神奈川県立生命の星・地球博物館

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2002年9月15日発行 年4回発行 第8巻 第3号 通巻30号 ISSN 1341-545X


自然科学のとびら


Vol.8, No.3  神奈川県立生命の星・地球博物館  Sept.,2002


本州唯一のナベヅル越冬地「山口県熊毛町八代」
―人とツルの新たな共生をめざして―

清水利宏(山口県教育庁文化財保護課)

はじめに

本州唯一のナベヅルの越冬地である「八代(やしろ)」は、本州の西端、山口県東部の山間のごく小さな盆地を中心にした地域です(図1,2)。「八代のツルおよびその渡来地」として1921年に国の天然記念物に、1955年には特別天然記念物に指定されました。ここ八代のナベヅルは、日中は餌場である田んぼで家族単位で過ごし(図3)、夕方になると山間のねぐらへ飛んでいくという習性を持っています。この小さな町で、想像を絶する保護活動が行政と地域住民、保護団体が一体となって行われています。

山口県熊毛町八代 八代盆地
図1 山口県熊毛町八代の位置 図2 八代盆地の様子

渡来数の推移

江戸時代から八代周辺にツル類は渡来していたらしく、八代の里に住む人が病気のツルを保護した、という話が残っています。明治期に入ると、ツル類は受難の時代を迎えます。今まで権威の象徴、瑞鳥としてツル類を保護してきた幕府が消滅し、大型で目立ちやすいツル類は狩猟の標的として狙われ、各地で姿を消していきました。しかし、八代では狩猟を禁止し、決して捕獲することはありませんでした。そのためか、八代へのツルの渡来は続きました。大正期に入り、八代にはナベヅルをおもとした100羽前後のツル類が渡来していました。しかし、1940年の355羽をピークに減り始め、2001年に渡来したナベヅルは17羽でした(図4)。2002年3月に発行された「レッドデータブックやまぐち」では、ナベヅルは絶滅の危険性が高い「絶滅危惧IA類」に選定されています。

ナベヅルの家族
図3 餌場で過ごすナベヅルの家族
八代のツルの渡来数
図4 八代のツルの渡来数の変化

現在の保護状況

八代盆地の中心にある「野鶴監視所」には、熊毛町ツル保護研究員や3人の野鶴監視人、地域の方々、ツル保護団体、熊毛町立八代小学校のツルクラブの児童が集まり、ナベヅルの行動などを観察しています。この観察データをもとに、餌場への給餌、ねぐら整備などの熱心な保護活動が長い間続けられています。

それでも渡来数の減少が止まらないため、山口県は1994年度から特別天然記念物「八代のツルおよびその渡来地」保護対策策定調査研究委員会(小野勇一委員長)を設置し、専門家の意見を聞きながら、県と地元が協力して保護活動を行うことにしました。

委員会では、5年間にわたり、八代の土地利用状況、ねぐらの環境、餌量、餌場の環境を調査、分析しました。すると。1945年頃と比べ、人間の生活環境の変化によって餌量以外のすべての生息環境が変わっていることが分かりました。特に国の減反政策の影響は大きく、ナベヅルの餌場となる水田は畑地へと変わり、ねぐらとして利用されてきた谷間の水田は、ほとんどが森林に変わったり耕作放棄されて荒れ地となったりしていました。

しかし、渡来数60羽前後で安定していた1980年頃と生息環境を比較すると、ほとんど変化はありませんでした。これは、ねぐら整備や人工給餌など、環境の改善に取り組んできた成果とも言えます。たとえば、谷間の農耕地を行政が買い上げ、地元自治体と保護団体が中心となって、ねぐらとして整備しました(図5)。ナベヅルがねぐらに帰った夕方には、餌場に小麦やモミをまいています。夕方に行うのは、人なれさせずにできるだけ自然に近い状態で越冬させるためです。

また、1993年から始まったほ場整備により、ナベヅルが好む湿田が乾田化したため、排水路をナベヅルが水場として利用しやすいように多自然型の工法で作りました(図6)。農道の一部は未舗装のままにし、道の入口に車止めを設け、冬期は農作業時以外の侵入を禁止しました。整備にあわせて水田の中を横断する電柱は、可能な限り撤去しました。今後は、餌場内の電線を地中化することも決まっています。

ツルのネグラ整備 多自然型の排水路
図5 ネグラ整備のしくみ 図6 多自然型の排水路(ツルが水場としてよく利用します)

