神奈川県立生命の星・地球博物館

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2003年6月15日発行 年4回発行 第9巻 第2号 通巻33号 ISSN 1341-545X


自然科学のとびら


Vol.9, No.2  神奈川県立生命の星・地球博物館  June, 2003


擬態虫―ハチを見たらハチでないと思え―(3)

高桑正敏(学芸員)

「ネキニューデタ」

トガリバホソコバネカミキリ
図1. タンナサワフタギに産卵中のトガリバホソコバネカミキリ♀(箱根町上湯)

私がカミキリムシ研究を一生の趣味にしよう、と決心したのは大学生になりたての春です。記念すべき第1回の採集行は、5万分の1地形図をさんざん眺めたあげく伊豆半島白田にしましたが、その割に成果は得られませんでした。今から30数年も前の1966年4月のことでした。

ちょうどこのとき、日本のカミキリムシ愛好家たちの一部に、極秘の大ニュースが伝えられていました。それは「ネキニューデタ」という電報です。と言っても、あまりにマニアックなので解説が必要ですね。

ネキとはホソコバネカミキリ属の愛称で、属の学名Necydalisをネキダリスとラテン語読みし短縮したもの、ニューとは新種のこと、デタは「出た」のことです。つまり「ホソコバネカミキリ属・新種・出た」という意味です。当時は日本からカミキリムシの新種が出ても騒ぐほどではなかったのですが、ネキだけは別格でした。カミキリムシ愛好家たちの憧れの的だったからです。それが何と、伊豆半島の天城山から発見されたというのです。

このネキは残念ながら新種ではなく、トガリバホソコバネカミキリという種類でした。当時はほとんど採集例がなく、「珍中の珍」として愛好家には幻的な存在でしたが、このときの発見がきっかけとなって生態が明らかになり、現在では生息地に行けばほぼ確実に姿を見ることができます。ただしその姿は、知らない人だとハチとしか思えないでしょう(図1)。

ニセモノに刺された人

オニホソコバネカミキリ
図2. 捕らえられて腹部を反り曲げるオニホソコバネカミキリ♂(群馬県: 苅部治紀氏撮影)

群馬県利根郡片品村に大沢という集落があります。何の変哲もない場所ですから、ほとんどの方は知らなくて当然です。しかし、ちょっと前までのカミキリムシ愛好家だったら、誰もが知っている場所でした。それはオニホソコバネカミキリ(図2)というネキの確実な産地として全国に名を馳せていたからです。このネキも「珍中の珍」の中の1つでしたが、40年ほど前に大沢の集落の裏手一帯に生育するクワの古木に集まる習性が明らかにされたのです。

ここでは悲喜こもごもの話が伝えられています。粘りに粘ってようやく憧れのネキを網の中にゲットし「ついにやった!」と喜び勇んでつかんだところ、腹を大きく曲げて刺す動作(図2)に驚きあわてて手を離してしまい、逃げられてしまった人。カミキリムシは針を持っていないので刺すことは絶対ないのですが、このネキはヒメバチ科のアメバチ類(図3)に大変よく似ているので、わかっていてもその動作から思わず反射的に手を引っ込めてしまったのでしょう。そうかと思えば、「ついにやった!」とばかり先入観から喜び勇んでつかんでしまい、本物のアメバチに刺されてしまった人もいます。こうしたエピソードからも、本種が生きているときはハチそっくりであることがおわかりいただけるでしょう。

ただし最近は、オニホソコバネカミキリもまた「珍中の珍」の仲間に戻りつつあります。いまや太いクワのある畑は全国的に絶滅寸前の状態だからです。大沢もかつての面影はまったく残っておらず、愛好者も訪れなくなったようです。

ヒメバチ科のアメバチ類
図3. ヒメバチ科のアメバチ類(横浜市金沢区)

ある学芸部長のなげき

ヒゲジロホソコバネカミキリ
図4. 触角の端方の2節が白いヒゲジロホソコバネカミキリ♂(長野県:苅部治紀氏撮影)

日本にはネキが10種ほど知られています。一昔以上前はその多くが「珍中の珍」だったことから、誰かがネキを採集するとニュースになったようです。私どもの青木淳一館長も学生時代に群馬県法師温泉で極珍ヒゲジロホソコバネカミキリ(図4)を採集し、一躍有名を馳せたものです。もちろん極珍の種類ほど発見には運を必要としました。その幸運に恵まれ、次から次へとネキを採集していったTさんは、やがて「ネキ男」の称号を授けられるに至りました。ネキへの憧れはカミキリ愛好者だけに限ったものではありません。トンボ研究を志していた(はずの)K学芸員もその1人でした。彼は日本だけでなく、台湾やベトナム、マレーシアでも数々のネキを手中にし、初代ネキ男から「二代目ネキ男」を任じられるほどの活躍ぶりです。

