神奈川県立生命の星・地球博物館

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2003年3月15日発行 年4回発行 第9巻 第1号 通巻32号 ISSN 1341-545X


自然科学のとびら


Vol.9, No.1  神奈川県立生命の星・地球博物館  Mar., 2003


神奈川の哺乳類図鑑 ―野生動物が大好きな、あなたへの一冊―

中村一恵(非常勤学芸員)

神奈川県内の自然を一般向けの図鑑にして紹介するという話は何度かありましたが、2000年に実現し、これまで『岩石・鉱物・地層』、『昆虫』の2冊が刊行されました。本書は「かながわ自然図鑑」シリ−ズの第3巻に当たるものです(B6版、140頁 有隣堂 2003年1月刊)。

日本本土域(本州・四国・九州とそれらの属島、対馬を除く)と北海道の哺乳類相は、生物地理学上同じ旧北区に含まれますが、津軽海峡を挟んで地理的に近距離にあるにもかかわらず、本州と北海道の哺乳類相の中身は非常に異なっています。

地域の哺乳類相を語るには、まず移入種を消去することが重要ですが、これが意外に難しいのです。たとえば、アブラコウモリ(イエコウモリ)が移入種ではないかと示唆したのは、筆者(中村一恵編,1988『日本の帰化動物』p.43)が多分最初かと思いますが、近年になってコウモリ類の専門家もこの考えを提示し(前田喜四男,2001『日本コウモリ研究誌』)、最近出たばかりのフィ−ルド図鑑(小宮輝之,2002『日本の哺乳類』)では史前帰化種(移入種)となっていました。また、コウモリ類には迷鳥ならぬ「迷獣」があり、定着しているかどうか明らかではない種が日本産の中に含まれている可能性が多分にあります。したがって、移入種とコウモリ類の種数を引いた値で哺乳類相を分析するのが良いかと思います。

哺乳類は、神奈川県から29科76種が記録されています。この中には海生種25種、移入種10種が含まれていますから、土着の陸生哺乳類は41種となります。コウモリ類を引くと29種となります。同じ手順で、日本本土域の種数を統合的な分類(阿部永ほか『日本の哺乳類』;阿部永『日本産哺乳類頭骨図説』)に準じて弾きだすと、本土域産陸生哺乳類は54種、コウモリ類を除くと35種となります。

千葉県との比較

神奈川の面積は約2,415km2、千葉県は5,155km2で2倍の開きがあります。広い面積があれば、それだけ種数は上がるのでしょうか。必ずしもそうではありません。千葉県の陸生哺乳類は19種(『千葉県の自然史本編1』(1996);『千葉県の保護上重要な野生生物』(2000))で、対本土比率 (19/35)は54%、一方、神奈川(29/35)は83%です。つまり、千葉県の方が面積が大きいにもかかわらず種数は半分程度しかないということです。その違いは何でしょうか。千葉県の房総半島は最高峰でも愛宕山の408mにすぎません。一方、神奈川県の北西部には1,600m前後の急峻な山々がそびえ、山頂付近までブナ帯など、多種多様な植生に覆われています。こうした地形こそが丹沢の哺乳類相の多様性を育み、今日まで守ってきたと考えられます。

テン
テン 石原龍雄氏提供

丹沢―最も多様性の高い哺乳類相

次に固有種について考えてみましょう。本土域産の哺乳類35種のうち、19種が固有種と考えられていますから、実に半数以上が世界で日本にしか生息しない哺乳類ということになります。そして丹沢がいかに重要な地域であるかは、固有種の多さで推し量ることができます。

本土固有の19種のうち14種が丹沢にも生息しています。テン(写真)や 食虫類のジネズミも本土域の固有種の可能性がありますから、その種数はさらに多いものとなるでしょう。

未確認の固有種はトガリネズミ科2種(アズミトガリネズミとシントウトガリネズミ)、モグラ科2種(ミズラモグラとサドモグラ)、ヤチネズミの5種だけです。サドモグラは特異な分布から発見されることはまずありませんが、ミズラモグラは丹沢からの発見を期待できるものです。トガリネズミ類は北方系のもので、丹沢には亜高山・高山的な環境がないために発見される可能性は高くないのですが、でも可能性ゼロではありません。ヤチネズミについては、今のところ何とも言えません。

過去にオオカミとカワウソが県下で絶滅しています。今回、残念ながら、戦前の標本記録から50年以上が経過し、現在まで生存の情報がないことを根拠に丹沢のオコジョを絶滅種と評価せざるを得ませんでした。また、20年以上前になりますが、当館の山口佳秀学芸員によって丹沢の蛭ヶ岳と桧洞丸山頂で発見されたヒメヒミズ(詳細は本誌4巻4号参照)は、最近の調査結果(1997)では見つかっていません。ヒミズ類の近縁種は、遠く北アメリカ西部沿岸域に分布しています。第三紀型の遺存種とも言うべき存在で、「生きた化石」と言ってもよいでしょう。一方で明るいニュ−スもありました。図鑑の共著者の一人、山口喜盛氏によって西丹沢で神奈川初のチチブコウモリが2001年に発見されました。全国的にも確認例の非常に少ないコウモリです。

この図鑑を通して神奈川の哺乳類の多様な世界を知っていただき、一人でも多くの方が地域個体群の保全の重要性、緊急性に目を向け、彼らの現状に関心を持って下さるようになれば望外の喜びです。

最後に、ご協力下さった多くの方々、 関係機関並びに外部の共著者(石原龍雄・山口喜盛・青木雄司の各氏)の皆さんに、この場をお借りして衷心より御礼申し上げます。


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