神奈川県立生命の星・地球博物館

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2002年9月15日発行 年4回発行 第8巻 第3号 通巻30号 ISSN 1341-545X


自然科学のとびら


Vol.8, No.3  神奈川県立生命の星・地球博物館  Sept.,2002


小笠原の固有昆虫は今

苅部治紀(学芸員)

小笠原の特殊性

東京から南に約1000キロのところに位置する小笠原諸島は、「東洋のガラパゴス」とも呼ばれ、世界中でもここにしか生息しない固有動植物の宝庫です。今回は、この貴重な小笠原諸島の固有昆虫のおかれている危機的状況について紹介したいと思います。

小笠原諸島に固有の動植物が非常に多いことは、小笠原が大陸と一度もつながったことのない「海洋島(大洋島)」であることと深い関係があります。小笠原は火山活動の結果、海洋の中に突然できた陸地ということができます。もちろん動植物がまったくいない状況からその歴史は始まるのですが、動植物の豊富な大陸からは陸続きではないために、生物は直接侵入することができず、例えば海流に乗って漂着する流木の中に入ってきたり、台風などに巻き込まれて運ばれたりという、偶然の機会によってのみ島にたどり着くことになります。そして、そのような少数の先祖から長い時間をかけて進化した結果が、現在のような固有種の豊富な独特の生物相がみられる島なのです。

自然破壊の歴史

しかし、残念ながらこの東洋のガラパゴスはかなり危機的な状況にあります。小笠原は1800年代後半からの入植によって、とくに第二次世界大戦前までの期間各地で激しい開発が行われ、山の斜面一面が畠になっているような場所もあったようです。このような中、固有鳥類であったオガサワラマシコ・オガサワラガビチョウ・オガサワラカラスバトなどはわずかな標本を残して早々に絶滅してしまいました。さらに、有用材として集中して伐採されたオガサワラグサという固有植物は、戦前にすでに絶滅が心配される状況に追いこまれました。ほかにもムニンツツジなどのもともと個体数の少なかった植物はこの段階で種としての絶滅が心配される危険な状況になっていました。おそらく、当時は生物の保全という考えはほとんど無く、開墾や原生林の伐採という環境負荷の大きな事業も、現在とは異なりある意味気軽に行われたのかもしれません。しかし、諸島中最大の島である父島でさえ、23400haほどの面積しかなく、それぞれの種の個体数というものは本土の生物とは比べ物にならないくらい少なかったと考えられます。このため、開発行為によるその種に対するインパクトは極めて大きく、重大な結果を招いたわけです。ただし、興味深いことに固有昆虫類については、この時期特に減少した種があった様子は見られません。

第二次世界大戦中には全島民に避難命令が出され、さらに大戦後は米軍統治下にあって、住民の帰島も許されず、結果的にこの期間中に島の自然はかなり回復したといわれています。そして日本返還直後の1968年に行われた調査をもとに昆虫ではシマアカネ・オガサワライトトンボ・オガサワラトンボ・ハナダカトンボ・オガサワラシジミ・オガサワラタマムシ・オガサワラアメンボなどが国指定の天然記念物に指定されました。これらの固有種は当時は父島にも多産しており、本土から遠く離れた小笠原の立地条件からしても、これらの昆虫が減少するとは誰も想像していなかったのが実情です。当館のもう一人の昆虫担当である、高桑正敏学芸員も1976年に小笠原を調査に訪れ、多くの新知見をもたらしましたが、当時はシマアカネやオガサワラトンボといった固有トンボ類、オガサワラシジミなどの固有蝶類は、それこそ「そこら中に普通に見られた」ということです。

シマアカネ ツヤマルヒメタマムシ オガサワラタマムシ
図1 激減したシマアカネ 図2 激減したツヤマルヒメタマムシ
高桑正敏撮影
図3 今でも生き残るオガサワラタマムシ
高桑正敏撮影

