神奈川県立生命の星・地球博物館

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2002年6月15日発行 年4回発行 第8巻 第2号 通巻29号 ISSN 1341-545X


自然科学のとびら


Vol.8, No.2  神奈川県立生命の星・地球博物館  Jun.,2002


渡り鳥はどこからどこへ? ―鳥類の標識調査―

加藤ゆき(学芸員)

春になると、にぎやかな野鳥のさえずりが聞こえます。身近な林ではシジュウカラやヤマガラが、少し山の方へ行くとホトトギスやイカルなどがその美しい声を響かせています。これらの鳥は、一年中、同じ場所にいるのでしょうか? それとも他の地域から移動してくるのでしょうか? この素朴な質問に答えるのは実はとても難しいことなのです。春になると、たいていの鳥はさえずるので、居場所の確認は簡単です。しかし、秋や冬になるとほとんど鳴かなくなり、確認が困難になるからです。

この質問に答える調査方法の一つとして、標識調査があります。この調査は、いろいろな動物で行われていますが、ここでは、鳥類について紹介しましょう。


図1 寒さに耐えながら、鳥がかかるのをじっと待つ。テントを立て、「基地」にすることもある。

図2 オオジュリンを取り外し、1羽ずつ布袋に入れ基地へ運ぶ。

図3 金属製のリングをアリスイにつけたところ。鳥のサイズによってつけるリングの大きさは異なる。

図4 ツグミにリングをつけた後、性別や年齢を調べているところ。

図5 対象種によっては夜間も調査を行う。傍から見ると、「怪しい夜の集会」。

図6 ナベヅルの測定をしているところ。暴れて怪我をしないように、数人がかりで保定をする。

標識調査とは?

標識調査とは文字通り、金属やプラスチックでできた「標識」を鳥につけて放し、その移動や生態を調べる「調査」のことです。調査は環境省が行いますが、実際は財団法人山階鳥類研究所に事業を委託しています。調査の対象となるのは、日本全国に生息している鳥類です。研究所の職員だけで広い日本を調査するのは不可能なので、各地には研究所から委託を受けた調査員(以下バンダー)が約400人おり、それぞれの地域で調査を行い、結果を研究所に報告します。ちなみにバンダーは全員ボランティアで、平日は会社勤め、休日になるとバンダーへ変身、という人が多いようです。

調査は誰でもできる、というわけではありません。野生の鳥を捕獲するわけですから、「鳥獣保護及狩猟ニ関スル法律(通称:鳥獣保護法)」に基づき、環境省から鳥獣捕獲許可を受ける必要があります。また、鳥を安全に取り扱うには経験と技術が必要なので、バンダーになりたい人は事前に経験者の下で「修行」を積み、研究所が行う講習を受け、最終日に行われる「試験」に合格して、ライセンスを取得しなければなりません。

なお、調査をしているのは日本だけではありません。制度は若干違いますが、中国やアメリカなど世界各国で行われており、お互いに連絡をとりながら、データや資料を交換しています。

調査は地道な作業

標識(以下リング)を鳥につけるには、まず捕獲しなければなりません。そのため、あらかじめ、捕獲の対象とする種がいそうな場所を下見して選んでおきます。場所が決まった、次にカスミ網を設置します。この網は、法律により販売することも所持することも禁止されていますが、バンダーは調査のため、環境省から特別に許可を受けています。設置したら、調査中であることを示す赤い旗を網の近くに立て、じっと待ちます(図1)。網は1時間に1回程度見回り、鳥が網にかかっていたら取り外し(図2)、足に金属製のリングをつけ(図3)、捕獲日と種名、性別、年齢を調べ、記録用紙に記入し、場合によっては体重や体の部位を測定したあと放します(図45)。ちなみに、使われるリングには、表面に記号や番号が刻まれており、1羽1羽の鳥を区別できるようになっています。

こう書くと簡単な調査だと思うかもしれませんが、自然相手の調査なので、大変な思いをすることが多々あります。田んぼで作業するとき、泥に足を取られて思うように動けないこともあります。ヨシ原で調査しようと思ったら、ヨシを刈り取って網を張る場所を作る必要があります。これは思った以上に重労働です。また、冬の寒い中、じっと待つのはつらいことですし、つらい思いをしても1羽も網にかからないこともあります。

