニホンザルがムササビを襲う

頭本昭夫(博物館ボランティア)・広谷浩子(学芸員)

ふだん木の上で採食をしているニホンザルにとって、体のサイズや採食生態からライバルとなりやすい樹上の哺乳類はムササビでしょう。ニホンザルとムササビは同じ場所に生活しながら、活動する時間が違うため、ふだんほとんどやりとりがありません。小田原市入生田から箱根町にかけてのニホンザルの生息域には、ムササビも生息していますが、両種が一緒に観察されることはほとんどありません。

今回、2日間にわたってニホンザルの群れメンバーとムササビとの文字通り激しいやりとりがあったので、その詳細を報告したいと思います。

一連の攻撃エピソード

[観察1]11月19日10時35分〜11時15分  場所 小田原市入生田吾性沢

ニホンザルのS群(小田原市から箱根町に生息している)を追跡中に、負傷して路肩にうずくまっているムササビを発見しました。ムササビは体長60cmほどの成獣で尾の部分の毛が1/3近く抜けて地面に散らばっていました。左顔面の眼の周囲には血液がこびりついており、眼球は飛び出し血にまみれて今にも落ちそうでした。胸と背中を上下させながら呼吸し、時々苦しそうにもがいていました。

ムササビを発見した時、サルはすぐ近くに来ていたようです。ムササビの写真を撮っていると、群れの第1位オスとメス4頭が興奮した声を出し近づいてきました。ムササビを遠巻きにしてないていましたが、1頭のメスがおそるおそるムササビをつかみ、引き寄せ投げ捨てました。これをみて、サルたちはさらに興奮したように大声をだしました。やがて、遠巻きにしたままサルが静かになると、それまで身動きしなかったムササビは、モゴモゴと動き出して路肩まで移動しました。

サルたちはそれ以上攻撃することなく、ヤブの中に消えました。オスのコザルだけが残っていました。

観察者は、ムササビを沢の上流まで運び、ミカン収穫用のカゴをかぶせ上に石をのせて動かないようにしました。翌日、保護した場所に回収に出かけたところ、カゴの中は空になっていました。カゴには石がのったままで、周囲が荒らされた形跡もないことから、ムササビは土や落ち葉をかきわけ自力で脱出したのではないかと考えられます。

[観察2]11月22日13時30分〜14時15分  場所 紹太寺参道〜山神神社境内

風祭(東)側から参道に来たサルたちは道沿いのスギの高木を見ながらいっせいに吠え立てました。散らばって採食を始めた第1位オスは、スギの木を見上げながらとどまりました。

群れに最近加入した別のオスがゴッゴッと攻撃的な声をあげながら、スギの木にのぼり何か黒い動物を追いかけ始めました。黒い動物(ムササビ)は木のてっぺん付近(約30m)の枝先から飛び立ち、すぐに皮翼を広げて滑空すると、40mちかく離れた山神神社のケヤキの枝に飛び移りました。滑空時間は5〜7秒程度でした。サルたちはいっせいに声をあげてあとを追いかけました。たくさんのサルがムササビが飛び移ったケヤキの木や周辺の木に登り、赤ん坊を連れたメスは神社の庭から様子を見守りました。ムササビは追い詰められて近くのスギの木に飛び移りましたが、すぐに追いつかれて地面に落ちました。

ムササビは、仰臥したままほとんど動きません。メスたちがムササビを取り巻いて吠え立てながら激しく攻撃しはじめました(写真)。彼らはムササビを押さえつけ、噛みついたり、引き寄せて投げ捨てたりし、他のサルたちも集まりはやしたてました。動かなくなったムササビを誰かが投げ捨てると、滑空したように見えるせいか、サルたちはますます興奮して、吠え立て押さえつけ噛みつけました。一連の激しい攻撃の後に、何頭かのサルがムササビの尾をつかんでひきずりヤブの中に入りこみました。メス3頭と若いオスがヤブの周辺でしばらくとどまっていましたが、群れは西へと移動を開始し、観察はこの時点で終了しました。

夕方、ヤブの周辺を探しましたが、ムササビの死体や痕跡は確認できませんでした。

攻撃の意味すること そして将来は?

ムササビへの強い関心とはげしい攻撃は、何を意味するのでしょうか? 群れの全員が参加して大騒ぎすること、ムササビの殺傷までには至っていないこと(観察例1では、攻撃を受けた後ムササビが逃亡したらしい)、ムササビが飛んだ後に激しい攻撃が起こったことなどが今回の攻撃の特徴です。サルの仲間には、チンパンジーやヒヒ類など動物を狩って食べる種もいます。狩猟の攻撃では、殺しのパターンが決まっており、すぐに肉の消費が始まります。これに比べ、ニホンザルによる攻撃はこわごわなされており、騒ぎだけは大きく、とても洗練されたものとはいえませんでした。また、同じ群れで以前に観察されたムササビへの追跡でも、埼玉県秩父の群れの観察例でも、殺傷は確認されていません。木の上から、自分たちと同じような大きさ・形の動物がひょっこりと現われ、滑空したことに驚き怖れを感じたことが、このような攻撃のひきがねになっているのではないでしょうか。

しかし、一連の攻撃がまったく偶発的におこったのかというと、それも疑問です。観察1の3時間後、サルたちは移動中に観察2の開始地点の樹上に何かを見つけ、わざわざ駆け戻って、吠え立てていたのです。その3日後に実際の攻撃は始まりました。そこにムササビがいることはわかっていて、サルたちはあえて近づき攻撃したのです。ムササビへの強い関心と敵意がうかがわれます。

これまでニホンザルによる哺乳類の捕食は報告がありません。しかし、今回のような一連の攻撃がエスカレートした場合には、その可能性も生じるでしょう。ニホンザルとほぼ同サイズのオナガザルの一種ブルーモンキーは、ウガンダの森でムササビを捕食すると報告されています。ブルーモンキーはもともと植物食のサルですが、食べ物が不足する季節にはリスなどの哺乳類の捕食も行なうそうです。小田原のニホンザルに食物不足の季節は今のところ想定できませんが、攻撃性や強い関心など捕食行動を支えるものがサルの側にすでにそなわっているということは、興味深いものです。

ニホンザル
 ムササビを取り巻き攻撃するニホンザル(入生田・山神神社)

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