神奈川県立生命の星・地球博物館

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2003年9月15日発行 年4回発行 第9巻 第3号 通巻34号 ISSN 1341-545X

自然科学のとびら

Vol.9, No.3  神奈川県立生命の星・地球博物館  Sept, 2003


シッキム・ヒマラヤの植物調査

勝山輝男(学芸員)
シッキム州の地図
図1. シッキム州の地図. Noshiro & Koba (2003) を改変.

2003年6月19日から7月9日までの約3週間、インドのシッキム州に植物調査に行きました。日本学術振興会科学研究費補助金による東京大学の「ヒマラヤ・中国区系植物相の成立過程に関する研究」の研究分担者の一人として参加したものです。まだ集めた資料の解析は行なっていませんが、調査の概要とそこで見られた植生や植物の一部を紹介したいと思います。

シッキムはネパールとブータンに挟まれた小さな州で、東京大学がヒマラヤへの植物調査隊を送り込んだ最初の地域です。1960年4月から6月にかけて、主に西シッキムのネパール国境に近い地域が踏査されています。しかし、その後の日本人によるヒマラヤの植物調査はネパールが主な舞台になり、シッキムの植物調査はむしろ他の地域に比べて遅れてしまいました。そこでシッキムの植物調査を再開すべく、昨年(2002年9月)に森林総研のN氏と当館の木場学芸員がシッキムに入り、シッキム州側との交渉や調査地の選定などを行いました。今年は本格的な植物調査の1年目にあたります。調査は6月から8月にかけて行い、前半でシッキム州の西部の主に森林帯の調査、後半で北部の高山帯の調査を行う計画がたてられました。

私が参加したのは前半の調査で、6月19日に成田を発ち、21日にシッキムの州都ガントックに入り、23日から約2週間の植物調査を行い、7月9日に帰国しました。東ネパール、シッキム、ブータンあたりのヒマラヤ山脈はもっともモンスーンの影響を強く受ける地域で、6~8月は山地では連日雨が降ります。特に今年の夏は雨が多く、調査で山に入っていた2週間の間に、雨の降らない日はなく、晴れたのはたったの2~3時間しかありませんでした。

6月23~24日は手始めにガントックから近い森林保護区(標高 2000~2500m)へ行きました。保護区ではありましたが、カシ類(Quercus属など)の2次林で、最近まで林内放牧に利用されていた形跡がありました。ここで時間を費すのはもったいないので、早々に次の地域に移動しました。

6月24~27日はシッキム州のほぼ南西端にあるシャクナゲ林の保護区バルセイ (Barsey) へ行きました。タル・ダンダ (Tal Danda) という標高 3219m の なだらかな山を中心とした地域で、標高 2500m から上は よく森林が保護されていました。標高 2700m に馬鈴薯の試験場があり、そこまで車道が上がっていました。

標高 2600m あたりの車道沿いには、カシ類(Quercus属や Lithocarpus属)を中心とした照葉樹林がよく残されていました(写真1)。照葉樹林としては上限に近く、尾根上にはツガ属 (Tsuga dumosa) が混じります。車道に Lithocarpus 属の大きな果実が落ちていました(写真2)。空中湿度が高く、常緑広葉樹の樹幹や枝には びっしりと着生植物が着いていました。着生植物はラン科植物やシダ植物が多いが、ツツジ科の樹木もよく着生していました。着生樹木の幹の基部は球状に肥厚し、まるでジャガイモのようです(写真3)。

Hilley付近の常緑広葉樹林 カシ類の果実 ツツジ科の着生樹木
写真1. Hilley付近(標高2600m)の常緑広葉樹林 . 写真2. カシ類(Lithocarpus属)の果実. 写真3. ツツジ科の着生樹木. 幹の基部が肥厚してジャガイモのようになっている.