渡来数減少の理由と対策

1980年代までの八代のナベヅルの群れ構成と行動は次の通りでした。10月から11月にかけて30羽前後の家族群が渡来し、家族ごとになわばりを形成します。その後12月頃までに30羽前後の非繁殖集団(若鳥の群れ)が渡来し、家族のなわばりの周辺で日中を過ごします。そして、1月頃には家族を含めた大きな集団が形成され、3月上旬には集団で渡去していきます。しかし、近年、若鳥の群れが観察されなくなりました。

また、兵庫医科大学の山本助教授が行ったナベヅルの遺伝子解析によると、八代へは毎年同じ成鳥(親鳥)が渡来していることが判明しました。しかし、幼鳥は次の年以降、今のところ確認されていません。観察記録とあわせて考えると、親鳥と一緒に渡来した幼鳥は、翌年以降八代へは戻っていない確率が高くなりました。つまり、このままだと次代を継承する若鳥が渡来しないため、親鳥が死ぬと渡来数全体がどんどん減少していくと考えられます。

そこで、委員会では、1997年度から越冬環境の復元を継続するとともに、以下の目的を定め、「デコイ(実物大の模型)作戦」をすすめました。

目的1:親鳥と一緒に八代へ渡来したことのある若鳥は、八代の上空を飛んで他の越冬地へと移動している可能性が高く、集団で越冬する習性のある若鳥をデコイや音声で八代に誘引する。

目的2:なわばり争いで排除された弱い家族を、周辺の田んぼへ誘引する。

デコイに誘引されたツル
図7 デコイに誘引されたツル(奥:デコイ8体 手前:ツル4羽
平成12年11月15日道金地区 撮影:重永明生

目的2は、最近利用されていない餌場に家族が誘引されるなど(図7)、一定の効果が見られましたが、目的1の渡来数を増やす効果は、現在まで確認できていません。

新たなる試みに向けてここで、委員会から新しい作戦が提案されました。「再活性化」という方法で、世界自然保護連合(IUCN)が刊行した「IUCN Guidelines for Re-introduction」に詳細が述べられています。

これは、その地域に生息するある種の生きものの生息数が減少したとき、他の地域から同じ種を捕獲し、その地域へと放すもので、生態系復元の特別な例です。しかし、特別天然記念物とはいえ、安易に他の場所のナベヅルを八代で放鳥することはできませんし、仮に放鳥したとしても、過去の事例はほとんど無いため、八代に定着するかどうかわかりません。

そこで、委員会では八代の環境を再評価するとともに、国内で越冬するナベヅルの遺伝的な関係について調査し、同時に委員以外の専門家の意見も聞きました。さらに、北東アジア全体のナベヅルの生息状況についても可能な限り資料を集め検討をすすめました。

ナベヅルは北東アジアだけに生息するツル類で、全生息数が約1万羽と推定され、ロシアや中国の湿地で繁殖し、中国や韓国、日本の農耕地や湿地で越冬します。現在、繁殖地の環境は安定しているようですが、国外の越冬地の環境はあまりよいとはいえません。また、熱心な保護活動により環境の良好な鹿児島県出水地方には、全生息数の約8割が越冬していますが(*本誌7巻2号12ページに関連記事があります)、種の保護を考えると「危険分散」のために、国内外に多くの良好な越冬地があることが必要と思われます。

委員会での2年以上にわたる慎重な協議の結果、北東アジア全域の中での越冬地「八代」の重要性を考えると、他の地域のナベヅルを八代へ「補充」することが、現在の知見の中で考えられる最も有効な方法という結論になりました。若いナベヅルを八代にUターン又は「引っ越し」をしてもらい、失われた若鳥の集団を復活させ、再び100羽前後の越冬地を確立しようとする試みです。しかし、検討を必要とする事項も残っており、デコイの代わりに飼育個体を使って誘引する方法も含めて協議を続けています。

終わりに

「今、ナベヅルのためにできることを何でもやろう!!」

長年にわたり、早朝から夕方までナベヅルを毎日観察し、保護活動を続けられた元野鶴監視人弘中数実さんのデコイ作戦を始めるときの言葉です。関係者一同、この言葉に励まされました。弘中さんのナベヅルへの愛情とツル保護の情熱は、多くの人々に引き継がれています。そして、八代の保護活動が続いてきたのは、委員会のメンバーのみならず日本中のツル類関係者の支援のおかげです。特に、渋谷出水市長さんをはじめとする同じ特別天然記念物の指定地である鹿児島県の皆様からは、ツル類保護について多くの情報をいただいています。

小さな町の活動ではありますが、北東アジアのナベヅル越冬地の一つとしての八代の重要性をぜひご理解ください。そして応援してください。


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