突然の減少

島の昆虫たちに異変が起きた(正確には研究者が異変に気がついた)のは、1980年代の中ごろです。それまで普通に見られたシマアカネやオガサワラトンボ、オガサワラシジミなどが、父島からほぼいっせいに姿を消してしまったのです。それでも1990年代中ごろまでは、父島の中ではもっとも自然環境の良好な島南東部の巽湾周辺での生息情報があったのですが、それも途絶えてしまいました。そして、あとを追いかけるように今度は母島です。1990年代初頭まではやはり多数確認されていたこれら固有種が、1990年代後半にはほぼ姿を消してしまう事態になってしまいました。

僕自身は、小笠原には大学生だった1989年にトンボの観察を目的に訪れたのが最初です。このときも父島各地を回りましたが、固有トンボ類は確認できませんでした。一方母島では、小笠原アオイトトンボを除く固有トンボ類は普通に見られました。またオガサワラシジミも母島では確認することができました。しかし、あれから10数年を経た今、これらの昆虫は母島からも絶滅したり、姿を消しつつある状況にあります。

では、これらの昆虫はなぜこつ然と姿を消してしまったのでしょうか? 最初に異変に気がつき報告した研究者は、例えば、返還後の開発行為による自然環境全般の劣悪化であるとか、諸島全体で生じている雨量の低下(戦前の約2/3程度になっているそうです)、松食い虫防除のための薬剤散布(現地での聞き取りによると、実際には行われていなかったそうです)、1980年代中ごろに連続して襲来した大型台風の影響などを、考えられる理由として挙げました。

僕も当初はそのような環境悪化が原因だろうと考えていましたが、1990年代半ばから無人島である多くの属島を踏査して、各島の実情を詳しく継続調査した結果からは、どうもピンとこないのです。というのも、現状を見てみると、固有昆虫が激減した父島・母島で残存している固有昆虫には特定の傾向があることが明らかになったからです。確かに、小笠原の昆虫の中では大型で目に付いたトンボやチョウがほとんどいなくなったのは事実ですが、興味深いのは甲虫類の調査結果でした。甲虫類は小笠原の昆虫の中でも特に固有率が高いグループですが、この中でも昼間活動するトラカミキリの仲間やハナノミ、小型のタマムシ類は、現在父島・母島ではほとんど姿を見ることができない状況にあります。一方、夜行性のヒメカミキリ類やオガサワラカミキリ類などは今でも姿を見ることができます。また、樹皮下や葉の中に身を隠す習性のある種も残っています。同様に体に毒を持つカミキリモドキ類も普通に見られます。また大型昆虫でもオガサワラクマバチやオガサワラタマムシは父島でも残っているのです。

「犯人」は誰だ?

こうしてみてくると、実は、1)小型で、2)昼行性で、3)身を守る毒や姿を隠す習性をもっていない昆虫、が減少してきていることがわかります。もし、開発行為などによる自然環境の悪化だけが原因であれば、このような不自然な減少の仕方は生じないと考えられます。さらにこのような固有昆虫の減少は、父島・母島でのみ起こっていることで、すぐ隣に位置するほかの島々では、今でもかつて父・母両島で見られたように固有昆虫を普通に見ることができます。また、ヤギの食害によって島の大部分が禿山と化し、現在の父・母両島に比べ明らかに劣悪な環境である聟島や西島といった島々でさえ、これらの昆虫の多くは生き残っているのです。

開発によって環境悪化したとはいえ、父・母両島は小笠原の中では面積が大きいおかげで今でも良好な植生の山や川は多く残っています。そこで、はっと気がついたのが、「もしかしたら昆虫の減少は捕食者によるものではないのか!?」ということでした。