標高 2800m を超えると、シャクナゲ林(Rhododendron falconeriR. arboreum などいろいろな種がある)になります(写真4)。シャクナゲの樹幹には直径 4cm ほどの大きな花をつけるラン科植物 Pleione humilis がついていました(写真5)。バルセイ付近ではシャクナゲが高木層になっている所が多く、ときに Tsuga dumosa が超高木となってそびえていました(写真6)。

Barsey付近のシャクナゲ林 Tal Danda付近のシャクナゲ林内にそびえていたツガ属 シャクナゲの樹幹に着生するラン科植物
写真4. Barsey付近(標高2800m)のシャクナゲ林. 写真5. Tal Danda付近(標高3000m)のシャクナゲ林内にそびえていたツガ属 (Tsuga dumosa)の大木 . 写真6. シャクナゲの樹幹に着生するラン科植物(Pleione humilis) .

6月28日~7月5日にかけては、ナンブー (Nambu) の標高 1500m あたりからリンビー川 (Rimbi Chu) を遡り、標高 2000m あたりで尾根にとりつき、ヤンプン(Yampung、標高 3700m )を経て、ネパール国境のギャラケット峠(Garaket La)を往復しました。峠の標高が約 4200m、その近くにある Danphebir 峰が標高 4631m で、今回のトレッキングの最高到達点となりました。標高 3700~3800m あたりが森林限界と思われます。標高 3000~3500m あたりは、本来はモミ林(Abies densaまたはA. spectabilis)ですが、1970年頃の大規模な山火事で消失したと言われます。立ち枯れた木が残る急斜面のガレ場には黄色花のメコノプシス属 (Meconopsis paniculata) がたくさんありました。メコノプシス属はヒマラヤの青いケシで有名ですが、今回の調査では M. paniculata の他に、紫色花の M. napaulensis、青色花の M. simplicifolia、小型の淡青色花をつける M. bella の4種を確認しました。標高3600~3700mにかけて、わずかにモミ林が残されていました(写真7)。モミ林の低木層にはシャクナゲ類が多く見られます。

標高 3700m のヤンプンから上は森林が消え、シャクナゲの低木林と高山草原になります(写真8)。高山草原の多くはヤクやヤク牛の放牧地(カルカ)になっています。膝ぐらいの高さのシャクナゲ Rhododendron anthopogon は香りが強く、この群落に踏み込むと良い香りがただよいます。本誌表紙のカラー写真のセイタカダイオウの周囲に写っている黄白色の小さな花をつけるシャクナゲがこれです。ギャラケットのキャンプ地は高山植物に囲まれたすばらしい所でした(写真9)。

モミ林. 低木層はシャクナゲ類 標高4000m付近の高山帯 Garaket付近のキャンプ地
写真7. Yampung付近(標高3500m)のモミ林. 低木層はシャクナゲ類. 写真8. 標高4000m付近の高山帯. 遠景はネパール国境の標高4400m級の山々. 写真9. Garaket付近のキャンプ地(標高4200m) .

ヒマラヤに多いサクラソウ属は森林帯ではすでに花期が終わっていましたが、高山帯ではちょうど花盛りで、淡いピンク色の花をつける Primula obliqua、黄白色花をうつむいてつける P. alpicola、紫色花の P. macrophylla、ハクサンコザクラに似た花をつける P. primulinaP. glaba、白色釣鐘状の花をつける P. solda-nelloides の花が見られました。同じサクラソウ科のトチナイソウ属 Androsace lehmanni はいわゆるクッション植物で、団塊状の塊りをつくります。その他、イチリンソウ属 Anemone、キンポウゲ属 Ranunculus、リュウキンンカ属 Caltha、キジムシロ属 Potentilla などが花盛りでした。変わったものではバイケイソウに似た葉をつける巨大なリンドウ科植物 Megacodon stylophorus が見られました。Danphebir峰周辺ではヒマラヤの温室植物として有名なセイタカダイオウ Rheum nobile を見ることもできました(表紙写真)

巨大なリンドウ科植物 サクラソウ属 トチナイソウ属
写真10. バイケイソウのような葉を持つ巨大なリンドウ科植物 . 写真11. サクラソウ属 . 写真12. クッション状にかたまって生えるトチナイソウ属.

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