ところで最近はインドシナでネキ発見のニュースが続出中です。一昔以上前は日本や北アメリカなど全北区に繁栄する仲間と思われてきたのですが、どうやら本家本元はアジアの照葉樹林帯にあるようです。昨年にはラオスで初めてネキが発見されましたが、その中の3種までもが新種と思われるものでした。それを知ったK学芸員はいてもたってもいられないようです。学芸部長の私としては、K学芸員にそんな余裕があるのならトンボの学位論文を完成してもらいたいのですが…。

ハナカミキリ類の一部もハチ擬態

ヨツスジハナカミキリ
図5. ノリウツギ花上で交尾中のヨツスジハナカミキリ(青森県)

カミキリムシの仲間は日本に700種以上が知られていますが、その半数近くは夜に活動します。夜行性の多くは地味な色彩をしており、静止しているときは背景にまぎれて発見が困難です(いわゆる保護色)。逆に明るい間に活動する種類は、その多くがめだつ色彩や模様で飾られていて、いれば難なく目に映ります。しかし、すぐに発見されてしまう色彩をしているのであれば、鳥やトカゲなどの捕食者から身を守る術をもっていないと生き残れません。その術の1つが進化の結果としてハチに似てしまうこと(つまり擬態)だったようです。

ハチ擬態のカミキリムシはネキだけではありません。花粉媒介者として自然界で重要な役割をしているハナカミキリの仲間の一部も、ネキほどではないにしろ、ある種のハチを思わす色模様と仕草をもっています。体が黄色と黒との縞模様になっているヨツスジハナカミキリ(図5)の仲間などはその代表例でしょう。ただし、疑問がないではありません。それはネキや前回に紹介したスカシバガなどに比べると、ハチ擬態が下手、つまり私たちがハチとだまされるほどには似ていないことです。そんな中途半端な似方で、どうして生き残ることができたのでしょうか。
(註)

動作もハチに似るトラカミキリ類

トラフカミキリ
図6. スズメバチを思わす色彩と行動のトラフカミキリ(横浜市金沢区)
タケトラカミキリ
図7. 葉上で交尾するタケトラカミキリ.やはりハチに似たせわしない動きをする(横浜市緑区)

カミキリムシの中では、ハナカミキリ類と並ぶ花粉媒介者がトラカミキリ類です。

日本に70種以上も産するだけあって多様な色彩を示しますが、大部分は多少ともハチに似ています。その極めつけは本誌8巻3号の表紙を飾ったオオトラカミキリです。普通の人だったら、スズメバチだと思って後ずさりするかもしれません。

それほどでなくとも、身近な「スズメバチもどき」と言ったらトラフカミキリ(図6)でしょう。観察会のときに私が手でつかもうとしたら、「先生! あぶない、刺されちゃうよ!」と大声をあげてくれた子がいました。つい嬉しくなって私も「えっ、そう? ホントに刺されるかなあ?」とおどけてみたものです。このトラカミキリは色彩と形ばかりでなく、歩く仕草もまるでスズメバチですから、目のいい子供たちでもだまされて当然でしょう。

しかし、オオトラカミキリやトラフカミキリのような「完璧なハチもどき」のトラカミキリはむしろ少数です。歩き方はみなハチらしく見えるのですが、色彩はハチそっくりという種類よりも、なんとなくハチみたいなものが多いのです。先ほどのハナカミキリ類とまるで同じような状況です。

ハチは自然界でとっても怖い存在?

このことから想像をたくましくすると、なんとなくハチに似ている、というだけで捕食者には忌避効果があるように思えてなりません。思い起こしてみると、ハナアブの仲間も実はスカシバガも「完璧なハチもどき」ばかりではないのです。どうやら、ある程度以上ハチに似ていれば擬態関係が成り立っているようです。

どうしてそんな中途半端でも大丈夫なのか。答えの1つとしては、ハチは自然界でとっても怖い存在、つまりハチは鳥などの捕食者によっぽど恐れられているから、と解釈してよさそうです。だからちょっとでもハチに似ていれば、捕食者は近寄らないのかもしれません。しかしそれなら、なぜわざわざ「完璧なハチもどき」がいるのか不思議なことです。さて答えのもう1つは、ハチ自身の世界の中にあるように感じます。

ということで次回は「ハチを見たらハチと思え」?

註) ハチに似ていないハナカミキリもたくさん存在します。ヨツスジハナカミキリと同じように花に飛来するものの中には、ヒナルリハナカミキリなどのようにハムシ科甲虫に、ヒメハナカミキリ類の一部やフタコブルリハナカミキリなどのようにジョウカイボン科甲虫にそっくりな種類がいますし、ホタル科やベニボタル科に似た色彩の種類もいます。これらは毒またはまずい味を持つモデルに似たということで説明がつきます。しかし、アカハナカミキリやルリハナカミキリのようなめだつ色彩のものは、どのような効果があるのか、まったく見当がつきません。もしかすると、彼ら自身が体内にまずい味を持っているのかもしれませんが。いずれにしても、ハナカミキリ類は多種多様な生存戦略を採用しているようです。


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