グリーンアノール
図4 昆虫激減の「犯人?」グリーンアノール

小笠原には在来のオガサワラトカゲという種類がいますが、現在父・母両島には戦後人間の手によってもちこまれた、「グリーンアノール(以下アノール)」という中米原産のイグアナ科のトカゲが爆発的に繁殖しています。このアノールを昆虫激減の犯人と考えると、かなりすっきり説明がつきます。というのも、アノールは1)固有昆虫が姿を消した父・母両島にのみ見られ、2)中小型の昆虫を主食とし、3)昼行性であり、4)しかも、爆発的に増えたのが、父島で1980年代、母島で1990年代と固有昆虫が姿を消した時期に一致する、などの極めて怪しい状況証拠が列挙できます。実際に、オガサワラゼミやケハラゴマフカミキリ、ウスバキトンボを補食しているものなどが野外で観察されており、僕の飼育実験でも、アキアカネやキタテハ位のサイズのかなり大型のものから、小型のサビカミキリまで、与えた昆虫はほとんど全てのものが補食されました。例外は、味が悪かったり毒を持っていたりするテントウムシとアリ、ハチの仲間でした。

つまり、小笠原の父・母両島から固有昆虫類の多くが姿を消したのは、アノールによる食害が主因であろうということができます。ただし、これはいわば「状況証拠」によるもので、直接に犯人を証明するのは困難なことです。さらに、すでにほとんどの固有昆虫が姿を消してしまった後である現在では、いわば犯行がかなり以前に終わった事件現場の調査のようなもので、すでに証拠を得るための調査には遅いかもしれません。

なお、アノールがこれほど爆発的に個体数を増加させたのは、小笠原にはトカゲ類を効率よく捕食する鳥類がいないということも大きいでしょう。固有昆虫にとっては、共に進化してきたオガサワラトカゲと異なり、新顔のアノールは地面から樹冠部まで立体的にすべての空間に進出し、しかも粘り強く昆虫を狙い捕食します。彼らに対抗するすべはほとんどなく、いわば「食われ放題」の状況に追いこまれてしまったのでしょう。

今後の対策

しかし、アノールが犯人だとしても、父・母両島で爆発的に増殖してしまった彼らを完全駆除することは実際問題としてはほとんど不可能でしょう(もちろん個体数を低く抑えるための方策があれば試みるべきです)。今後、なにより重要なのは、幸いにも海を隔てられているおかげで、アノールが侵入していない兄島や弟島をはじめとした島々にアノールが侵入しないよう最善をつくすことです。これらの島々は、小笠原諸島の固有種にとっては最後の聖域とも言えますので。

大洋の中の島という環境は、実は横浜のように都市化の進んだ地域に残された緑地や、山の中の池と似たような性質を持っています。これらの環境でも生存している生物は分布の連続性から阻害され、特定の種がはばを利かせる傾向にあります。また単純化した生態系のもろさ(特に移入種が島の在来生物にもたらす影響については、池にブラックバスが密放流された際に生じる在来生態系の破壊によく似ています)も似た部分です。

おわりに

小笠原で起こってしまった、人間の気まぐれな移入によって生じた、在来生物の悲惨な絶滅という事態は、二度と繰り返して欲しくありません。このような「移入生物」の問題点は、沢山あるのですが、もっとも重要なことは、1)繁殖を始め、人間がその害に気がついた頃には、もう根絶することは極めて困難なこと、2)在来の生物にどの程度の影響を与えるのか予見が極めて難しいこと、の2点が挙げられるでしょう。つまり、爆発的に増え始めてから駆除しようにも、手の施しようがなかったり、原産国では特に害をなす生き物ではなかったのに、移入先では大きなトラブルになることが多々あります。

現在、我々の身の回りでも世界各地から輸入された動植物が野生化し、様々な問題を引き起こしているのはご存じのことかと思いますが、皆さんもいったん飼育した動物は最後まできちんと責任を持ち、野外に放すことのないよう心がけて欲しいと思います。

なお、今回紹介しました小笠原での昆虫類の調査は、当館の総合研究として行われたものです。これらの成果をもとに再来年度に特別展を予定しています。ご期待下さい。


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