神奈川県立生命の星・地球博物館

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2002年9月15日発行 年4回発行 第8巻 第3号 通巻30号 ISSN 1341-545X


自然科学のとびら


Vol.8, No.3  神奈川県立生命の星・地球博物館  Sept.,2002


秋の鳴く虫―コオロギとキリギリスはどこが違う?

中原直子(非常勤職員)
エンマコオロギ(上)とヒガシキリギリス(下)
一般的なコオロギとキリギリスの体型
 上:エンマコオロギ
 下:ヒガシキリギリス

虫は鈴虫、松虫、はたおり、きりぎりす」―平安時代、清少納言によって書かれた随筆『枕草子』の一文からは、すでに平安時代には人々が秋の鳴く虫の音を愛でていたことが伝わってきます。今はそれぞれ、松虫はスズムシ、鈴虫はマツムシ、はたおりはキリギリス、きりぎりすはコオロギであるとされていますが、これらの秋の鳴く虫は、時代を経て名前が変わっても、変わらず人々に親しまれています。

さて、先に挙げた『枕草子』の一文にも見られるように、コオロギとキリギリスはしばしば名前が逆転することがあります。現代の方言でもその逆転は見られ、極端にはご近所同士の2つの村で、コオロギとキリギリスの呼び方が逆なんて事もあるのです。そんなこともあって、コオロギとキリギリスは名前と実物が混同しやすいのか、よく「コオロギとキリギリスはどこが違うの?」という質問を受けます。

コオロギもキリギリスも、同じ直翅目、キリギリス亜目に分類されています。その中でコオロギ類はコオロギ上科に、キリギリス類はキリギリス上科に分けられます。これら2つの上科は、ほとんどの種で、雄が左右の前翅に革質化した発音器を持ち、それらを摩擦することによって、鳴音―いわゆる鳴き声―を発することが知られています。しかし、体型や発音器の構造は、2つの上科間で大きく異なっています。

一般にコオロギ類は体高が低くやや扁平、キリギリス類は体幅がやや狭く体高が高いという体型をしています。また、発音器のある前翅水平部の重なり方が、コオロギ類では右前翅が上、キリギリス類では左前翅が上と反対です。さらに、前翅を広げてみると、コオロギ類では左右対称であるのに対し、キリギリス類では非対称であることが一目でわかります。

コオロギ類やキリギリス類の発音器は、鑢状器(ろじょうき)、絃部(げんぶ)、鏡膜(きょうまく)の3つのパーツから構成されています。コオロギ類ではこのパーツが左右両方の前翅にありますが、キリギリス類では鑢状器は左前翅に、絃部と鏡膜は右前翅にしかありません。そのため、キリギリス類の前翅の形態は左右非対称なのです。鳴音は、上側の前翅の裏にある鑢状器を、下側の前翅の表面にある絃部とこすりあわせて単純な音を発生させ、絃部と同じ面にある鏡膜を振動させることで生じます。鏡膜はバチ、鑢状器はヤスリ、鏡膜はスピーカーの役割を果たしているのです。

コオロギ類とキリギリス類の発音器の形態
コオロギ類とキリギリス類の発音器の形態
 左:エンマコオロギ属の1種の左前翅
 右:シブイロカヤキリモドキの左右前翅発音器部
F:鑢状器,M:鏡膜,P:絃部

こうして発せられる鳴音は、同所的に棲息する種の識別、同種配偶者への誘因、そして時には個体間での闘争時の威嚇の情報を伝達する役割を持ちます。コオロギ類の中でもよりコオロギらしい姿をした、エンマコオロギやツヅレサセコオロギなどは、これらの状況に応じた鳴音の使い分けが特にはっきりとしており、それぞれ音響構造が異なる「ひとり鳴き」「くどき鳴き」「おどし鳴き」を発します。このような鳴音の使い分けは、コオロギ類で有名であり、キリギリス類では全く観察されてきませんでした。しかし、最近では、キリギリス類も闘争を行う際、「おどし鳴き」に相当する鳴音を発することが観察されています。

コオロギ類とキリギリス類の違いとして、ガラス面を登ることができるかどうかで区別する人もいますが、これは大きな間違いです。確かに、エンマコオロギやマダラスズなどの地表で生活するコオロギ類は、フ節の先に吸盤状の爪間板を持たないため、ガラス面を登ることができません。しかし、アシ原に生息するキンヒバリや、近年都市部で個体数が増加しているアオマツムシなど、草や樹の上で生活するコオロギ類は、キリギリスほど顕著ではないものの、フ節の先に爪間板を持ち、取っ掛かりのないガラス面でも、危なげなく歩き回ることができます。また反対に、しっかりとした爪間板を持つキリギリス類の中にも、地表近くで生活するカラフトギスのように、ガラス面を登ろうとしてもつかまることができずに滑り落ちてしまう種類もいます。ですから、「ガラスを登れるか登れないか」は全く当てになりません。やはり、前翅の重ね合わせが逆であることが、コオロギ類とキリギリス類の最大の区別点になります。コオロギは右利き、キリギリスは左利きというと覚えやすいでしょう。

これからの季節、コオロギやキリギリスなどの鳴く虫は、気温が下がる前に自分の子孫を残すため、配偶者を得るために鳴き続けます。私たち人間には娯楽的な歌声であっても、昆虫達にとっては自分の遺伝子をつなぐための必死の歌声なのです。


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