カスミ網を使わずに、タモ網や手で直接捕獲するものもあります。オオミズナギドリやアホウドリ、鳥のヒナなどが主ですが、作業には細心の注意が必要です。捕まえようとすると、目を狙ってくちばしでつついたり、羽を思いっきりふくらませて威嚇したりと必死の抵抗を試みるからです。ヒナの場合、驚いて巣から落ちてしまうかもしれません。人間がケガをするのはかまいません(!?)が、必要以上に力を入れて鳥にケガをさせてしまっては元も子もありません。そのため、アホウドリのように袋を頭からかぶせて暴れるのを防いだり、ツルのように捕獲したら胴体をすっぽりと布でくるみ(図6)、翼をばたつかせて体力が消耗したり、ケガをしたりしないように注意します。このように、標識調査は忍耐と体力の勝負であり、同時に鳥への気遣いも必要なのです。

捕獲した鳥、1羽1羽にリングをつけていくという地道な作業ですが、1961年にこの標識調査が始まってから1997年までに、延べ436種、約274万羽が放鳥されました。1年間で平均7万4千羽もの鳥にリングをつけた計算になります。

再捕獲から分かること

リングをつけられた個体が、再び捕獲されることがあります。同じ場所で何度も捕まる個体もいれば、放鳥時点からかなり離れたところで他のバンダーに捕まるものもいます。なんてドジな鳥だろう、と思われるかもしれません。しかし、この再捕獲こそ、調査の一番の目的といっていいでしょう。再捕獲によって、その個体に関するデータが蓄積されるからです。つまり、放鳥時のデータがリングごとに記録されているため、再捕獲したとき、その個体の年齢や移動した距離がわかるという仕組みです。あるバンダーによると、ヤマガラというスズメ位の大きさの鳥では、10年以上生きている個体もいるということです。これを聞いたとき、意外と長生きをするものだと感心しました。

再捕獲するのが難しいツル類やアホウドリ、シギ・チドリ類については、リングとともに野外で簡単に識別できる「カラーリング」や「タグ」をつけることがあります。例えば、鹿児島県出水地方へ冬鳥として渡来するマナヅルとナベヅルには、数十個体にカラーリングをつけており、毎年、観察を続けることによって、野生状態での寿命や家族構成の変遷など、重要な情報を手に入れることができます。

なぜ調査をするの?

ここまで読んで、標識調査はまるで鳥をいじめているみたい、と思う人も少なくないでしょう。確かに、鳥の体をいじりまわしたり、リングを足につけたりと、ストレスを与えている可能性は十分考えられます。しかし、鳥の生態を知るために、重要な調査であることは間違いないと考えています。

数年前、「冬鳥が全国的に少ない」と言われた年がありました。新聞等では「地球温暖化の影響」だとか「繁殖地の環境悪化のため」だとか報じられました。しかし、本当に渡来数が少なかったのか、また繁殖の状況はどうであったのか、あるいは中継地の環境が変わってしまったのか、それ以前のデータがないとはっきりしたことはわかりません。そこで登場するのが標識調査です。毎年定期的に調査を行っている場所のデータを経年比較すれば、渡来数の増減の指標になります。渡りのルートが判明していれば、中継地や繁殖地へ問い合わせて、状況を聞くことができます。

いくら野鳥を保護しようとしても、その鳥の生態がわからなければ有効な保護策を講じられません。繁殖地や越冬地、生息環境、渡りの経路や中継地、野生状態での寿命など、細かいデータを集めることができる標識調査は、野鳥保護や環境保全に役に立つ基礎資料を作るうえで、有効な手段ではないでしょうか。

また、調査中に、観察だけではわからないようなことを発見することもあります。年齢や性別と羽の色の関係、性別による体の大きさの違い、体の構造、地域による羽の色の差など、実際に鳥を手にとって調べるからこそわかることです。


図7 ロシア共和国でリングをつけられたマナヅル「A95」。2002年1月に鹿児島県出水市で観察された。

国際的な協力

標識調査によって、日本で見られる渡り鳥の国外での繁殖地、越冬地が少しずつわかってきました。日本生まれのツバメはフィリピンやマレーシアで冬を越すとか、ロシアのアムール川中流の湿原で生まれたマナヅルが鹿児島県出水地方で越冬する(図7)とか、種によっては詳しいデータも得られました。鳥は翼があるため、哺乳類などに比べて長い距離を移動し、それは国内にとどまりません。そのため、これから標識調査を行うには、国際的な協力が必要不可欠になってくるでしょう。

現在、環境省や山階鳥類研究所では、アジア地域での標識調査充実のために研修会を開いたり、ロシアと共同調査を行ったり、種によってはネットワーク作りをすすめ、情報の共有化を図っています。

最後に

このように、1個のリングによってもたらされるデータは、とても重要で有効に役立てられています。もし、リングのついた鳥を見かけたり、死体を拾ったりしたら、ぜひ博物館までご一報ください。鳥の渡りを解明するうえで、貴重な手がかりとなるはずです。

参考文献



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